第81話 「だったら俺に返せ」
次の日の早朝。国王による警察への懸命な説得によって、俺は収容施設から解放された。
「おはようございます光太様。車の準備は出来ています」
何の宛もないが、俺はフォルンに車の運転を頼んで、宝物を盗んだ犯人探しを始めた。
「まあ、手掛かりないんじゃこうなるよな」
そして昼頃。彼女の金でランチを食べていた。ここまでの収穫は一切なしだ。
「はぁ…先代国王から譲られた宝物を盗まれた間抜けとして帰国することになるのかな…」
フォルンは俺の持っていたハンバーガーを見ていた。たった今自身の分を食べ終えていたというのに、まだ腹が減っているのだろうか。
「…食べる?」
「いえ…」
「食いたそうにしてるじゃん。ほら食えよ」
「それでは遠慮なく」
ガツガツムシャムシャ…
権力者に仕える従者という職業の人とは思えないほど下品な食べ方だった。
「はぁ…もう帰ろうかな…」
「私は孤児院出身です」
「いきなりどうした」
「食べ物の礼に聞いてください。両親に捨てられた私は街から離れた場所にあるリュウヒビ園という孤児院で育ち、ナナミ様に引き取られました」
「へえー…」
「龍之介様、ナナミ様に捨てられたあなたは私と同じ…日本には帰らず、リュウヒビ園へ来てはいかがですか?」
「俺もう16歳だぞ。こんな可愛くもないやつ、誰が引き取りたがるんだ」
「勉強して就職するという道もありますよ」
「それは日本で出来る…多分」
「親に捨てられて寂しくないんですか!?」
寂しかったさ。だからショックで自殺しようとした。
だけどそれを止めてくれて、一緒に暮らしてくれる大切な仲間が俺にはいる。世話だってしてもらってる。
だから正直もう、家庭事情はどうだっていいんだ。ただあの二人には痛い目見て欲しいけどな。
「…ごめんなさい。頑張って生きようとしているのに余計なお世話でしたね」
「気にすんな…孤児院ってどんな人が働いてるんだ?」
「みんな良い人達ですよ。人間不信に陥っていた私も、あそこで同じ境遇の友達と触れ合って変わることが出来ました…最近は建物の建て替えや養育費など、お金が必要だと困っていますが…」
お金が必要…
そういえば昨日の女は金を必要としていたな。魔法石を宝石だと勘違いして、売ろうとも考えていた。
犯人はそこの関係者かもしれない。それ以外に疑う物もないので、とりあえずそこへ連れていってもらうか。
「最後に孤児院に行ったのっていつだ?」
「出てからは一度も。そこで働く友達から話を聞くぐらいです」
「だったら今から行こうよ。俺もその孤児院見てみたいし」
「え…」
「育ててくれた人達に顔見せないとダメだろ」
そうしてフォルンは車を孤児院に走らせた。恩がある場所を疑ってると知ったら嫌がるだろうし、これでいいだろう。
「これは…」
ビル街から離れた場所の孤児院にやって来た。それにしても本当にボロい。ここに人が住んでるって凄いな…
「あれ、フォルン?」
建物の中から若い女性が出てきた。この孤児院の職員か?
「ここに来るの久しぶりじゃない?20の時にいなくなったから…もう3年か」
「ジュノ。先生達はいる?」
「うん。今は子ども達の授業をしてるよ」
ジュノ・ルノーア。フォルンと同じでこの孤児院で育った仲間で、今はここの職員として働いているようだ。
歩く度にギシギシと鳴る建物の中で子ども達は授業を受けていた。先生であるおばあさんはフォルンを見て驚いていた表情をしたが、子ども達の集中を乱さないように態度を変えなかった。
黒板も机も何もかもがボロい。大金がなければこれら全てを新しく用意することなんて出来ない。
「…光太様、お手洗いに行ってきます」
良いタイミングでフォルンがいなくなってくれた。早速ジュノさんに尋ねてみるとしよう。
「ジュノさん。この建物、凄く古いね」
「うん。ここだけじゃなくて隣にある寮も酷くってね…でも、建て直すことになったから心配いらないよ」
いきなり怪しい。やっぱり宝物はここに来ている。俺が来たタイミングで建て直しが決定しているなんて。
それも1兆円なんて大金があれば、建物2つの建て直しなんて余裕だろう。
「お~い、ジュノ、次の授業のことで相談があるんだけど…」
ジュノさんに用があるという女性がやって来た。その声は昨日、俺がケースを渡した相手と同じ物だった。
「!?…君がどうしてここにいる」
「やっぱりお前なのか…」
「ニーナ…もしかしてこの子って…」
その女と、さっきまで普通に話していたジュノさんが俺に拳銃を向けた。
「授業に必要な道具にしては物騒じゃないか…?」
パチン!
銃から飛び出た小さな弾が服の上からぶつかった。痛かったが身体に穴が開くような威力ではなかった。
「モデルガンだったのか」
「………黒金光太、だったっけ?どうか昨日のことを見逃してくれないか」
ニーナと呼ばれた女はモデルガンを握ったまま、頭を深く下げてきた。
フォルンが戻って来てから、話を全て聞いた。そもそもフォルンは、孤児院に金を入れるために高い給料を出すナナミの元で働いてたようだ。
先代国王が亡くなり、宝物庫に大金があることを知ったフォルンは、盗み出すことを提案。
ジュノやこの孤児院で働く若い職員と共に宝物譲渡の儀の参加者の子ども達を誘拐し、ニーナが大金を受け取る役割を果たした。
「警察が動けばお前達は捕まるぞ」
「この国の警察は国王とその周辺しか見てない。こんな場所に孤児院があるって知ってるかどうか」
「だったら尚更だな。ナナミは警察達に俺を射殺させられる程の権力を持ってた。あの女は大金を狙ってたし、ここに気付くのも時間の問題だな」
「そんな…」
あの女はこの国を発展させた功績で厄介な権力を持っている。俺を捨てた事は一部の人間にしか知られていないだろうし、きっとメディアに漏れることもない。
ここに隠してある大金を取り戻したら、きっと公表せずに自分の物にしてしまうだろう。
こうなったら…俺がやるしかない。
「金はまだあるのか?」
「…まだ手を付けてない」
「だったら俺に返せ」
「ここでの光景を見たでしょ?子ども達のためにお金が必要なの…お願いだから…見逃して…」
ジュノさんが泣きついた。
「違う、そういうことじゃない。俺から正式に金を渡せば問題はないって話だ」
「え…いいの?」
「泥棒からケースは取り返したって話にして、そのあとはこの孤児院に全額寄付。そうすれば誰も文句言えねえだろ」
ナインなら魔法を使って、もっと手際よくやるだろうけどな。今ここにいるのは俺だけだ。
あいつならきっとこうする。だから俺がやるんだ。
「本当にくれるの?」
「あぁ…」
「信じられないな」
「お前はきっと持ち逃げする」
「なんでそんなこと言えるんだよ」
「格差を生んだ龍之介とナナミ、その息子だからだ」
「俺はあいつらの息子なんかじゃない!」
「こいつを縛る。ジュノは縄を持って来い」
「え、でも…」
「光太様は信じられると思うよ、ニーナ」
「フォルン。どうしてそう言える」
「私達が子ども達を人質に取った時、彼はすぐ大金を渡すことを選んだから」
「…それだけでか?」
「それに私達と同じ…親に捨てられた子だから」
「…そうなのか」
「まあ捨てられたのは最近だけど…」
きっと、捨てた親を憎む気持ちは同じはずだ。
フォルンが説得すると、ニーナは俺に2つのケースを渡した。確かにこの国の紙幣とジャヌケの原石を確認した。
そして俺とフォルンは国王の元へ急いで向かった。