第80話 「あいつは一体…」
先代国王の宝物を持ち、俺はハザニア城を出発した。
誘拐犯に指定された場所はビスト旧市街という観光名所の一つで、過去の町の姿がビルの乱立する都市の中に残されているそうだ。
「ここがそうか…」
背の高いビルに囲まれたビスト旧市街の古い町並みは中々魅力的で、こんな状況じゃなければゆっくり観光したかった。
全く、こういうことが起こるならナインを連れて来るんだった。今の俺は魔法の杖もないただの人間だってのに。
夜中なのでおそらく俺以外に誰もいない。物を受け取る側にはピッタリな場所だな。
「先代国王の宝物はここにある!子ども達を解放しろ!聞いているんだろ!おい!」
古い建物は扉が外されている。どうやら観光しやすいように取り外されたみたいだ。
街を歩き回り、稼働していない噴水を見つけた。そのそばにはフードを被った人物が立っていた。
「子どもを返せ!」
「…では、まずはそのケースをこちらへ」
俺は両手のケースを渡した。声の質的にこいつは女だ。
「約束だ。誘拐した子ども達を解放しろ」
「…分かりました」
すると女はスマホを取り出して誰かに連絡を入れた。油断するな、こいつはあのアン・ドロシエルの仲間なんだ。
「お前も七天星人なんだろ」
「…何か言いましたか?」
「しらばっくれるか…だったら…!」
顔を暴いてやろうと咄嗟に出した腕を掴まれて、そのまま地面に叩きつけられる。そして俺の額に銃口が突き付けられた。
「魔法を使わない…アン・ドロシエルの仲間じゃないのか?」
「何のことか分かりませんが、命が惜しければ黙ってここから立ち去りなさい」
「分かった…けどせめて石の方はくれないか?そっちのケースに入ってるんだ」
「宝石ですか?だったら高く売れるかもしれませんね」
こいつ、魔法石を知らないみたいだ。もしかしてこの世界の人間なのか?
「撃たれたくなければ立ち去りなさい」
くっ…!流石に死にたくはないな!諦めるか!
魔法石も使い方を知らなければただの石だ。放っておいても大丈夫だろう。
ダッダッダッダッダッ
多数の足音が聴こえてきたと同時に、女は俺を立ち上がらせる。そして背中に銃口を突き付けた。
「大人しくしろ!」
この国の警察達だ。しかし人数が多いような…俺達を囲むくらいの人数だぞ。
ザーッザー
「ターゲットを2名確認」
「了解。射殺許可は降りている。抵抗するなら容赦なく射て」
無線機からは衝撃の一言が飛び出した。ターゲットを2名…もしかして俺も含まれてる?
「大人しく投降しろ!」
「そっちこそ!銃を降ろさないと…この子を射つ!」
「その少年にも射殺許可が降りている!抵抗は無駄だ」
「そんなっ!?…そういうことか…」
なに一人で納得してるんだよこの女!?
「俺は被害者だぞ!それに銃を向けるとは何を考えてるんだお前ら!」
「16代目国王から与えられた大金を使い、国家転覆を企んでいることなどお見通しだ!」
な、なにー!?変な容疑が掛けられてるんだけど!?
「…ナイン!助けてくれえええええ!」
情けない…俺はいつも困ったらナインだ。しかし今回ばかり助けに来てくれないだろう。
カランカラン…バッ
突然なにかが足元に転がって来て、次の瞬間には閃光と鼓膜を破るような不快音が俺達を襲った。
「ぐあ!?」
そして視力が戻った時には女の姿はなかった。宝物の入ったケースもない。
「…しまった!逃げられたか!?」
「逃がすな!確保ー!」
「あぎゃああああああ!?」
そして俺は捕まった。
国家転覆を目論んだとされる俺は留置場ではなく、ハザニア城の地下収容施設へ送られた。ここは国王に関係する事件を起こした者が送られる場所らしい。
「出してくれ王様!俺は無実なんですよ!」
「分かってる!こっちも説得を試みてはいるが…中々聞き入れてくれないんだ」
ナインがいなければ所詮この程度か…弱いな~俺。もっと強くなりたい。
国王はどこかに電話をしながら収容施設を出ていった。もう俺以外には誰もいない。
血の匂いもしてるし、もしもこのままここにいたらどうなるか、想像は容易い。
ここはきっと、ボンザレヌの闇を葬る場所なんだ。
「元々この施設は、国にとって都合に悪い人を集めて殺す場所だったらしいわよ」
しばらくして檻の前に立ったのはナナミ・フュードリックと、それに仕えるフォルンだった。
「本当はあなたじゃなくてケースを持ち帰って来てもらえたら良かったんだけど」
「…お前か?警察に俺まで射たせようとしたのは」
「母親に向かってお前。失礼な子ね」
「…ナナミ・フュードリック。あんたは俺の母親なんかじゃない」
「うん。私もあなたみたいな人、息子であって欲しくないわ」
「くっ…こっち来い!ぶっ殺してやる!」
檻の向こうで嘲笑う女が物凄く憎かった。
「まあ、人質が無事に帰って来たからそれだけは喜んであげるわ…ケースも帰って来てくれたら万歳だったけど」
「お前も子どもより金の入った箱のことしか考えてないんだ!龍之介と同じだ!」
「あーはいはい。なんで赤の他人の子どもを心配しなきゃいけないのよ…昔から叫び声だけはやかましいわね」
憎たらしいナナミが施設から去っていったが、メイドのフォルンは残っていた。
「どうしてこんな臭い場所に残ってるんだ?ご主人様はいいのかよ?」
「私がナナミ様から受けたのは、あなたが日本に帰るまで面倒を見ろ。という指示です」
「そー、仕事熱心だな」
それにしても逃げた犯人はどこへ行ったんだろう…仲間もいるみたいだしな。
「…お気の毒ですね」
「そう思うならここから出してくれ。それで日本に帰してくれたら助かる」
ナインに連絡…いや、今回は俺の力で乗り越えよう。そのためにあいつを置いた来たんじゃないか。
「なぁあんた、犯人について心当たりはないのか?地元のマフィアとか」
「いいえ…この国にそういう反社会的組織は存在しないと思います。怪しければすぐ警察が突入して壊滅させるので」
「ならあいつは一体…」
逃げるチャンスを作った仲間がいる。相手は一人じゃない…
こんなことになってしまったからには、犯人を捕まえないと気が収まらない。見つけるまで滞在期間を伸ばしてもらえるだろうか。