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第77話 「母さん…」

 ナインと暮らし始めてどれだけ経っただろう。


 それは、俺が両親に見放されてからどれだけ経ったかを考えることでもあった。

 今回の戦いにナイン達はいない。これは俺とクソッタレの両親との決着の話。アン・ドロシエルも魔獣も出てこない、幕間の話だ。




 ピンポーン


 ある日の夕方、チャイムが鳴った。サヤカ達や石動が来た時はノックだけなので、宅急便とかだろう。


「はーい…え…」


 荷物を受け取ろうと扉を開ける。しかし玄関前に立っていたのは業者の人ではなくメイドだった。


「…部屋間違ってますよ」


 家事代行というやつだろうか。サヤカ達はあり得ないし…ま、まさか石動のやつが呼んだのか!?


「いいえ。黒金光太様ですね?」

「あ、俺に用があるのね…はいそうですけど」

「私はあなたの産みの親である黒金七海(ななみ)様に仕えるメイドのフォルン・エイドーであります」

「…母さんの?メイド?」


 いいや違う。あの女はもう俺の母親ではない。間違えないようにしないと。


「あの方は現在、ナナミ・フュードリックという名でボンザレヌという発展途上国のために尽力しています」

「あの人が何やってるかなんてどうでもいい。それでそのメイドさんが俺に何の用ですか?」

「光太様を迎えに来ました」


 迎えに来た…今さら家族に引き入れようとでも言うのか?


「嫌だ」


 スッ


 するとフォルンは俺に銃を向けた。物騒なメイドだな。


「あなたの意思に関係なく来てもらいます」

「人に頼むならそれ相応の態度があるだろ」

「その気になれば骨を折って無理矢理連れて行くことだってできるんですよ」


 なんて高圧的なやつなんだ…


「光太、どうしたの?」

「立ち話だ。夕飯作って待っててくれ」


 ナインに話を聞かれたくなかったので扉を閉じた。これでこいつと二人きりだ。


「どうして俺が行く必要がある。理由を聞かせろ」

「来てくださるなら」

「…分かったよ。行ってやる」

「ではあちらの車へ」


 アパートのそばには乗用車が1台停まっていた。準備をする時間も与えてくれないとは。

 家を離れることになるので、ナインにはこうメッセージを送った。


「少し遠出してくる」


 するとすぐに電話がかかってきた。


「急にどうしたの光太!?さっきのメイドさんと何かあった!?」

「海外旅行に行きませんかってさ。お土産は食い物系でいいよな?」

「もうご飯作っちゃったんだよ!?いきなり出掛けるなんて酷いじゃないか!」

「悪い悪い!」

「…僕も一緒に付いていこうか?魔法があるから追い付けるよ」

「ナイン。これは俺の家族の問題なんだ。どんな形であれ俺は決着を付ける。だから…来ないでくれ」


 するとナインは諦めて通話を切ってくれた。少し言葉選びが悪かった気がする。


「お間違えのないように。あなたは既にナナミ様のご家族ではありません」

「そうだったな。爆弾送ってきた女を母親だなんて思ってねえ」


 その女と会うかもしれないんだよな…カッコつけないでナインのバッグ借りるぐらいすれば良かったかな。


「それで、どうして俺をその国に招待してくれるんだ?葬式か?」

「葬式は既に終わりました」

「え!?あいつ死んだの!?」

「ナナミ様は今も御存命です。ボンザレヌの16代目の国王が亡くなられたのです」


 そう言えば変わった名前の国で国葬があったってニュースが流れてたな。それがボンザレヌか。


「ナナミ様とあなたの父親龍之介(りゅうのすけ)様はボンザレヌのために尽くし、大変国王に気に入られていました」

「社会奉仕が子育てを辞めた理由にはならねえからな。お前の主人も俺の父親も最低なやつらだ」


 するとフォルンは路肩に車を停めた。主人を侮辱したから、てっきり殴られるのかと思った。

 しかし彼女は俺に抱き付いてきたんだ。


「可哀想…捨てられたというのにまだ親だと…親離れができてないんですね…」

「そんなことはない!俺は──」

「あなたはそうやって憎み続けることで、去ってしまった両親の事を常に思っているのです」


 甘い香り…温かい身体…俺はぬくもりに包まれていた。


「そんなあなたが…とても可哀想で仕方ありません」

「俺が…そんなはずは…」


 俺は寂しがっているのか…捨てられたはずなのに、まだ愛されてると勘違いしてるのか?


「寂しいのなら…私で良ければ甘えてみませんか?」

「寂しくなんか…」


 カチャリ


 シートベルトを外されて抱き寄せられる。そして頭を優しく撫でられた。


「甘えることは恥ずかしいことじゃありません。誰にだって必要なことです…」


 ふわふわする…


「あなたが望むなら、私が光太様の母親になります」

「俺の…母さん…」

「はい、私があなたのお母さんです。もっと甘えて良いんですよ」


 俺のお母さん?この優しくて綺麗な人が? 


「………違う!お前じゃない!」

「…」

「俺の母親はお前じゃない…俺を捨てた女に仕えるお前なんかを、俺は母親だなんて思わない!」

「…驚きました。私の付けてるこの香水、耐性がない人間を言葉で惑わすことのできる代物なんです。今までこれを仕込んだハニートラップに耐えられた人は誰もいなかったのに…」

「お前じゃない…母親になってくれる人がいるとしてもそれはお前じゃない!」


 こいつは敵だ。あいつの部下なんだ…惑わされるな!


「…運転を再開します。フュードリック家のプライベートジェットでの移動になりますので、話の続きはまたそちらで」


 それでも温かい身体が離れていくのは名残惜しかった。少し抱き付いただけなのに、かなり狂わされたらしい。


「お望みならまた抱いてあげましょう」

「うるせえ!黙って運転しろ!」


 フォルンは運転を再開した。この車はこれから高速道路に乗って、県を跨ぎ空港へと向かう。


 それまでこの女と二人きりか…最悪だ。

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