第73話 「撃て!」
天音の熱気が周りの木々を燃やす。放っておけば山火事になりかねないが、俺達は敵を倒すことを優先しなければならない。
「あっっづ!」
「ツバキ交代!離れて身体冷まして!」
天音から離れたツバキはその場で転げ回って身体を冷ました。
アノレカディアの人間は頑丈だというのを以前聞いた。それでも物が溶ける程の熱にも耐えられるというのは驚きだ。俺もサヤカ達から受けた特訓で頑丈にはなったが、あいつらはそれ以上だ。
「ナイン!」
「…」
ナインは力を溜めながら、これから狙い撃つ天音を見続けている。
…俺達の力で本当にあいつを倒せるのか?
「ナイン!」
「光太!集中して!力が上がらないよ!」
ただファーストスペルを叫べば良いってもんじゃない。ナインと心を重ねて、何度も叫ばないと!
天音を倒す!
「倒すぞ!ナイン!」
「オオオオオオオオ!」
すると天音がこちらを振り向いた。俺達が攻撃の準備をしていることに気付いたようだ。
ババババババ!
そんな天音を押し潰すように、頭上から巨大な盾が出現する。きっとすぐに溶かされてしまうだろうが、それでも時間稼ぎにはなっている。
「そのままぶっ潰せ!」
シールドを発生させるツバキを中心に、残りの三人が力強い蹴りを入れる。天音はシールドに押し潰されそうになっているが…
ジュワ………ボワアアアアアア!
「みんなが!」
「気にしちゃダメだ光太!力を溜めてくれ!」
「でも…!」
真下から打ち上がる火弾がシールドごとツバキ達を押し飛ばした。
俺の方を向いていた天音は空を向くと、ツバキへ向かって飛翔した。
まずは邪魔物を潰すことを選んだか!
「うざったい盾を召喚するそのスキル!それってもしかして、人との間に壁を作りやすいって性格が反映されてるんじゃないの!?」
「暑い…クラクラする…」
そして天音はツバキに追い付くと、巨大な炎のハンマーを生成。地面へと叩き落とした。
ツカサはロッドを空中で交差させて足場を作った。そこでさらにロッドを生成し、天音に向かって何度も投げ飛ばした。
「武器が溶かされるか…俺達が戦った相手で一番相性が悪いぜ」
「さっきからなんなのよこの爪楊枝は!」
バアアアアアア!
ツカサも焼かれて、そのまま地面に墜ちていった。
「………それで、なんなのよこれ」
ジンの召喚した刃が頭上も含めて完璧に天音を包囲している。熱さえなければすぐにでも攻撃可能だ。
「動くなよ。動いたら…ザクッ!って串刺しだ」
「さっきの見てなかった?私、全部溶かせるんだけど」
「…どうしてそこまで光太に執着する。フラれたなら次の相手を探す。それが恋愛だろ」
「光太はね、私を救ってくれた救世主なの。そんな二人が結ばれるのは当然のことでしょ?」
天音は大声で喋っている自覚がないのか、ジンに話している事が俺達にまで伝わってきた。
「あの子に何したんだよ…」
「まず教科書を貸したのが最初の出会いだ。それからも困ってたところを助けてたら告られて、付き合い始めた」
「告白されて付き合ったってことは光太は好きだったの?」
「どこか放っておけないところがあったから付き合っただけだ。別に好きじゃなかった」
「君…何気に酷いところあるよね」
雑談はここまでだ。ナインの力を限界まで溜める!
「死ね!このチャラ男!」
ジンは焼かれていた。それと同時に停滞していた刃も消失し、天音は今度こそ俺達の元へ迫ろうと身体を向けた。
「おそらく後10歩でユニークスキルの効果範囲内だ。スキルを受けたら溜めた力が全て消されちゃうよ!」
「それでもギリギリまで引き寄せる!失敗はしないぞ!ナイン!」
「その角を生やした女はなんなの?」
「ナイン!それが彼女の名前だ!覚えとけ!」
1歩…
「彼女!?もしかして付き合ってるの!?」
2歩…
「この!浮気者オオオオオオオオ!」
3、4、5、6!歩幅が変わった!ヤバイ!これじゃ呪文が間に合わない!
ドオオオオオオン!
すぐそこまで来ていた天音に、頭上から巨大な氷塊がぶち当たった。するとさっきまで暑かったのが急に涼しくなった。
それよりも敵が止まった!チャンスだ!
「ナイン!ワンドオオオオオオオオオオオオオオ!」
俺が呪文を叫ぶ!そしてナインのウエストバッグから、今必要としている魔法の杖が飛び出した。
杖は重なり一つとなって、魔法の杖の形をしたナイン・ワンドとなった。
「撃て!」
「オリャアアアアアア!」
ナインは雄叫びを響かせ、天音に向かってナイン・ワンドを一直線に投げ飛ばした。
「うぅ…ユニークスキルでその魔法は…」
ナイン・ワンドは消えない!スキルキャンセラー・ワンドの効果だ!
「ぐぅ…重いわこの氷塊!…さ、寒い!?」
アイス・ワンドの力でさらに凍れ!
ピキキキキ…
天音は完全に凍りついた。魔法の力は炎すらも凍らせてしまうのか…
そしてナインが飛ばした一撃は氷を貫く!アイスピック・ワンドの力だ!
グサァ!
凍らせた天音の周りが赤く染まる。ロイドの時みたいに魔獣と分離させてやれなかったのが悔やまれる。
いや、悔やんでやるような人間じゃないか。
「…サンキューサヤカ!」
落下してきた氷塊はサヤカが作り出した物だ。ジンが時間稼ぎをしている間に、アンチウィザードの効果範囲から抜け出したサヤカが、大気中の水分を凍らせて作った氷塊。それは魔法で生成されたのではなく、魔法で空気中の水分を操り作られた物だったから、アンチウィザードに消されず天音を潰すことに成功したんだ。
「サヤカー!みんなの回復もよろしくー!」
サヤカは手を振り地面へ着地した。
天音を倒した…
そうだ。アン・ドロシエルの駒の一人を倒したんだ。まだ他にも、ニックルという男の他に5人残っている。
「ナイン。捕まった時に色々掴んだ情報がある。あいつはアン・ドロシエルの仲間で…」
ピキ…
ピキキキキ…
バリイン!
天音が凍っていた氷塊が突然崩壊した。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「まだ生きてるのか!?」
分析して作った防御無視のナイン・ワンドを受けたんだぞ!それにあれだけの血を流しているのに、立ってられるはずがない!
「…もう愛されなくていい。でも、私以外の事は二度と考えさせない…」
これが魔獣人なのか…これまで戦った魔獣とは根本的に違う!ハンパない悪意に押し潰されてしまいそうだ!
「その女をお前の前で焼き殺す!その光景を目に焼きつけて、私の事を一生憎みなさい!」
「…ナイン!」
血を流しながらも天音は走り出す。そして再び、その身体に炎を纏った。
逃げようと声を掛けたが、ナインは突然膝を付いた。
「一撃に力を入れすぎた…身体が動かないよ」
「ナイン!しっかりしろ!」
魔獣人という姿の天音はナインの首を掴み、空中へ浮かんでいった。俺は離れていく二人をただ見ているしかなかった。