第70話 「立ってみろよ!」
俺は天音に捕まり、目が覚めた時には知らない場所で張り付けにされていた。
魔法によって手足が身体から離されて逃げることは出来ない。おまけに首にはチョーカー型の爆弾が巻かれている。逃げられるくらいなら殺すってことらしい。
「光太…光太…ちゅっ」
切り離された右手は天音に咥えられていた。感覚がないのが唯一の救いだ。
気持ち悪ぃ…それにしてもここはどこなんだ?
「久しぶりね。光太君」
「アン・ドロシエル…!」
最後に見た時は頭だけになったはずの魔女は、身体を取り戻して俺の前に立っていた。
「この方が私に力を授けてくださったの!凄い人なんだよ」
「あなたの彼女さん、手料理が上手ね。美味しいけど食べ過ぎちゃって、最近体重が増えてきちゃった」
「でしたら今夜から健康重視の料理をお作りしますね。あ、だからって味は落ちたりしないので安心していいですよ」
俺、これからどうなっちまうんだ…
「フンッ頭だけになってよく生きてたな、化け物が」
「再生したの。魔獣の力は凄いのよ。常識じゃあり得ない事を引き起こすの」
ナインがいたら今度こそコイツを倒せるのに…
「怖い顔。天音君と同じ歳とは思えないわ」
「光太は大人びてるんです。何やっても文句言わなかったんですよ~…最後は逃げ出したけど」
「お前の目的はなんだ!どうして魔獣を操って人を襲う!」
「ちょっと光太!この人は立派な賢者なんだよ!失礼ないようにしてよ!」
「お前は黙ってろ!…相変わらず俺じゃなくて、俺を支配する自分が好きなんだな…」
「どうして…どうしてそんなこと言うのおおおおおおおお!?」
ダダダダダダダ!
天音から物凄い速さのパンチが繰り出される。それを腹に喰らった俺は、危うく胃の中に溜まった物を吐き出しそうになった。
「こらこら、やめなさい天音君。あなたの大切な彼氏、死んでしまうわよ」
「私の手で殺せるなら本望です…うわーん!」
「相変わらずイカれた頭してるなお前」
「あらヨウエイ。帰って来たんだ?」
新たに少年が現れた。ところでここはどこなんだ?扉もないし周りには黒い雲が渦巻いていて、部屋というよりは空間に近い。
「あのサキュバスが惚れた男か…センスねー!」
「お前!ナインの知り合いか!」
「ちょっとヨウエイ!光太を悪く言わないでよ!」
「こんなやつより俺の顔を見ろ!サヤカもそうだ。なんでジンなんかを…」
「遅くなった」
まだいるのか!?いきなり5人も現れたぞ!
「おや、こいつは捕虜か?」
「あっそ」
「まだ若い少年じゃないか」
「まだ若い子ね」
「…チッ」
「紹介するわね光太君。彼らは七天星士。君の世界を滅亡させる私の駒よ」
ただそこに立っているだけで凄い存在感だ。フードを被っていて顔は見えないが、各々から強い悪意を感じる。
しかし気になるのはそれだけじゃない。
「世界を滅亡させるってどういうことだ!」
「文字通り。無数にある世界の一つから君のいる世界を消滅させるのよ」
世界を消滅させるだって!?そんなことが出来るのか!
もしもそんなことになったら俺達の世界に住む人間は…
「アン・ドロシエル。俺達はこれからどうすればいい?」
「現在、この世界には邪魔なパロルートが3人もいるわ。その内の一人、ナイン・パロルートを殺す」
「はい!私それ立候補しまーす!」
天音が手を挙げた。それと尋ねた男もだ。
「天音君とニックル君。二人に任せていいかしら?」
「任せてくれ」
「光太持ってっちゃうね?あいつの前でキスしてやるんだから!」
そして俺はナイン達を誘き寄せる餌にされた。足を引っ張ってしまい、本当に申し訳ないと思う。
「それじゃあ他の人は私についてきてちょうだい。魔獣を呼び寄せる儀式を始めるわ」
「魔獣を呼び寄せるだって!?」
「光太はこっち。チュッ」
どこかの景色が映った裂け目が出現。俺は張り付けにされている十字架ごと、その裂け目に投げ入れられた。
「ここは…」
アノレカディア…ではない。ここは俺の世界だ。俺は裂け目を通ってワープしたのか?
「アン・ドロシエルに協力なんて…自分達が悪いことやってるって自覚ないのか!」
「俺はアン・ドロシエルに命を捧げ、全てを破壊することを誓った…この薄汚い世界はあってはならない!」
「まあこのおじさんの事情はどうでもよくて…光太、仲間にならな──」
「断る!誰がお前たちに協力なんてするか!ガッ!?」
俺の口に短刀の刃が押し込まれる。天音がちょっとでも力を入れたら喉奥に到達する。
「光太は私と一緒にいるの。それが一番の幸せなんだよ」
…なんだが頭がクラクラする。舌に触れる刃が甘いし、きっと毒でも塗ってあるのだろう。
「光太…好き」
俺は嫌いだ。お前さえいなければもっと良い人生を送れていた。
「私のこと、好きだよね」
そっと短刀が離される。口にはまだ嫌な感覚が残っていた。
「…好きだ」
「そう…そうだよ。光太は私が好きでいないといけないんだ」
「ナインが好きだ」
「…は?」
「お前だけじゃない!俺の人生は親に見放されて滅茶苦茶になったはずだった!それでも今を笑って生きられるのはあいつのおかげだ!」
「…キスすれば分かるよ。自分が誰が好きなのか」
天音の顔が迫る。顔は良い。胸もナインに勝ってるけど、それ以外がクソだ!というわけで俺は頭を引いた。
バダァンッ!
そして近付いてきた顔面を額で殴ってやった!んんん!痛快!
「ざまあみろ!おでこにキスしてな!このサイコパス野郎ッ!」
唇を噛んだのだろうか。しゃがみこんだ天音は震えて立ち上がらない。
「立ってみろよ!ナインなら痛いことがあってもすぐに立ち上がるぞ!」
「お前…ぶっ殺すわ!」
腹に短刀が来る!防御も出来ないし、こうなったら根性で我慢するしかねえ!
キィン!
「なによアンタ!邪魔しないでくれる!?」
「それは出来ないね」
短刀は天音の手を離れて宙に浮いていた。
攻撃を阻止したその女性は天音を蹴り飛ばした。そして俺を拘束していた魔法は解除され、離れていた手足が戻ってきた。
「ノート!」
「お久しぶり。バリュフ、チョーカーもよろしく」
後ろにいたバリュフはチョーカーを素早く外した。そして天音に向かって投げて、さらに魔法でねらい撃ち。見せつけるようにチョーカーを破壊した。
「あの女、邪気が溢れている…」
「助かったぜー!早くあいつらやっつけてくれよ!」
エウガスで出会ったバリュフ・エルゴとノートの二人が助けてくれた!
「話に聞いていたメアリスの女と転生者か。ここで片付けるぞ」
ニックルという男は銃を召喚し、天音は先程の短刀と同じ物を構えた。
2対2でしかも俺とナインより強いはずのバリュフ達だ。負けるはずがない。




