第65話 「私は灯沢優希」
「うえ~ん!うえ~ん!」
「君、どうしたの?」
「ウチのベロちゃんがね、いなくなっちゃったの…」
「写真とかってあるかな?」
「これ…」
「白いトイプードル…お姉ちゃんも探すの手伝ってあげるよ?」
「本当?ありがとう!…私、カナ!」
「カナちゃんって言うんだ。私は灯沢優希。ユッキーて呼んでね」
こうして数十分前、私はカナちゃんのペット探しを手伝うことになった。
けれど近所を歩き回ったり、SNSを使ってみたりするだけじゃベロちゃんは見つからなかった。
「ったく…ナインのやつめ…あんなにキレるか普通?」
黒金君だ…もしかしたらベロちゃんを見てるかも。
「ねえ、黒金!」
「っわ!?とと、灯沢…どうしたんだ?」
なんか凄い引かれてる気が…まあいいや。
「この犬見なかった?探してるの!」
「白いトイプードル…見てないな。迷子か?」
「うん。飼い主の子が凄い寂しがってて…早く見つけてあげたいんだ」
「ふーん…だったらさ、探偵に依頼したらどうだ?」
普通は「俺も手伝う」とか言うよねここ。
「た、探偵?」
「ペット探偵だよ。そういうのを探すのが得意な人達がいるって前にテレビで観たんだ。金は掛かるだろうけど、きっと見つけてくれるだろうぜ」
解説を終えて立ち去ろうとする黒金君の腕を私は思わず掴んでいた。
「じゃあなじゃないでしょ!?提案するならどこにいるとかどれがオススメとか教えてよ!」
「いだだだだ!人を止めるのにそんな力いらないから!放して!」
そんなわけで黒金君も協力してくれることになった。
「いっぱいあるな…」
黒金君はスマホでペット探偵のワードを検索し、画面をスクロールしていた。
「学生には痛い金額だな…」
「…ねえ、ナインちゃんに探してもらえば良くない?」
「あいつは病気だ」
「病気!?大丈夫なの?」
「さーな、頭の病気だから俺にはよく分からん…お!これとかどうだ?」
どうやら良い探偵事務所を見つけたみたい。安いと良いけど…
「ビッグ探偵事務所。ペットの依頼も承るし、事務所も単端市内だってさ。金額も見た中じゃ一番安いしどうよ?」
「うん、ここにしてみるよ!ありがとう!」
「それじゃあ俺はこれで…ぐへっ!?」
「一緒に来るの!」
とにかく逃げようとする黒金君を掴まえ、私達は事務所のある建物に向かった。
ポンポップビルの2階。そこには確かにビッグ探偵事務所があった。
コンコンコン…ガチャ
事務所の扉を叩いて出てきたのは、胸が大きな金髪の女性だった。
「ハーイイラッシャイ!ワオ!モシカシテ、オ仕事デスカ?」
「黒金君、本当にここで合ってるの!?」
「合ってるよ。この人が所長のナイス・バディさん」
「すいません!やっぱり結構です!」
「遠慮イラナイネー!サアサア!」
そして私達は無理矢理事務所に連れ込まれてしまった…
席に着いた私たちにお茶を並べるナイス所長。どうやら助手などはいないみたいだ。
「ソレデ?ドンナ依頼ナノネー?」
「あの…この犬を探して欲しいんです」
「マー!キュートナ秋田イヌ!」
「トイプードルです」
トイプードルと秋田犬って全然違うでしょ!?本当にこの人に任せて大丈夫なの!?
「フムフム…私ニ任セテオーケー!絶対見ツケテミセルヨ!」
「ありがとうございます!ところで料金っていくらぐらいになりそうですか?」
「子ドモカラマネートラナイヨ!」
まさかのタダ!やっぱり正解だったかもしれない!
早速、ナイス所長と一緒にベロちゃん探しへ向かった。カナちゃんと両親の情報を頼りに、まずは普段の散歩ルートからだ。
「フーン…」
ナイス所長は茂みの下を覗いている。
「犬ノフンナイネ。ココイナイヨキット」
「そ、そうですか…だったら先へ進んでみましょうよ」
彼女を先頭にして道を進みつつ、黒金君に小声で尋ねた。
「黒金君、この人信用して平気なの?」
「見つけられなかったら別の人に依頼すればいいだろ」
ナイスさんに聴かれてしまわないよう、物凄く小さな声で会話する。
それにしても他人事だからって、黒金君は冷めている気がする。もうちょっと心配するとかないのだろうか?
結局、その日の内にベロちゃんは見つからなかった。
それから一週間後、ナイスさんはベロちゃんを見つけたのだが…
事務所のテーブルに並べられた写真を見て絶望した。
「…なんかの間違いじゃないですか?」
「イイエ。私目ニハ自信アルヨ」
ベロちゃんはこの街を仕切る暴力団の八塚組で飼われていた。首輪は全く違う物に変えられていて、さらに事務所の近くのごみ捨て場で、写真に写っているベロちゃんの首輪を見つけたらしい。
「組長、ベロチャンニ夢中ネ。返シテクレルカ分カラナイヨ」
「そんな!?なんとかして取り戻せないんですか!」
「…マフィア危ナイ。下手ニ手出シスレバ、デンジャラス!」
「そんな…ドッグタグも付いてたのに、これじゃあ泥棒じゃん!」
「ソレ平気デスルノガ暴力団ネ」
「黒金君、ナインちゃんまだ病気なの!?」
「あ、あいつは…その…」
「どうせ病気なんかじゃなくて喧嘩したんでしょ!」
「うっ……そうさ!喧嘩して押入れから出て来なくなったんだ!」
「私探偵ネ。依頼シテクレタ人ノタメニ頑張ルヨ」
そう言うとナイスさんは隣の部屋に入り、出てきた時には黒いスーツ姿に変わっていた。
「今夜コレデ潜入シテ取リ戻スヨ。目ニハ目。泥棒ニハ泥棒ネ」
「いやいやバレますって!金髪ロンゲのジャパニーズヤクザなんて見たことないですよ!」
「俺も協力します。危険な事は慣れっこなんで」
「ワーオ!ハードボイルド!」
そう言って黒金君までスーツに着替えてしまった。依頼したのは私だけど、こんな危ないやり方はして欲しくない。
「あの、もう結構です。依頼の事は忘れてください…」
「ナンデ?ベロチャン諦メルノ?」
「だったら俺から依頼します。探偵さん、この犬取り戻すの手伝ってください」
「ワーオ!ソレナラノー問題!」
ヤクザに喧嘩を売るような真似は間違ってる。私はもう、これ以上首を突っ込まないでおこう。
カナちゃんには悪いけど、ベロちゃんの事は諦めてもらおう…