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第63話 「救われた気がした」

「あれは…島の主だあああああ!」


 巨大な身体と触れた相手を即死させる大きな2本の牙を備えたマナサ島の主が、魔物を引き連れてシャイアラへ迫っていた。

 患者の中からも戦える人間は砂浜へ集まり、迎え撃つ用意が始まっている。


 バッ!ブウウウウウン!


 僕は羽根を広げ、海面を走る島の主へと接近した。


「ボァオオオオオ!」


 主が雄叫びをあげると、並走していた魔物が僕に襲い掛かる。ハンマービートルの角振り下ろし攻撃や、ブラストビウオのジャンプタックル。それらを避けながら、僕はなんとか飛び続けていたが…


「飛行が安定しない…!」


 右の羽根は月での戦いで半分ほど溶かされている。正直、ここまで飛行出来たのは奇跡だ。


「よっと!」

「バァオオオオオ!」


 牙に触れないように注意しながら、主の大きな顔へ飛び込んだ。逆立った毛が肌にチクチクと刺さって痛かった。


「バァオオオオオ!」


 島の主は怒っている。いや、マナサ島にいた全ての魔物は仲間が薬の素材にされた事を怒っているんだ。


「やめてくれ!止まってくれ!」


 ひたすら羽根を動かして僕はブレーキを掛けた。しかし島の主はスピードを落とす気配はなく、どんどんシャイアラへ近付いている。


「このままじゃ君達が全滅させられるぞ!」

「バァオオオオオ!」


 背中に何かが突き刺さる。きっと虫の魔物だろう。


「くっ…!人間と魔族の都合で傷付けられた怒りに我を忘れてるんだ!」


 背後から強い魔力を感じる。魔法使い達が攻撃の準備をしているんだ。それも昨日とは違って、一撃で全てを葬り去るつもりだ。


「止まれえええええええええ!」

「バァオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 魔力が強まり、僕達の元へ向かって来る!このままやられるのか…!


「バァオ!?」

「やっと怯えたか!早く引き返すんだあああ!」


 島の主が減速を掛けるが、きっと攻撃は避けられない。そして僕も巻き込まれる!




「ミラクル・ワンド!」


 光太の声を聞いて僕は振り返った。強力な魔法は全て、城壁のように大きなバリアによって止められていた。


「やっと発動した!お前達!攻撃を止めろ!ここにはナインがいるんだ!」

「その子は諦めてバリアを解除しろ!ここで島の主を倒さなければシャイアラは崩壊する!」

「諦めろって…ナインは薬の材料を集めた恩人だぞ!酷すぎるじゃないか!」

「お願いだよ!この魔物達は島の仲間を殺され続けて怒ってるんだ!子どもすら憎しみを覚えるほどに!これ以上殺さないでやってくれ!」

「薬の素材が必要だったんだ!殺すのは仕方ないだろう!」

「それはそうだけど…もっと魔物たちの事も考えてあげてよ!」

「この魔物愛護思想家が!」


 バアアアアアアン!


 強い魔力が消失した。バリアにぶつかっていた魔法が全て消えてしまった。

 原理は分からないけど…またミラクル・ワンドの力に助けられたみたいだ。


「バリアが全ての魔法を無力化した……ってそんなことより!大丈夫かナイン!」

「おかげでね…」


 魔物の群れは魔法に怯えて島へ戻っていく。これでシャイアラはひとまず守れたってことかな。

 島の主から砂浜へ足を付けた。警戒心を緩めない冒険者達から僕らに向けられる視線は冷たい。


「バァオ…バァオオオオオ!」

「そんな!?」


 怯えていたはずの主がまた怒りを宿した!一体どれだけの憎しみを募らせているんだ…!


 狙われるのは当然、すぐ目の前にいた僕だった。一瞬で楽にしてもらえる牙ではなく、合金すら噛み砕けそうな大きな歯を見せ、主は飛び掛かった。


「喰うんじゃねえ…」


 しかし光太が両腕で歯を受け止めた。彼では止められるはずのない強靭な顎だが、それを僕の前で押さえていた。


「怒りはしっかり伝わった…けどな、この世界は弱肉強食だ。そのことをここにいる誰よりも、お前は理解してるはずだ…じゃなきゃここまで強くならないもんな…」

「バァオ…」


 島の主が光太から歯を離した!全力を出せば噛み潰せたはずなのに!


「だから…喰うんじゃねえ…お前達を守ろうとした恩人(ナイン)を喰うなよ!ここにいる誰よりも強いナインを!お前ごときが喰うなああああああああ!」


 島の主が帰っていく。何とか、無駄な殺生は避けられたみたいだ。


「………今のは怯えたとかじゃなくて困惑して逃げたって感じだね…」

「腕いってえええ…」


 安堵する間もなく、魔物を庇った僕達は武器に囲まれ問い詰められた。


「魔物愛護思想家はやっぱりロクなやつがいないんだ」

「僕は別にそういう過激な人間じゃない!」

「だったらどうして魔物を守ろうとした!」

「怒っていたからだ!聞きますけど、今まであんな風に魔物が来ることはあったんですか!?」

「………あった!」

「いいやなかったな。少なくとも俺が知る限りじゃ」


 クァグさんは僕達の前に立って、冒険者達に武器を下げるよう手を振った。


「クァグ、そいつらを庇うのか」

「お前らはただの仕事仲間だしな。俺はこの国出身で子どもの頃から素材集めの仕事に尽くして来た。必要な物を言われ、それを必要な分だけ集めた。シャイアラが発展してからここで怪我や病気を治そうとする人が増えた。必要な薬が増えた。島に立ち入る人間が増えた。当然、殺さなきゃいけない魔物の数も増えた。無駄に多く殺したり、まだ幼い子どもを狙ったりしたからこうなったんじゃないのか?」

「だったら俺達患者はどうすればいいんだよ!集める素材の量を減らして、薬が足りなくなったら諦めろって言うのか!」

「けれどこのままマナサ島の魔物を狩り続けたらいつか絶滅しますよ!」

「絶滅したって良いだろ!人に害なす魔物なんだぞ!」


 なんて自己中心的な考え方なんだ…!それにあの島にいた魔物が何をやったって言うんだ!


「ナイン、立てるか?」


 光太が尋ねた。僕は口では返事をせず、立ち上がり島の方を向くことで意思を示す。


「やるぞ!ナイン!」


 彼が叫んでいるのはファーストスペルだ。名前を呼ばれた途端に力が出てきた。


「ナイン・ワンド!」


 腰に巻いているバッグから何本も杖が飛び出た。杖は一つに合わさり、この瞬間だけの新しい魔法の杖となった。


「な、なんだよ…俺達に攻撃するつもりか!」

「行け!ナイン!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 僕は全身を動かして、マナサ島に目掛けて杖を投げ飛ばした!




 杖が突き刺さった途端、島は眩く光りを放って目の前から姿を消した。


「島がなくなったぞ!?」

「今の感じは転移魔法だ!マナサとそこに住む魔物をどこかへ転移させたのか!?」

「これから薬の素材はどうやって集めればいいんだよ!」

「なんてことしてくれたんだ!」

「この子達は迷惑な魔物の住む島を遠くに飛ばしてくれたんだ。感謝しないとダメだろ?」

「クァグ!お前まだそんなこと言うのか!」

「お前らいい加減に気付けよ!…分かるだろ?医療のためにこの島は他の命を奪いすぎたんだよ」


 この時クァグさんが庇ってくれなければ、僕達は袋叩きにされていたかもしれない。自分が治してもらえないと理解した人達は、それほどに恐ろしかった。


「ナイン、光太。魔物達を守ってくれてありがとう」

「ついカッとなってやっちゃっただけです。本当はパロルートの隊員として、治療を望む人間と魔族を優先しなきゃいけなかったのに…島を飛ばしてしまった」

「きっと君のやったことは間違ってないって思うよ。俺みたいな魔物が好きな人間は救われたからさ」


 クァグさんに庇われながらも、この国に居場所のない僕達はすぐ帰路についた。


「2人とも、大変でしたね」

「ほんとだよー!でもナッコーが無事で良かった!それに、光太のおかげで僕も魔物たちも助かったよ!ありがとう!」

「そ、そうか?」


 僕の脚は治せなかったけど、今回の旅で少しばかり成長出来た気がする。光太はミラクル・ワンドとファーストスペルの両方を発動出来たんだ。

 時間が無駄になったわけでもないので、治す事は潔く諦めるとしよう。


「光太、僕は普通のサキュバスじゃない。実はキメラなんだ?」

「…キメラって?」

「あ、まずはそこからか…まあ改造手術で魔物の一部を身体に取り入れたってわけ」

「そのゴキブリみたいな羽根とか?」

「そうそうこのテカってした質感って誰の羽根がゴキブリだ!?」


 まあ虫系の魔物を取り入れたのは事実だけど、ゴキブリじゃない!

 キメラになって色んな魔物のデータが混ざったことが原因で、治療が不可能とお医者さんに言われてしまったのだ。


「僕は強くなりたくて自分で改造手術をしたんだ。お兄ちゃん達には凄く怒られたよ。それにこの身体のせいで虐められた。通ってた学園は魔族が人間に擬態するのは校則違反だったから隠すことも出来なかった」

「酷い話だなぁ」

「まあキメラ自体良い物として扱われないからね…それでね、僕はあんまり自分の身体が好きじゃなかったんだ」


 他の魔物の要素を得たことでサキュバスの要素が薄れてしまった僕は過去に、魔物だって言われたこともあった。けれど今日、僕はこの身体を好きになれた気がした。


「光太は魔物達を守ろうとしてくれた。凄く嬉しかったよ。嫌われ者の魔物もこの世界に欠かせない生き物だって分かってくれてて…僕も魔物みたいな身体だから、一緒に救われた気がした」

「だったら…守れて良かったよ。お前と魔物を」


 今日は光太に助けられてばかりだ。いつかこのお礼をしっかり返してあげたい。僕はそう思った。

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