第58話 「ぶっ飛ばすぞマジでこの野郎!」
私の名前はサヤカ・シラサメ。ナイン・パロルートの元同級生にして友達だ。
そのナインが月から戻って来たかと思いきや、今度は身体を治しにまたアノレカディアへ行った。相変わらず落ち着きがない子だ。
ジリジリジリジリジリジリ!
私達はいつも朝6時に目を覚ます。リビングには足場がないので、毎日布団は畳んで物置状態の和室へ移さなければならない。
ここで私と一緒に暮らす仲間を紹介しよう。
「ふぁあー…朝ご飯作らなきゃ」
家事を押し付け過ぎて、起きた時の挨拶が「おはよう」ではなく「朝ご飯作らなきゃ」になってしまったツバキ・タテヤマ。
「…お休み」
ジン・クロザキは目覚ましが鳴って目を覚ますと、二度寝を始める。
そしてもう一人の同居人。ツカサ・ウドウは夜中に魔獣が出現した時に備えてパトロールへ行っている。そろそろ帰ってくるだろう。
「ただいま~!今回も魔獣に会わなかったぜ。シャワーシャワ~」
ちょうど帰ってきた。今回どころか、夜中に魔獣と遭遇した事は一度もない。もしかしてあいつらも眠っていたりするのだろうか。
私達はアノレカディアにあるネフィスティア学園から送られてくる課題を終わらせたり、最近は獣人ウォルフナイトの正体を探るためにパソコンの前で努力している。
ただそれらは努力義務であって、魔獣を倒す時以外はほぼ自由行動だ。
「あー…どうしよう。何もしてないのに壊れちゃった」
「ちょっとジン!あんたまた変なサイト覗いてウィルス感染したわね!?これで何台目よ!」
…たまにトラブルもあったりするが、それでも上手くやっている。
「それじゃあ俺バイト行ってくるわ」
シャワーを浴びて出てきたツカサは、ツバキの作った朝ご飯を食べてまた出掛けて行った。一体いつ休んでいるんだろう。
「それじゃあ、私もバイトしてくるね」
ナインが魔法で戸籍を用意してくれたおかげで、私達はこの世界の住民として活動が出来る。働く事だってできるんだ。
「いらっしゃいませー」
アパートから最寄り駅にあるハンバーガー屋。そこで私は接客をしている。
「マグロフライバーガーのセットで。ポテトはM…後は…」
ハンバーガーのセットで1000円近くすると最初知った時は驚いた。この日本という国の人間は満腹を得るために1000円支払うことに何の抵抗もないらしい。
「サヤカちゃん、午後からキッチン入ってくれない?もう一人の子が来れなくなったみたいなの」
「分かりました…えー、番号札233番でお待ちのお客様ー!」
私はレジ打ちメインで色々やる他に、人手の足らなくなったキッチンでの作業を任されたりする。
アノレカディアでのバイトは楽しかったけど、ここのバイトはつまらない。時給も少ないし、これで満足出来る謙虚な姿勢な見習わないといけない気がした。
「…疲れた」
バイトが終わる時は魔獣との戦いが終わった時ぐらい疲れている気がする。
「ただいまー」
今夜のパトロールは私か…ちょっと体調悪いな。代わってもらおう。
「ジン、今夜のパトロール行ってくれないかな?体調悪くて…」
「えーなんで俺?」
「だってジン、今朝からずっと家にいて体力余ってるでしょ?」
「ウォルフナイトの情報探してたよ。まあ収穫はなかったけど…」
「だったら俺が行ってくる!」
「ツカサは休んで。そんなフラフラな状態じゃ、魔獣と出会った時に戦えない出来ないでしょ」
「だったら私が行くわ。寝てる間は静かにしてなさいよね」
夕飯を作り終えたツバキは3時間の仮眠の後、家を出ていった。
残った私達は3人は布団を並べて寝た。
「…どう考えても人員不足してるよね。ダイゴさんに頼んで人増やしてもらわない?」
「夜パトを週一で交代にすれば解決する。来週からそうしよう」
「スーッ…スーッ」
ツカサはもう眠ったみたいだ。
一日を振り返ってみると悩みが色々見つかるが、特に問題なのはお金の問題だ。ジンが働きたがらないので、三人でバイトするしかない。私達の稼ぎでようやく四人暮らしは成立しているのだ。そしてジンは夜のパトロールに消極的だ。
「…ジン、アノレカディア帰る?」
「どうしたの急に」
「いや、ジンは全然役に立たないなって思って…学園生活に戻る?」
「俺一人じゃつまんないから皆で帰ろうよ」
「駄目だよ。私達はキンジさんの頼みでナインに協力しなきゃいけないんだ」
「俺だってそうだよ」
「でもジンはナインに協力、出来てるかな?」
「そりゃあ戦いとかでそれなりに…」
「それは皆も同じだよ。でも他のところではどう?バイトはしないパトロールに行かない…協力出来てるかな?」
「…怒ってる?」
「出来るのにやらないから怒ってるんだよ。そりゃあやりたくないって気持ちは分かるけど、ここ学園じゃないんだよ。今の私達は学生じゃなくて人を助けないといけない人間で、ワガママ言ってちゃいけないんだ。それが納得いかないなら学園に帰らせる」
「………ごめんなさい…これからちゃんとやります」
四人の内のリーダーとして、こういうところでは厳しくしてやらないといけない。
ただいまの時刻、午後11時05分4秒。もう明日のバイト休もうかな…よし、明日は休もう。行ったところで迷惑掛けるだけだ。
プルプルプルプル…
ツバキから電話が掛かってきた。こんな時間に電話なんて、物凄く嫌な予感がする。
「…もしもし?」
「魔獣が現れたわ!それも大きいやつ!」
はぁ…ジンにリーダー押し付けて私が帰ろうかな。
「もしもし!?きゃっ!」
「今から向かう。器物への被害はもう仕方ないとして、人は絶対傷付けさせないで…ほらツサカ!起きて!」
とうとう夜中に魔獣が現れた…けれどこんな状態で倒せるのだろうか?
そして眠気と共に現場へ到着した時、戦いはクライマックスを迎えていた。
「オリャアアアア!」
全身が氷のような魔獣と、ロボットのような姿をしているセナさんが戦っていた。
セナ・パロルートはナインの七番目のお兄さんだ。今の巨大な姿を超人モードと呼び、そこからセナさんは戦艦に変形が出来るのだ。
最初に魔獣と遭遇したツバキも、戦いの邪魔にならないように私達と観戦していた。
「俺の必殺を受けてみろ!アタタタタタタ!」
私達より遥かに強いセナさんは、魔獣を倒すと元の人間態へ戻り、手を振ってこちらにやって来た。
「やあ少年少女よ!久しぶりだな!青春やってるか?」
暑苦しくてうるさい…この時間帯に最も会いたくない人だった。
「そうだサヤカ!前に会った時に言い忘れていたことがあったぞ!」
なんだろう…でもきっと重要なことだろう。気持ちを切り替えて、私は姿勢を正した。
「世界が違えど、君達はまだ未成年だから夜中にパトロールするのは良くない!だからこれからは俺に任せておけ!そう言いたかったんだ!」
「それじゃあ、今夜私達が来る必要は…」
「なかったな!」
喜ぶ前にまず殴った。どうしてそんな重要な事を伝え忘れていたのかと。
「だってー!サヤカがすぐ帰るからだろう!」
「だったら止めてくださいよ!」
「触ったらセクハラになる!」
「声で呼び止めれば良いでしょう!?」
「他にも人がいたのに大声出したら迷惑だろう!」
「ぶっ飛ばすぞマジでこの野郎!」
「おう!元気が良いな!戦闘訓練なら明日にでもやってやろう!」
なんなんだこの人は…悪い人ではないし、頼りになるはずなんだけどな…
「…帰るよ皆」
明日、いや今日のバイトは休もう。
つまり何が言いたいか。私はそれなりに大変なポジションに就いているということだ。
なのにナインは光太と一緒にアノレカディア行っちゃうし…たまには私とお茶したりしてくれても良いと思う。今度誘ってみようかな。
でも前に部屋に遊びに行った時、光太の話ばっかりだったんだよな…
誰か私を労ってくれたりとか…してくれないかな。