第57話 「まあいっか…」
魔獣との戦いがあった次の日。僕達は魔獣が潜んでいた工事現場の前まで来ていた。
封鎖された扉を破壊されて、その次に降りた隔壁をまた魔獣に破壊された内部エリアに続く穴。そこには更に新しい隔壁が降りて、空気が逃げるのを防いでいた。
これが壊れてしまったら今度こそおしまいだろう。いや、もしかしたら第三の隔壁があるのかもしれない。それが壊れたら第四、第五…
光太は昨日、この穴の中でおかしな行動を取っていた。幻を見ていたというが、その幻がどうも過去にあった大事故の光景だったらしい。
「変な装置から光が出てきて、それが少年に取り憑いた。そしたらそいつがウォルフナイトになったんだ!」
「うーん…」
宇宙服にはカメラが付いている。リアルタイムの映像が送られて来ていたけど、当時の僕は複雑なマップと宇宙服のシステムに不調がないかを確認していたので、映像はあまり観ていなかった。
「そうそう…ストップ!これだよこれ!この装置から光が出てきた…っていう幻を見たんだ!」
「これは…」
カメラに録画されていた映像をストップした。そこに映っているのは見たことのない機械だ。けれどこれは地球文明の物じゃないと僕は思った。
「事故で生き残った少年…それがウォルフナイトの正体かもしれない」
「光太が見たっていう、崩れていくウォルフナイトの中から現れた手…君が見た幻が本当なら、ウォルフナイトっていうのは人間が変身した姿だったんだよ。帰ったら当時の事件について調べてみよう」
あー、羽根が痛い…脚だけじゃなくて羽根も治さないと。
「…ナイン、どこか痛むのか?」
「いいや?」
「そっか…不調感じたら教えてくれよ」
「光太、あのさ…あ…」
「ん?なんだ?」
「…なんでもない」
ターミナルに行くと、ホッシーが寄越してくれた水城財閥の宇宙船が停まっていた。僕達はそれに乗って一日掛けて地球へ帰った。
「ただいまー!いや~大変だったよ!死ぬかと思った!」
「おかえり。これお土産?」
「うん。兎餅と月光カステラ、それと月で養殖されてる蟹」
「蟹ね…いや生きてるけど」
サヤカ達に月での出来事を話した。特に光太が発見した謎の装置。そして彼の見た幻というのはウォルフナイトの正体に繋がる良い手掛かりだ。
「そうだ。さっき駅前でセナさんと会ったよ」
「ふぅーん………セナ兄ちゃん!?」
セナ兄ちゃんは7番目のお兄ちゃんだ。どうしてこの街に来てるんだろう?
「相変わらず馬鹿みたいに暑苦しい人だったよ」
「失礼な!セナ兄ちゃんは熱血漢なんだ!」
この街に住んでいるとしたらいつか会えるだろうか。お兄ちゃんがいれば、これからの戦いも怖くない。
ウォルフナイトの正体を探るのはサヤカ達に任せて、僕と光太はアノレカディアへ行く準備をしていた。
「別にそんな急がなくても…」
「いいや。治せるなら早く治そう」
本当は布団でグッスリお休みしたいんだけど、光太が早く脚を治そうとうるさいんだ。
「セナ兄ちゃん来るかもしれないし、書置きだけでも残しておくかな…」
ペンと紙を用意したが、何を書けば良いのか分からない。魔獣に関する事の報告だけでは少し寂しいだろうか。
僕達は月へ行って魔獣を倒した。けれど今度は、僕の身体を治しにアノレカディアへ行くことになった。なにかを成し遂げてもまた次の試練が立ちはだかる。きっと今回の旅も楽に終わらないんだろうし、終わった後にはまた新しい試練が来るのだろう。
それでも遠くで頑張っているお兄ちゃん達や、一緒にいてくれる親友の光太のことを考えると頑張れる。
手紙の内容はそんな感じだ。
ノートっていう女性からの伝言も忘れずに書いておこう…またあの人達に会えたりするかな。
「前の任務の記録提出をすっぽかすな。うん、こんな感じでいいかな」
そうだ、僕達の似顔絵も描いておこう…光太はこんなにカッコよくないな。
「ナイン、準備出来たぞ」
「分かった。それじゃあ出発だ!」
「おう!…で、どこに行けば身体を治せるんだ?」
医療が発展した国はいくつもあるはずだ。僕はパッと思い浮かんだ国名を挙げた。
「大陸そのものが病院って言われてるシャイアラ医療国に行こう」
「それじゃあそのシャイアラに行くか!」
「出発だ!」
コンコンコン…
アノレカディアへ旅立つゲートに足を入れようとしたタイミングでノックの音がした。
「このタイミングで…サヤカ達かな?」
玄関前に立っていたのは下に住んでる誰でもなく、隣の隣に住んでいる石動加奈子だった。
「ナッコー!どうしたの?」
「サヤカさん達からあなた達が異世界へ行くと聞いて、同行させてもらおうかと」
え?なんでこの人そのこと知ってるの?
「あなた達が月へ行っている間、ツバキさんが色々教えてくれました。私、魔法がどんな物か視てみたいです」
ツバキか…多分調子に乗せられて全部喋ったな…
「まあいっか…入りなよ。今出発するところだったからさ」
「ありがとうございます」
ナッコーを見て光太は驚いていた。無関係な人に魔法の事はあまり話したくなかったけど、こうして旅の仲間が増えるのは良いことかもしれない。
「それじゃあ改めて、出発だ!」
「おう!」
ゲートを渡った先のラミルダでは雨が降っていた。僕はアンブレラ・ワンドで三人が入れるぐらい大きな傘を広げて、シャイアラへ歩き出した。