第56話 「無事だったんだね」
光太はとうとう、地下に潜んでいた魔獣を誘い出すことに成功した。
今度は僕の番だ。絶対に倒す!
「ハアアア!」
扉を破壊して飛び出して来たばかりの魔獣の背中にキックを喰らわせた。
サソリみたいな見た目をしているだけあって硬い!手応えを感じられない!
魔獣は大きく身体を動かして僕を振り落とし、尻尾を向ける。何をするかは既に分かっていたので、すぐに動く事が出来た。
ダン!ジュウウウ…
僕の回避した弾が地面に命中。その部分がドロドロと溶けていく…当たったら一溜りもないぞ。
「気を付けて戦わないと!」
背中を羽根を広げて僕は宙に上がった。すると突然、天井に引っ張られて身体を打ち付けた。
「いったった…」
どうやら天井での作業用に、地上とは逆方向に引力を発生させるグラビティシステムがあるみたいだ。
しかしこのままではいけない。天井に穴を開けられたら大変な事になる。
魔獣は尻尾を僕に向けて、弾を撃つつもりだ。
再び飛び上がり、すぐさま地上に戻った。重力の向きがすぐに変わったせいか、変な感覚だ。
それと同時に魔獣が弾を撃つ。近くに落ちていた瓦礫でそれを防ぎつつ、僕は前進した。
ダダダダダ!
強力なのに連射が出来る尻尾の弾を掻い潜り、顔面を殴ろうと拳を振るう。しかし魔獣のハサミでパンチは受け止められた。
発射寸前の弾を避けようとして身体を倒す。だがその時、両足をもう片方のハサミで掴まれてしまった。
「放せ!」
羽根を動かして逃げようとするが、魔獣は放してくれない。ひたすら暴れて抵抗していると、魔獣の弾が羽根に命中した。
「ぐっ…!羽根が溶かされた…?」
僕の身体は地面に落ちた。弾頭を見せる尻尾がこちらに向けられる。このままじゃヤバい…
「放せえええええ!」
掴んで放さないハサミをひたすら殴った。しかし背中と同じようにここも硬い。僕のパンチでは砕けなかった。
ヒタリ…
弾頭から流れ出た液体が僕の膝へと溢れ落ちた。
「ウアアアアアア!」
熱い!こいつ、どうして撃って来ないんだ…
まさか、このまま僕を溶かして食べるつもりか!?魔獣が食事をするなんて聞いてないぞ!
ポタリ…
さらに零れ落ちる液が、僕の脚を溶かしていく…このまま食べられるのか?
「…絶対に勝たなきゃいけないんだ!うおおおお!」
苦渋の選択だった。僕は溶け始めていた部分を諦めて、脆くなっていた脚を力強く引き破った。
痛いけど、ここで喰われるよりはマシだ!
「そんなに溶かしたきゃ!自分でも溶かしてろおおおお!」
両腕で地面から跳び上がり、こちらを向いている尻尾を掴んだ。そして背中と弾頭を接触させ、柔らかい尻尾を握り潰すと弾が暴発した。
これは…死んだかな。
「ナイン!しっかりしろ!おい!」
光太の声だ。お互い、何とか生き延びたみたいだ。
「無事だったんだね」
「脚はどうしたんだよ!?なんでなくなってんだ!…血が止まらねえ!?」
「心配しなくても…魔法の杖があるじゃないか」
「そうか!お前、再生能力とかあるんだな!?俺に手伝えることは何かあるか?」
「大丈夫…バッグちょうだい」
そういう杖はない。回復系などのハイレベルな魔法の知識は僕にはない。僕なんかでは失くなった物を再生する事は出来ないんだ。
「な、なんだよそれ…脚みたいな形してるけど」
「義肢魔法の杖レフトレッグ・ワンドとライトレッグ・ワンドだよ」
脚の形をした2つの杖だ。杖は下半身をスキャンして、不要な部分を分離した。
そして切断面へ近付けると、杖と脚が連結して自由に動かせるようになった。
「足首から指の間接まで完璧だ…フィックスッ!」
足音が派手になってしまった。そのうち防音素材でも付けて改良しておくか。
「じゃじゃーん!カッコいいでしょ!中には魔力製造装置が搭載されていて、寝ている間に僕の身体に合った魔力を作ってくれるんだ!」
「ごめん…俺がもっと早くに来ていれば…!」
あーあ…光太が泣いちゃった。まだまだお子ちゃまだなぁ。
「失くなった脚はアノレカディアで多分治せる……でも、魔獣に奪われた命は決して戻らない。僕達はそれを守り抜いて勝ったんだ。完勝だよ」
「だったら…早く治そうな?俺、そのためだったら学校だって休んで付き合うから!」
「え~それってサボりたいだけじゃないの?」
「馬鹿野郎!本気だ!なんだったら俺の脚をここで切って今すぐ献上してやろうかあ!?」
冗談なんだろうけど、本当にやりかねない気がして怖い。これ以上からかうのはやめておこう。
「…勝ったな」
「でもどうしよう。まだここの住人は魔獣がいるってパニックになってるよ」
「ナインが倒したって…言っても信じないだろうな。逆に信じられて面倒事に発展させたくないし…」
どうしよう…このままじゃ月から人がいなくなっちゃうよ。兎餅っていうのも食べてみたいのに。
「…ナイン!水城に電話をしよう!」
「そうか!お金持ちのパワーでなんとかするんだね!」
お金の力だけで本当になんとかなるのかな?
「それじゃあ…テレフォン・ワンド!電話を掛けたい相手を念じて受話器を取るんだ」
「え、俺があいつと電話するの…?」
「提案したのは君でしょ!ホッシーだって光太から頼られたらきっと力を貸してくれるよ!」
光太はホッシーこと水城星河の事を念じて、杖の先端に付いた受話器を取った。
「…繋がった!もしもし水城か?俺だ、黒金光太だ。今、月にいるんだけどさ…そうそう、その魔獣はもうナインがやっつけてくれたんだ…あぁ、パニックを止めて欲しいんだ…出来るのか!?そうか分かった!サンキュー!いや~助かったぜ!サンキュー!」
どうやらなんとかなりそうだ。ホッシーは凄いんだなぁ。
「魔獣は月の警察が倒した事にするってさ。マスメディアは脅しで黙らせて、住民達は一律給付金2000ムーンドル…大体25万円の給付金を与えて黙らせるって。金持ちのやること半端ねー!」
「いいな~僕も欲しい!」
戦いも終わり、光太が元気になったみたいで僕も安心した。
「明日になったら迎えの宇宙船が来るってさ…あー疲れた!」
「だね~」
しばらくすると謎の生物が撃破されたことを知った住民達が戻って来た。
しかし、また月で魔獣が出現したら大変な事になるな…対策を練らないと。