第55話 「おっかね~…」
ナインの指示を受けながら、俺は魔獣のいる場所へ辿り着いた。
そこにあるのは黒焦げになった機械の残骸だけだ。魔獣はどこにもいない。
「魔獣が月の内部を堀り進んでるとしたら、マップにはない道があるはず。その先に魔獣がいると思うよ」
左腕の端末から地図を開いた。確かに不自然な大きさの穴が1つだけある。見比べてみると、その穴は地図には描かれていない。
さあ、どうやって引き摺り出すか。あいつは尻尾から弾を発射する事が出来るから、なるべく正面で見合いたくないな…
俺はウエストバッグから杖を取り出した。釣竿のような杖だ。ハズレかと思ったが、これは使えるぞ。
まず、背後から気付かれないようにこれを尻尾に巻き付ける。それから糸を引っ張って、犬の散歩みたいに魔獣を連れて出入り口まで向かう。俺の姿が見えなければ、糸を不自然に思うだけで暴れないはずだ。
「まあそう上手くいかないだろうけど…お邪魔しまーす」
気付かれたら逃げよう。もしもの事を想定しながら、俺は魔獣が掘り進んだ穴を覗き込んだ。
「…どうも」
魔獣はこちらを向いていた。そりゃないぜ。なんで作業中断してるのさ。何?今から休憩タイムですか。
バビュン!
間一髪で尻尾の弾を回避した俺は、来た道を全速力で戻っていた。
「どうしようナイン!?」
「もう逃げるしかないとにかく連れて来るんだ!」
魔獣は両手のハサミをヂョギンヂョギンと動かしながら俺を追い掛ける。あんなのに挟まれたら、上半紙と下半身が真っ二つだ!
外に出るためのゴースルー・ワンドを脇に挟み、俺は新たな杖を取り出した。
「なんだこれ…」
装飾は鋭利に尖っている。正面に向けて振ると、装飾が真っ直ぐ飛び出して壁に刺さった。それから俺の握るハンドル部分が装飾の元に引き寄せられた。
「こりゃあいいや!」
魔獣との距離が一気に離れてしまった!これなら捕まる心配もないぞ。
「こっちだバカ!捕まえてみやがれ!」
すると魔獣は移動速度を上げて俺を追い掛けた。尻尾の弾が飛んでくる前に角を曲がり、俺はガラクタの後ろに身を隠した。
魔獣は角を曲がった途端、走るのをやめた。そして尻尾を構えて弾を発射した。
遮蔽物として身を伏せているガラクタに弾が擦れる。そしてそこからジュジュワ~という感じに溶けてしまった。
実際は音なんて聴こえないのだが。
「おっかね~…」
弾には勢いもあり、宇宙服は掠れただけで簡単に破れてしまうだろう。気を付けないと…
魔獣はひたすら弾を連射し、周囲の物を次々と溶かしていく。俺に命中するのも時間の問題だ。
「ナイン、俺はどうすればいい?」
「その先はさっき君がおかしくなった広い空間だ。そのまま出入り口のところまで逃げるんだ!」
逃げたいけれど魔獣は弾を撃ち続けてるから動けない。何か良い杖が出るまで引き続けるしかないか…
「まずは1本目…アヒルチャン・ワンドか」
風呂場に浮かんでるあの黄色いアヒルを量産できる杖だ。ハズレだな。
「はいポイ~」
ガーッ!バジュン!
気休めに1つだけアヒルを作って投げた途端、魔獣の弾によって跡形も残らず粉砕された。
「んだよこのゴミ!風呂場でしか需要ねえだろ!こんなもん抜いとけ!」
「光太!もう一度アヒルを投げてみて!」
「え?分かった…」
アヒル2号を作った俺は、再び遮蔽物の外へ投げた。
ガーッ!バジュン!
やはり跡形も残らない…可哀想だな。醜いアヒルの子でもこんな残酷なシーンはなかったぞ。そもそもあの童話に蠍なんか出ねえよ。
「光太!魔獣の弾は弾頭に何かが触れた途端に粉々に砕けてる!」
「なんだって?」
「つまり君の背後にたくさん障害物を出すことが出来れば、あの弾を喰らわないってこと!」
それを聞いて、俺はひたすらアヒルを量産した。地球に比べて重力が弱いので、しばらくは浮いて良い障害物になる。
「これぐらい出せば大丈夫か!」
俺は地面を蹴って道を進んだ。アヒルのおかげか、背後から弾が飛んでくることはない。念のためこの一本道を抜けるまで、アヒルを作り続けよう。
そして俺はさっきまで火災が起きていたはずの作業拠点に来た。
「何もない…機械の残骸だけ。燃えてる人もいないな」
「光太、大丈夫?」
ナインの無線もしっかり入っている。このまま魔獣を誘導しよう。
だが出入り口へ続く最後の一本道へ入ろうとした途端、俺は背後から何かに襲われた。
「グフウウウ!?」
大量のアヒルを無視して走ってきた魔獣が大きなハサミで身体を掴んだ。
このままだと胴体を潰される!なんとかして抜け出さないと…
「光太!しっかりしてよ!大丈夫!?」
ダメだ!挟まれ方が悪くてバッグに手が届かない!ここまでなのか!?
「離…せ!」
「光太!光太!」
「離せえええええええ!」
力を振り絞って抵抗を続ける。すると挟む力が僅かに緩んで脱出に成功。俺は出入り口に向かって走った。
「大変だ!今の攻撃で宇宙服の空気が漏れ出してるよ!出入り口まで保つかどうか怪しい!」
「ナイン!お前は準備運動でもやっとけ!必ずこいつをそっちに誘い出す!」
危険を通知するアラートが鳴り始める。けれどもう少しでこいつを誘い出せるんだ!怯んではいられない!
そうして俺は外に繋がる扉の前にやって来た。
「そのままこっちに来い!このサソリ野郎!」
魔獣は減速することなく、俺へ向かって走って来ている。俺は近くにあった手摺に掴まり、ずっと持っていた杖を振った。
「ゴースルー・ワンド!対象は俺だ!」
ゴガアアアン!
俺の身体はすり抜けるが、魔獣は後ろの扉を破壊して外へと飛び出した。
後はここから脱出するだけだが、外の空気が勢いよく入り込んで来て前に進めない!このままだとまた防災システムが作動して閉じ込められる!
もう空気も魔力も残ってない!閉じ込められたら終わりだ!
「くっそおおおおお!」
死んでたまるか!なんとしてもここから出るんだ…!