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第52話 「まあ、ちょっとな」

 最近、仮想世界が流行り出した。そこは特殊なヘルメットを被れば誰でも行けてしまう夢の世界だ。

 現実では出来ない事が仮想世界でなら実現させられる。無限の可能性を秘めた世界だそうだ。


「光太、興味あるの?」


 商品棚に1つだけ残ったヘルメットを見ていた俺に、ナインが声を掛けてきた。


「まあ、ちょっとな」


 値段は想像していたよりも安い。少し無理をすればヘルメットは買えてしまう。仮想世界へと行けるんだ。

 アノレカディアへは、ナインとの出会いがなければ一生行けなかったのに。


「…僕は嫌だよ。夢中になって帰って来なくなる人がいる場所なんて。楽園のようで地獄じゃないか」

「俺も嫌いだ…ゲームはコントローラーでやってこそだしな」


 いつも通販でパソコンの周辺機器を買うナインと一緒に、今回は気まぐれで電気屋へと来ていた。

 目当ては新作のゲームソフトで、ついさっき購入した物をナインが持っている。


 買い物を終えて店を出た。横浜ほど都会ではない単端市ではあるが、道路に全く車が走らないという事はこれまで一度もなかった。


 しかし仮想世界が流行り出してからは、街が随分と静かになった。公園で遊ぶ子ども達の姿すらない。それもここに限った話ではなく、世界中でだ。

 さっきナインが言っていたように、不自由ない世界から出て来なくなる人もいて、問題にもなっている。


「このまま地球上の人間全員が仮想現実の地球にテラフォーミング…なんてないよな?」

「流石にそれはないよ。この現実離れも一時的で、きっと飽きて戻ってくるよ…でもその話、実現したら怖いね」


 確かに生きている人はいる。しかし全員、この世界にはいない。夢の世界に目を向けてしまうんだ。


「アノレカディアは現実だよな?」

「当たり前だよ!実際に行ったじゃないか!」


 するとナインは手を繋いできた。温かく柔らかい手だ。


「この感触は現実の物でしょ?」

「あぁ…でも仮想世界じゃそれすらも再現出来る。キスすらも。だからVR結婚式なんて物まで流行り出したんだろ」

「………もしかしてこの世界そのものが、仮想世界…な~んてね。光太、難しいこと考えたりするんだね?」

「まあ、いつもスッカラカンなお前と違ってな」

「あぁ!?スットコドッコイにそんなこと言われたくねえよ!」

「誰がスットコドッコイだこの野郎!」


 いつものノリで俺たちは喧嘩を始め、脛を蹴り合う。この痛さ!きっと現実だ!


「じゃあいつか仮想世界に行こうよ!そんで僕と戦おうよ!この世界で戦っても僕が一方的に勝っちゃうからさあ!」

「上等だコラ!今ここでどっちが強いか確かめようぜえ!?」


 お互いに拳が出そうになった時、このままだとマジの喧嘩に発展すると冷静になり、しばらく無言が続く。ナインとの喧嘩は一種のコミュニケーションだ。


「…」

「いやいつにもなく暗いじゃん!アン・ドロシエルとかウォルフナイトの事だって解決出来てないのに、こんなどうしようもないことに悩んでどうするの!?」

「ごめん…」

「こっちで産まれた命は向こうに行けるけど、向こうで誕生した物をこっちに持って来ることは出来ない。どう?これで納得出来た?僕達が生きているのは現実だよ」


 俺が生きている世界は現実だ。ちょっと人が少なくなっているだけで、産まれてから今まで生きていた世界なんだ…


「なんか嫌な事でもあった?なんか光太らしくないよ?」

「そうかもな…」

「…まあ、悪いことだけじゃないよ。ほら」


 本来、車が走るはずの道路を小学生の子ども達が走り回って遊んでいた。


「せっかく向こうで好き勝手やってるんだしさ、僕達も楽しもうよ」

「いや、俺はあんな馬鹿みたいに歩かねえよ」


 しばらくするとパトカーが走って来て、子ども達は逃げ出した。通報する人もいないので、偶然通り掛かった車両だろう。


「あ、サヤカから電話…もしもし?………牛乳?分かった、買って帰るね」


 短い電話だった。おつかいを頼まれたようだ。


「…なんでメールでやり取りしないんだ?」

「せっかくなら声で話したいし。光太だって昼休みとか暇な時に電話してきたじゃん。それはきっと、画面に映る文字とじゃなくて人と会話したいから…じゃないかな?」

「お前、面白いこと考えてるんだな」

「全部サヤカの受け売りだよ。あの人、僕達の中で一番賢いから」


 すると腰に巻いていたバッグから、箒の様な物を取り出した。


「魔法の箒か?」

「ブルームフリューゲル・ワンド。魔法の杖だよ」


 どう見ても魔女が乗ってるような箒にしか見えないが…製作者本人が言うのなら、これ杖なんだろう。


「乗りなよ。せっかくだからこれで帰ろう」

「…沈まないよな?」


 2人が乗っても箒は沈むことなく、道路へと移り進み出した。


「おー風が気持ちいい…赤信号だぞ!」

「いーのいーの!車じゃなくて箒なんだから!」


 ナインは交通ルールをガン無視して、道路の上を飛んだ。


「せっかくだからもっとスピード出そうぜ」

「飛ばしてくぞ~!」


 ビュゥゥゥン!


 車でやったら間違いなくアウトな速度で箒は飛んでいる。


「ホッホーイ!」


 俺もスマホの音量をマックスにして曲を流した。今だけは誰にも責められない。最高の時間だ!


「どう?少しはスッキリした?」

「最近色々あってストレス溜まってたのかもしれねえ!」


 子どもの頃に地球滅亡の話聞いた時もそうだったけど、こういうスケールの大きい話になるとどうも暗いことばかり考えてしまう。


「ヤバイ!パトカー停まってたぞ!あ!出てきた!スピード違反した車両だって勘違いしてるぞ!」

「だったらこのまま道路に沿って飛び続けて、振り切ってやる!」


 俺の日常はこんな感じがちょうど良いんだ。世界がどうなってようと関係ない。

 ナインと馬鹿やれるくらいでいい。現実でも異世界でも仮想でも、ナインと一緒に笑えてればそれで良いんだ。

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