第51話 「怖くないのか?」
萬名狼太郎の中には魔獣がいる。名前はフェン・ラルクで、狼のような姿をしていると彼は語った。
狼太郎は飛鳥会長と出会ったその時から、フェン・ラルクをコントロールする訓練を始めたそうだ。しかし彼は魔獣の力を使おうとする度に魔獣に乗っ取られては暴走していた。
そしてついさっき、生徒会要塞の訓練場で暴走し、脱走した彼が保健室に運ばれてきた。
「ごめんなさい…また迷惑掛けちゃって…」
「いいや。気にするな」
狼太郎を止めた後の会長はいつも傷だらけだ。
「副会長、狼太郎を頼む。私は他校から来たハンターズ志願者の面接を続けてくる」
「分かりました」
ハンターズ。転点高校の生徒会役員で結成された対魔獣組織だ。
訓練を続けていた私達は、最近初めて出動した。暴走した狼太郎を止めるという会長からの命令で動いたのだが、そこで例のサキュバスと遭遇。交戦したが逃げられてしまった。
「…副会長」
「大丈夫か?また飛鳥会長が止めてくださったんだ。会ったら礼を忘れるなよ?」
狼太郎も魔獣の力によって身体が傷だらけだった。正直、もう魔獣の力を使って欲しくない。コントロールする事は諦めて、平穏に暮らしてくれと頼みたかった。
「ごめんなさい…」
「よしよし…大丈夫だ。誰も責めたりしない。焦る必要はないんだ」
この生徒会に集まった女子たちは全員、生徒会長と彼に救われた人間だ。
私が過去に初めて魔獣に襲われた。そのとき助けてくれたのが会長と狼太郎だった。会長に憧れ、狼太郎に恩を返したくてここまでついてきた。
魔獣の力がなくても彼は戦える。ハンターズ専用武器を誰よりも早く使いこなすセンスもあるのだ。
それなのにどうして力を望んでしまうんだ。
「魔獣の力、コントロール出来そうか?」
「ええ…きっと」
「出来る」とは言ってくれない。いつも曖昧だ。きっとまた暴走して、その身体をボロボロにしてしまうんだろう。
「…ふ、副会長?」
額に出来た傷に触れる。魔獣の力によって回復力が上がっているらしいので、明日になれば治っているだろう。
「いつも傷付いて、怖くないのか?」
「…ありません。それよりも、暴走した俺を止めないといけない皆の方が怖いと思います」
「そんなことはない」
「もしも俺が止まらなくなっちゃったら、その時は迷わず撃ち殺してください」
「縁起でもないことを言うな!…お前は大丈夫だ」
私は狼太郎を抱き締めた。
「副会長…」
コンコンコン
「狼太郎君、お見舞いに来たよ」
一年生の朝川羽月が扉を開けて入ってきた。
「こんにちは副会長。狼太郎君、大丈夫?」
「う、うん…」
「これ。栄養ドリンク。沢山買って来たから」
羽月は冷蔵庫を開けて、そこに過剰な量の瓶を詰め入れた。
「そろそろ訓練が始まる。私は行くぞ」
「狼太郎君、お大事に」
私は羽月と共に保健室を出た。
「羽月が会長達と初めて会ったのはいつなんだ?」
「昔、飛び降り自殺をしようとした時がありました。それを見つけた会長が説得に来てくれて…やっぱり生きようと思った時、うっかり足を滑らせたんです。そしたらウォルフナイトの姿をした狼太郎君が私を抱いて地上へ降ろしてくれたんですん」
「大変だったんだな…ん?となると狼太郎はその時は魔獣をコントロール出来ていたということじゃないか?」
「さあ…私を助けた後は普段通り大暴れして、生徒会長が無理矢理止めていました」
しかし少なからず人の命を助けた…まさかフェン・ラルクの意思か?いや、あいつは既に人を殺している。信用してはいけないと、狼太郎も強く言っていた。
「狼太郎君、凄くカッコいいですよね」
「だな。しかし生徒会長の方がカッコいいぞ」
「生徒会長も素敵ですけど…やっぱり私は狼太郎君です!」
戦うこと、支えること。それが私達が狼太郎にしてやれる唯一の事だ。
魔獣の力をコントロール出来るかは、彼自身でなんとかするしかない。だから信じ続けよう。