第46話 「ナイン!」
決勝戦の日が遂に来た。俺とナインは控え室で、最後の作戦会議の真っ最中だ。
「まずはダイザを先に倒す。光太は杖で牽制しながら、僕の隣を走って来て。弾丸からは身体の丈夫な僕が守るから」
「頼むぞ。お前がダイザとやり合ってる間、俺は魔法をロイドにぶつけて時間を稼げば良いんだな」
残るは…ロイドの半身だ。ナインは兵器化したと考察していたが、俺には分かる。あいつの身体には恐ろしい何かが宿っている。
試合の時間が迫り、フィールドへ続く通路を歩いていると、ナインの表情が変わっていった。
「魔獣の力を感じる…」
「え、まさかここに出現したのか!?」
フィールドには既に相手の2人が立っていた。足を止めたナインはロイドを睨んで、そして叫んだ。
「ロイドから魔獣の力を感じる!あの身体の一部が魔獣なんだ!」
「な、なんだって!?」
「さあ来いよ。お前らに俺が味わった、いやそれ以上の屈辱を弾丸で教えてやる」
あいつが魔獣だって?まさか寄生するタイプに操られてるのか?
「おい審判。アップの時間はいらねえ。さっさと試合をやらせろ」
「で、ですが──」
「バリアの外側にいてよ。どちらかが倒れるまで、この戦いの決着つかないだろうから」
「そ、それでは決勝戦!始め!ヒィィッ!」
雑に試合を開始した審判は選手専用の観客席へ飛び込んだ。おそらく、ロイドの恐ろしさに気付いたのだろう。
ナインが走り出し、俺は作戦通りに隣を並走した。
バン!バン!
弾が2発放たれた。異常な動きをする弾は俺を目掛けて飛んで来るが、ナインはシールボックス・ワンドを盾にガード。俺はその後ろで杖を抜いた。
「喰らえ!」
そして杖の先端から、ブクブクと無数のシャボン玉が発射された。
「ハズレ引いちまった!」
「慌てないで次!」
次の杖に持ち変えた時、ヘッドを調整したナインはダイザへ殴り掛かった。
「今度こそ!」
「当たれ!」
俺とロイドが同時に攻撃を放った。
そうだ。あいつは弾丸を着弾するまで操る事が出来る。つまりその間、本体に隙が出来るって事だ!
シュウゥゥゥ…
紫色の煙がロイドの方へ流れていく!ダメージにはならないが、これなら目眩ましになるぞ!
ドォン!
背後で大きな音がした。ダイザを倒したのか?
「ナイン!…ナイン?!」
違った。ダイザとの格闘戦で負けたあいつが、空中に蹴り上げられている!煙よりも高く、ロイドの狙える位置だ!
バン!バン!バン!
銃弾を受けたナインは地面へと降って来た。
「大丈夫か!?ナイン!」
「う、うん…全部左腕で受け切った…」
彼女の左腕から大量の血が流れている…きっと凄く痛いはずだ。
杖で紫の煙を更に噴出して、俺達は身を隠した。
「パープルスモーク・ワンドだね…ちょっと毒性があるから、吸わないように…」
この煙って毒なのかよ。少し吸っちまったぞ…
「何も見えないぞ!」
「あの煙、こっちに入って来ないよな…?」
観客の声が近い。後ろは壁か…
バンバンバン…
銃声が連発する。ロイドが連射しているのか?
バンバンバンバン!
音が近くなって来る…これはロイドの弾じゃない!
バンバンバンバン!
「しゃがむ!」
ナインに頭を掴まれ、地面へ押し付けられた。そして無数の銃弾が頭上を通過し、背後の壁に埋まった。
「ダイザのアサルトタワーだ。これじゃあ迂闊に動けないぞ」
「出てこいよクソガキども!ぶち殺してやる!」
ロイドの声もする。どうやら少し離れた右斜め前辺りにいるようだ。
ダイザはおそらくフィールド中央で、俺達が動くのを待っているのだろう。
うつ伏せの姿勢から転がって、ウエストバッグから杖を抜いた。
「サイレント・ワンドが出てきた。これなら音を殺して進めるぞ」
「だったら僕にそれを。この煙がなくなる前に、ダイザを倒す」
「任せたぞ…」
ナインに魔法を掛けると、その場で立ち上がる音すら聴こえなくなった。
バン!バン!
ダイザがこっちに撃ってきやがった!まさかこの煙の中でも俺たちの場所が分かるのか!?
バン!バン!バン!
ナインは弾を避けて、フィールド中心へ向かう。おそらくアサルトタワーの姿なら、近接戦闘は難しいはずだ。
ロイドは何をやっている?ダイザが発砲したのにあいつは何も…
「待てナイン!」
バタリッ…
少し離れた場所で何かが倒れる音がした。
しばらく待つと煙が地面へ沈んで行き、倒れたナインとダイザの姿が現れた。
「ナイン!?」
二人の周囲を弾丸が旋回していた。
最後に聴こえたのはロイドの銃だった!あぁやってダイザの周りに弾を周回させて、ナインが来るのを待ってたんだ!
弾を操れるからこそ出来るカウンター射撃!身を隠すための煙が仇になった!
「まずは1人…ダイザめ、殴られたぐらいでダウンしやがって…所詮は奴隷か」
「ナイン!?ナイイイン!」
「へっ…泣きそうだな。泣きてえのは俺の方だよおおおおおおお!?お前らのせいで人生無茶苦茶なんだからよおおおお!?責任取ってくれよおおおおおお!」
どういうわけかロイドが膝を付いて泣き叫んだ。俺はその隙に、ロープ・ワンドでナインの尻尾を掴み、そばに引き寄せた。
「おおおおん!おおおおおおお!」
「しっかりしろナイン!」
「頭と胸は避けた…けど、両腕が…」
弾丸を受けた右腕に力が入らないみたいだ。回復させる杖はそもそもないし、どうする…!
「光太…降参しよう」
「………ここまで来てなに言ってるんだよ」
「力の差が圧倒的過ぎる…運だけで勝てたこれまでの相手と、あいつは違う…」
ナインが言うのなら…降参するべきなのか?
「見てよこの腕…弾喰らっちゃってさ…凄く痛いんだ…あぁ…痛いよぉ…」
赤く染まった両腕の傷を見せるナインは、泣いていた。
「降参は…しないぞ」
「そんな…どうして?」
「だってその顔…痛くて泣いてるって顔じゃないぜ…ここで負けるのが悔しいから泣いてるんだろ?」
「………このままじゃ光太が死んじゃうかもしれないよ?」
「ナイン、俺言ったよな?大会に出る前、どうしてお前が俺を選んだのか分からないって…今なら分かると思ったけど、違うのか?」
ナインが俺を選んでくれた理由。それはきっと…
「おおおおおおおん!思い出しただけで腹が立ってきた!もう大会のルールなんざどうでも良い!お前ら死にやがれ!」
「黙れ!俺は今、ナインと話しているんだ!」
俺達へ向かって来た弾丸は、突然を向いて地面に埋まった。なんだ?威嚇射撃か?
「頼む。最後まで一緒に戦ってくれないか。ナイン…」
「…我慢すれば、こんな腕でも戦えるよ…くっ!」
ナインに手を貸し、俺たちは立ち上がった。
「いいかナイン。俺には構うな。ひたすらロイドを殴れ…渾身の魔法であいつにとどめを刺す!」
「分かった。信じてるよ!」
ナインは血を流しながらも、羽根を動かして全速力でダッシュし、ロイドへと近付いた。
「来るなあああああ!」
するとロイドの服が破けて、アサルトタワー状態のダイザのように、全身から銃口を生やした。
「構うなナイン!突っ込め!」
「行くぞおおおおおおおお!」
弾丸が放たれる。半分はナイン、半分は俺へ向かって飛んだ。
バキィン!
ナインはボロボロの両腕で防いだが、問題は俺の方だ。
弾丸を耐えるために今この瞬間!ナインのボディーバッグの力を使わせて貰う!
「出ろ!上段馬、下段鹿!馬鹿ドッキング!」
バッグから出てきた防弾チョッキと、九つの尻尾を生やした狐が合体した。名付けるなら、防弾チョッキュウビか。
「守れ!」
チョッキと合体したことで防御力が上がった九つの尻尾が広がり、飛んで来る弾から俺を守ってくれた。それでもすり抜けた何発かが命中したが…まだ動ける!
「そんなに死にたきゃまずはお前から殺してやるよ!」
「やってみろよ!出来るもんならなあああ!」
次の弾まであと何秒だ?既にナインはロイドの正面まで来ているのに、これで撃たれたら今度こそ終わりだ!
「ウオオオオオオオ!」
「ナイイイイイイン!」
ナインの力強い叫びに俺も呼応する。あいつは撃たれても諦めることはないだろう。
ナインはロイドに突撃を喰らわせた。しかしロイドは怯むことすらなく、ナインは連続でパンチを繰り出した。
「おうおう、効かねえな」
ロイドの機械化した半身から銃口が展開。そこから発射された弾丸はカーブを描き、ナインへ集中した。
「ナイン!」
いくらナインでもあれだけの攻撃を受けたら…!
ドガァン!
「オオオオオオオオオオオ!」
なんだ?弾丸を喰らったはずなのにナインは無事だ!弾丸は弾かれたように地面に転がり落ちて、ナインはひたすらロイドを殴っている!
そもそもあの腕でどうして殴れてるんだ!?
「こいつ!?何で生きてやがる!何の魔法を使いやがった!」
魔法の杖を使った様子はない…そもそもウエストバッグは俺の腰に巻いてある。ミラクル・ワンドは現れてもいない。
そう言えばバリュフ達との試合でも、不思議な事が起こっていた。強力な攻撃を受けたはずなのに、俺達はなんともなかった。
あの時にナインが魔法を?けれどあいつは杖がないと魔法が使えない。それに気絶していたんだ…
杖を使わない魔法…思い当たるのは…
「ファーストスペル…まさか!」
「こいつ!こいつ!こいつめえええええ!」
再びロイドが銃弾を放つ。俺はそこで、あるワードを叫んだ。
「ナイン!」
そして僅かに発光したナインの身体が銃弾を弾いた。そうだったんだ。俺があの時から叫んでたこいつの名前が…!
「俺のファーストスペル!」
名前を叫ぶとナインは強化される。それでもロイドを倒すには力が足りない!
ファーストスペルは呪文の基礎だ…バリュフはジゾルゴの後に更に単語を叫んでいたはずだ。
ライデアか?ロックアか?いや、きっと全く違う単語のはずだ。電気や岩じゃない。ナインの魔法と言えば…
「ナインッ!ワンドオオオオオオオオ!」
ナイン・ワンド。連続して2つの単語を叫ぶと、バッグの中から杖が何本も飛び出した。
無数の杖は融合して1つとなり、一直線に走る棒状の光となった。
「魔法の杖…」
これまで使ってきた魔法を放つ為の杖じゃない。あの杖そのものが1つの魔法!ナイン・ワンドなんだ!
杖に気が付いたのか、連打を止めたナインは後ろへ跳んでナイン・ワンドを握った。
「ハアアアアアアア!」
そしてナインが正面に走る。銃弾を今度は全て回避し、一瞬でロイドに到達した。
「オリャアアアアアアア!」
「おおおおお!?ああああだっ!」
そして力強い一突きを放ち、ロイドを壁に叩きつけた!
「よっしゃあ!」
「やったぜナイン!」
機械化していたロイドの身体から黒い煙が上がる。そして機械化した部分は元の肉体に戻っていった。そしてあいつはその場に倒れて動かなくなった。
「はぁ…はぁ…はぁ…やったなナイン!」
「おおおおお!腕があああああああ!」
尋常じゃない速さで殴ってたんだ。そりゃあ反動もあるか…俺も魔法を使ったせいか凄く疲れた…
どっちも諦めずに戦った。気持ちが合わさったからこそ、掴めた勝利だ。
「…おつかれさん」
「一緒に戦ってくれてありがとう」
「…戦闘続行不可能!決勝戦の勝者!黒金光太選手!ナイン・パティ選手ペア!」
こうして俺達の優勝は決まった。観客に褒め称えられた俺達は、傷付いた拳を突き上げ勝利したことを示し誇ったのだった。