第45話 「復讐だと…」
第三十試合。この試合で勝ったペアが、明日の決勝戦で戦う相手になる。
ここで相手の手の内が分かればいいのだが…
「頑張れー!」
「ゼル様ー!」
俺のいる観戦席から見て左側の人間は超有名人らしい。
名前はゼルシス・スノーヴァ。冒険者ランクは最高と言われるZで、氷魔法を得意としているそうだ。
俺は武器などに詳しくないけど、彼が持っているレイピアはとても美しく感じた。恐らく、これもまたランクの高い代物なのだろう。
「ピーちゃーん!」
「今日も綺麗だよ~!」
そしてもう1人は鳥の特徴を持った魔族、鳥人のピーニャ・エウカー。軽装で武器はないようだが、魔法を使って戦うみたいだ。
そして相手は…
仮面とフードを被っていて、露出がゼロの銃使い。選手名はリベンジャー。ペアが魔族なので、恐らく人間だろう。
なんだが不気味だ…
それと組む魔族は、まるでロボットの様な姿をしたダイザ。彼の様な魔族はメカニアンと呼ぶそうだ。
彼らの戦いはこれまで一度も見ていない。どっちが勝つんだろう…
「それでは第三十一試合、始め!」
「アサルトタワー!」
試合が始まった途端にダイザがフィールドの中心へ。そして変形し、全方位に銃口を向けるオブジェクトになった。
凄い機械的だけど、この変身も魔法の力なのか?
「凍れ!ブリザード・ウインド!」
ゼルシスがレイピアを振るうと、周囲の気温がぐんと下がってダイザの銃口が凍った。
それだけじゃない。フィールドの地面が凍って、リベンジャーの足が固められている!
「ウイング・ダーツ!」
飛翔したピーニャは羽を矢のように放ち、リベンジャーへ命中させた。リベンジャーのフードはボロボロになり、地面へ滑るように落ちていった。
「鳥人武術!守り崩しの連撃!」
「全てを凍らす氷神よ!我に立ちはだかる障害を内から凍らせろ!」
大技が出る!これで勝負が決まるか!?
「乱舞!」
身構えていたリベンジャーへ、空からピーニャが技を放った。鋭い爪を持つ手足で防御を崩し、胴体に連続蹴りが放たれる!
ダダダダダ!
凄い蹴りだ!肋骨が折れるとかじゃ済まないぞ…
ガシッ…
しかしリベンジャーは強靭な足を掴み、そのまま握り潰してしまった。なんて握力だ…
「今よゼルシス!」
しかしピーニャは悲鳴も出さず、ゼルシスへ合図を送る。氷の槍を握っていたゼルシスは、それをリベンジャーへ向けて投げた。
あんな技喰らったら死ぬんじゃないのか!?
「バァン」
突然、投げたばかりの槍が砕けた。そしてゼルシスの胸には銃で撃たれたような傷が出来ていた。
リベンジャーの発砲か?しかし彼の銃を持つ手は明後日の方向を向いている…
「…あの銃は!?」
リベンジャーが持っている銃を俺は見た事があった。魔法石の装飾が施された派手なデザイン。
ガンマンという国で俺を苦しめた、とある男達が使っていた代物。撃った弾が狙った対象に誘導していく卑怯な銃だ!
しかし、あんな威力はあり得ない!銃弾は普通のはずなんだぞ!
「バァン!ひひ」
「うっ!」
さらに放たれたもう1発が、ピーニャの背中を撃ち抜いた。
「キャアアアアアア!ゼル様があああ!」
「銃なんて卑怯だぞ!」
「審判早く判定出して!二人が死んじゃう!」
試合はリベンジャー達の勝利に終わり、二人は医務室へ運ばれていく。
そしてリベンジャーは仮面を外して、その顔を見せつけようとこちらを振り向いた。
「お前は…ロイド!」
「久しぶりだな…パロルートのメスガキは生きてるよな?」
顔の半分が機械化しているけどあいつはロイドだ!ガンマンで出会った最低野郎だ!
「どうしてお前がここにいる!?」
「考えてみろよ。何で自分達がこの大会に参戦出来たのか」
「…アン・ドロシエルと組んでいるのか!?」
「あいつからこの大会の事を聞いて来てくれたんだな、嬉しいぜ…俺はこの大会でお前達に復讐する!優勝賞品が目当てのあいつから、新たなパワーも貰ったことだからな!」
「復讐だと…」
「お前達のせいでガンマンでの野望は滅茶苦茶になった。部下には見限られ、俺は屑みたいな生き方をするハメになった…どれもこれも、あのナイン・パロルートのせいだ!」
「ふざけるな!そもそもそのくだらない野望が悪いんだろ!」
くっ…あの機械化した半身。あれがアンからもらったという新たなパワーなのか?
何よりこの気迫!凄く怖い…逃げ出したい!
「優勝した後に殺す!つまりお前たちは俺に2回負けるわけだ。試合の敗北で屈辱を!その後逃げ惑うお前らを撃ち殺して、俺に歯向かった事を後悔させてやる!」
「チッ…やってみせろよ!その錆臭い身体でやれるならよ!?」
「ハッハッハッハッハッハッ!」
ロイドは笑いながらフィールドから去っていった。
医務室へ向かうと、既に目を覚ましたナインが牛乳を飲んで待っていた。
「ナイン、大変だ!」
「うん、凄く嫌な魔力がこの会場の中にいる。今まで気付けなかった…いや、ここまでの力を隠してたやつがいたんだね」
俺はロイドの事をナインに伝えた。
「…怖いよナイン。強気には出たけど、あいつに勝てる自信…ない」
「それよりも気になるのは、アン・ドロシエルの狙いだよ。この大会の優勝賞品って、確か宝石が入った宝箱だったはず…」
そうだったのか。俺はそもそも賞品があったこと自体知らなかった。
「…怖い?」
「あぁ…同じように復讐に囚われていた白田とは違う。あいつには優しさが残ってた。しかしロイドから感じたのは邪悪そのものだ。まるで魔獣みたいに…」
…けれど、ビビってちゃダメだ。
「アンの狙いが優勝賞品なら、例えそれがただの宝石だったとしても回収しないといけない…怖いかもしれないけど、最後まで一緒に戦ってくれないかな?」
「…勿論だ。せっかく決勝戦まで上がったんだし、優勝したいしな」
医務室の外には灯沢たちが経っていた。
「ナインちゃん大丈夫?」
「ご覧の通りピンピンしてるよ!魔法だってこの通り!」
ナインはバッグから杖を取り出すと、灯沢の胸ポケットに花を出現させた。
「黒金、お前さっき凄かったな。あんな爆発に巻き込まれても生きてるなんて」
「なんで勝ったのか俺にもよく分からん」
「戦いを分析、反省出来ない様ではいつか負けるぞ。精進するんだな」
会長は相変わらずお厳しい御言葉を下さる。頑張れとか凄いねとか、もっと気の効いた言葉は言えないのだろうか?
「明日で大会おしまいだから、最後まで応援よろしくね」
「うん!私たちもいっぱい応援するよ!」
「会長、今度は寝ないでくださいよ」
「結果の分かる戦いを観る必要があるのか?…まあ、狼太郎が言うなら明日くらいは観てやってもいいか」
ナインの様子を確認し終えた俺達は、そのまま地上の宿舎へと戻った。
「黒金、どこ行くんだ?」
「ちょっと歩いて来る…緊張したままだから」
「そっか…明日大会なんだから、早く寝ろよ」
落ち着けない俺は部屋を出て、夜市の方へ向かった。
「いらっしゃい。流しうどん、10分間300ナロだよ」
今夜もノートとバリュフが店を開いていた。どうやら、流しそうめんならぬ流しうどんの食べ放題が出来る店らしい。
「…やらねえよ?」
「座れ」
バリュフが睨んでくるので、怖じ気付いてしまった俺は金を払ってパイプ椅子に座った。
「あれ?つゆは?」
「5dL200ナロだ。欲しければ払え」
「そこで別料金発生!?デシリットルとか久しぶりに聞くぞ!」
俺は更に金を払い、5dLという過剰な量のめんつゆが入ったお椀をもらった。
「残したら罰金だ」
「あぁ、これ飲み干さないといけないのね…」
酷い店だ。こんなんじゃクレーマーも寄り付かねえよ。
「決勝、あたし達も応援するからね」
「…」
「ね?バリュフ」
「はい、勿論です」
仲は良いみたいだが上下関係があるようだ。感じの悪いバリュフがノートにだけは敬意を持って話している。
「…そうだ。どうしてあんた達はナインの名字を知ってたんだ?」
「そんなことよりも黒金。お前はファーストスペルを理解出来たのか」
「お前が戦いで言ってたやつの事?…全く分からん。何で勝ったのかも分かんないし、分かんない事だらけだ」
「はぁ…」
それにしてもうどん流れて来ないな。もう3分経ったぞ。
「ファーストスペルは魔法の呪文の基礎となる言葉の事だ。俺の場合はジゾルゴだ。そこから様々な属性の魔法へと変化して放つ事が出来る」
そう言えば、バリュフは呪文の最初にジゾルゴって唱えてた!
「だったら俺に教えてくれよ!ジゾルゴの魔法を!」
「無理だ。例えばお前がジゾルゴ・ライデアを唱えたとして電撃が出せるわけじゃない。お前にはお前のファーストスペルがあり、それを鍛えていくしかない」
俺のファーストスペル?
「ファーストスペルは強い意思を持つ人間のみが気付く事の出来る潜在能力と言える呪文だ」
ファーストスペルについては今の説明で理解出来た。しかし潜在能力なんて大層なレベルの魔法が、俺なんかに扱えるのだろうか。
「なんかアドバイスない?」
「諦めないことだ」
「いやそりゃ当たり前の事だろ」
「いいや。お前は今日の戦いで諦めかけていた。あそこから気持ちを切り替えられたのは称賛に値するが、お前は諦める癖を直した方がいい」
アドバイスに諦めるなってそりゃそうですけどって感じなんだが…
「ノートからは?」
「え、あたし?」
この人、静かにしてるなって思ったら麺茹でてるよ。絶対に10分経つ前に出来上がらないじゃん。
「バリュフと同じ意見だけど…あ、10分経った。延長するなら280ナロね」
「ゴクッゴクッゴクッ…めんつゆご馳走様でした」
二度とこいつらの店に金払わねえ。前のフィッシュバーガーもあんまり美味しくなかったし。
部屋に戻った時、狼太郎は既に眠っていた。
「…お父さん…お母さん」
寝言で両親を呟いた。俺だったら絶対に呟かない単語だ。
俺は布団に入って目を閉じた。浮かび上がるのは、悪意に満ちたロイドの姿だった。
俺達は明日、あんな恐ろしいやつと戦わないといけないんだ…