第43話 「負けるぞ!」
エウガスタッグ大会2日目の朝。
早くに目が覚めてしまった俺は、ミラクル・ワンドの練習をしようと宿舎から離れた場所に来ていた。
「えい!…でぇい!…おりゃあああ!」
しかしミラクル・ワンドはいくら振っても何も起こさない。これじゃあただつるはしで素振りしてるだけだ。
「何も起きない…」
何か条件があるのだろうか?例えば体調とか…
「スー…はぁ~」
深く呼吸をしてから杖を振った。今のところ心身共に落ち着いてるし、体調は関係ないみたいだ。
これをちゃんと使えるようになればな~!絶対に負けないと思うんだけど。
「…お前はつるはしか?それとも魔法の杖なのか?」
尋ねてみたが返事はない。当然か。杖だもんな。
「まさかその杖の力だけで勝てるとは考えてないだろうな」
「え!?喋った!」
いや違う。声は後ろからした。振り返るとそこにはエルフの青年バリュフ・エルゴが立っていた。
「君はノートと組んでるバリュフだったよね」
「敬称を略すな。あの人は立派な方だ」
バリュフは背中に弓を背負っていた。矢筒は無限に矢が収納出来るという、かつてナインが買った物と同じだった。
「もう一度聞く。お前はその杖の力だけで優勝を目指すつもりか」
「まあ…そうなるかな。だから今練習中ってわけ」
「戦いを甘く見るな。いつまでも同じ戦術は通用しないぞ。択を増やせ」
急に現れたと思ったら説教かよ…
「そんな不確定要素だらけの杖の前に、まずは貸してもらっている杖を扱えるようにしろ」
「俺が弱いからってアドバイスしてるのか?それでお前が負けたら滑稽だな」
「僕達と戦う前にもう1戦あるのを忘れたか。それに勝たなければ僕に負ける事すら出来ないぞ」
「勝つに決まってるだろ。ナメんなよ」
「ナメているのはお前だ。敵を知らず勝利を確信するなど無知にも程がある」
「まずは最初の試合に勝て。そうしたらお前に、魔法を教えてやる」
そう言ってバリュフはネオエウガスドームへと向かっていった。
何なんだ全く…馬鹿にしやがって。絶対に勝ってやる。
そのあとも少し練習してから、ナインと会場で合流した。
「おはよ!」
「おはよう。今日も勝とうぜ!」
「あ…それ使うつもり?」
ナインはミラクル・ワンドを見てそう尋ねた。「そりゃもちろん」と答えると、彼女は嫌そうな顔をした。
「まだその杖は謎が多い…ねえ、僕の杖使ってよ。壊しちゃっても良いからさ」
「そりゃお前の杖も使うさ。ミラクル・ワンドはピンチの時に使う切り札だ。これがあれば逆転勝利は間違いない」
そうだ。ミラクル・ワンドはこれまでピンチの時に発動した。今日の戦いでピンチになった時にも、きっと助けてくれるはずだ。
「ノートさん。今回は俺に接近戦をやらせてください」
「良いよ。それじゃああたしは後ろでサポートだね」
間もなくバリュフ達の試合が始まろうとしている。対するペアは職業が忍者の人間と、右手のような姿をしたドンハという魔族だ。ドンハは右手の形をしているなら男、逆ならば女という変わった魔族で、魔法が得意らしい。
「…」
バリュフと目が合った。接近戦をやると言っていたがその弓でか?無茶だろ。
「それでは第二十五試合、始め!」
合図の瞬間、忍者が消えた。消えたように見える程の勢いでロケットスタートをし、ノートへと接近していた。
「お前の相手は僕だ」
それにバリュフが立ち塞がる。あいつは武器も持たずに忍者の前に立った。素手で戦うつもりか。
「忍法!鉄球変化の術!」
忍者が刺の付いた大きな鉄球へと変身した!?
「ジゾルゴ・ライデア!」
鉄球を受け止めたバリュフが何か叫ぶと、目に見える程の電気が鉄球に流れていた。
「ナイン、どうなってんだ!」
「忍者がやったのは忍法変化の術!あのトゲ鉄球に姿を変えたんだ。そしてエルフは呪文を叫んで魔法を発動した。忍者が変身した鉄球に電撃を放ったんだ…だけどどこの国の呪文だ?聞いたことないな…」
「それは分身が変化した姿だ!」
いつの間にか忍者がバリュフの背後に迫っていた。短刀が背中を切り裂く瞬間、ノートがカバーに入った。
「撃つ!」
スーツを機銃に変身させていたノートが、忍者に向けて射撃を行った。
「俺達は術で創られた分身だ」
「本物の俺は後ろだ!」
「うっ!?」
背中を切り裂かれたノートはその場に倒れた。忍者は今度こそバリュフを仕留めようと彼に迫った。
「ジゾルゴ・ボンバア!」
突然、バリュフの足元で爆発が起こり彼は高く飛び上がった!
空中で弓を構えるバリュフだが、敵は忍者だけではない。ノーマークだったドンハは彼より先に空へ上がっており、手の人差し指に当たる部分を天に掲げていた。
「雷雲が集まりし時、天から槍が放たれる!イカヅチノヌボコ!」
そして落雷がバリュフに直撃した!あの一撃は助からないぞ!?
「ナイン、今のも呪文なのか!?」
「魔法の詠唱だ。ただ呪文を唱えるよりも威力が高かったり、詠唱することでしか出せない魔法もある。発動まで時間が必要なのがデメリットだけど、それを補ったコンビネーションだ!」
気絶で済むのか?雷に撃たれたら普通は死ぬぞ?
「残念だったな。俺はここだ」
バリュフは雷を喰らったはずだった。しかし彼の声は地上から聞こえた。
「それはあたしのスーツだよ。雷が落ちる直前に避雷針にして投げ飛ばしたんだ」
ノートは背中に深い傷を負っている。しかし今、地上で倒れているのは彼女ではなく、忍者の方だった。
「倒れたフリをして忍者を背後から襲ったんだ!」
それにしてもあのスーツ、何でもありだなぁ。
「スーツをあんな事に使って頂いてすみません。あと一度お願いします」
「あいよ」
避雷針となって雷を受けたスーツは、今度は大きな輪っかに変身してドンハの身体に巻き付いた。
「電気は返すよ。停電に備えて貯蓄するなり電気屋に売るなり好きにしてくれ」
「ジゾルゴ・アロア!」
スーツに貯まっていた電気が放出され、宙に浮いていたドンハが焼かれる。
そしてバリュフは魔法の矢を放ち、落ちてくる手を射抜いた!
「両者気絶により戦闘続行不可能!よってこの試合の勝者はノート選手、バリュフ・エルゴ選手ペア!」
『ワアアアアアア!』
会場が歓声で包まれた。確かに今のはバリュフペアが負けたと思っていた。それから勝ったのは熱かった。
「良い戦いだったね…僕達も頑張ろう」
「あぁ、そう言えば次は俺たちか」
負傷者の手当てが終わると、次の試合へと移った。俺達の番だ。
相手のペアはブーメランを持った人間と、全身に目が付いたアイズマンという魔族だ。
「あいつ、どう見ても攻撃させてくれないよな…にしても気持ち悪ッ」
「良くないよそういうの…アイズマンの眼は僕たちよりも頑丈で、異常な再生力を持ってる。君が言った通り、死角のないアイズマンにはゴリ押しで攻撃を通すしかないよ」
「だったらまずはあのブーメラン女からだな。俺が倒す」
ブーメランなんか当たったところで痛いだけだ。むしろ奪い取って殴り倒してやる!
「大丈夫…?」
「心配すんな!切り札があるからな」
「光太…あんまりミラクル・ワンドに過信しないでよ?」
作戦を立てている内にアップの時間は終了していた。それにしても3分は短いような気がする。
「それでは第二十六試合、始め!」
「さあアイズマン!僕と勝負だ!」
「チッガキかよ!俺はアダルトのサキュバスにしか興味ねえんだ!」
「子どもだからって油断するなよ~!」
羽根を広げたナインがアイズマンに飛び掛かっていった。
俺は目の前でブーメランを構える女から目を離さず、バッグから杖を2本取り出した。
「…かかっておいでよ。ブーメランだからってナメた事、後悔させてあげるわ!」
2本とも当たりだ。1つは風を起こすウインド・ワンド!これでブーメランを吹き飛ばす!
「…」
「来ないならこっちから行くよ!」
よし!女はブーメランを投げた!
「風よおおおおお!」
無風のフィールドに強い風が駆け抜ける。足を踏ん張らないと俺も転んでしまいそうだ。
「へっ…何!?うわっ!?」
どういうことだ!ブーメランは風に飛ばされる事なく俺の顔に命中し女の元に戻って行ったぞ!
「いって~!」
ただ当たっただけのはずなのに、思いっきり殴られたみたいに痛い!まさか魔法か!?
「そう、私はブーメランを投げる際、5つの能力を付与する事が出来る。今回はダメージアップ、風無効、軌道安定、流血、そして…」
顔に違和感があった俺はそっと手を触れた。
ヌチョリ…
手を見ると赤かった。頬からダラダラと血が流れていた。
俺の手が真っ赤…頬から大量出血…うぅ、目眩が…
「ネガティブデバフ。かなり堪えてるみたいね」
精神にデバフだって!?でも、たかが血を見ただけでこんなにつらく感じるはずがない…
一体どうすれば良いんだ!?
「職業ブーメランシューター…凄くない?」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
ナインはアイズマンと殴りあってこっちに来れそうにない。俺が…俺がやらないと!
もう1本の杖!それは受けた攻撃を弾にしてそっくり返すアタックリフレクト・ワンド!
「喰らええええ!」
そして杖から、俺が受けた攻撃を再現するブーメランの形をした弾を発射した。
「なるほど…破壊不可!インパクトミュージック!ダメージチャージ!」
「そんなっ!?」
女が再び投げたブーメランが俺の弾を受け止めた!
「解説してあげる。破壊不可は文字通りブーメランが壊れないようにするバフ。インパクトミュージックはブーメランの受けた衝撃が強い程ノリノリの音楽が流れて~!フッフッ~!」
「俺達の調子が良くなる!ウ~サンバ!」
「ウワアアアア!」
ナインが地面に叩き付けられた!
「ダメージチャージはブーメランが喰らったダメージをそのまま留めて、相手に触れた瞬間にぶっぱなす!そういう技よ~!」
また相手の攻撃が来る…しかも俺がアタックリフレクト・ワンドで打ち出した弾の威力がチャージされた強力なやつだ!
「うぅ!ミラクル・ワンド!あいつをやっつけてくれええええ!」
俺の血は止まらない。重くなっていく心はそのまま。ナインも押されてる今、戦いは相手のペースだ!
「クハハハ!何その杖?ふ~ん、使えるかどうかも分からない杖に頼ったんだー…ダッサ」
「こんな時にどうしてだよ!?昨日みたいに何とかしてくれよ!」
このクソ杖!肝心な時には役に立たなくなるのかよ!
「杖に八つ当たりしちゃダメよ~!」
それよりこの女、何か変だ!さっきから俺の動きと心を読んでるみたいだ!
どうする…バッグをナインに渡すか?俺は戦えなくなるけど、ナインなら使いこなせる。この2人を倒せるかもしれない。
「ナイン!」
「嫌だよ光太!僕はそのバッグ、巻かないから!」
ナインは乗っかっていたアイズマンを退けて、俺のそばへ跳んで来た。
「なんでだよ!?負けるぞ!」
「相手がこれじゃあ僕が使っても負ける…」
「そんな…」
「君に使って欲しいんだ!力はないけど、大会に出て戦うと決めた光太に、僕の杖で戦って欲しい!」
ナイン…そんな理由で俺にバッグを…
「クハハハ!青春してるねえ!だったらここで、キッチリ挫折して青春の終わりといこうか!」
そして女がブーメランを投げた!
「けどどうする?女は心を読むぞ?」
「アイズマンは僕の攻撃を見切った」
だったら…
「「選手交代だ!」」
相性が悪いなら変えるしかない!
「無駄だよ!相棒とやり合う前にボウヤは倒れる!そのブーメランには蓄積したダメージ以外にも色んなバフを!そして絶対命中を付けたんだから!」
ブーメランは俺を追って来ている。良かった、ナインじゃなくて!
「ガラ空きになったお前を僕が倒す!」
「安心しなハニー!今行くぞ!」
ナインが女を倒しに行き、それを阻止しようとアイズマンは動き出す。
女も既に俺ではなくナインに注目している。
俺は今、完全にノーマークだ。
「ウオオオオオ!」
俺の身体に激痛が走る。ブーメランの命中した背中に大きな傷が開いたみたいだ。
受け取れナイン!
「ワンドだあああああ!」
俺はナインに握っていた杖を投げてその場に倒れた。こんな痛いのに、意識があるのは最悪の気分だ。
「させるかよ!下がってろハニー!」
アイズマンが立ちはだかると同時に、ナインの手元に杖が届いた。
「へっへっへ…」
「ウラアアアア!」
ナインが乱暴に振った杖をアイズマンは受け止めた。
「さっき見てたぞ。この杖、受けた攻撃をそのまま発射してたよな?」
「アタックリフレクト・ワンドっていう名前らしいよ?」
「そうだ…そっくりそのまま返す!狙いはお前だ!」
杖の先端は明後日の方向を向いているというのに、ナインは杖の弾を発射してしまった。
「おいおいどこに撃って…相棒!避けろ!」
「避けられないよ」
そっくりそのまま完全コピー!絶対命中の超高威力弾を喰らえ!
ゴツゥン!
頭部に弾が命中したアイズマンは悲鳴も出さずに倒れた。頭がぱっくり裂けているが、大丈夫だろうか。
「相棒!」
「おいお前!時速60kmのダニエル君が360km先にあるボンバイエランドに着くまで何時間掛かるでしょうか!?ちなみに靴はウワバランド製の革靴です!」
「は?」
「答えはハンバーガーだるま落としだこの野郎!」
そして俺に命中したブーメランは持ち主の元に必ず帰って来る様になっている。ナインの撃った弾と違って絶対に。
カタン…
「っ!………」
バタリ
意味不明な問いに気を取られた女は、自分で投げたブーメランをキャッチ出来なかった。そして脇腹に命中し、俺やアイズマンと同じように傷口を開けられ、声を出さずに倒れた。予期せぬ大ダメージで失神したみたいだ。
「…審判!早く判定出して!この二人出血多量で死んじゃうよ!」
「あ、あ、はい!勝者!黒金光太選手、ナイン・パティ選手ペア!医療チーム!急げ!早く!」
まだ意識のある俺は後回しで、相手二人の治療が急いで行われた。
「ふぅ…勝ったな…」
「凄い血だけど…多分死なないね。良かった~!」
意識が朦朧としてる。ナインがどんな表情をしているのか全く分からない。
「光太!どうしてあんな無茶したの!?わざと攻撃を受けるなんて!」
「言ってただろ?アイズマンはゴリ押しだって…」
「だからって危険過ぎるよ!次こういう事するなら棄権するから!」
「悪かったって…でも有言実行出来て良かっただろ?俺が女、お前はアイズマンを倒せた。その杖のおかげでな」
まあ俺の場合、女がナインに気を取られていてキャッチ出来なかっただけなんだけどな。てかさっきの意味不明な問題はなんだよ。どっから拾って来たんだ…
魔法による治療を受けた後、観戦席に戻った。
あと2回勝てば優勝だ…
「ミラクル・ワンド、発動しなかったね」
「うん…こいつに過信してた。でも発動しないとこの有り様だ」
今回勝てたのは杖の引きが良かったから。運が良かったからなんだ。
これじゃ勝てないのは分かっている。しかしそれをどう補えば良いのか。それが俺には分からなかった。
「ナイン…」
「なに?」
「頑張ろうな」
負けたらごめん。そんなこと、言えるはずもなく観戦に戻った。