第39話 「ヤアアアアアア!」
俺達はアノレカディアへ渡った後、最寄りのガタクという街を目指して歩いていた。
大会が行われるエウガスまでは遠いので、街にある転送屋という施設を使うとナインは語った。
「凄いですよ会長!ほら!アレ!ユニコーン!」
「…どれも魔獣にしか見えない。殺した方が良いんじゃないか?」
「ダメだよ!あれは魔物!無差別に殺したら生態系が乱れちゃうでしょ!」
「魔物と魔獣…何が違うんだ?」
「魔獣に関しては謎だらけだけど…生物である魔物と魔獣は絶対に違った存在っていうのは確定してる」
会長は以前ナインの首を絞めた鞭を懐に戻した。それにしても生徒会っていうのは、学校じゃなくても制服を着ないといけないんだな。まあ改造制服だし、若干お洒落気取ってるつもりなんだろうな。ダサいけど。
「どうした黒金君。言いたいことがあるなら口に出してみるといい。私は生徒会長だ。生徒の声には耳を傾けてやるぞ」
「いいえ~なにも!」
怖い顔で尋ねてくるので、俺は何も言えなかった。独裁者みたいに恐怖で黙らせるのがこの人のやり方みたいだ。
それからしばらく歩き、目的地のガタクに到着した。ナインの言う転送屋は混んでいて、入り口の前で整理券が配られていた。
ナインは整理券を貰いに一人で列に並んだ。しばらく時間が掛かりそうだな…
「狼太郎、ナイン君から預かった財布で君の防具を揃えよう」
そう提案する会長の手にはナインの財布が。しかし彼女が財布を預けていた場面を俺は見ていない。
「ちょっと会長…逃げられた」
どうしよう…ナインはまだしばらく動けなさそうだ。俺も街を散歩してみるか。ちゃんとナインから貰った3000ナロがあるし、これで困った時も安心だ。
俺はしばらく街を歩き回った。装備屋の前を通った時、俺も何か防具を買うべきだろうかと考えて、ガラス越しに店内の値札に目を凝らした。
硬そうなヘルメットが6000ナロ。ナインから貰った小遣いじゃ買えそうにないな。
「そろそろナインも整理券を貰った頃だろう」
しばらく経って、転送屋の方へ戻ろうとした時だった。
「ちょっとやめてください!触らないで!」
「お嬢ちゃん、変わった格好だな?旅行者か?道案内してあげるよ」
鎧を着ている中年が少女の手を掴んでどこかへ連れて行こうとしている現場に直面した。
周りには俺以外いないけど…俺なんかでどうにか出来るか…?
「ちょっとやめてくださいよ!その人困ってるじゃないですか!」
あ~やっちゃった!ナインのやつが助けに来てくれたらな~!
「あぁ?なんだ、お前も旅行者か?悪いけど男は趣味じゃなくてよ~…ほら、とっとと失せな」
「あぁ!黒金君!」
え!?灯沢!どうしてこいつがここにいるんだ!
「この人私の彼氏です!」
「こんなナヨナヨしたやつがぁ?」
「僕のどこがナヨナヨしてるって?」
中年が俺の方に振り向く瞬間、整理券を持ったナインが俺達の間に飛び込んで来た。ナイスタイミングだ。
「あぁ?お前サキュバスか?…気持ちわりぃ…やーめた。こんなところにいると病気が移りそうだ…魔族インフルエンザがな」
結局、灯沢に手を伸ばしていた中年は何の罰も受けることなくその場から逃げて行った。
「さっき僕達の部屋で人の気配がしたけど、ユッキーだったんだね」
「ごめん、勝手に部屋入っちゃって…もう帰るね!」
「一人じゃ無理だよ!」
どうやら灯沢はアノレカディアに来る前からずっと尾行していたみたいだ。よくここまで気付かれなかったというか、逆に四人で行動していたのに誰も気付かない俺達が油断しすぎというか…
「どうするんだナイン?」
「今からゲートの前まで送るわけにもいかないし…僕達に同行してもらっても良いかな?」
「う、うん。こうなったのも全部の自分の責任だし、文句は言わないよ」
マジか…今あんまりこいつの顔みたくないんだよ。罪悪感がプスプスと出てくるから…
そもそもなんで灯沢は俺たちに付いてきたんだ?
「…光太、ちょっと離れてて」
「は?」
「ユッキーと女の子同士で話がしたいの!あっち行け!」
ナインが追い払うように手を払うものなので、俺は会話が聴こえない距離まで離れた。二人は会話を始めたが…一体なにを話しているんだろう。
「にしても…また魔族に対しての差別か…」
会話が終わると、ナインは灯沢と一緒に楽しそうに俺のところへ歩いて来た。
「ユッキー…興味があるんだよね?」
「ナインちゃん!?」
「異世界アノレカディアに!」
「そ、そうそう!前からナインちゃんの住んでた異世界に興味があって、我慢できなくて付いてきちゃったんだよ!」
「すぐに帰らせるのも可哀想だし、目的を達成したら寄り道しながら帰ろうか!」
灯沢は俺に普通に話し掛けてくるし…学校での事は許されたのだろうか。それともナインがいるからと、気を使ってくれているのか…
「まあいいか。それよりナイン。俺達はいつエウガスに行くんだ?」
「今夜辺りに順番が回って来るみたい。明日の開催までにはちゃんと間に合うよ」
「ところで…ナインちゃん達はどうしてアノレカディアに?」
…灯沢、露骨に話し掛けてこないな。まあ当然か。あんな酷い事したんだから。
「僕達は大会に出るんだ!」
ナインが灯沢に事情を説明している間、俺は何もせずにただボーッと街を眺めていた。元の世界じゃ有り得ない人間や魔族がいなかったら、海外に来たと思ってしまうような景観をしていた。
日が暮れた頃、狼太郎達と合流した。そろそろ呼ばれる頃だろうし、ちょうど良いタイミングだ。
「灯沢?どうしてここにいるんだ?」
「色々あって同行する事になったんだ。よろしくね萬名君」
「あ、あぁ…よろしく」
狼太郎と灯沢が挨拶を済ましている横で、会長が灯沢を睨んでいるのを見逃さなかった。嫉妬とは見苦しいぞ、会長。
「…そうだ、私達も大会に参加する事になった。お互いベストを尽くそう」
そうスポーツマンシップ溢れる会長は、ナインが持っている物と同じチケットを指で挟んで見せ付けていた。
「知ってるか?さっきSクラスの冒険者二人が身ぐるみ剥がされた状態でゴミ捨て場の中から見つかったって」
「エウガスの大会に出場するとか言ってなかったか…きっと邪魔だから潰されたんだなありゃあ」
ところで会長達が制服から強そうな装備に着替えている。防具屋に寄ったとして、どこにそんな物を買う金があるのか…
「そうだナイン君。財布を落としていたぞ?ほら」
「えぇ?ありがとう!…中身使ってないよね…よし、減ってないね」
使う必要がなかったから減ってないだけだぞナイン。この生徒会長、今日の内にスリと追い剥ぎって2つも罪を犯してるんだけど!
「整理券番号23725のお客様~、建物にお入りくださーい!」
番号を呼ばれるとナインが建物へ向かい、俺達はその後ろを付いて行った。
「いらっしゃいませ。転送先はどちらへ?」
「エウガス王国に。目的は現地で行われる大会への出場です」
「5名様…料金も確かに頂きました。奥の部屋へお進みください…ご健闘をお祈りします」
「ありがとうございます」
足元に大きな魔法陣が描かれた部屋に案内された。そのそばでは俺達をエウガスに転送させる魔法使いが準備をしていた。
「はいはいみんな~!円の中に入ってー!それじゃあお願いします!」
魔法使いがブツブツと呪文を唱え始めると、魔法陣が青く光り始めた。
正直不安だ。上手く行くんだろうな…?
シュウゥゥゥン…ウウウン!
転送は一瞬だった。俺達は部屋の中ではなく、大きな建造物の前に立っていた。
「着いたのか…?」
「一瞬だったな」
「ここが僕達の参加するエウガスタッグ大会の会場、エウガスドームだ!」
ドームは警備の兵士たちで囲まれている。中を見れるのは明日になりそうだな。
会場の周りには大会の為だけに造られた宿泊施設が並んでいた。近くの係員に参加者であることを表明すると、部屋を2つ貸し出して貰えることになった。
「それじゃあまた明日!お休みなさい!」
話し合いの末、俺は狼太郎と同じ部屋を使うことになった。ナインは会長たちと一緒だけど…心配だ。何もないといいけど。
「黒金、棚に食えそうな物が入ってるぞ」
狼太郎は部屋を漁って見つけた物を次々と食べ始めた。無警戒だな…毒でも入ってたらどうするんだ。
「食わないのか?」
「反対側に夜市があった。そこで適当に食い歩きしてくる」
「そうなのか?俺も一緒に行っていいか?」
来て欲しくはないが…ダメだって断ったらどういうリアクションされるんだろうか。
「奢らないからな」
「あ、俺この世界の通貨持ってねえや…」
「ハ~…」
それから俺達は施設のすぐ隣で開かれている夜市にやって来た。食べ物の他にも武器や魔法の本など、大会に関する物が売られている。
「モヤモヤモリの炭火焼き!美味しいよ~!」
「黒金!あれ食いたい!」
「食いたきゃ一人で食えよ。おじさん、それ1つください」
炭火焼きされているヤモリがモヤモヤと黒い煙を放っている。金を払うと、店主は串に刺さったヤモリを狼太郎に渡した。
「モグモグ…旨いな。パリパリしてる」
俺も何か食べておかないと…とは思うのだが、何故だかお腹が空いていない。緊張しているのだろうか。
「あれ、二人も来てたんだ」
歩いていると灯沢に出会った。ナイン達の姿はない。
「ナインは?」
「会長は?」
「二人ともどこで寝るかって言い争い始めちゃって…うるさくなって逃げて来ちゃった」
やっぱり喧嘩になったか…にしても幼稚すぎる理由だな。
「…あーお団子!」
「食うか?」
「いいの?…じゃあ甘えちゃおうかな」
今度は灯沢のために四色団子を購入した。二人が食べてるのを見て俺も腹が減って来た。そろそろ何か食べれそうだ。
「何にしようかな…」
腹が減っているとどれも美味しそうに見えてくる。あのわたあめでいいか。
「すいません。このわたあめください」
「それはわたあめじゃなくてよキャンディカイコの繭よ。繭はわたあめみたいにふわふわで、中のカイコは変体途中で加工したから、水飴みたいにトロトロしているの」
「じゃあいいですー」
そうだった。今いるのは台湾じゃなくて異世界の夜市だ!もう少し警戒して品定めしないと…
「ハンバーガーいかがですか~!…あ~あ、売れないなぁ。アメリカの真似して結構旨いんだけどなこれ」
「夜市にハンバーガーというのが外れだったのかもしれません。基本、こういう場所で何か食べる人は、その前後でちゃんとした食事をしているはずですから」
「そうかな~…うん、そうかも」
ハンバーガーを売っている屋台があった。気になるのは二人の店主だ。一人がスーツを着た髪の長い女性で、もう一人は異様に耳が長い男だった。
「お前は…」
「あ、君!ハンバーガー買ってかない?ビーフかフィッシュの2つしかないんだけど…」
「じゃあ…フィッシュバーガーで…って高いな」
呼び止められたし、せっかくだから買っていこうと俺は財布を出した。
男は綺麗な顔立ちをしていた。出来るなら交換してもらいたいところだ。
「エルフがそんなに珍しいか?」
「エルフ?いやまあ、初めて見たのでつい…」
「はい、フィッシュバーガー!熱いから気を付けて」
エルフも魔族なのか?だとしたら…
「あなた達も大会に出るんですか?」
「うん。もしかして君も?パートナーの種族は?」
「サキュバスですね…それっぽさ全然ないけど」
明日がその大会だというのに、夜市で商売とは呑気な人達だな。それほど腕に自信があるということなのだろうか。
「あたしはノート。それでこちらのエルフはバリュフ・エルゴ。彼は強いよ」
「勿体ないお言葉です」
「俺は黒金光太。サキュバスの名前は、ナイン・パ…」
そうだ。パロルートの名前は迂闊に出すべきじゃない。また酷い事を言われるかもしれないんだ。
「ナイン・パティ」
「パティ?美味しそうな名前!もしも戦うことになったらよろしく!」
ノートとバリュフ。試合を見る機会があったらちゃんと見ておくとしよう。
その後、ハンバーガーを食べながら少し夜市を回って、自分の部屋へと戻って行った。
「二人とも言い争って疲れたのか寝てるよ。それじゃおやすみなさい。明日は応援するからね」
「うん、おやすみ」
そして大会当日の朝。参加する大勢の人々がドームを囲うように集まっていた。
「はぐれる~!」
「手ぇ離すなよ!」
俺はナインの手をしっかりと握っていた。
魔法の力によって、ドームの上に冠を被った大きな男の姿が現れた。まるでホログラムみたいだ。
「あれがエウガスの国王様みたいだね」
「偏見を持たぬ参加者の諸君!集まってくれてありがとう!私、エウガス国王がエウガスタッグ大会の開催をここに宣言する!」
『ワアァァァァァァ!』
うるさい程の歓喜の声だ!
「オオオオオオオ!」
「ヤアアアアアア!」
俺もナインも感化されて叫んだ!今までにないぐらいの大声をあげた!
エウガスタッグ大会…出るからには全力だ!