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第36話 「不測の事態は付き物だ」

「ふあぁ~」


 目が覚めた時にはいつもと違う部屋…そうだ、僕は山田市に来てたんだ。そろそろ帰らないと…


「…ハァ」


 大会には強い戦士が集まるはずだ。調子の出ない僕とまだ戦いに不慣れな光太。この二人で勝てるのかな…


 天気予報では快晴だって言ってたのに、見上げたらどんよりとした曇り空だった。ホテルを出た僕は最寄りの駅へと歩き出した。さあ、単端市へと帰ろう。


 いや、やっぱりちょっとだけ観光していこう。せっかく遠出したんだ。

 それに少しでも精神面を回復しておきたい。今の状態で光太に会いたくない。




「登頂!」


 僕は早速、山田市の観光名所の1つである狐火山の頂上へと登った。昔、とある武将が敵に追われてこの山を越えて逃げた時、突然の山火事が追手を焼き殺した事からその名前が付けられたらしい。


 見渡すと雲海が広がっている。山頂は海にポツンと孤立している小さな島のようだった。

 1時間で登り切れた自分が少しだけ誇らしい。


「はぁ…お腹空いた…」


 光太は朝ご飯もう食べたかな。山を降りたら何か食べたい。朝の運動にしては頑張り過ぎたかもしれない。


「…魔力だ」


 この山に登って来る複数の強い魔力を感じる。お兄ちゃんと昨日のアイドル達だ!


「会いたくないな…」


 昨日の事を思い出した僕は険しい山肌から走って下山した。


 それにしても驚いた。アイドルっていうのは歌って踊るだけじゃなくて山も登るのか。それにあの魔力が近付いて来る速度、かなりの勢いで走ってたな。トレーニングでもしてたのかな?


「はぁ…ビックリした」


 もう疲れて観光する気が失せた。何か食べたら帰ろう。そう思いながら街を探索していると…


「山田のサツマイモソフトクリームいかがですか~」


 ソフトクリーム!?ちょうど冷たい物が食べたかったんだ!


「1つください!」


 サツマイモ味のソフトクリームは黄色かった。舐めてみると、バニラとはまた違ったふんわりとした甘さが口の中で広がる。


「んんん~!」


 美味しー!これだけで嫌な事全部忘れられちゃうよ!他に甘い物はないのかな?


「サツマイモタピオカ今日から始めました~」


 タピオカだって!?あの黒いやつが前から気になってたんだ!タピろう!よぉし、僕はこれからタピるぞ!


 ズゾゾゾゾゾ!


 僕はサツマイモタピオカキャラメルドリンクを飲んだ。黒いやつはプニプニにしていてとっても美味しい!それもキャラメルの甘さと合わさって凄く良いぞ!


「ふう…ケプッ」


 今のでお腹いっぱいになったな。いや、なんかしょっぱい物が食べたいけど…定食とかじゃ食べきれないよね。


 もう帰ろうかな…


 そう思った時、魔獣の魔力をこの街の中に感じた。

 けど…どういう事だ?似た感じの魔力がいくつもある。


「あれはなんだ?」


 近くにいた人達が空を見上げていた。空には大きな風船のような物がいくつも浮いていた。僕の角はあれの魔力を感じていたみたいだ。


 あれが魔獣…?ただフワフワと浮いているだけだ。


 2つの風船が気流に乗って空で接触した。次の瞬間、大きな爆発が発生。バラバラになった身体が地上に降り注いだ。


「危ない!」


 魔法の杖がない今、殴る蹴るでしか破片から地上の人たちを守ることは出来ない。建物は諦めるしかない!


 それにしてもなんだあれは!?急に爆発したぞ…!


「みんな逃げて!ここは危ないからなるべく遠くに離れるんだ!」


 とりあえず、あの風船から人を遠ざけよう。



 しばらくするとまた2つ、同じ魔力の風船が出現した。まるで爆発した分を補充するかのように。


「触れたら爆発とは、機雷の様な魔獣ね」

「沢山いますね」


 昨日出会ったヤマタノビジョタチのメンバー8人がやって来た。先生と呼ばれていたお兄ちゃんの姿はない。


「先生の妹さん。邪魔だから引っ込んでなさい!」


 そして少女達は眼鏡を取り出すとそれを装着した。すると着ていた衣類が華やかな物へと変化し、それぞれ弓を装備した。

 眼鏡で変身する魔法少女…だけど武器は弓。キョウヤ兄ちゃんらしいユーモア溢れるバトルコーデだな…


「撃て!」


 少女達の矢が命中して風船が爆発する。そして破片が街に降り注ぎ、建物に穴が開いた。

 人は怪我してない。だけどこんなやり方で良いのか?

 しばらくするとさっきと同じように、爆発させた分だけ風船が復活した。


「アレが魔獣の再生能力によるものなら、いつか限界が訪れるはずだ!壊し続けろ!」

「ちょっと待った!」


 僕は思わず優乃達の前へ行き攻撃を阻止していた。


「…邪魔よ。退きなさい」

「分かんないの!?あれを壊せばそれだけ街に被害が出ることが!」

「それでも魔獣を放置しておけばもっと被害が出るわ」

「何か仕掛けがあるはずだよ!それを解決しない限りあの風船は何度でも現れる!」

「その推測が間違っていたらどう責任を取るの?」

「…魔獣との戦いで不測の事態は付き物だ。ただ、責任を取れと言われたら僕の命を差し出すよ。だから頼む!10分だけくれ!」


 僕は頭を下げて頼み込んだ。


 その時、いつもお兄ちゃん達が色んな人達にこうして頭を下げている姿を思い出した。その後はどんな事でも解決して、僕にはカッコいいお兄ちゃん達という印象しか残らなかったけど、何かを守るために時にはプライドを捨てて頭を下げていたんだ。



「…分かった。皆、私達は万が一風船が爆発した時に備えて迎撃の用意よ」

「10分経ったらどうするの?」

「あの風船をひたすら撃ち落とす。そうすればいつか魔獣の魔力も底をつきる」

「わー、いつものゴリ押しだ」


 10分。この間にあの風船の謎を解く!そして魔獣を倒してみせる!


「まずは…空へ!」


 僕には羽根がある。虫みたいで大抵の人に気持ち悪がられる不細工な羽根。これで飛ぶのが嫌だったから、僕は空を飛べる杖を開発したんだ。

 だけど今はこれしかない!今こそ広げる時だ!


「んんん…んんんんん!」


 バサッ!という綺麗な擬音は似合わない。僕は人間からサキュバスの姿へと擬態を解き、服を脱ぎ捨てた。


「うわあ、虫みたいな羽根!カブトムシだ!」

「いや、アレはどちらかというとゴ…いやそうかもね」


 久しぶりだけど行けるか…?いや、行ける!あの風船が浮いている空まで飛ぶんだ!


 ブウウウウウウウウウウウウン!


 羽根が起こす風で周囲の物が軽く動く。僕の身体は空へと向かって飛んでいた。


「飛べた!」


 まずはあの風船を確かめる!魔獣の魔力は確かに感じるけど、あれが本当に魔獣なのか。それが気になっていた。

 しかし羽根の起こす風で風船が動いてしまう。ここではダメだ。


「あっちにいっちゃえ!」


 羽根の動きで発生する風を海の方へと向けて、風船を街の空から追い出していった。これなら万が一爆発しても、魔獣の身体は海に落ちて被害を抑えられる!


「お前は待った!」


 流れていく風船を1つ、じっくりと観察する。風船というには硬い質感だ…



「触れたら爆発とは、機雷の様な魔獣ね」



 ふと、優乃の声が頭の中で流れた。

 そうだ!機雷だよ!フワフワ浮いて風船みたいだと感じていたけど、これは機雷だ!魔獣ではないんだ!

 機雷が撒かれているということはつまり!敵がいるのはそれよりも高い場所!


 僕は羽根の動きを加速させ、雲の中へと突入した。すると僕を狙って何かが接近して来るのを感じ、身体を反らして回避した。


「あれはミサイル…いや、雲海を駆ける魚雷だ!」


 厚い雲を抜けた。そして辺りを見渡すと、雲海に浮かぶ戦艦型の魔獣と、それに乗るピエロの様な魔獣の姿を確認した。


 ピエロの方が地上に浮いていた機雷を風船のように膨らませている。あいつの魔力で膨らんでいたから、機雷を魔獣だと勘違いしたんだ!


 戦艦の大砲が僕の砲へ向けられる。そして始まった迎撃を潜り抜け、僕は戦艦へと飛び込んだ。


「まずはお前からだ!」


 風船を膨らまし続けるピエロの魔獣へ蹴りを放つ。ピエロは作業を中断すると、ふざけた動きで僕の攻撃を避けた。


「くっ!待て!うっ!」


 攻撃を避けていたピエロが機雷を落とす。足元に落ちた機雷は爆発し、戦艦が大きく揺れた。

 その揺れで僕が姿勢を崩したところに、ピエロのチョップが炸裂する。


「うっ!」


 肩を切り落とすようなこの威力!素手なのに深く入ったと錯覚してしまう!…けれど!


「捕まえた!」


 諦めずに伸ばした左手がピエロの腕を掴んでいた。僕はパンチを放つ右腕を矢のように引き、それからピエロの身体をこちらへ引き寄せた!


「ぶっ飛ばす!」


 引き寄せた顔に向かって、力を込めた渾身の拳を放った!

 外れた頭は遠くへ跳んでいき爆発を起こし、残った身体は消滅していった。


 膨らませていない機雷が消えたのを見るに、きっと地上の機雷も魔獣に合わせて消滅したはずだ。残るはこの戦艦だけ!


「だけどこんなデカいのどうやって倒せば…」


 戦艦が前の方から沈み始めている…まさか、この巨体で街にぶつかるつもりか!止めないと!


 羽根を広げた僕は真下の船首へと取り付く。けれど僕なんかでこれを止められるわけがない!それでも!


「止まれえええええ!」


 ゴオオオ!


 雲海を出たところで戦艦の落下速度が減速していき、やがて空中で制止した。よく見ると、2つの大きな手が魔獣を握っていた。


「よく頑張ったねナイン。こいつは俺に任せてくれ」

「キョウヤ兄ちゃん!」


 超人モードのキョウヤ兄ちゃんはそのまま戦艦を握り潰し、大きな口の中へ放り投げ、ガツンガツンと噛み砕いた!爆発させないように倒しちゃった!


「ありがとうキョウヤ兄ちゃん!」

「こちらこそ。あんなやつが雲の上にいるなんて気付かなかったよ。ありがとうナイン」




 魔獣を倒したところで、いい加減に単端市へ帰ることにした。


「それじゃあ僕帰るね。お兄ちゃんも先生のお仕事頑張ってね」

「うん…力になれなくてごめんね」


 2日も慣れない環境で戦って疲れた~…電車で寝過ごさないように気を付けないと。


「待ってナイン!」

「なぁにお兄ちゃん?」

「その…大会っていうのには応援行けないから、応援と、あとアドバイスだけさせてくれ…俺に出来る、兄らしいことを…」


 するとお兄ちゃんは僕の頭に手を乗せて、優しく撫でてくれた…キョウヤ兄ちゃんの小さくて、優しい手。


「ナインは…凄いよ。自分じゃ魔法が使えなくても諦めないで、魔法の力を備えた杖を沢山作ったんだ。努力の天才だよ…便利な角と羽根があるし、頑張って鍛えたから格闘戦も出来る…カッコいいね」

「えへへ…」

「ナインは…そうだな…少しプライドが高いところがあるかな」

「えぇ!褒めてからダメ出し!?」

「あはは、ごめん。ただ、昨日の優乃と言い争いになった時、どうも高圧的な気がしたんだ。自分の行動が正しいって感じで…」


 そうだ。僕はその時まで言われた通りに行動することが正しいって信じてた。自分が偉いというプライドがあったんだ。


「もっと…リスペクトを忘れないで。相手へはもちろん、自分へのリスペクトを。努力を続けた君で解決出来る事もこの先きっとあるはずだから…よしよし」


 また僕は泣いていた。昨日と違うのは、ちゃんと認めてもらえた事への喜びから涙が溢れていることだった。


「大会、頑張ってね」


 お兄ちゃんに見送られ、僕は改札口を通った。この世界に行く時には誰にも見送られなかったけど、今日は大好きなお兄ちゃんが、僕の背中を信じて見送ってくれてるんだ。

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