第35話 「情けない…」
「優乃、ナインは俺の妹なんだ。敵じゃないよ」
庇ってくれるキョウヤ兄ちゃんの後ろで、僕はウンウンと頷いた。まあ僕も彼女の事を倒そうとしてたけど。
「さっき追い掛けられてたじゃないですか!凄い顔して逃げてたじゃないですか!」
「そうだ!なんでさっき逃げたの!?」
その理由は僕も知りたかった。
「僕はアノレカディアからこの世界へ渡って、この山田市へとやって来た。そしてここで魔獣と戦えるセンスを備えた8人の少女と出会ったんだ」
「ですよね!先生言いましたよね!私達が魔獣と戦うそのお礼に一人前のアイドルにしてくれるって!約束しましたよね!」
「ちょっとややこしくなるから黙ってて…」
「はぁ!?黙っててってなんですか!?」
うわぁ…お兄ちゃん、めんどくさそうな人と知り合ったな~…
「そしてこの街にも魔獣が現れるようになった。だからナイン、君と合流する前に彼女達を戦えるように鍛えておきたかったんだ」
「それと逃げた理由になんの関係があるの?」
「えっと…ローカルアイドル達の先生やってるなんて知られたら…恥ずかしいから」
そんなくだらない理由で…?僕は思わず脛を蹴った。
「根暗眼鏡!女子に囲まれたからって調子乗ってんじゃねえぞ!」
「ごめんなさーい!反省しまーす!」
「お~い!優乃~!せんせ~!」
遠くから彼らを呼ぶ声がした。こちらに向かって、複数の少女達が走って来ている。この優乃という少女と合わせると、ちょうどお兄ちゃんが鍛えてる人数と同じ8人だ。
「紹介するよ。彼女たちは山田市のローカルアイドル、ヤマタノビジョタチだ。俺は戦い方の他に、踊りや演技のレッスンなどもしてるんだ」
酷い名前のグループだ。なんていうか、競馬の馬みたい。
「さっき魔獣倒したデッカイヤツ!あれなに!?」
「せんせー見て!さっきそこでお菓子とジュースの沢山入った袋を拾ったよ!」
「あぁ差し入れ。じゃあそれ食べて時間潰してて…それでナイン。俺に会いに来た理由は?」
そうだった。ようやく本題に入れるぞ…!
「アン・ドロシエルと出会ったんだ!それで僕、エウガス王国の大会に出なきゃいけなくなった!」
「そうなんだ。頑張ってね!」
そうなんだって…それだけ?冷たくない?
「アンの事はお兄ちゃん達に任せるつもりだ。俺は彼女達と一緒に魔獣と戦う。だからこの世界の事は俺達に任せて、ナインはその大会に集中しなよ」
「それだけ…?僕、何の為にここまで来たのさ。ダイゴ兄ちゃんに兄弟の誰かに相談しろって言われてここまで来たのに…」
「ごめんね。俺、お兄ちゃん達ほど融通効かなくて」
「キョウヤ兄ちゃんはいつもそれだ。お兄ちゃん達を言い訳にする」
「…本当にごめん」
キョウヤ兄ちゃんは困ったり失敗した時、必ずお兄ちゃん達と自分を比べるんだ。
お兄ちゃんはここに残ったら、じゃあアン・ドロシエルはどうするつもりだよ!僕は彼女に誘われた大会に出ないといけないんだぞ!罠かもしれないのに!
「先生、愛しい妹さんでしょうけど、ここはハッキリ言わせてもらいますね………あなた、何しにここに来たの?」
「だから僕は報告に来たんだ!アン・ドロシエルの事とか、大会の事とかを!」
「報告を受けて先生に何の利があるの?」
「それは、アンの事は兄弟の誰かに伝えろってダイゴ兄ちゃんに頼まれてたからだ!」
僕はやれと言われたことをやったまでだ!どうして責められる必要があるんだ!
「そのことを先生に伝えてどういう生産性があるのか聞いているの。それを伝えたところで、先生の悩みの種が増えただけじゃない」
「それは…」
「先生の負担を増やして何がしたいの?あなたの助けて欲しいっていう甘ったれた気持ち、お見通しなのよ!自分で解決しようとか思わないわけ?ただ偉そうに文句言って傷付けてるだけじゃない!」
「僕じゃ解決出来ない…僕は弱いから相談しに来たんだ!」
「それってただ、人に責任を押し付けてるだけよね…先生、やっぱり理解出来ません。さっきの魔獣との戦いでどうして私を選ばなかったのかを…そう言えば、あれも魔獣なんですか?今まで見た物と違って大きかったですよね」
僕は静かにその場を去った。優乃という少女の正論を聴いて、自分の未熟を嫌というほど分かってしまった。
「…はぁ」
そうだ。お兄ちゃんは今、この街でやるべき事があるんだ。それを邪魔して、僕は助けを求めようとしてしまった。
勝てないからって悪に立ち向かわない選択はない。それがパロルートだっていうのに…
「パロルートの恥だな。まあ結局僕は…」
日が沈み始めた。僕の気持ちみたいに、空が暗くなり始めている。もう帰ろうかな…
「もしもし、ナインか?」
光太の声がする!そう思って辺りを見渡したけど、彼の姿はどこにもなかった。
「どこにいるの!?」
「魔法の杖を使って、お前の心に直接語り掛けてるんだ…凄いだろ!」
そうか…僕が前に使ったテレパシー・ワンドの力か。それにしても凄いよ。かなり離れてるはずなのに、ここまでしっかり通信が出来るなんて!
「だろ~?いや、実は魔法陣描いてもらって、力を強めてもらってるだけなんだけどな!」
「な~んだ!」
「それにしてもお前、お兄さんに会えたのか?」
「………会えたよ」
「そうか良かったな!」
テレパシー・ワンドはあくまで会話をするための杖だ。良かった、本心とか気持ちとかが相手に伝わらなくて。
「それで何があったんだ?」
「え?」
「アン・ドロシエルの事をお兄さんに伝えたんだろ?お前はどうしろとか言われたのか?」
「それは…えっと…とりあえず大会には出ろだって!」
「そっか。それじゃあ早く帰って来いよ!今日の間に俺、色んな杖を使えるようになったからさ!じゃあな!」
光太は頑張ってるみたい。負けてられない…僕も…
「…やっぱり、ダメなのかな…」
無理矢理誘った光太だけど、彼は自分の意思で大会に参加する事を決意してくれた。弱さを自覚して今も頑張ってるんだ。
僕は無意識にアン・ドロシエルから逃げていた。お兄ちゃんに頼ってなんとかしてもらおうと考えてた。甘ったれだ。
向き合って逃げなかった彼と向き合わずに逃げ出していた僕…本当に弱いのはどっちだって話だ!
「情けない…本当に」
…帰るのは明日にして、今日はどこかの宿で泊まろう。
「うぅ…く…くそぉ…!」
悔しい。自分はこの程度だったのかって思うと涙が止まらなかった。
こんな情けない顔、光太に見せたくない。だから帰るのは、きっと落ち着いている明日にしよう…