第33話 「なんで俺みたいなやつと」
異世界アノレカディアのエウガス王国。そこで人間と魔族がタッグを組んで戦う大会が行われる。
突如俺達の前に姿を現したアン・ドロシエルは、それの参加チケットを渡すのが目的だったみたいだ。
あいつの魔獣を操るという能力は恐ろしく、ナインはこの世界を魔獣で滅茶苦茶にするという脅しを掛けられて、やむなく参加を決意した。
しかし問題なのはアン・ドロシエルからチケットを受け取ったナインが、大会の相方に俺を選んだことだった。
騒動があった次の日、俺は学校でそのことを思い出していた。
どうして俺を選んだのか…全く分からない。
「黒金、今時間あるか」
「狼太郎…そこ座れよ」
狼太郎は誰も座っていない前方の席に座った。こうして話すのは最初の会話以来だな。
「昨日の事を会長から詳しく聞いた。その異世界での大会、本当にお前が出るのか?」
「分かんねえ…」
「あいつが会長の両親を殺したっていうなら、俺は会長に倒して欲しい。もしもやる気がないなら、会長に枠を譲ってくれ」
「ナインに頼めよ。俺だってそうしろって頼んだけど、全然言うこと聞かねえんだもん」
「そのナインちゃんの話を君は聞いてあげた?」
そして話に入ってきたのが太刀川時雨!あ~ヤダヤダ、こいつ絶対俺のこと陥れようとしたこと忘れてるよ…
いっつも狼太郎のそばにいるし、金魚のフンかてめぇはよぉ!?
「なんだよ急に…」
「黒金君は、参加したくない!別の人と組むべき!ってあの子に頼んでるみたいだけど、ナインちゃんの言葉は聞いてあげた?どうして自分を選んだ…とかさ」
「聞いてないな」
…なんだよ二人してその呆れたような表情は。
「黒金、そういう時はちゃんと聞くのが友達だと思うぞ」
「アレコレ言ってるだけで相手の話を聞かないのは良くないよ…」
「ド正論どうも…分かったよ聞けば良いんだろ」
とりあえず電話を掛けることにした。じゃないと二人が休み時間終わるまで元の席に戻る気配がない。
「もしも~し、ナイン?」
「光太、どうしたの?」
「あのさあ、大会の事で聞きたいことがあるんだけど」
「…うん」
露骨にテンション下がったな。まあ明るく話す話題でもないか。
「ナインはどうして俺と組もうって思ったんだ?」
「それは…」
「俺より強い奴でサヤカ達とか、最近話してないけど水城とか………あっ!校長先生とか!」
「馬鹿!アホ!」
プーップーップーッ…
切られてしまった。
「俺たちにも聞こえるくらい大きな怒鳴り声だったな…」
「おい、尋ねたらキレられたぞ。どうすんだよ帰った時気まずいぞこれ」
「今のは黒金君が悪いね」
「なんで俺?」
「ナインちゃんは何か深い理由があって黒金君を選んだはずなのに、それを強さだけで考えてしまった。君は彼女の想いを無視したんだよ」
そうして諭される俺。そろそろ反論する言葉を失い泣きそうになってきた。
「そんなさぁ…あの…偉そうに言うけどよぉ、じゃあお前はナインが俺を選んだ理由が分かるのかよ」
「うん、分かるよ」
「だったら教えろ。それで解決だ」
「嫌だよ。頭の悪い人でも分かるような事なんだから、自分で考えなよ。君は人の気持ちも理解出来ないの?」
ムッ!こいつ…言わせておけば…
「アドバイスするか馬鹿するかどっちかにしろよな」
「僕はその大会に君が出て痛い目見れば良いって思ってる。それだけだよ」
「…ふん、やっぱりお前とは仲良くなれそうにないな」
「やめろよ二人とも。なんで喧嘩しそうになってんだよ」
狼太郎は時雨を連れて席に戻っていった。助かった。もしあのまま会話を続けていたら俺、腕が出てたかもしれん。
ルックスだけでチヤホヤされやがってよ…
それから放課後。帰ろうとしていた俺は灯沢に呼び止められた。
こんな時に…うざったいな。
「黒金君、今日こそ農園見に来てよ」
「またその話か…断る。俺は忙しいんだ」
「何か用事でもあるの?」
めんどくせえな。どうしてこう、俺の周りには面倒なやつらが集まるんだ。
「チッ」
「いや舌打ちって酷くない?」
そりゃあイライラしてるんだから舌打ちするだろ。機嫌悪そうだから今はやめておこうとか、話し掛けるタイミングを見分けられないのか。
「………どうして俺に来て欲しいんだ?もっと仲の良い友達で良くない?」
「どうしてって…約束したじゃん」
「約束…」
思い出したぞ。魔法の力でデートさせられた時にそんな話をしたな。
「してたなそんな約束」
「だから──」
「悪い。やっぱりあの話無しで」
「…え、なんで?」
「気が乗らなくなった。大体、大して仲良くもないやつに付き合う理由が分からない」
「私は黒金君と仲良くなるために農園に誘ったんだよ…それなのに気が乗らないってだけで来ないの、酷くない!?」
灯沢が大きな声を出した。それを聞いた男子たちが集まって来る。誰もがカースト上位のやつらだ。
「もうやめろよ優希。途中から話聞いちゃってたけど、こいつ頭おかしいんだよ。無理に仲良くなる必要ないよ」
「口喧嘩勝っただけで調子乗んなよ。悪いのはどうあってもお前だ。さっさとユッキーに謝れよ。泣いてるんだぞ…おい待てよ!」
「ほっとけ。あいつになに言っても無駄だ。大丈夫かユッキー?」
教室を出てから後悔した。どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。もっと柔らかい言葉を選べなかったのだろうか?
こういうところがあるから友達が出来ないんだな…
…にしても分かんねえなぁ!
ナインが大会のパートナーに俺を選んだ理由も、どうして灯沢を泣かせるようなことをしたのかも…
「ただいま~」
いつもならリビングでゲームをしているはずのナインがいなかった。玄関に靴があったから留守ではないはず…
「ナイーン、おーい」
和室に並んだ二人分の布団。俺の方は畳まれているのに、ナインの方は膨らんでいた。
「…ナイン?」
よく見ると小さく膨らんで、それから縮んでいる。僅かに息する音も聴こえた。
「ごめんナイン。本当に分からないんだ。どうして俺じゃなきゃいけないのか。他のやつらは簡単に分かるらしいけど、俺馬鹿だからよく分かんなくて…こんな風に人の気持ちも分からないから、灯沢の事も泣かしたんだな。ははは…」
「ユッキーを泣かしただって!?」
ナインは枕を持って飛び起きると、それで目眩がする程の威力で俺を殴った。枕は破れて、中身のパイプが飛び散っていた。
やめろ!と怒鳴りたかったが、相手はそれ以上に怒っている。目がマジだ。
「謝ったの?」
「謝ってない…です」
今度は中身のない状態で叩かれた。かなり痛かった。
「…光太、友達って言葉の意味分かる?」
「仲の良い人とか?」
「じゃあ仲が良いって何?」
「え…それはちょっと難しいぞ。一緒にワイワイ話してたり…とか?」
「仲良くなるって複雑な事なんだよ。人によって簡単だったり難しかったりする。ユッキーは光太と仲良くなるのが難しいって思ったんだろうね。だから農園に誘ったんだ。身近な物で自分を知って欲しかったんだ」
「なんで俺みたいなやつと仲良くなりたいなんて…」
「仲良くなりたいって思う事すら理由が必要なの?だったら光太と僕はどうして仲良くなれたの?」
「それは…」
分からなかった。ただナインとは友達だと思っている。会った頃は仲良くなりたいなんて思っていなかったのに、気付いたら友達だった。
「ユッキーの意思を汲み取ってあげようよ。いつまでも自分のペースで動いてたら…独りになっちゃうよ?」
「明日、謝らないと…」
そう言うとナインは自身のスマホを押し付けてきた。既に灯沢へ電話が掛かっている。
早く謝っとけ。そういうことか…
「もしもしナインちゃん?どうしたの?」
「あ、ごめん。ナインじゃなくて俺…」
「え、黒金君?」
「今日は強く言ってしまってごめんなさい。約束してたのに、自分の都合でそれを無かったことにしようとして…」
「うん。もういいよ。黒金君が謝ろうとしてるのは伝わって来たし、私もしつこく誘って悪かったって思ってる。もう構わないから。今までごめんね」
「ちょ、ちょっと」
ブツップーップーップーッ…
灯沢は許してくれ…てないだろうなぁ今の声色だと。人の声で冷や汗流したの初めてだぞ。
もう友達になるどころか話すら出来ないかもしれない。
「ナイン…どうしよう」
「どうしようもないね…あーあ、ユッキー可愛かったのに勿体ない。陰キャには奇跡ってくらい良い子だったのに」
そうだった、あいつはカースト上位!陽キャ!明日から灯沢を中心に俺の悪評が広まっていじめが始まるんだぁー!もう学校行きたくない…
あぁもう!そんな俺の評価なんてどうでもいい。大切なのは大会のことだ!
「それでどうする。大会には出るやるけど、俺ロクに戦えないぞ」
「え…出てくれるの?無理しなくていいよ」
「無理なんかしてねえよ…それに参加すれば、お前がどうして俺を選んだのか分かるかもしれないし」
諦めがついたと言われるとそうかもしれない。
けどそれだけじゃなくて、最初の魔獣と遭遇した時から何度か一緒に戦って、今度も隣で戦いたいという気持ちがあるからだ。
「へいへ~いお兄さん。俺で良ければ特訓してあげてもいいよ?」
「ジン…」
こいつ玄関からじゃなくて窓から入って来やがった。あーあ、靴履いたままだから床が土で汚れていく…
「靴脱げ!」
「あぁ悪い」
全く…そもそもなんで窓から?庭でなんかやってたのか?
「魔法陣描けたよ」
「ありがとうジン、皆も!」
ナインは、窓から下にいる仲間達に向かって手を振った。覗いてみると、雑草だらけだった庭が綺麗になっている。それと中に模様のある楕円が描かれていた。
魔法陣…魔法に関係があるのか?
「それじゃあ皆は光太の事よろしくね!」
ナインは靴を履いて外へ出ると、模様を崩さないように魔法陣の中に描かれた円の中へ跳び移り、1本の杖を突き立てた。
「何するつもりだ…」
「光太。遅くなったけど俺からの修行だ」
そういえば…アノレカディアでツカサ、ツバキ、サヤカに超絶ハードな修行をやらされたけど、まだジンからは何もやらされていなかったな。
「大会まで数日しかない。それまでにナインのサポートが出来るくらいには動けるようになろう」
そうして俺は、いつもナインが巻いているウエストバッグを渡された。仄かに良い香りがする。
「少しでも多く、その中にある杖を使いこなせるようにする。学校なんか行ってる暇ないからな。覚悟しておけよ」
「ちょうど良かった。しばらく行きたくないって思ってたところなんだ」
それからすぐに修行は始まった。やることは単純で、バッグから杖を取り出して能力を理解することだったが…
「なんだこの杖?」
「俺も見たことないや。振ってみれば?」
修行を付けると言ったジンですら効果が分からないのである。もしも大爆発を起こす杖とかだったらどうするんだ。
「それはセルフデバフ・ワンド。自身の能力を低下させる杖だよ。トレーニング用に作ったんだけど1回も使ったことないや」
「使い道あんのかこれ…ってナイン、どこか行くのか?」
ナインは大きなリュックを背負って庭から現れた。部屋に戻ろうとせず、そのままどこかへ行くつもりだ。
「キョウヤ兄ちゃんの場所が分かったから、アンの事を伝えるがてら挨拶してくる。しばらく留守にするね、バイバイ」
「バイバイって…いきなりだな」
軽い挨拶で出発していくナイン。魔法の杖無しで大丈夫だろうか?
庭を覗くと、描かれていた魔法陣は綺麗に消えていた。それとナインが使っていた杖が倒れていた。
「俺達が描いた魔法陣であの杖の力を強化。それでお兄さんの居場所を調べたんだ」
「へぇ~…色々あるんだな、魔法って」
「さあ、せっかく人に見られない場所が空いたんだ。ここで修行を続けよう」
「おう!」
ナインのサポートが出来るくらい…か。思ったより俺って力なかったんだな。これまで力を合わせて敵を倒してたイメージがあったけどそれは勘違いで、実際は一緒に戦った人達が強かっただけなんだ。
少しはマシな働きが出来るようにしないと…選んでくれたナインの期待を裏切らないようにしないと!
「せっかくだからその杖で制限を掛けておこう」
「マジで…分かった」
セルフデバフ・ワンドを振った。身体の力が抜けていく…普通に持ってたこの杖が重くなっていくのを感じた。
「よし…それじゃあ次の杖」
「この状態で…取り出すのも…一苦労だぞ…」
俺はなんとか踏ん張って、次の杖を取り出すのだった。




