第32話 「客が増えたら忙しくなる…」
ナインは昨日、生徒会長と戦って敗けた。ギリギリの勝負ではなく、攻撃を見切られた上になんとか命中させた魔法は通用せず、最後はひたすら腹を殴られるという一方的な敗北だった。
戦いを申し込んだのがナインというのもあって、完敗した姿を見た時はとても悔しかった。
「ナイン…」
彼女はアパートの前で真剣な表情で何かを造っている。邪魔をしたくなかったので、完成まで声を掛けることはしなかった。
「まあ、誰だって負けることはあるよ」
「ジン…」
ナインの敗北を伝えた時、彼らは驚かなかった。学園にいた頃、彼女と共に何度も負けてきたからだ
「あいつも俺達も、学園のいじめっ子達に立ち向かっては負けて、その度に泣いてたもんだよ」
「ナインは悔しがってないのか?」
「う~ん…生徒会長との話し合いで何があったのか知らないけど、別にそれで大変な事が起こったわけじゃないからね。ただ負けただけとしか認識してないと思うよ」
「やったー!出来た!」
それからしばらくすると、ナインは大きな声を出して造っていた物の完成を喜んでいた。
「あれって…」
屋台だった。それもタイヤが付いていて、転がして移動出来るようになっている。
まさか昨日の戦いとは全く関係のない物を造っていたとは…
「ナイン、なんだよそれ」
「屋台だよ!そろそろお金もなくなって来たし、これからは屋台の店主として働くから!」
「金稼ぐって…魔法使えばいいじゃんかよ」
「やだよ~あのやり方じゃいつか死んじゃうよ~」
確かに…前に金を作った時は酷い目に遭ったからな。
大人4人が並べるカウンター。そして目の前には大きな鉄板が設置されていた。
「鉄板焼きか…確かにお祭りではよく見るけど、こんな風に移動式の屋台では見たことないな…」
「光太、雇ってあげるよ」
「嫌だ。どうしても金稼げって言うならバイトする。大体なんで鉄板焼きなんだよ。おでんとかの方がメジャーで良かったろ」
「いや~昨日の戦いでさぁ、ゲロ吐いたじゃん。それが作り途中のもんじゃ焼きに見えて、これだ!って閃いたんだよね」
「これだ!じゃえねよ!殴られてる時になんて閃きしてんだ!」
エジソンもガッカリするような最悪の閃きだな。東京都民全員に謝りに行けよ。
「作るのに時間掛かるだろ。出来上がる前に客が帰っちまうんじゃねえの?」
「チッチッチッ…そういう弱点こそ魔法で補うんだよ。屋台の上を見てごらん」
屋根には2本、魔法の杖らしき物体がぶっ刺さっていた。
「まずは体感時間を操るファストスロー・ワンドで、注文が完成するまでの時間を短く感じさせる。そして不味い食べ物が美味しいと思えるグッドテイスト・ワンドで、万が一料理が失敗してもそのまま提供する。見た目が悪かったとしても味は良いから結果オーライってわけ」
「卑怯が極まってるな…」
屋台とはいえ自分の店なのに、プライドとかないのだろうか。
「さぁて!食材の買い出しに行ってくるぞー!」
ナインが買い物に出た後、俺は一人で屋台の観察を続けた。これは木製ではなく金属を使って造られている。中にも色々な装置が組み込まれてるみたいで、いくらナインでも引っ張るのは大変そうだ。
ブルルルン…
アパートのそばにバイクが停まった。運転手はヘルメットを外すことなく、俺の方へと歩いてきた。なんだこの人…
「…201号室の住人、黒金光太君だね」
「そ、そうですけど…誰ですかあんた?」
「俺はこのアパートの大屋さんだよ。そうか、君とは初めましてだったか」
大屋さんだって!?この不審な格好をした人が?確か前に会ったナインが、凄いカッコいい人だったって言ってたような…
「ヘルメット…外さないんですか?」
「仕事で怪我してしまってね。治るまではあまり見せたくないんだよ。ナインちゃんはいないのかい?屋台の営業許可が貰えたんだが…」
素顔気になる~!太陽光の反射とスモークシールドが合わさって目元すら分からん!
「どうかしたかい?」
「いいえ、何も!ナインはついさっき出掛けちゃって…」
「そうか入れ違ったか。だったらこれを渡しておいてくれ」
俺は難しい事が書かれている資料を受け取った。大屋さんが許可を取ってくれたから、ナインも合法で屋台がやれるのか。
「光太君…君の家庭事情は知っている。何かあれば俺に相談してくれ、力を貸すよ。でもアパートは大切にしてね?」
用事が済むと大屋さんはすぐに出発した。また会う時があったら今度こそ素顔を拝んでやる。
ナインは戻って来るとすぐさま、屋台下部に造った冷凍棚に具材を詰め込んでいった。
「まずは練習だ。ジンは客ね。光太はこっちだよ」
「え、俺お客さん?…まあちょうどお腹空いてたし…」
当然のように店側に立たされる俺。ジンはやれやれといった様子で並べてあった椅子に座った。
「いらっしゃい!」
「えーっと…あぁ、壁にメニューが掛かってるのか。それじゃあ焼きそばで」
「あいよ!」
注文を受けてから必要な商材を並べて、俺達は料理を始めた。俺は麺を茹で、ナインはその間に豚肉やキャベツ、ニンジンを切り、鉄板の上で炒め始めた。
しばらくして俺が担当していた麺が柔らかくなると、ナインは麺を鉄板の野菜達の元へと移した。そして特製のソースを思いっきりぶっかけた!
ジュワアアア…カッカッカッカッ!
ナインはヘラを使って、ソースが麺と具材に染み込むようによく混ぜた。それを麺が茶色くなるまで続けてから、皿に盛ってジンの前へと置いた。
「へいおまち!召し上がれ!」
「あれぇあっという間だね。それじゃあいただきます」
そりゃあ魔法の力が働いてるからな。実際には20分近く掛かっている。ただし動きを工夫すれば少しぐらい短縮出来そうだ。
ズズズズッ!ズズズッ!
ジンが啜っているのを見てると俺も腹が減ってきた。俺も客側がいいな…
「美味しいね。いいんじゃない?」
「それじゃあ今度はお好み焼きね!」
「え?もう焼きそばだけでお腹いっぱいなんだと思うんだけど…ははは、まあ頑張るか」
客にされたジンは、日が沈むまでナインの料理を食べる羽目になった。
そして日が沈んだ頃、暗い中で屋台を走らせる前の安全点検を行った。
俺とナインは探検家のように額にライトを装着。これで夜道でも安心して走れる。
「そろそろ行こう。場所は…どうしようか」
「決めてねえのかよ…まあ駅の近くでいいだろ」
馬車を引く馬のように、俺達は二人でハンドルの内側に並んで屋台を持ち上げた。
「おっっっも!これ動くのか…?」
前へ歩いてみたが速度が出せない。これだと駅に着く頃には朝日が昇ってしまう。
「ふんぬううううう!」
「頑張ってね~」
「ジン!暇なら手伝って!」
「えぇ~」
さっきよりも速度が出るようになった。どうやらジンが後ろから押してくれてるみたいだ。
「魔法使えば速くならないか?」
「屋根の杖を稼働させるために魔力は温存しておきたいんだ!ほら頑張って!」
3人掛かりでようやく走れるようになり、急いで駅へと向かった。帰るために駅へと向かう人と、この街へ電車に乗って帰って来た人。その内どれだけの人がこの店に来てくれるか…
「ここら辺で良いかな」
そして俺達は駅の近くにある自動車が通れない路地に屋台を停め、急いで準備をした。
「ところで告知とかしてあるの?」
「うん。今さっきSNSで」
今さっきって…気付いてくれた頃にはもう家に着いてるだろ。
ナインはラジカセ・ワンドで流行りの曲を流して客が屋台の存在に気付けるようにした。付き合わされる事になったジンは、イメージアップのために周囲の掃除をさせられている。
それを横目に、俺は料理の下準備をしていた。
「…はい?この屋台?うん、鉄板焼きだって。珍しいよね」
ジンが通り掛かった人と話している。どうやら屋台に興味を持った人がいるようだ。
「焼きそば?あるよ。さっき食べさせられたけど美味しかったよ…どうぞどうぞ」
初めての客はカップルだった。それも俺と同じ位の人達だ。デート帰りだろうか…幸せそうだな…
それに比べて俺は、明日を生きるためにこんな狭い屋台で働いてるとか…泣けるぜ!
「焼きそば300円だって。じゃあ俺は焼きそばで」
「それじゃあ私はチーズお好み焼き!具材は…キャベツと豚肉、モヤシもお願いね」
「承りました!」
同時に2つの注文が入るが焦ることはない。たとえ完成が遅れたとしても魔法の力によって、彼らにとってのちょうど良いタイミングで提供することになるのだから。
「はい!どうぞチーズお好み焼きです!冷めない内に召し上がれ!」
「ナイン、焼きそばの具材切ったよ。麺も柔らかくなった」
しばらくして男の注文した焼きそばが完成した。
「美味しそ~!交換しよ」
「いいよー、ほら!あ~ん…」
………イチゃつくならここじゃなくていいだろ。駅近のホテルにでも行けよ。
「光太顔。それじゃお客さん逃げちゃうよ」
顔にまで羨望が溢れてきてしまった。こうなったら使った道具を洗って気分を紛らわそう。
味と値段に満足したカップルは満足した様子で帰って行った。
「あの二人はここで蓄えたエネルギーを使って、ベッドという鉄板の上で愛情というヘラに踊らされて焼きそばみたいに絡み付くんだろうなぁ」
「お客さんいる時にそういうこと言ったら怒るからね」
その後、ナインは会計のミスに気が付いた。
「あっ100円足りない。計算間違えちゃった」
「はぁ?…まあレジがないから、次からは先払いにさせるか」
「そもそも屋台なのに後払いにしてる方がおかしくない?」
2人だけだったのに凄い疲れた…緊張してるんだな。こうなると誰も来ないで欲しいと思ってしまう。
だがしばらくしない内に、離れた場所にいるジンの話し声が聞こえてきた。
「あーこれ?鉄板焼きの屋台。名前?…ナイ~ン、店の名前なに?」
「テッペン屋!」
「だってさ。え?連絡先交換してくれたら食べてくれるの?いいよ」
ナンパされてるじゃねえか!
そしてジンと連絡先を交換した3人の高校生が来店した。全員美少女だ。着ている制服は単端市で最もレベルの高い珍陳高校の物だ。休日に制服ってことは部活帰りだろうか。
「わっ!店主さん女の子だよ!かわい~!」
「本当だ!アイドル?写真撮ってもいい?」
「え、え…光太!どうしよう?」
「いいんじゃねえの写真くらい」
そしてナインがパシャパシャと撮影されている後ろで、俺は料理の準備を進めた。
21時ちょうどに営業終了。俺達はアパートへ戻ると今夜の振り返りをした。これって会議扱いってことで残業代出るよな?
「結局あの女の子達で最後だったね。やっぱり告知が足りなかったかな」
「人通りも少なかったし、場所が悪いのも反省点かもね」
絶対失敗する…今日の時点でたった5回しか注文されていない。赤字になる前に引き上げて、ちゃんとした場所でバイトした方が良い気がする。
絶対そっちの方が良い!
「光太、新メニュー!何か案ある?」
「えぇ~…焼きうどんとか?」
「それにしよう!焼きそばを食べる機会はあっても焼きうどんはあんまりないはず!早速開発に取り掛かるぞ!」
パッと思い付いた物を口にしたのだが、それがナインにとってかなり良いアイデアだったらしい。ナインは台所で料理を始め、ジンは部屋に戻って行った。
「…明日もあんのかよ」
かなり疲れた…これを毎晩はちょっとな…
次の日、身体が重い状態のまま登校した。周りで元気そうに過ごしている皆が羨ましい。
「知ってる?駅の方に変な屋台が出たって話」
「珍陳にいる友達がそこでもんじゃ焼き食べたって!店主の女の子が可愛いって写真送られてきてさ~ほらこれ」
「ほんとだ…誰これ、アイドル?」
ナインの屋台が話題になってるみたいだ。俺の予想に反して、今夜は忙しくなるかもしれない。喜ぶべきことなんだろうけど…やる気のない店員としては最悪だ。
「ナインちゃん屋台始めたんだね。有名になってるよ。店主が可愛いって」
「灯沢…」
俺は彼女との会話が始まる度に、こいつと話すの久しぶりだな…と感じている。ナイン関連の秘密を共有してるのに、俺と灯沢にそれだけ接点がないということだ。
「今夜はどこに出すの?」
「教えるかよ。客が増えたら忙しくなる…」
「え~…じゃあナインちゃんに聞こ」
灯沢は電話を掛けて今夜屋台を出す予定の場所を聞き出した。一緒に働く俺にすら伝えてないのに、ナインはどこで営業するかを伝えたようだ。責任者が機密漏洩してどうすんだ。
「友達と行くからね!」
「うん、来ないでくれ」
友達…うわー!あのカースト上位グループが来るのか!俺にとってはそれだけで迷惑客だ。
「やりたくね~…」
そして戦いの夜がやって来た。昨晩のメンバーにサヤカが加わり、俺達は早い時間から屋台を構えた。
「どうして私まで…観たいドラマがあったのに…」
「美男美女がいるだけで集客率がアップするって調べて分かったんだ。二人は店の前で立ってるだけでいいからさ」
「立ってるだけって…それはそれでつらいよ」
ツバキとツカサも受けの良い外見をしているが、ジン達と比べると幼さがあるので誘わなかったらしい。
早速、ツバキに引き寄せられた大学生がやって来た。ジンは無表情だ。ずっと後ろから大学生達を見ている。
その顔怖い…凄く怖いぞジン。
「それじゃあ焼きそば3人前で!」
「なぁなぁ、さっき外に立ってた子、可愛かったよな」
2日目となると作業にも慣れて来て、昨日よりも早く提供することが出来た。
昨日の事を反省して人通りが多い道を選んだので、客はそれなりに増えた。
「こんにちはー」
「あ!ユッキー!」
そして灯沢も来た。他の2人は…上位カーストの人間だけど、どっちも女子だ。チャラい男達はいない。
「繁盛してるみたいだね~」
「まあね!美味しいから!」
魔法の力のおかげでな。まあ別に、ナインは料理が下手というわけじゃないが。実際、魔法の力がなくても美味しい物を提供出来るんじゃないだろうか。
「本当にオタク君いるじゃん!」
「名前は~えっと…」
「黒金光太!まあ俺もお前達の名前知らないし、覚えなくていいけど」
「ちょっと光太、顔見知りでも今は客なんだから態度よく!」
「そうそう!お客様は神様だぞ~」
「はい!神様!御注文はなんでしょうか?!」
う、うぜー!
お互いに名前も知らないのに、オタク君なんてあだ名が付いてるのは心外だ。それに俺はオタクじゃない。
「大きな声出せるんだねぇ」
「海鮮チャーハンお願いしまーす!」
「注文入ったよ光太。青筋立ててないで具材準備して!」
ナインは会計をして、俺はチャーハンの具材を用意をする。下の冷凍棚から大きなエビやホタテをまな板の上に移した。
「疲れた…休憩していい?」
「えーっ!オタク君に作って欲しい~!」
「…だってさ光太」
ナインはしゃがんで棚を漁るのかと思ったら、置いてあったウエストバッグから杖を取り出した。
「今、君に料理が出来るようになる魔法を掛けた。これで海鮮チャーハンが作れるようになったよ」
「…はいはい。分かりましたよー」
「魔法だって~可愛い~!」
「じゃあ私もチャーハン追加で!」
「お~ユッキー露骨だな」
「うっさいよ!」
魔法の力によって、自分でも驚くほど上手く料理が出来た。ただ集中した分だけ、疲労感もある。
営業終了まで…まだ2時間もある!もういっそのこと潰れてくれ!
「美味しい!凄いじゃんオタク君!」
「オタク君はやめろ」
「店主さーん。持ち帰りでマヨお好み焼きお願いしまーす」
いつの間にか持ち帰りというサービスも始まっていた。ナインは作ったお好み焼きをプラ容器に詰めて、袋入りのマヨネーズと一緒にビニール袋に入れて手渡した。
「はいどーぞ!」
「おお!こんなに沢山いいの?」
「おいナイン。考えて提供しないと赤字になるぞ」
そもそもこれだけの食材をどこで入手してくるんだろう。資金源なんてないし…
まさか密漁したのか?
「ごちそうさま!そうだ黒金君。明日は絶対に園芸部に来てね!」
「その話いつまで引っ張るんだよ」
料理を食べ終えて賑やかな女子達が帰っていった。持ち帰ったお好み焼きは家族に食べさせるのだろうか。
「土下座の鉄板焼きはあるかな?約束を破った上に未だ謝罪をしない黒金君の焼き土下座が見てみたいんだが…」
「そういうのないですー」
一昨日ナインとやりあったばかりの生徒会長が来た。他にも狼太郎と名前が分かんない美少女、それとあの憎たらしい太刀川時雨も一緒だ!
「会長、からかいに来たなら帰ってくだせえ。俺達ぁは真面目に働いてるんですぅ」
「店主はナイン君じゃないのかい…勉強が職務であるはずの学生が屋台を開いたと聞いて見に来たんだ。うん、実に狭いな」
こいつわざわざケチ付けに来たのかよ…屋台なんだから狭いのは当然だろ。
「焼きうどん大盛でお願いします」
「狼太郎、僕達はあくまでも屋台の様子を見に来ただけなんだよ。わざわざお金払って食べる必要ないよ!」
もうお金は貰ってしまった。太刀川はグチグチ言い続けていたが、ナインは徹夜で開発したオリジナルの焼きうどんを完成させた。
「おーうまそ。いただきます」
「毒入ってるかもよ!」
「んなわけあるか」
結局、この時注文をしてくれたのは狼太郎だけだった。
「それでナイン君。私は聞きそびれていた事を思い出して君に会いに来たんだよ」
「あぁ、やっぱり僕は生徒会には入りませんよ。なんか物騒な気がしたんで」
「生徒会に君のような弱い者は必要ない。それよりも魔獣を出現させる犯人…それについてだ」
そうだ。その事を俺が口にしてしまって、ナインは色々話さなければいけなくなったんだ。
「あくまで、魔獣を操る能力が判明しているだけで、犯人かどうかは分からないし出現させる方法も確認出来てません。それにこの世界にいるかどうかも分からないし」
「アノレカディアの人間か?写真はないのか?」
「写真ならここに…」
俺も腹減って来たな…ちょっとつまみ食いするか。確か上の棚に子供を黙らせる用のお菓子が入ってたよな。
「失礼するわよ。空いてる席ってあるかしら?」
「あーごめんなさい。ご覧の通りちょうど埋まってまし…て……」
半分以上甘い物だった。板チョコレートを三枚ほど貰うか。
「おい、チョコ食うからな~…ナイン?」
「そう、残念ね。なら別の場所にしようかしらね」
ナインは青ざめていた。会長に見せていた写真を握り潰している。その会長は後ろに立っている女性客と握り潰された写真を交互に見ている。
「マジか…」
初めて出会う人物だったが、俺もそいつの事を知っていた。
「やっぱり頼もうかな。ナイン君、私に野菜多めのもんじゃ焼きを頼む。結香と時雨も好きな物を頼むといい」
「いや~私達は…」
「毒入ってそうだし…」
ナインはそっと写真を閉まって、調理に取り掛かった。
「この近くにお店あるかしら…」
そいつはアン・ドロシエル。以前、ダイゴさんがナインに探すように頼んだ魔女だった。
まさかこの世界にいたとは…もしや、ただ似ているだけのそっくりさんか?
「それにしても魔法の杖を立てているなんて、面白い屋台だこと…」
本人だ!この世界の人間は魔法の杖を知らない。あぁ、ただのそっくりさんだったらどれだけ良かったか…
「可愛い店主さん。名前はなんて言うのかしら?」
「いや、知らない人に教えるのはちょっと…はい」
早くどっか行ってくれないかなぁ…
「あー食った食った!会長、俺達あっちで待ってますのでごゆっくり。お姉さん、席どうぞ!」
「あら、ありがとう。私、屋台って初めてなのよね。どんな料理があるのかしら」
そしてタイミング悪く、食事を終えた狼太郎が席を立ち、他の二人を連れて屋台から離れた。アンは空いた席に着いたが、しばらく待っても注文しなかった。
「あなたが魔獣を操れるって話、本当ですか?」
「私ってそんなに有名人なの?…まあね。モンスターテイマーが魔物に指示出して戦うのとは訳が違う。私は意のままに魔獣をコントロール出来る」
話の内容は分からないが、とりあえずダイゴさんに連絡を…って連絡手段ねえよ!ナインなら出来るかな…?
「私の両親は魔獣に殺された…あの時殺したのはお前の意思なのか」
「あらま、あなたも魔獣に関わりのある人間なの?もう誰を殺したかなんて覚えてないんだけど…殺したんじゃないかしら?」
次の瞬間、生徒会長の鞭攻撃が炸裂した。
袖口から飛び出した鞭で両手首を拘束し、アンの頭を鷲掴みにしてダンッ!と音を立てて鉄板の上に叩きつける。えげつないコンボだ。
「殺す」
「学生にしては言葉が物騒ね」
こいつ、滅茶苦茶熱いはずなのにノーリアクションだ!顔面に神経通ってねえのか!?
「今日はこの街にいるらしいサキュバスに用があって来たのよ。…はいこれ、すぐに渡せて良かったわ」
ナインは封筒を受け取った。中身は文章が書かれた紙と、ミシン目の入ったチケットのような物だった。
「エウガス王国って知ってるかしら?まあこれと言って特徴のない、人間と魔族が共存してる国なんだけど、そこで人間と魔族の親睦を深める戦いの大会が開かれることになったの」
「これを僕に渡してどうする。大会なんて参加なんかしない。今すぐダイゴ兄ちゃんをここに呼ぶ!」
「あら…お友達はいいのかしら?」
屋台の外にいたジン達は無数の怪物に囲まれていた。どれも大きくて凄く強そうだった。
「こんなにも多くの魔獣をどうやって…!?僕の角で感知できなかった!」
「色んな子がいるのよ。例えば…魔力探知をさせないジャマー能力を持った子とか」
「…生徒会長さん。そいつを離してください」
人質がいると気付くと、会長はアンから手をどけて離れた。顔に出来た火傷はみるみる内に白い肌へと戻っていった。
「目的はなんだ」
「だから、その大会に参加させるように頼まれたの。あっ誰からってのは教えられないからね。参加しなかったらそうね…魔獣を一斉に暴れさせて、この世界を滅茶苦茶にするわ」
そんなことされたら、ナイン達だけじゃ対応出来ない。断るわけにはいかなくなった。
「分かった。参加する。お願いだから僕の友達を放して」
人質から魔獣が離れた次の瞬間、アンの死角に回っていた生徒会長が鞭を伸ばした。先には屋台にあったはずの包丁が結ばれている。
「ふふっ」
アンのうなじへ飛んでいく包丁。しかし彼女は後ろが見えているかのように攻撃を回避してしまった。
「鞭で戦うなんて上品じゃないわね。あなたも参加したければアノレカディアに来ると良いわ。自分の限界が知れるわよ」
翼を生やした大きな魔獣がアンを咥えて空へ飛び立った。そして周りにいた魔獣も去る…かと思いきや違った。予想外の行動を取ったのだ。
「え…」
自分達で殺し合い、最後に残った1体は自害した。残った身体は光となって、跡形も残らず消えていった。操っていたあいつがそうさせたのだろうか…酷い光景だった。
「どうするんだナイン。その大会ってのに出るのか?」
「うん。出ないと大変な事になるし」
魔獣が現れた事で街はパニックに。客が全く来なくなってしまい、少し早いが撤収作業を始めていた。
早くに作業を終えたナインは改めて受け取った手紙を確認していた。
「国王主催の大会…2人1組のペアで戦うタッグバトルトーナメントだって」
「タッグバトルって、アノレカディアは面白い事をやるんだな~」
「え!?人間と魔族じゃないとペアは組めないだって!?」
魔族枠にナインだとして人間枠は誰になるだろうか。
「サヤカ達の中から誰か選ばないとな」
「え………うん」
「私と組んでもらおうか」
生徒会長がその人間枠に立候補した。
「会長さんと…?」
「私の実力はよく分かっているだろう。組めば勝てる…そしてあいつを…殺す」
「待ってくださいよ会長!アンなんとかってやつが参加するかどうかも分からないのに…」
狼太郎の言う通りだ。そもそもこれは罠かもしれないのだ。
「僕は…あなたとは組めません」
「ウェエエエイ会長フラれてやんの~!ざまあああああああ──」
「僕は光太と大会に参加します」
「えええええええええええええええええええええええええええ!?なんで俺!?」
「冷静になれ。黒金君とではまず勝てないぞ」
「そうだぞナイン!サヤカかツバキで良いんじゃないか!?」
何を考えてるんだこいつは!?今回の鉄板焼き屋開業の理由だったり本当になに考えてるのか分からない!
「それでは失礼します。しばらく鉄板焼きも休業するので…ジン!サヤカ!これ動かすの手伝って」
屋台は俺を乗せたまま動き出した。どんどん離れていく生徒会のメンバー達。その中で会長は恐ろしい形相でこちらを睨んでいた…今度学校に行った時に殺されるんじゃないだろうか。