第17話 アノレカディア・ルールメントという存在
アノレカディアに存在する全ての国を掌握しようとするアノレカディア・ルールメント。そしてそのルールメントの一員であるウルク・ルマ。
当然、正義の戦隊部隊パロルートの一員であるナインは良い印象を抱けなかった。
「ハクバ!言ってること分かってる!?アノレカディアの全ての国々を掌握なんて、こいつらがどれだけ恐ろしい事をしようとしているか…」
「恐ろしい…ですか。私達の存在がこの世界に存在する知的生命体にとってどれだけ脅威になるのか、推測の範囲内でよろしいのでご教示いただけませんか?」
「そ、それは…」
目的だけ聞けばアノレカディアの支配を目論む邪悪な組織である。しかしその存在を知ったばかりで、さらに仲間から紹介された事もあり、それ以上は責められなかった。
「この世界は無限に広がり続けてる。ルールメントは王やそれに近い存在と契約して行動をする。そして国の維持のために尽くしてくれてるんだ」
「擁護していただきありがとうございます」
ハクバが新興宗教に洗脳された被害者のようにも見えた。そうだとしても、それを指摘したところできっとルールメントに肯定的な意思は変わらないだろうし、何より光太を救わなければならない。なのでグッと言葉を引っ込めた。
「それで、そのルールメントの人がどうして一緒にフーゴに行くの?王子が部下を置いて離れてるんだから、ヌベルに残って代わりに復興支援の指示を取るべきだと思うんだけど…クーさんも何か知ってるんでしょ!」
「詳しい事は分からない。王子は私よりもその胡散臭い男をそばに置きたがるからな」
「あらら、妬かれているようですね。ですが私を今回のメンバーに入れたのは正解です。ルールメントの重要性が理解できているようで何よりです」
「ほざけ」
「そのアノレカディア・ルールメントのウルク・ルマをフーゴに連れて行くのにもちゃんとした理由があるんだ」
「理由ってなにさ」
「その場にお互いの国のルールメントがいる場合にのみ発動できる兵員定数戦争法を発動するためだ」
「戦争法ってあってないようなもんじゃないか!」
「兵員定数戦争法はルールメントと契約した者がいる国の間で、両国の契約者とルールメントがその場に居合わせた場合にのみ強制して発動出来る戦争法だ。発動後、徴兵する人数、武器や能力などの使用制限、戦場、そして戦後の動きなどの細かいルールを決定してから、1対1での団体戦という形で極小規模な戦争を執り行うんだ」
反論に耳を傾けず、ハクバは淡々と説明を続けた。
「ルールメント自身は参戦できないけど、法を発動するための権利と戦争を見届ける義務が課せられている。戦争法を発動する事で被害を最小限に抑えられるんだ…分かってくれ」
「それに勝利して、シュラゼアを襲撃した理由を暴いて、フーゴに戦争を禁止させるつもりなんだね。それじゃあ聞くけど、負けた場合は何を払うつもりなの」
鋭い質問にハクバは口を噤んだ。
しかし視線を合わせたナインが凄むと、言うしかないかと諦めた様子で語った。
「アイビスカスの種と使用用途、そしてそれを利用した記憶改変装置…兄上が使ってた物だね」
「正気!?その記憶改変のせいでどれだけ大変な事になったか分かってんの!?」
「分かってる!きっとそれを手に入れたらフーゴは迷いなく軍事転用する!だから負けるつもりはない!」
「ならなんで精鋭をもっと連れて来なかった!僕達は5人、いやウルクさん除いて4人しかいないんだぞ!僕も英利も変身できないし、マジで何考えてんだよ!」
「試合形式と言えど戦争だ!当然殺される事もある!国民から慕われてる彼らを死なすわけにはいかない!」
「君は死んでもいいってのかよ!王子なんだろ!」
「シュラゼアには父と母が健在だ!国民の不安を取り除くにはフーゴに勝つしかない!勝つにはこの方法しかないんだよ!」
シバルツの上でナインとハクバが取っ組み合いを始める。意外な事に、ハクバの味方をするかと思われていたクーは二人を眺めているだけだった。
「…ウルクさん、一ついいですか?」
「英利さんですね。どうぞ」
「アノレカディア・ルールメントはその国を維持するためにいてくれるんですよね?だったら戦争なんかしない方がいいと思うし、見たところウルクさんは穏やかに感じます。だから…えっと…」
「自国の寿命を削るような事をする王をほったらかしにして、フーゴのルールメントは一体何をやっているんだ。そういう質問ですね?」
「そうそう!」
「それにはまず、契約時の事を話す必要がありますね…王子!気が済んだら彼に説明をお願いします!」
ナインはハクバに馬乗りになり、上質な衣服の袖を掴んで睨んでいた。
「僕は王子だから国民よりも広い視野を持って行動しなきゃいけない!君は政治をやった事がないから、そうやって頭ごなしに戦争の否定しか出来ないんだ!」
「国の人達はルールメントが実在してるなんて思ってないんだろ!それで胡散臭い組織に頼って他所で勝手に戦争して、知らない内に敗戦国になってたらシュラゼアの人達はどうなる!これまで以上に怯えて生きなきゃいけなくなるんだぞ!」
「負ける事を考えて戦争を仕掛ける政治家がどこにいる!」
「何が政治家だよ!僕と歳も変わらない子どものくせに!」
遂にハクバが額で殴ると、今度はナインが拳で殴り返す。
そこからは口論もなく見るに堪えない輩の喧嘩だったが、シバルツが身体を沈めた事でお開きとなった。
「「おぼぼぼぼ!?」」
海面がクーの腰辺りに来るまで沈むと、必然的に転がっていた二人は海水を飲み込む羽目になった。
「王子は政治家らしく、参考にならない小言に耳を傾けてないで頭を冷やしてください。ナイン、王子が言った通りこれ以上あの国との問題を放っておくわけにはいかない。それにお前も戦った事があるはずだ。言葉が通じても話にならないような倫理観を持ったやつらと」
そう言われて浮かび上がるのは、アン・ドロシエルやアドバンスセブンスで交戦した殺人を目的としたプレイヤー達の姿だった。
「割り切れだとかこれが現実だとか聞き慣れた言葉は言わない。王子は狂気に飲まれてると言っていたがそれは違うと思う。私は自分が正しいと信じてる。大切な物を守るために戦おうとしてるならシュラゼアもフーゴも狂ってなんかいない。だからお前も自分が正しいと思った事を信じろ」
「そんなの分かんないよ…」
「なら戦い続けて見つければいい。これから助け出すお前の仲間と一緒にな…シバルツ、上がれ」
シバルツが再び海面に上がると、背中に乗っていた海水は残らず滑り落ちていった。
英利の手を持って浮いていたウルクも背中へ戻り、英利はびしょ濡れになったハクバの元へ。
「あの、乾かそうか…?」
「別にいい…それで何か聞きたい事があるんだよね」
「ハクバとウルク…国の代表とルールメントの契約について」
「それね。契約は国の王やそれに近い存在と結ぶ事になってるっていうのは最初に話したよね。まず、アノレカディア・ルールメントは一つの国に一人だけという絶対のルールがあるんだ」
「そのルールメントは国の維持に尽くすのが役目なのに、どうしてフーゴ軍に戦争をさせるのかなって。私が聞いた話が本当なら、フーゴにいるルールメントはポ二ロ王を止めるべきだよね」
「可能性としては…そもそもフーゴにルールメントがいなくて、王が暴走してる…とか。だけどルールメントと契約を結ばなかった国は、他国のルールメントによって消滅するよう仕向けられる…そうだよね、ウルク」
「その通りです。なのでシュラゼアが建国当初からルールメント不在で存続していたと聞いた時には大変驚きました。そんな立派な国はなんとしても残しておかなければと、私も契約に参ったわけです」
アノレカディア・ルールメントがいない。もしもそうだとしたら兵員定数戦争法が発動できない。しかしハクバの考えは違う。
「もう一つは、契約時に決めるルールメントの立ち回りだ。間違いなくこれが原因でフーゴの独裁政治は出来上がってる」
「立ち回り…?」
「シュラゼアは何を以て国とするか。契約時にそう質問されたんだ。僕はそこで民と答えた。国民あってこその国だからね。そしてウルク・ルマは民を優先するようになった。もしも民に危害を加えるとなったら、契約者である僕だろうと容赦なく殺しに来る…んだよね?」
「王子を殺した後に王家が業を重ねるようでしたら革命を起こさせ、赤子も残さず全滅させます。その後、新しく王として立ち上がる者や、もしくは民主主義になったらその代表と契約を結ぶ予定です。ちなみに結んでいただけなかった場合は国から出ていくので御安心を」
「ルールメントがいない国は長続きしないって言ったそばから…安心できるわけないでしょ」
そこまで聞いて英利は理解した。フーゴにルールメントとがいたとしても、契約者が国を成り立たせる存在が武力、戦争、もしくは王そのものだと答えていたら…
国民がどれだけ苦しもうと構うことなく、ルールメントはそれらが優先するように国の裏で暗躍するだろう。
「勝たなきゃ…絶対に勝たないと!勝ってあの人達が帰ってくるまでにそんな酷い歴史は終わらせないと!」
「分かってくれて嬉しいよ」
英利の心に正義の光が灯る。兵員定数戦争法での団体戦に勝利し、王に支配されたフーゴを解放しなければと使命感が溢れる。
そんな彼のポケットの中。壊れているべレナスグラスが僅かに発光していたのだが、その異変に気付く事はなかった。




