第13話 脱出に成功
クーと共に囚われたヌベルの子ども達を見つけ出した英利。クーは無線機で仲間達と交信するために一度地上へ戻るが、それと入れ替わるようにミセスネグレクトが現われる。
英利は子ども達を連れて脱出するためにも、彼女を倒すことを決意した。
「スモーク・べレナス!」
魔法陣が地面に現れ、そこから発生した煙がただでさえ暗い部屋の視界をさらに悪くした。
「はぁ!」
「きゃあ!」
煙の中でネグレクトにタックルを仕掛けて転倒させる。そこからマウントを取る事に成功した英利だったが…
「こ、こいつ…動くな!」
そこから顔面を殴ったりする事はしなかった。いや、戦いを好まない彼にそんな暴力的な事が出来るわけがなかったのだ。
ミセスネグレクトはそれを見抜くと抵抗をやめた。
「ふふふ、可愛い子…胸のポケットにナイフがあるのよ。それで私の首を掻っ切ればいいじゃない」
「くっ…」
生半可な意思での行動は事態を悪化させるだけだ。脅しに使おうとナイフを出した瞬間、ネグレクトはナイフを奪い取って英利に向けた。
「あなたみたいに私好みな年頃の子は基地の外で畑仕事させてるから、退屈で仕方なかったのよ」
「ここの子ども達はどうするつもりなの…」
「洗脳するわ。ヌベルは悪い国。家族もみんな悪い人で、私達が助け出してあげたんだって。そうすれば忠実な僕になるでしょ」
「そうやってここの人達全員を奴隷にするつもり!?最低だ!」
「貧しい国の人達に職を与えてあげてるのよ」
「この…ドブ女!」
その瞬間、英利の堪忍袋の緒が切れた。ラミルダではポ二ロという王様だけが悪人で、彼に従わされてる人が嫌々戦争をしているのかと思っていた。しかしこの女は今の状況を楽しんでいる。ポ二ロに怯える事もなければ、子ども達を傷付ける事に躊躇がなかった。
英利は拳を振り下ろす。彼の心情の変化にいち早く気付いたネグレクトは、彼の股下から抜け出して通路の方へ下がった。彼の拳が落ちた床には若干のヒビが走っていた。
「こちら世話係のシャーリー。ガキの監禁室にネズミが一匹。こっちで始末するから──」
英利はクーから渡されていた爆弾の起爆スイッチを押した。その次の瞬間、ミセスネグレクトは炎に飲み込まれた。
「…ドブ女が」
ネグレクトは仲間に連絡を入れた。隠し扉を爆発させてしまい、ここも安全とは呼べなくなってしまった。基地内に鳴り響く警報音が彼を焦らせた。
「逃げよう!」
脱出を妨げる炎を消化し、子ども達を閉じ込めていた檻を破壊。これで脱出の準備は整った。
「みんな!私について来て!」
逃げ道は出来た。しかし何故か、子ども達は逃げ出そうとしなかった。
「怖いよぉ…」
「なんなのこの音…」
「いやぁぁぁ!」
英利とネグレクトの戦いは子ども達には刺激が強過ぎた。彼らにはさっきまで救世主に見えていた英利も、ネグレクトと変わらない危険な人にしか見えなかったのだ。
「ドーム・べレナス」
だが諦める事はしない。英利は自身を中心にドームを発生させた。すると鳴り止まなかった警報音が突如絶えた。
「温かいパパの手、優しいママの手
帰ろう、帰ろう、みんなおうちへ帰ろう──」
英利が歌い出すと子ども達は静まり、全員が歌を聴いた。
「涙をママの服で拭おう、頑張ったねってパパに褒めてもらおう
だから帰ろう、パパとママに、会いに帰ろう──」
「お父さん…お母さん…」
「帰りたいよぉぉぉ!」
一番最初に檻から出て来た少女の手を取ると、英利は檻に残った子どもに励ますように声を掛けた。
「それじゃあ帰ろう!ダイジョブ!私が皆を守るから!」
ラミルダで興奮しきっていた兵士達を落ち着かせた時と同じだ。再び英利はその声で、子ども達に帰るべき場所を思い起こさせ、脱出を促したのだ。
地上へ戻る階段を昇っていると、仲間との交信を終えて地下に戻っていたクー・デレフォンと合流した。
「妙な揺れを感じたが、やはり脱出していたか…」
「うん、だけど怪我したりしてペースが悪くって…」
「お前は動ける子どもを連れていけ。遅れてるのは私が抱えていく」
「えぇ、でも結構いるよ!?」
するとクーは銃を抜き、弾倉を変えたかと思うと自分の身体に発砲した。
「何やってんの!?」
「案ずるな。肉体強化に関連した特殊弾を撃ち込んだだけだ」
それを見てしまった子ども達はまた泣き出したが、それに対してクーはどうすることもなく、大きくなった身体で子ども達を抱えて階段を駆け上がった。
「もうめっちゃくちゃ…」
英利も呆れながら、動ける子ども達と共に地上を目指した。
そうしてメインタワーの外に出ると、異常な光景を目撃することとなった。
「何が起きている…」
クーが驚くのも無理はない。基地内の兵士、戦闘機が次々と発進しているのだ。これではこの基地はがら空き同然。基地の戦力を総動員してまで対処する事態なのだろうか。
「こちらクー。現在基地内からフーゴ軍が発進している。そちらはどうだ」
「こちら北部ナムロット。敵の進軍を確認。沈まないで通信を待ってて良かったぜ。だけどこっちに気付いた様子はない…このバラバラな動き、まるでヌベルを捨ててフーゴへ逃げているような…」
「ヌベルを捨てる…まさか自爆か!」
「自爆!?」
有り得ない話ではない。英利達はフーゴ軍が逃げていく北側とは逆の方向から基地を脱出した。
「キュオォォン…」
その時、メインタワーの方から妙な音と共に爆発が起こった。
「自爆した!危機一髪!」
「いや、基地を自爆させるとなるともっと大きな爆発になるはずだ。フーゴ軍は自爆から逃れようとしていたんじゃない!」
クーの予想は的中。再び、爆発直前に聴こえた妙な音が響いた。
「キュオォォン!」
基地の中に何かがいる。しかしそれを確認する余裕はなかった。何があっても、ヌベルの人々を守らなければならないのだ。
「ナムロット各機に救援要請!フーゴ軍は撤退したが警戒は怠るな!そいつらが逃げ出す程の何かが島の中心にいる!」
「キュオォォン!」
ヅシン、ヅシンと地面が揺れる。英利達は何か大きな物体がこちらに向かっているのを感じた。するとクーは無線機を渡して基地の方へ歩き出した。
「クーさん!」
「お前は来るな!ヌベルの国民を海岸へ避難させろ!」
クーは死を予感した。これから戦う敵がどんな物であれ、彼女がやるのはその身を張った時間稼ぎ。奇跡でも起こらない限り死は免れない。
(ウルクが最短で3分…シバルツに乗った王子は7分か。せめて看取ってもらえるといいが…)
彼女は怯えることなく、得体の知れない敵が待つ基地へ戻っていった。




