第8話 「勘違いすんな」
俺達はナインを囮に島へ近付こうとして…オカマがしくじって被弾して…どうなったんだっけ。
「こっちの男は中々いい顔してるな。需要も出て来たし娼館で高く売れるんじゃないか」
「な…い…ん…」
「おい、こいつはどうする?」
「ランチャーの檻にでも投げ込んどけ。餌にはなるだろう」
濃い髭の男は俺を抱えてどこかへ運んでいく。ショウカンという場所に売られそうになっているのはヘタレオカマか。
「ランチャー!餌だぞ!」
「ガルル!」
俺は檻の中に投げ込まれた。なんだ、この中には一体何がいるんだ。
「…ヒョウのくせに贅沢にも肉なんか喰いやがって。人間が人間を食べれんなら俺が喰いたいぐらいだぜ」
檻…餌…そうか、ここには猛獣がいるんだな。
「じゃあな。ごゆっくり」
男が離れていくと、暗闇の中から四足歩行の猛獣が俺に近付いてきた。
「ナイン、助けて…」
「ガァアウ!」
猛獣は立ち上がろうとした俺の腕に噛みついてきた。この痛み!反撃しようにも耐えられない!
「うわぁぁぁ!?」
こいつ、俺を喰うつもりだ!
「助けてくれ!ナイン!オカマでもいい!頼むからぁああああ!?」
これ以上に痛い思いは何度もしてきた。しかし抵抗する力がなく、助けてくれるナインもいない今、かつてない絶望が俺を襲った。
死にたくない。大声で叫んで助けを呼ばなければ!
「誰かァァァ!ここだぁぁぁ!助けてくれぇぇぇ!」
「なっお前!?」
檻の外にいた男が格子に叩きつけられた。
「大丈夫!?」
さっきまで気を失っていたはずのオカマが檻の前に現れた。そのまま格子を素手で掴んで折り曲げると、猛獣を蹴飛ばして俺を引っ張り出した。
「お前、さっきまで気絶してたんじゃ…」
「フリに決まってるでしょ!君は起きるのが遅かったみたいだけど」
「チッ…なんで助けた」
「君が死んだらナインが悲しむでしょ!だから仕方なくだよ!」
俺が動けないと気付いているのか、オカマは俺を抱えたまま走り続けた。
「お前、魔法使いに変身する眼鏡はどうしたんだよ」
「べレナスグラスのこと?ご覧の通りぶっ壊れちゃったよ!」
見せつけられた眼鏡は枠がひん曲がってガラスにはヒビが走り、今にも割れてしまいそうだった。
「とりあえずこの場所を脱出しよう!なんか悪いやつらのアジトみたいだけど…」
オカマは俺を抱えて通路を駆け巡る。俺達を捕まえようと棍棒を持ったやつらが立ち塞がるが、こいつは止まらなかった。
「てりゃあ!」
俺という荷物を抱えたままの状態で1対4の状況へ追い込まれる。しかし身軽な動きで攻撃を避けると、一発の蹴りで次々とダウンさせていった。
「アイドルをナメないでよ!」
「す、すげえ…」
俺より強いのは認めていたが、まさかここまでやるとは…
「階段だらけで窓がない…ここは地下か?」
「だったらひたすら上がってみよう。最悪高層ビルだったとしても、私の魔法で着地することはできるから」
このままのペースで行ければな。こいつは俺を抱えてるせいで余計に体力を消耗しちまってる。一旦どこかに隠れてでも休憩するべきだ。
「捕まえた男が二人逃走した!基地内にいる全隊員は装備ナンバー202で迎撃用意!」
天井に設置されているスピーカーから嫌な命令が告げられた。
「やべえな…一度隠れるぞ」
「ならそこの部屋に隠れよう!」
そうして俺達は近くにあった部屋に隠れた。それにしても酷い臭いだ…
「ってここトイレだ!」
「誰か来る!」
足音が聴こえるとオカマは個室の中へ隠れた。間もなくトイレの中に誰かが入って来て、俺達の隠れた個室の扉をノックした。
「…おいこの個室の中!誰がいる!」
「や、やばい…」
「すまない!紙がないんだ!隣の個室にあるだろうから投げ入れてくれないか!」
俺の馬鹿野郎!なんで腹が痛いとか下痢だとか、もっと個室から出にくい言い訳をしなかった!
「だらしねえな、ちょっと待ってろ…ほら!ケツ拭いたらさっさと逃げたやつらを探せ!」
外にいるやつは個室にトイレットペーパーを投げ込むと、そのままトイレから出て行ってしまった。
「…上手くいったのか?」
「悪運強いんだね…」
せっかく貰ったトイレットペーパーを持ったまま個室を出た。トイレの外にも誰もいない辺り、本当に仲間だと思われて見逃されたらしい。
「きっとさっきよりも通路で遭遇する敵も多くなると思う…どうしよう…」
「スパイ映画のワンシーンみたいにトイレのダクトから…って無理か」
「…いけるかも」
「おいおい、マジか?」
オカマは便座の上に立つと、排気口のフェンスを外して中を覗いた。
「うわっきったない…だけど通れなくないな…」
それから個室中のトイレットペーパーで紐を編むと、天井裏の何かに結び付けた。長く頑丈に編まれたトイレットペーパーの紐は便器の蓋の上に垂れていた。
「換気扇はあのボタンか…」
「おい、何する気だ」
「ダクトから一気に脱出する」
「そんなこと、どうやって?」
「私の魔法でね。まずはあそこにある換気扇のスイッチに時限式の爆発魔法、タイム・ボム・べレナスをセット。それからスモール・べレナスで小さくなってこの紐を登る。ダクト内に到着と同時に換気扇が起動して、私達は風に流されて脱出する。どう?」
俺は少し黙り込んだ。納得したわけじゃない。こいつの考えた作戦に不備がないか考えたのだ。
「まず、時限式にする必要があるのか?そもそも換気扇を起動しなくたって、小さいまま動くこともできるだろ」
「思った通りの質問だね。べレナスグラス無しじゃ使う魔法の性能に制限が掛かる。スモール・べレナスがダクト内で解除されちゃったら動けなくなって最悪圧死しちゃうから、なるべく早く脱出する必要があるんだ。時限式のタイム・ボムを使うのは確実に換気扇を起動させるためだよ」
なるほどな…
「べレナスグラスさえ生きてれば正面突破で脱出できたかもしれないけど…ここの構造と戦力が未知数だから、戦わずに脱出するのが一番いいと思う」
「…だったら俺はここに残る」
「はぁ!?こんな時に──」
オカマの口を手で塞いだ。こいつ、こんな時に大声出しやがって!
「いいか英利、勘違いすんな。ここまで来て私情を挟む程俺はガキじゃない。余計な魔力を消費しないで確実に脱出しろってんだ。それでさっさとナインと合流しろ。お前よりアイツの方がよっぽど役に立つ」
「…君はここに残ってどうするの…?」
「小便してから考える。さっさとチビになれ。上まで持ち上げてやるから」
「う、うん…」
スモール・べレナスという呪文を唱えると英利は小さくなった。それを摘まみ上げると、天井裏のダクトへ場所を移した。
「…次からはそうやって名前で呼んでよね」
「お前が無事だったらな。ヘタレオカマ」
準備が完了したら換気扇を起動。風に流された英利はそのまま奥の方へと流れていった。
「…さて、俺はどうするかな」
俺は個室に戻ると換気扇のカバーを付け直し、ズボンを降ろして便座に座った。




