第4話 「じゃあアイドルやってろよ…」
英利というやつが男だったのには驚いた。しかし性別は関係ない。ナインと俺の旅路の足枷になるようなやつを連れて行く気にはなれない。
「用は済んだし帰ろうぜ」
「え、彼はどうするのさ」
「放っておけ、そんなヘタレオカマ」
「私はオカマじゃない!」
するとナインが頭を殴ってきた。お、重い。石で殴られたみたいな感覚だ。
「考えて喋れよ!」
「いってぇ…そうだな、悪かった。弱い事に男も女も関係ねえよな」
「光太!」
ナインが耳元で騒ぎ散らす。それにしても内股で怒鳴ってくるような男は初めて見た。しかしこいつ、どう見ても女にしか見えないな…
「あなた、そこまで言うなら英利と競ってみなさい」
「わ、私戦いたくないよ!」
「別に直接戦わなくても、ここにある物を使えばどっちが強いかハッキリ証明できるわ…それに、戦ったら彼が一方的にやられてしまうでしょ?」
「なんだと…直接戦っても構わないんだぜ」
「私は嫌だって言ってるでしょ!」
ガラスがピリピリと揺れ、重量のある器具が震えた。てっきり地震かと思ったが違う。今の振動はこいつが原因だ。
「私は皆と楽しくアイドルしたいだけなの。別に強くならなくたっていい!」
「それじゃ先生との約束を破ることになりますよ」
確かこいつらは、ナインの兄さんに魔法を教わり魔獣と戦うことを条件でアイドルにしてもらったんだったな。
「気楽なもんだな。魔獣と戦う褒美にアイドルになるなんて。お前達はギブアンドテイクがなきゃ戦わないのか?貢がれなきゃサービスの一つもしないアイドルみたいだな!いや、アイドルだったか!AV堕ち目前の底辺アイドルがよ!」
「皆を悪く言うなぁぁぁ!」
ジムのガラスが割れて重量のある器具が砂のように飛んでいく。次の瞬間、俺は英利に殴られていた。
「あ~あ…言わんこっちゃない」
「謝れ!私達はお金欲しさでアイドルやってるんじゃない!皆、大好きな山田市のためにアイドルを始めたんだ!」
「やめなさい英利!ちょっと矢果、手伝って!」
「その人があと二、三発殴られたら止めますよ」
「この野郎!ふざけんじゃねえよ!」
「やめとけ光太!どうせ殴っても君の腕が折れるだけだ!…ねえ、彼はこんなやつなんだ。だから…うん!出来れば一緒に来て欲しい!」
ナインの発言に耳を疑った。こんなやつに来て欲しいだって?この部屋の臭いで頭をやられちまったのか?
「何考えてんだお前!?」
「君のコミュ障を治すのにいい機会だよ」
「俺はコミュ障じゃねえ!人と話せてるだろ!」
「会話する度に衝突起こす人間のどこがコミュ障じゃないんだよ…」
とにかく、こんなやつを同行させるのは絶対嫌だ。なんとしても阻止しなければ。
「とりあえず、君に凄い力があることは分かったよ」
ナイン達が話している間、俺は荒れた部屋を魔法の杖で修繕した。全く、散らかしたのはあいつなのに…魔法の杖を使うのも楽じゃねーんだぞ。
「本当に行かなきゃダメなの?」
「無理強いしないけど…アノレカディアの冒険は君達の力になると思う。日々の鍛練や魔獣との戦いでも成長は出来るけど、同じ事の繰り返しじゃ伸び悩む…って兄ちゃんが言ってた」
「先生もそんなこと言ってたわね…」
ナインは近くにあったダンベルを持ち上げる。あいつが踏ん張っている辺り、かなり重いみたいだ。
「よいっしょ…ちょっとこれパス」
「え、えぇ!?」
そしてキャッチボールの要領でダンベルを投げた。そのまま英利の顔面がへこむのを期待したが、残念ながら掴んでしまった。
「な、なんだ~軽いやつか~…ビックリした」
「70キロを軽いね…ちょっとへこみそう」
70キロ!?70グラムの間違いじゃないのか!?そんな重さの物を、スポンジボール感覚でキャッチしやがったのか!?
「英利、この前襲ってきたエルという集団の戦力は未知数よ。強くなる事に越したことはないわ」
「私が強くなれば…アイドルとしてもっと成長できるかな」
「えぇ、きっとこれまで以上のパフォーマンスも出来るようになるわ」
んなわけあるか。強くて売れるのがアイドルならナインはトップ中のトップ。こいつが加入するだけで現代のスパイス・ガールズが誕生するぞ。
「なら私、行ってくる!」
「よしきた!」
「おいナイン!本当にそいつも連れてくのかよ!」
「光太、それ以上文句を言うと君を留守番させるよ」
「ぐっ…」
そんなにそいつが必要か…?まあいい、お前じゃナインを超人モードにすることはできないし、心も繋がらない。どうせ足を引っ張るだけだ。
「…分かった。お前がそこまで言うならそいつを連れていこう。さっきは悪かったな、馬鹿にするようなこと言って」
「私だけじゃなくて皆にも謝って」
「…す、すいませんでした」
「二人だけじゃない!」
こ、こいつ…下手に出てやってんのに…
その後、シャワーから戻って来たメンバーに事情を説明してから謝るというかつてない屈辱的な謝罪を行った。本人のいないところで陰口を言っていたことを告白して謝罪していると言えば、この胸に沸いた気持ち悪さが伝わるだろう。
「はぁ…全員に謝ったぞ」
「今回は許すけど次に私達を馬鹿にしたら容赦しないから」
ナインめ、英利の後ろでニヤニヤしやがって…
「こっちを見ろ!人が真面目な話をしているのに目を逸らすな!」
「は、はい!」
「君みたいな人としばらく生活しなきゃいけない。そう考えると不安で仕方がない!」
「じゃあアイドルやってろよ…」
「何か言った?」
「いいえ、何も」
「まあいいや。とにかく、私の中で君の印象はマイナスからのスタートだから。これがゼロ、そこからプラスになるように期待してるから」
敵意を向けた相手にはとことん気が強くなるタイプだな。また面倒なやつと出会ったなぁ。
「だから…大好きって言わせてね」
なんだこいつ、急に声作ってウィンクしてきたぞ?
「…あぁ、ファンサか」
「優乃!私この人嫌い!」
「心配しないで。私達もよ」
こうしてヤマタノビジョタチのメンバー全員に嫌われてしまう俺なのであった。
修行の同行が決まった英利は荷物をまとめた。
「私、強くなって帰って来るから!」
「アイドル活動の方は魔法で誤魔化しておくから、また会える日を楽しみにしてるわ」
一礼すると、そいつは魔法で浮遊。どうやら自分の力で受けるみたいだ。
「それじゃあ行こうか」
「…あぁ」
俺達もブルームフリューゲル・ワンドに乗り、単端市の方角へと飛び立った。