第3話 「君がそれ言っちゃうの!?」
優乃に案内され、僕達はホテルの中にあるレンタルジムへ。現在はヤマタノビジョタチが貸し切っているようで、5人の少女達が器具を使ってトレーニングをしていた。
「…フェロモンやべえな」
「次にそういうこと言ったらそこの錘で頭潰すから」
光太のセクハラ発言に釘を刺しつつ、僕は近くのダンベルを持ち上げた。しかし重量50キロは少し重たくて…そのまま維持するのがやっとだ。
すると近くでラットプルダウンをしていた少女が立ちあがり、汗を拭きながらこちらへやって来た。
「凄いね君、それ持ち上げられるんだ」
「そっちこそ。かなりの重量を引き上げてたみたいだけど、アレ何キロ?」
「さあ…ねえ、それ何キロ?」
少女が大きな声で尋ねると他のメンバーも僕達の存在に気付いて、続々と集まって来た。
「覚えていないだろうから紹介するわ。キョウヤ先生の妹のナインさんよ」
「サキュバスのナイン・パロルートです!ちゃんと自己紹介したから忘れないでね」
「あぁ、先生の…私は亜希。ヤマタノビジョタチのスポーツ担当だよ」
亜希は汗を拭ったタオルをその場で絞る。するとビチャビチャと汗が零れ、そのままタオルを破いてしまった。
「凄い筋力…」
「いやここ借りてる場所だから!ちゃんと拭いておきなさいよ!」
「はいは~い」
絞ったばかりのタオルで床を拭き始めた…なんなんだこの人は。
すると今度は、高速稼働させたランニングマシンをカタパルト代わりに、二人の少女が派手な登場をしてみせた。
「沖奈と…」
「卯沙美は…」
「「天才姉妹!私達がいるからにはヤマタノビジョタチは日本一!」」
「器具で遊ばない!」
「鬼ババ!」
「なんですって!?」
あぁ、さっき英利が言ってた歌と踊りの上手い子達か。それにしても双子なんだ。
「…文賀、縫亥、あなた達も挨拶なさい」
文賀と呼ばれた少女の第一印象はヤンキーだった。僕はどんなことを言われるのかと身構えていたが…
「お前…知ってるぞ。そいつと二人だけで魔獣と戦うなんて、結構根性あるじゃねえか。アタシは文賀。よろしくな」
「よ、よろしく…」
「文賀、その子怯えてる。だから近くに来たファンの人達が逃げちゃうんだよ」
「ありゃあガン飛ばしただけだ!そもそも休日にサイン求めて来る方が悪ィだろうがよ!」
「どんな時にも期待に応えてこそのアイドルだよ。私は縫亥。文賀はガヤ担当で、私は知能担当…だったけ?」
一癖二癖とキャラの濃い人ばかりだ。英利が一番まともだな。
「縫亥、その子の羽根を繋げてあげて?」
「やっぱり怪我してたんだ。治してあげるから、背中向けて」
縫亥に羽根を渡して後ろを向いた。すると傷口の痛みは引いていき、千切れた羽根が治っていくのを感じた。
「はい、これでよし。治療費はいただかないよ」
「凄い!あっという間に治っちゃった!ありがとう!」
トレーニングをしていた少女達はシャワーを浴びに行った。僕達は優乃とデュー・エル達に関する情報を共有したが、これと言って有力な情報は得られなかった。
「ライブ当日に襲われたんだ…災難だったね」
「だけど無事にやり遂げたわ。パフォーマンスの一環で亜希と文賀を一時退場させてやっつけてもらったわ」
「二人でやっつけたの?相手は何人だったの?」
「聞いて驚くことなかれ、6人です!」
あのレベルの魔法使い6人に対して2人だって!?この人達、もしかして僕達なんかよりよっぽど強いんじゃ…
これはますます鍛える必要が出て来たぞ。
「ところで、私達に何か用があって来たのでしょう?」
「僕達アノレカディアに行くことにしたから、単端市とその周辺で魔獣が出たり何かあったら対応してくれないかな」
「そういうことね。分かったわ」
「優乃!この人達、アン・ドロシエルを倒したり他にも色々解決してるからって調子に乗ってるんですよ!実際、私達は日本は勿論、海外に出現した魔獣にも対応してるんですよ!」
「え!?海外に魔獣出てたの!?」
「ほら、この人達はそんなことも知らないんですよ!」
海外に魔獣が出てたなんて…全く知らなかった。だけど僕の角は月に出現した魔獣の魔力にだって気付けたんだ。それなのにどうして…
「そう、分かったわ。」
「…なんか丸くなった?」
「はぁ!?誰が太ったですって!?」
「そういう丸くなったじゃない!性格が柔らかくなったってこと!初めて会った時に君にキツイ事言われたし」
その後に一人で泣いていた事は言わないでおこう。恥ずかしいし、光太が何しでかすか分からん。
「そ、そうだったかしら?…そうだったわね。あの時はごめんなさい。あの頃はアイドル成り立ちで、売れるかどうかって気が立ってたから…ところでどうして異世界に行くの?」
「僕達はまだまだ弱い。だから強くなりに行くんだ」
「そう…強くなりに…そうなのね…」
優乃は英利の方を見て目を細めた。
見られているとは知らず、英利はランニングマシンの上でゆったりと歩きながら音楽を聴いている。
「…そういえばあの子は何がトップなの?」
「戦闘の才能よ」
「あの子が一番強いの!?」
そんな風には見えないけど…
「最弱よ。私達の中でも一番弱くて戦いが嫌い。才能があるのは確かって、先生も言ってたんだけど…単端市は私達に任せてもらって構わないわ。その代わりなんだけど、彼も一緒に連れて行ってくれない?」
「えっ!?それは別に、僕は良いんだけど…ねぇ」
光太の方を見る。明らかに機嫌が悪かった。
「俺は反対だぞ。あんなナヨナヨした感じのやつは足を引っ張るか和を乱すかしかしない能無しだ」
「君がそれ言っちゃうの!?」
「言ってくれるわね。あなたこそ能無し感丸出しだけど。それとも能ある鷹は爪を隠すってやつ?元から無い爪を隠してるって勘違いしてるんじゃないかしら」
うわー!衝突しちゃったよー!こんな事になるなら光太は外で待たせておくんだった!
「俺達がアン・ドロシエルと戦ってる間、お前達は単端市の外で何してた?呑気にライブでもやってたのか?」
「避難者達へのボランティア活動とチャリティーイベントね。後はメンバーのポケットマネーを合わせて衣食住を提供したわ」
「チッ…」
アン・ドロシエルとの戦いの中で、単端市を囲うように結界が張られた。それによってインフラの断たれた土地で長い戦いを強いられた。
その外でも魔獣が出現していたようだけど、彼女達が対処してくれたようだ。
「英利!ちょっと来てください!」
矢果に呼ばれると、英利はランニングマシンを止めてこちらへやって来た。
「どうしたの?」
「ちょっと背中を見せてください」
「こうでいい?」
英利は僕達の方を向いた。
矢果はその後ろで邪悪な笑みを作りながら、彼女のズボンを掴んだ。
「ロケット発射ぁ!」
「ひゃぁっ!」
何をするのかと思うと、矢果は合図と共にズボンを勢いよく持ち上げた!い、痛そう!股の辺りにはモッコリとした膨らみが…え?
「い、いきなり何するの!痛いよ!」
「ナンバーワンの強さとオンリーワンの性別を備えたヤマタノビジョタチのリーサルウェポン。それが私達の英利なのです!」
「き、君って男だったの!?」
「まだ未公表のステータスだからくれぐれも他言無用でね。それと矢果、後で説教だから」
逃げ出そうとした矢果の襟を掴んで捕らえると、優乃は話を続けた。
「いずれ英利が男性なのはバレる。それまでに彼には立派な男になっていて欲しいの。そうすれば男だって公表した時に文句も言われない。それどころかそのキャラクターで人気間違いなしよ!」
「デリケートな話になるけど…性自認は?」
「身体も心も男よ。この前だって──」
「だからあのことは謝ったじゃん!」
「あそこで謝るから男らしくないのよ!」
な、何があったんだ!?凄く気になるけど…英利のために聞かないでおこう。
しかし驚いた。まさか女子だけで構成されたアイドルグループの中に男子がいるだなんて。
お兄ちゃんはこの事を知っていたのかな…まさかあいつが女装させたんじゃ…