第2話 「アイドルってことは、やっぱり歌と踊りが上手なの?」
飛来する矢を杖で防御してから、先端の装飾部分を矢果に向ける。
「喰らえ!」
念じた瞬間、ソフトボールサイズの鉄球が勢いよく発射。2本目の矢を砕きながら相手へ向かっていった。
これは鉄球を生成して放つことのできるアイアンボール・ワンド。生成する鉄球のサイズと質量によって消費する魔力量が変化するんだ。
矢果は鉄球を避けつつ3本の矢を引き、同時に発射した。1本は僕狙いで、残りは回避した先を予測しての偏差攻撃だ。
この杖は比較的頑丈に作ってある!このまま僕狙いの矢をガードして接近する!
「行くぞ!」
しかし僕狙いの矢を真っ向から受けた直後、予想を上回る威力だった矢は杖を折ってしまった。さらに偏差攻撃だと思っていた2本は軌道を変えて、左右の羽根に突き刺さった。
「お、重い!?」
魔力で作られた矢は僕を海面へ引っ張った。こうなったら別の杖で、何とかするしかない!
「これで──」
海を凍らそうと抜いたばかりのアイス・ワンドが狙撃された。まさか僕じゃなくて杖を狙うなんて!
このままじゃどうしようもない。僕はたくさん息を吸い込んでから荒れた海へ落下した。
ただでさえ荒れた海の中。背中に刺さっている矢が重くて泳げそうになかった。あの人、僕を殺すつもりで撃ってきたんだ。
新たに取り出した魔法の杖、エア・ワンドで空気を生み、水中で呼吸をしながら沈んでいく。いくら魔法の矢でも、流石に海の中にまで狙い撃つ事はできないだろう。さて、どうしようかな…
「ぼぉ!?」
エア・ワンドが狙撃された!なんて正確な攻撃なんだ!悠長に沈んでたら本当に溺れ死んじゃうぞ!?
「…ぼっ!」
死ぬよりはマシだと、矢の刺さった羽根を千切った。傷口に海水が沁みるけど、これなら泳げそうだ。
すると海上から連続で矢が撃ち込まれた。海の中にいる獲物に対して偏差攻撃はできないのか、単調な攻撃だ。
僕はこれしかないと思った杖を抜いて、一気に海面へ浮上。そのまま海上へ飛び出し、矢を構えていた矢果に杖を向けた。
「ナイン!羽根はどうした!?」
「私の勝ちです!」
「ぶぁっ!」
僕に続いて海中から飛び出したのは、千切ったばかりの羽根だった。バレット・ワンドの魔法に掛かった羽根は弾となって矢果に向かう。
「遅い!」
矢果は矢を放つのと同時に、足元からの攻撃を避けようと回避運動を取った。だけどその羽根はお前に狙って撃った物じゃない!
「どんぴしゃ!」
羽根は僕に向かってきていた矢を叩き折った。
その向こう側で矢果は次の矢を構える。だけど一方的な攻撃もそこまでだ!
「行け!」
2枚目の羽根が遅れて海中から発射した。
弾丸となった羽根は腕に命中し、相手は弓を手放した。
「弓がなくたって!」
「なくたってねえ!」
僕は落ちていく弓に魔法を掛けると、矢果の顎に命中させた。
「次はこの杖だ!ウィンド・ワンド!スラッシュ・ワンド!同時発動!」
2本の杖で繰り出すのは、防ぎようのない風の攻撃。風の刃を喰らった矢果の全身に傷が現れると、さらに別の杖へ切り替えた。
「ウォーター・ワンド!スプラッシュ・ワンド!アタック!」
水に作用する2本の杖で、海水を龍のように持ち上げる。そして傷だらけになった矢果に海水に襲わせた。
「傷口に海水が沁みるだろ!参ったって言え!」
「こ…氷の矢!」
すると矢果の手に青白い矢が出現。そこを起点に、海水の龍は付け根まで凍ってしまった。次に熱さを感じさせる赤い矢を作ると、龍を溶かして脱出した。
矢果は武器を手放した。今なら魔法の杖を選び出せる。ここからどうやって倒してやろうかと考えたその時だった。
「そこまでにしなさい」
聞いたことのあるような、やっぱりないような、女の声が戦いを止めた。
「ゆ、優乃…」
「矢果、武器を手放した時点であなたの負けよ。ナインさん、メンバーの一人が迷惑を掛けたわね。ごめんなさい」
「僕のこと覚えてたんだ…」
優乃…そうだ、初めて会った時にキツイ言葉で責めてきた人だ。彼女は頭を下げて謝ってきた。
「…一応聞いておくけど、あなたはエルの連中の仲間ではないのよね?」
「エルってあの悪い魔法使いの連中だろ!んなわけないだろ!」
「その反応からして、あなたも戦ったようね」
「あいつらのこと知ってるの?」
「少しだけね。ついて来なさい。私達のホテルへ案内するわ」
優乃達は四国の方へ飛んでいく。
ワンドに乗っていた光太はゆっくりと降下し、小さな声で話し掛けてきた。
「いいのか?あいつら信用して」
「えぇ?波の音で聴こえないよ!」
「あいつらは味方なのか!?」
「大丈夫!僕は羽根を回収してから行くよ。光太はあの人達について行って!」
光太を先に行かせた後、渦潮に回されていた羽根を回収した。それをビート板代わりにして、四国の大地へ泳いで進んだ。
四国の東は徳島県。遠くに見える光太達を見失わないように上陸した僕は、服があっという間に乾いていくスピードで田舎道を駆け抜け、気付いた時には都市部に来ていた。
「ナインさん、早かったわね…磯臭ッ」
「よぉナイン、海の薫りだな」
「とても臭いです!」
「光太!バッグ返して!」
そもそも海に落ちたのはお前のせいだろ!そんな矢果に対する怒りをグッと抑えた。そうして魔法の杖で服を変えて身体を綺麗にした。
「どう?これなら文句ないよね」
「その巨大タガメは…あぁ、ビート板ですね。カナヅチなんですか?」
「うん、君の矢から逃れようとして切り落とす羽目になった羽根なんだよね。ねえ、魔法で繋げてよ」
「そのバッグに回復させる杖は入ってないの?」
「ないよ。僕は医療のセンスがなかったからそういうのが作れなかったんだ」
「そう、それじゃあ自己紹介も兼ねて私達のメンバーに治してもらうといいわ」
うわぁ、確かヤマタノビジョタチのメンバーは8人。あとこんなのが5人もいるのかぁ。
そういえば、矢果と一緒に来た彼女とはまだ一度も話していなかった。寡黙…というよりも、僕に対して警戒してるみたい。
「僕はナイン、君の名前は?」
「え、英利…」
「アイドルってことは、やっぱり歌と踊りが上手なの?」
「わ、私はヤマタノビジョタチの………担当だから…歌は沖波、ダンスは卯沙美がそれぞれ一番だよ」
何か担当してるみたいだけど全く聴こえなかった…
「へぇ~…それなら優乃は何がトップなの?」
「メンバーの中で私が一番最初に魔獣と遭遇した。先生と出会ったのも魔法の事を教わったのも私が一番最初。アイドルの情熱も私が一番だと思う」
そのことを聞いて、ヤマタノビジョタチが出来上がったのは優乃とキョウヤ兄ちゃんの出会いがあったからなんだと思った。
「ちなみに!私は胸が一番大きいです!」
…胸に余計な脂肪を付けてるから僕に負けたんじゃないのかなぁ?
ここで立ち話を続けていると歩行者の邪魔になってしまう。ホテルの宿泊客ではない僕と光太は魔法で透明になって、彼女達の後ろをついて行った。