最終話 勝利。されど後味悪く
魔獣が空から消えると、アドバンスセブンスの景色が崩壊を始めた。
「どういうことだ…魔獣を倒したところで世界は崩れないはずだ」
暗い夜空には大きな穴が開いていた。それは魔獣を消滅させたナイン・ワンドのエネルギーによって開いた空間の割れ目である。
しかしナインはその穴に気付くことなく、自身の技でアドバンスセブンスの世界が崩壊を始めたとは思いもしなかった。
「光太!いきなりで悪いけど何百、何千の意識がそっちに飛ぶぞ!」
「あぁ!杖は用意できてる!どんと来い!」
「気を強く持て!中途半端な気持ちで受け入れたら自我が崩壊するぞ!」
強気を装っているが、光太の怯えはナインに伝わっていた。
流石のウドウもその惨状を見て慌てていた。
「どうなってんだ…!」
「この空間が崩壊を始めたんだ。これから皆の意識を現実にある肉体に戻す!」
「そんなことが──」
「出来る!僕達を信じてくれ!」
本人は気付いていないが超人モード派九は解除されており、普段通りの口調に戻っていた。
後は光太に任せるしかない。ナインは崩れていくアドバンスセブンスの中で目を閉じて、次に開いた時に見慣れた天井が映ることを願った。
現実世界で意識を待つ光太。彼の周りにはこの作業に必要な魔法の杖が立ててあった。
「…な、何か来る!」
本能的に危険を感じた次の瞬間、自分の中に自分の物ではない思考が溢れだした。
「本当に元の身体へ戻れるのか…?ちゃんと挨拶できなかったな…アドバンスセブンスもこれでおしまいか…」
その場で倒れそうになるが、手元にあった杖を支えに姿勢を維持する。
今、光太の中には大勢の人間の意識が存在しており、その意識が思考する分だけ脳に負担が掛かっている。
「課金しなきゃ良かった、まだ攻略してないダンジョン残ってるんだけどな~、一体何が起こったんだ?」
なのでこうして思った事を口にして、頭がパンクするのを防いでいるのだ。
「魔法の杖を振らなきゃ。これで皆を元の身体に戻すんだ」
数ある意識の中から、覚えのある人物が彼に語り掛ける。
「分かってるナインだけど身体が動かないんだ頑張れ君ならできる」
ナインの応援を受けて、光太は全身に力を込める。そして今にも倒れそうな体を支えていた杖を天井に掲げた。
「くっ…お前も!お前も!俺の中から出ていけえぇぇぇ!」
光太が掲げたのは、肉体から魂を切り離す魔法の杖、アストラルプロジェクション・ワンドだった。
魔法の杖の力によって、その肉体から数多の意識が解き放たれる。意識が元の肉体に戻れるかどうかは、それぞれが持つ生きたいという意思の強さに懸かっている。ここからはナインと光太ではどうすることも出来ない。
「ナイン!戻って来い!」
光太は自分以外の意識が抜けたのを確信すると杖を捨てて、血塗れのナインに駆け寄った。そして手を握って、彼女が目を覚ますのを待った。
光太は知る由もなく、そもそも興味のない話である。彼が受け入れては放した意識は全て、自分達の肉体に戻っていった。
先にナインと関わりが深かった者のその後について語っておこう。
まず、ウドウ達ダッシュスラッシャーズの面々は新しく始めたゲームで知名度を上げ始めた。アドバンスセブンスでの活躍や女性メンバーの存在が一役買ったのはあるが、何よりもその強さだ。稀に見るような天才が集まった集団と言われ、やがて日本一になるだろうとまで言われている。
そんな彼らが望むのは自分達よりも強い相手との対戦。プロだからこそ望む存在である。
ぷらは達るーてぃーんえいじゃーずは大勢のファンと信頼を失った。アドバンスセブンスでの殺害は曖昧になって法に引っ掛からなかったものの、人が死ぬと分かっていながらプレイヤーを襲い、それを配信して儲けていた事はバッシングの的になった。
だが活動を自粛したりはしない。自分達が生きた証を刻むため、これからも彼らは配信者として活動を続けていく。
こうして世間がるーてぃーんえいじゃーずを始め、アドバンスセブンスやそれに関係する物を叩くようになったのは青い鯨が消滅したからであり、魔獣の洗脳によって人殺しをエンタメとして捉えなくなったからだ。
そんな風に洗脳されていたとはいえ、心の底から彼らの存在を楽しんでいた世間に叩く資格などあるのだろうか。自分もおかしくなっていたと改めた人間はどれだけいるのだろうか。
だがそんなことを考えても時間の無駄だ。きっとこの出来事は忘れられてしまう。人々は次の話題に洗脳され、アドバンスセブンスは謎を抱えたまま忘れ去られるだろう。
「ナイン!」
「こ、光太…」
光太は目を覚ましたばかりのナインに抱き着いた。
「血が固まって起きれない…ちょっと削ってくれないかな?」
「バカ野郎…めっちゃ心配したんだからな!このまま帰って来なかったらどうしようって!」
「大丈夫だよ…ところでユッキーは?」
「知るか!あいつ、俺をサービスエリアに置き去りにしてから帰って来ないんだ!」
「な、なんだいそれ…?」
凝固した血の結晶を砕いてもらい、ナインは鉄臭いベッドから起き上がった。そして魔法の杖で、ヘッドギア共々処分していった。
「お前、貧血とか大丈夫なのか?」
「ちょっとフラフラする…」
転びそうになったところを光太が支える。
その時、ようやくゲームの世界での戦いが終わり、現実に戻ってきたという実感が沸いた。
「いやぁ…僕もまだまだだな。あの不思議な変身がなかったらあいつを倒せなかった…」
「そんなことないだろ。お前がいなきゃ魔獣は──」
「魔獣は倒せた。だけど犠牲になった人達は戻らないんだ…柿本さんの母親だって、僕に力があれば救えたかもしれない…」
安堵と共に抱えていたのは悔恨だった。ゲームの中で強くなれても、現実の自分は弱いままなのだ。力が籠ったナインの手から血が溢れた。
その後、ナインは風呂場で身体にこびりついた血を洗い流した。
鏡に映るナインの喉には縫った痕があった。デュー・エル達との戦いでジャンドックキャノンを発現させたのもこの部位だ。キャノン化した部位が縮んで元の状態に戻った際、それまで砲口の役割を果たしていた傷口を縫うように長い毛が走ったのだ。
アドバンスセブンスを始めてからここまでを振り返ると、自分の弱さと未熟さが浮き彫りになった。
「僕はもっと強くなりたい…ならないとダメなんだ!」
勝利したがそれ以上に、力が足りていない事への悔しさが大きく、ナインは強さを欲した。