第67話 さらなる覚醒
リュウザンの狙撃によって頭が跳ねた魔獣の身体。その傷口から再生するように、新しい頭が生えてきた。
「そんな!?再生した!」
「見事な狙撃だった。褒美に面白い物を見せてやろう」
すると魔獣は見覚えのある瓶を取り出した。
「ブルクの天水!そうかこいつ、アイテムを創り出せるんだ!」
「確かにアイテムの創造は可能だがお前の考えていることは間違っている。これはお前達から取り上げた天水そのものだ」
魔獣はぷらはを軽く突き飛ばすと、なんと彼を掴んでいた右腕を切り落としたのである。
落ちた腕は地面で消滅し、本体の断面からは新しい腕が再生。左手に持っているブルクの天水は消費されていなかった。
「卑怯だ…」
「チートに頼っていたお前達に言われたくない。そんなことよりもどうして私が負ける演技をしていたのか知りたくはないか?」
「ヘルサイス!イーター!」
「まあ聞いてくれ」
魔獣はぷらはの攻撃を簡単に止めた。小さい物体を摘まむように、人差し指と親指で挟んでの防御である。
「プレイヤーが楽しむ戦いには2つあったんだ。私が好むような一方的に蹂躙するやり方。それと足元に倒れている彼が好むようなギリギリの戦い。後者に興味があって今まで力を抑えていた。勝利への希望を抱かせるような真似をして悪かったな」
魔獣は背後から飛んできた弾丸をキャッチ。リュウザンの狙撃は完全に見抜かれていた。直前の一撃はわざと喰らったのだろう。
「この弾丸…そうだ、こうしてやろう」
魔獣は弾丸を指で弾丸を飛ばし、立ち上がろうとしていたイサミに命中させた。
「うがっ!」
「やめろおおお!」
ぷらはが鎌を振り回そうとすると、魔獣はわざと放して攻撃させた。彼の攻撃には勢いがなく、一撃も喰らうことはなかった。
魔獣は足を引っ掻けてぷらはを転ばせた。そして手放した鎌を足で拾い上げた。
「…アノレカディアの餓鬼。お前は最後に殺してやろう。お前のせいで私のゲームはサービス終了を迎えてしまうのだからな。そこで自分の無力を悔やみながら、仲間が人生からログアウトしていく様を見るがいい」
ナインには既にエネルギーマスターに覚醒できる程のHPも残っていなかった。それでもまだ、闘志だけは絶さなかった。
「アドバンスセブンスはお前のゲームじゃない。このゲームを創った人と遊んだ人…お前が不幸にした人達の物だ!」
ナインは背後の壁に手を付けて立ち上がった。
「勢いのあるセリフだ…が、今はムービーではなくバトル中だ。そう都合良く事は運ばんよ。それにこれは私のゲームだ」
「エネルギー…バースト!」
ナインはエネルギーバーストを発動しようとした。しかし、呪文を叫んでもエネルギーマスターにはならなかった。
「エネルギーボール!」
「エネルギーオペレイド」
残った力を振り絞って投げ飛ばしたボールは魔獣に操られ、彼女の顔面に直撃した。
「くっ…くそぉ!」
「エンディング到達おめでとう。お前達はバッドエンドだ」
「やめろおぉぉぉぉぉ!」
魔獣は僅かに微笑むと、持っていた鎌をぷらはに振り下ろした。
ナインの肉体があるアパートには彼女以外に光太がいた。
「やっぱりなぁ…無償で人助けは割に合わないよなぁ…魔獣倒したら帰る前に募金させるかぁ…?ナインは反対するだろうなぁ…」
テーブルには金額別に並べられた紙幣貨幣の他にミラクル・ワンドが置いてあった。
並べていた全財産を財布に戻そうとした瞬間である。ミラクル・ワンドが強く光り始めたのだ。
「な、どうしたんだ!?」
光太はワンドを取ると慌てて寝室へ。
横になっているナインの身体には、大きな異変が起きていた。
「つ、角が…!?」
ナインの右額から生えている角がヘッドギアを突き破るほど伸びていたのだ。そもそもヘッドギアに頭が入らないので、ゲームをやる前に角は引っ込めていた。
寝惚けない限り角は出てこないと光太は聞いていたが、これは寝惚けているなどと可愛く済ませていい光景ではない。
しかもそれだけではなかったのだ。
「左からもう1本の角!おいナイン!どうなってる!大丈夫か!?」
なんと額の左側から同じように角が生えていたのだ。
ヘッドギアは既に壊れたと言っていい。しかしナインの意識は戻らない。
光太はミラクル・ワンドを介して、ナインの心に叫んだ。
「ナイン!何があったんだ!返事をしろ!」
言葉は伝わっている。光太はナインと心が繋がっているのを実感している。
デュー・エルと戦ったあの時、暴走状態になった時と同じ強い怒りを感じているのだ。
HPとEPは共に急上昇し、異常な数値となっていた。全身に力が迸り、今すぐにでも目の前に立つ敵にぶつけたいという衝動を感じていた。
「なんだ…その角は?」
「…ん」
ナインは額に触れて、そこから2本の角が生えていることに気付いた。この世界では生えるはずのない、彼女の個性的な部位だ。
「そんな覚醒は用意してないぞ。一体どういう──」
魔獣の問いに耳を傾けずに接近。重傷のぷらはを抱えつつ、魔獣からはブルクの天水を奪い取った。
「良かった、まだ生きてる…」
「天水は飲み水じゃない!ぷらはを回復させたいと念じろ!そうすれば消費される!」
「ありがとう」
イサミのアドバイスを受けると、ナインは天水の入った瓶を近付けて強く念じた。
「無駄だ。既にそれはアイテムとしての役割はない。ただ持ち上げられるだけのオブジェクトだ」
「そんな、それじゃあ…」
その言葉にイサミ達は絶望したが、それでもナインは念じた。するとぷらはの傷が治り始めたのである。
「…なぜ回復できている?」
「知らねえよ。バグってんじゃねえのか」
魔獣は今までにないほど警戒心を高めた。
それほどまで、姿を変えた少女は異質な力を放っていたのだ。
「ぷらはさん、大丈夫?」
「ぼ、ボクは生きてるの…?」
「あぁ、生きてる。これからあいつを倒す。ログアウトまで少し待っててくれ」
「倒す…私を倒すということか?手も足も出なかったお前がか?」
ナインはぷらはを支えて立たせると、そのまま後ろへ下がらせた。
「む、無茶だよ」
「無茶でもやらなきゃならない。あいつを倒すまでこのゲームはやめられないんだ」
すると周りの仲間達は武器を構えた。一人だけに無謀な戦いはさせられない。そういう意思のようだ。
「邪魔だ!」
しかしナインは一喝。周りの連中が邪魔で仕方なかったのだ。
「失せろ!お前らに気を遣ってやるほど余裕はねえんだ!」
「そこまで言うか…勝てるんだな?」
ナインの拳に力が入る。すると空気が震えた。
ウドウはそれを返事として受け取り、彼女が勝つことを信じて戦線離脱。ぷらは達もそれを見て同じ動きをした。
ナインは構えを取った。
「お前一人では私の相手にならんよ」
「このゲームで命を弄んで、心は痛まなかったのか?」
「そうだな…人間は生きる為に動物を殺し、植物を刈るだろう?私達魔獣はそれを省略している。生きる為に殺す。殺した物を食す必要はない。殺す、壊す、滅すという行動の結果が私達の存在を許すのだ」
「生きるために殺した…だから罪悪感は微塵もないと?」
「そうなるな。しかし支配していたゲームの中で人が殺し合っているのは見ていて退屈しなかった。生きる為の行動と趣味が合致していたというのもあるかな」
「…どうしようもねえな」
ナインはそれっきり言葉を交わすつもりはなかった。
「…どうした?来ないのか?」
魔獣は挑発する。しかしナインは何の反応も見せずに退屈を感じた。だから彼女を殺すことにした。
敵も構えを取った瞬間、ナインは一蹴りで接近。魔獣の胸に目掛けて打ち込もうと拳は、ギリギリのところで止められてしまった。
「こ、このパワー!」
しかし魔獣はこの一撃で、敵がどれだけパワーアップしているのか感じた。
「お前を俺が殺してやる!」
アドバンスセブンスでの最後の戦いが始まった。