第63話 「またやり直せばいいじゃないか!」
イサミは倒れたまま動かない。しばらく待って、ぷらはさんが落ちてくるのを確認してから覚醒状態を解いた。
「くっ…」
HPが少ししか残ってない。エネルギーマスターは覚醒中にHPを削るから、長引かせずに決着をつけることができて良かった。
「俺達は…まだ…」
「早くログアウトして。そのままだと出血のスリップダメージで死ぬよ」
「決着はついてない…」
「青い鯨はまだ出てる。今HPがゼロになったら本当に死ぬよ」
「まだだ…」
どうしてそこまで…一体何が君達を突き動かすんだ!
彼らの気持ちを探ってる場合じゃない。早くウドウ達に加勢しないと…
「待って…」
いつの間にか僕の足元まで這いずっていたぷらはさんが足を掴んだ。
「ボクの居場所を…奪わないで…」
「…ふざけんなよ!お前達は──」
「ボクは殺していい…だけど…るーてぃ…だけ…」
…ダメだ。僕はもう加勢に行けそうにない。きっとウドウ達は大丈夫だろうけど…ごめん。
「一体なんなの…るーてぃーんえーじゃーずってなんなのさ?!」
「…ボク達はみんな、孤独だった…現実に友達なんかいなくて、ネットで知り合うまで、一生孤独なんだろうなって思ってた…」
そうか、彼らは元はゲーム仲間だったんだな。
「オフで遊ぶようになって、それでも人生が変わることはなかった…人生失敗して先がないと感じたボク達は、るーてぃーんえーじゃーずを結成して生きていた証を刻むことにしたんだ…」
「そして今や人気者のスーパースターだ…現在に来るまでに散々痛めつけられた…そんな俺達がよぉ、食ってくために殺して悪いか?」
「悪いに決まってるだろ!」
「だったら他のやつらはどうなる?俺達を傷付けたやつらは?あいつらは楽しくてやってんだぞ」
彼もぷらはさんも他の二人も、自分のグループが好きなんだ。だから殺しをしてまで人気を維持しようとしたんだ。
「…それで良かったの?」
「何がだ」
「生きていた証は刻めたの?」
「俺達は有名なったんだ。もう充分だ」
「充分なら…それで良かったじゃないか。人を殺す必要なんてなかったはずだ…それなのに…」
君達は既に満たされていたんじゃないのか?
ネットで偶然出会ってから、るーてぃーんえーじゃーずという活動を始めた。それからしばらく経った、一年前アドバンスセブンスが始まり攻略配信で一躍有名になった。
「今の君達は──」
「言うんじゃねえ!言われなくたって分かってんだよ!…すまねえなぷらは。配信で食ってければそれで良いって思ってたけど、俺はそれだけじゃ満足出来なかった。有名になって、俺を嘲笑ったやつらを見返してやりたかったんだ…」
「分かってましたよ…やるならとことんやりましょうよ…」
イサミがブルクの聖水を使おうとしたので咄嗟に取り上げる。ギリギリ発動しなかったみたいだ。
「ちくしょう…ここまでなのか…」
「ごめんなさい…」
「何弱気になってるんだよ…まだ生きてるんだ!早くログアウトしてよ!それでまたやり直せばいいじゃないか!」
「どん底まで堕ちたことがないから、そういう気休めが言えるんだ!…俺達はまた…底辺なんだ…」
…確かに僕の過去は彼らはほど悲惨じゃないかもしれないけど…
ペタリッペタリッと音を立てて、路地の陰から誰かがこちらへ近付いて来る。仲間?敵?
「誰!」
グリッチなんてプレイヤー失格だけど、今回ばかりはこのバグったブルクの聖水を生きるために使わせてもらう!
「…あれ?!使えない!っていうか考えてみれば、こんなゲーミング漬物石でどうやって回復するんだよ!」
色々試している内に路地から人が現れた。
しかしそいつはプレイヤーではなく長い髪の女だった。
「うっ!?…イサミ!これどうやって使うんだ!」
「握って念じれば勝手に回復するだろ…」
「回復しないんだよ!」
聖水がバグった時点であいつの出現条件は満たされていた。そんなこと戦いに集中してスッカリ忘れてたけど、まさかこんなタイミングに現れるなんて!
「お前の正体は分かってるぞ!洗脳魔獣!」
「…正体が分かったからと言って、一体それが何に繋がるのか。お前達はもう私のゲームから逃げられない」
そうだ…ここはあいつが支配してる世界なんだ。楽に勝てる相手じゃないのは分かってる。
「…アイテムを使わせないのは卑怯だったな。ブルクの聖水は通常通り一度だけ使えるように修正した」
「お前の目的はなんだ!」
「目的…分からない。現実世界に産まれた時、この世を滅ぼさないといけないと思った。ちょうど近くにあの女がいて、あとはトントン拍子で事が進んだ…」
「柿本さんか…その女の人はどうした!」
「今もこういう形で利用させてもらっている」
長い髪の女…まさかあの姿は柿本さんの物なのか!?
「それだけではない。この世界には私のような存在に味方してくれる者もいる。おかげでアドバンスセブンスを乗っ取り、楽しく人間を減らすことができた」
「最低だ…想像出来なかったぐらいのクソ野郎だ!お前は!」
「だがもう満足できなくなった。そろそろ現実世界に戻って本格的に世界を滅ぼそうと思う。プレイヤーの邪悪で強い感情のおかげで凄まじいパワーも手に入ったし、感謝している」
現実世界に出るつもりなのか!?もしも現実も同じように支配できるとしたら一巻の終わりだ!
戦うにしても、まずは彼らを逃がさないと…
「君達はログアウトしろ!チートあるんだから出来るだろ!」
「…で、できない」
「ここはゲームの世界ではない。アドバンスセブンスというゲームと私の洗脳能力を混ぜ合わせ、君達の魂だけを呼び集めた異空間だ。そしてその支配者である私が、今まで君達をログイン、ログアウトという形でこの世界に連れて来ていたわけだ」
ログイン、ログアウトはこいつの自由…魔獣を倒さない限り、ゲームから出ることはできないってわけか。
ブルクの天水を使おうとしたその瞬間、魔獣シヨナ・クヅンが急接近。攻撃を予測した僕は天水を手放してしまった。
「これは卑怯ではないだろう。物を奪うのはゲームに備わっていたシステムだ」
だけどシヨナの目的は攻撃じゃなかった。天水の奪取だったんだ!
「しまった!」
「君は杖術、棒術が得意なようだ。ということは槍術も出来るのか?ぜひ技のモーションを提供してくれ」
僕はいつの間にか槍を持っていた。これで戦えってことか!
「サ終直前に運営からの温かい贈り物、と言ったところか」
槍の穂は振り回しても使える刀剣が付いている。
それにしても何が贈り物だ。ナメやがって…そうやって敵に塩を送ったこと、後悔させてやる!