第62話 決着をつけるぞ!ナイン、超人モード!
イラネイの光源が点滅を繰り返している。
ナインはエネルギーチャージを発動してからしばらく動かなかった。
それに対して敵は行動を起こさなかった。イサミは轟くナインの迫力に圧倒されていたのだが、ぷらはは立ち上がっても手を出さなかった。
「な、なんだ今の技…」
「エネルギーチャージは圧倒的な隙を晒す代わりにEPを大きく回復させる呪文だ」
「か、回復…へっ驚かせやがって。それに体力はそのままみたいじゃないか」
「ぷらはさん。君が自分のグループを存続させたいように、僕にもやるべきことがある。そのためにも君に勝つ!」
ナインは思い出した。自分は立派なサキュバスになる使命があったことを。手段は最低だが、そうまでしてグループを守ろうとするぷらはの姿がナインの使命感を呼び起こしたのである。
「ボク達は二人なんだ。無理だよ」
無理ではない。やらなければならないのだ。
イラネイの点滅が収まり、街中の電機や他のプレイヤー達が使っている一部の武器は正常に戻った。
ナインは両拳に力を加え、ぷらはに対して構えを取る。
「…エネルギーバースト!」
「なっ!?」
ナインが呪文を唱えた。そしてエネルギーリリースの時と同じように彼女を中心に力が発生したが、それだけではなかった。
「まさか…覚醒!」
「オペレイドはボール使用前提の超消耗技。リリースなんて余程の事じゃない限り使わないだろうし、チャージは動けない時間が長過ぎる。そしてエネルギーバーストもデメリットの方がデカイ…それでもお前達を相手するのに充分の力がある!」
ナインの姿が変化した。ぷらは達の覚醒のように外見に大きな変化はないが、オーラのような物を纏っていた。
「覚醒形態、エネルギーマスター。僕なりに名前を付けるなら、超人モード動力!」
「何を訳の分からないことを!」
覚醒したぷらはが急接近して鎌を振る。しかし鋭い刃はエネルギーバリアによって弾かれた。
「バリア!?」
「エネルギーマスターはエネルギー系の魔法の詠唱を必要としない。今度はこっちの番だ!」
ナインの拳が心窩部に入り、満タンだったHPが一気に持っていかれる。突然の大ダメージにぷらはは戸惑い、反撃に移れなかった。
「ぷらは!」
ナインは後ろを向いて、走って来るイサミにぷらはを投げ飛ばした。
イサミは飛んでくるぷらはと衝突して背後へ吹っ飛ばされる。そのまま建物に激突するかと思いきや、先回りしていたナインが二人を宙へ蹴り上げた。
覚醒することで基本的なステータスが上昇する。しかしエネルギーマスターのステータス上昇値は他と比べると低めだ。それでもこうして動けるのは、ステータスポイントをほとんど筋力に振り分けたからだ。
「イサミ!お前も覚醒しろ!」
「いい気になってんじゃねえぞ!」
挑発するナインは二人の元へ跳躍。
イサミは妖刀閃火を手にして再び覚醒し、ぷらはも気を取り直して迎撃体勢に移った。
「カースミスト!」
ぷらはが呪文を唱えたことで、触れたプレイヤーにデバフを付与する瘴気の霧が頭上に出現。ナインはエネルギーバリアを大きく広げて、霧を押し上げるつもりだ。
「そんな弱点が!?」
偶然にもぷらはですら対策していなかった弱点を突き、ナインはさらに接近する。
ぷらはがカーストミストを解除すると、霧の向こう側からナインが飛び込んできた。
「イサミさん!」
「武器を切り替えろ!」
覚醒を解除しないように武器を利き手から持ち変えると、ぷらはとイサミはそれぞれナイフと短刀を構えた。
「ふんっ!」
迫り来るナインに二人は攻撃する。攻撃を見切ったナインが反撃すると、二人は防御してこちらも反撃。2対1の連続攻防である。
ナインは刃物による攻撃を全て回避し、その後の反撃も防がれると感じたら即座に手を引いて防御していた。
「そんな!?」
「こっちは二人なんだぞ!?」
「どりゃあ!」
ぷらはとイサミの防御を通り抜けた拳が炸裂する。
そこからはナインのペースで、彼女の攻撃に対して二人は防御することしか出来なかった。
自分達がいる場所は空中だ。地面から上がってきたナインの勢いもやがて落ちる。そこが狙い目だと、ぷらはは反撃のチャンスを待った。
(チャンスは一瞬…)
ナインの身体が少しずつ離れていく。ぷらは達を打ち上げたキックに比べて、跳躍に入れた力は少なかったようだ。
そして最後の一撃は届かず、ぷらは達の下を空振った。
「ヘルサイスアヴァランチ!」
位置が下の敵に対して大ダメージを出す鎌の技、ヘルサイスアヴァランチが繰り出される。
ぷらはの発動と同時に、ナインは右腕を光らせてエネルギーチョップを発動。あの時のように手刀と刃が激突した。
「高所からのヘルサイスアヴァランチは絶対有利なんだ!」
「こっちは超人モードだぁぁぁ!」
力負けしたぷらはは鎌を手放した。ナインは下方に向けていた左手からエネルギービームを発動し、覚醒が解けて弱体化したぷらはを高所へ連れ去った。
「君が落ちて来るまでにイサミを倒す!」
「イサミさんにッ!?」
そしてナインは連続攻撃の要領で、連続してエネルギーチョップを発動。左右からぷらはをズタズタに切り裂き、最後の蹴りでさらに高い位置へ打ち上げた。
近くのビルに着地したイサミは、2本の刀でナインを倒すつもりだった。
「いい加減にしやがれ…てめぇのせいでせっかくの配信が無茶苦茶だ!俺達が負けてるからコメント欄が荒れてるじゃねえか!」
「いい加減にするのはお前だ!決着をつけるぞ!」
ナインがバスケットボールサイズのエネルギーボールを構えると、イサミは地上へ飛び降りた。
(なんだあの大きさ!ふざけんな!青い鯨が出てるんだぞ!マジで殺す気か!?)
イサミは上空に向かって刀を振り回し、エネルギーの刃を連射した。
ナインはビルの壁を滑るように降りながら、飛んできた刃をボールで弾いた。
「飛太刀魚ォ!」
技の名前を叫び放たれのは、シャープな姿をした魚だった。
これはエネルギーボールでは防げない攻撃だ。そう判断したナインはビルを蹴り、魚に触れてしまいそうなぐらいギリギリの位置を飛んでイサミに接近した。
「現れろ!スミロドン!」
イサミは古代生物のスミロドンを召喚し、ナインへの攻撃を命じた。
しかしイサミとぷらはの両方を同時に相手した彼女には、スミロドンの動きは単純で簡単に避けられるものだった。
「回転斬!竜巻砲撃!」
2本の剣を地面と水平になるように構えると、イサミはその場で回転。そして発生した超強力な竜巻がナインへ襲い掛かった。
「エネルギービーム!」
どうしようもなくなったのか、ナインはエネルギーボールの力を込めたエネルギービームを放ち、竜巻の威力を相殺。大爆発が起こった。
埃が巻き上がり何も見えない。イサミが刀を振って風を起こすと埃が飛んでいった。辺りを見渡したが、ナインはどこにもいなかった。
「…死んだか。青い鯨も出てるし──」
夜空を見上げようとした時、頭上には再びエネルギーボールを構えるナインがいた。
「ナイン・ワンド…」
「なっ──」
覚醒というシステムの中で、エネルギーマスターの採用率は最も低い。理由は2つあり、まずステータスの上昇値が低いからだ。上昇値が低く設定されているのはそれだけ固有の能力を強くしたつもりなのだろう。だがエネルギーマスター固有の能力というのは、大して強味のないエネルギー系の魔法に消費するEPが0になるだけなのだ。
それでも彼女が勝てたのは、エネルギーマスターでの戦闘スタイルが理想とする戦い方に近い物だったからかもしれない。
「ワンダァァァァァァァァァァァァァ!」
渾身のエネルギービーム。ナインの放った光線はイサミを飲み込んだ。