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第29話 「力があるのなら」

 ナインの魔法の杖、スキップトラベル・ワンドによる移動を始めてからかなり時間が経った。


「んあ…朝日だ」


 眠っていた俺は目を覚ますと、まだ空の上にいた。そこから綺麗な朝日を拝むことになった。

 それにしても変な姿勢で寝ていたから全身が痛い。そして俺以外は慣れているのか、まだ眠っている。

 もっと便利な杖があったはずなのに、どうしてこんな物を出したのか。頭お花畑なナインの心はよく分からない。


 バボロス大陸。そこは昨日のガンマン大陸とは違い、剣と魔法が発展している魔法国家である。

 そこのアーヌーンという西洋風の町の前に、俺達は降り立った。


「やっと到着だ。この大陸にはダンジョンが沢山あって、冒険者達が大勢集まるんだ」

「ふぁあ~…やっと着いたの?光太、起きてよ」

「とっくに起きてるよ。ナインこそボケボケすんな。転ぶぞ」


 異世界っぽい場所に来たのにワクワク出来ないのは、それほどまで疲れが溜まっているからだろう。正直、修行なんてやめて今すぐ寝たい。


「家族での旅行以来だな………それじゃあクエストを受注しに行こう」

「…」


 サヤカを先頭に街を歩く。

 注目を浴びたが当然か。今の俺達、ガンマンの民族衣装なんだもんな。


 鎧を着た騎士、ローブを羽織る魔法使い、初めて見る魔族など色んな人がここにはいる。ここにはイメージしてた異世界の景色が広がっていた。


「…場違いじゃない?」


 そこに妙な格好をした子ども達が6人。迷子を疑われても文句は言えない。


「冒険者の世界で大切なのは見た目よりステータスだよ。ナイン、ステータスを調べられる杖を出してくれない?」

「うん………見つけた!はいどうぞ!ステータスチェック・ワンド!」


 サヤカに頼まれて取り出したのは、先端に綺麗な水晶の付いた杖だった。やっと魔法使いっぽい杖を見せてもらえた気がする。


「これを握ってる人のステータスが水晶の上に表示されるんだ」


名前 ナイン・パロルート 女 16歳

職業 家政婦

レベル 0 次のレベルアップまでに必要な経験値 0

攻撃力 0

防御力 0

素早さ 0

 ・  ・

 ・  ・

 ・  ・


 個人情報が色々と表示されているがここは道のど真ん中。この少女に恥じらいとかはないのだろうか。


「あら、ナインったらスキル偽装で偽りのステータスにしてるのね。私もやってみようかしら」

「それは名案だねツバキ。でもスキル鑑定眼がランクA以上の人に見破られるのは厄介だよね。そういう時はスキルランクをSにするか、鑑定を阻害するスキルを習得すれば良いんだよ」


 なんだそのチュートリアルくせえ会話は。

 今度はツバキに杖が回ってステータスが表示された。


名前 ツバキ・タテヤマ 女 16歳

戦闘力 530,000


「さっきと表記が違うじゃねえかああああ!」

「キャラクターのパワーを数値化するっていうのは画期的な表現で創作界隈に革命をもたらしたよね、ナイン」

「その通りだねジン。さらに数値化出来ないというシーンを取り入れる事でキャラクターの強さを際立てた。天才過ぎるよね」


 だから何なんだよその解説口調は…

 そして杖はツバキからジンへ移った。もう何が来ても驚かんぞ…


型式番号 ZN-9S

名称 ジン

全長 50M

重量 35000トン

最高速度 理論上時速1光年


 ゴオオオオオオオ…俺達の頭上を巨大なロボットが通過していった。


「あれ~ナイン、この杖壊れてるぞ」

「本当だ…滅茶苦茶な数値になってる」


 剣と魔法の世界の空に、SFに出てくるようなスーパーロボットが飛んでいるのを俺は見た。あれは幻覚だったのだろうか…そうであって欲しい。


「機械は進化するけどそれを使う者は進化しない。それが理由で滅びた文明は数知れないよな、ナイン」

「そうだねツカサ。愚かだね」


 とにかくナインに話振るノリやめようよ…


 この流れで行くと今度はツカサの番になる。しかしツカサは「モチベーションが大きく変動してしまうから、軽々しく努力や才能を数値化するもんじゃない」と杖を持つのを拒否した。


「私も漫才やらなきゃダメ?」

「いや、別にいいと思うけど…」


 サヤカもパスしたので最後に俺か。なんか胡散臭いステータスばっか表示されるし、嘘発見器感覚でやって適当にリアクションしとくか。


 俺は杖を受け取ると、これまでと同じように水晶の上にウインドウが表示された。


「あれ…でもなんか赤いぞ?」

「あーバグったみたいだね。残念だけどここまでだよ」


 バグって…とことんクソだなこの杖。叩き折ってやろうか。

 ナインは杖をバッグに戻した…えっと、俺たちどうしてここにいるんだっけ?


「………皆、クエストを受けに行くわよ」

「今忘れてたよね?」

「…うるさい」


 サヤカを先頭に人混みを進む。ステータスを調べるのに夢中になっていたが、本題に戻らないと。




 そうして俺達は冒険者の集まる町の集会所へやって来た。クエストの受付はもちろん、一緒に攻略するパーティを組んだり、クランの設立と参加が出来るそうだ。


「凄い賑やかな場所だな」


 強そうな人が沢山いる…この人達なら魔獣なんて簡単に倒せるんじゃないだろうか。


「すいませーん、クエストやりたいんですけどー」


 ナインがベルを鳴らして受付の人を呼んだ。すると奥の部屋から受付係の女性が出てきた。


「お待たせしてすみません。クエストの受付ですね?」


 すると受付の女性はそこで口を止めて、俺達の事を怪しい物を見るようにじっくりと観察した。


「…あの、学生さんは学校からの許可証がないとクエストを受けれないんだけど…書類とかってあるかな?それか冒険者ライセンス」

「え…ジン持ってる?」

「いや。ツバキは?」

「持ってるわけないでしょ」

「………一番馬鹿の俺が書類なんて管理してると思うか?」


 その会話を聞いて女性は困惑していた。クエスト受ける気満々で来てたのに誰も書類を持ってないのかよと呆れている。俺も同じ気持ちだ。


「僕はパロルートの者です。パロルート隊は報酬などを受け取らない代わりに、あらゆるクエストを受けられる。ですよね?」

「パ、パロルート?え、えっと…ちょっと待ってもらって良いかな?」


 ナインが何か伝えると女性はどこかへ行った。しばらくすると、この集会所の所長である怖い顔の男が出てきた。


「軽々しくパロルートの名乗るガキはお前か…」

「僕はナイン・パロルート。戦闘部隊パロルートの9号隊員です」

「…知らねえな9人目なんて。ダイゴさんの部隊にお前みたいなサキュバスのガキがいるなんて聞いたことがねえ」

「そりゃあまだ修行中の見習い隊員だから、知らない人がいたって当然だよ!そんなことよりもクエストを──」

「知ってるぜ。お前、サキュバスのナイン・パロルートだろ?」


 酒を飲んでいた男の騎士はナインの事を知っているみたいだ。

 けどあまり…良い雰囲気じゃない。


「ほら、僕はパロルートなんですよ!」

「パロルート家初の少女で期待されていた超新星………実際にはパロルートの名前を汚した最低最悪の落ちこぼれ…しかもサキュバスだ。さらにはコネで名門ネフィスティア学園に入学。授業を遅らせる程の馬鹿だって息子から愚痴られたぜ?終いには一年経たない内に学園を無断で退学。噂じゃ虐めに耐えられずに自殺した言われてたっけ?生きてて良かったぜ」


 ナインにそんな経歴が…それにしてもこの男、やけに詳しいな。ストーカーか?


「……………しらけちまっなた。クエスト受けれないならまずは朝飯でも食いに行かないか?」

「光太、声が裏返ってるぞ」


 男の解説の後には集会所は静まり返り、いくつもの冷めた視線がナインに向けられる。俺は震えて何も言うことが出来なかった。


「僕はまだ修行中の半人前です。けれどいつかはお兄ちゃん達みたいに人の為に役立てる立派なサキュバスになります」

「お兄ちゃん達ねえ…正直さ、パロルートには迷惑してるんだよ」

「え…」

「生まれ持った素質だけのやつらが集まって、慈善事業を気取って報酬も受け取らずにクエストを奪って行きやがる。気に入らねえんだよ、あの偽善者兄弟。妹ちゃん、今度大好きなお兄ちゃんに会ったらさ、俺達のクエストをやらないでくれって伝えておいてくれ。馬鹿でも伝言くらい出来るだろ…仕事を盗るなって言ってんの!」

「お兄ちゃん達は──」

「ナイン、これ以上言い返しても無駄だよ。相手のペースに乗せられた時点で君の負けだ」


 サヤカに指摘され、冷静になったナインはそれ以上喋ろうとはしない。しかし、今にも泣き出しそうだった。止めに入ったサヤカ自身も、拳を震わせて怒りを抑えている。


「皆、一旦出よう。ここは俺達の来ていい場所じゃなかったみたいだ」


 ジンに言われて集会所を出た。それにしてもムカつくなぁ…なんだあのクソジジイ。

 死ねよマジで…


「昼間っから酒飲んでる時点でロクなやつじゃねえよ。気にすんな…アルコール中毒で死ねばいいのにな!」

「…」


 ナインが今まで見たことないほど暗くなっている。これは修行どころじゃないな。


「パロルートは…お兄ちゃん達は皆を守る為に戦ってるんだ。危険なクエストに率先して立ち向かってるのに…」

「…お兄ちゃんっ子のお前のこれまでを見てればそんなの分かるよ」


 彼女はあえて強く言い返さなかったんだ。パロルートという誇りを守る為に、守るべき人間を傷付けないようにしたんだ。

 何か励ましの言葉はないかと黙って頭を回していると、サヤカが俺の前に立って、財布を渡してきた。


「これは私の財布。これにはこの世界の通過、ナロが入ってるわ。あ、カードは使わないでね」

「別にいらねえよ。買いたい物ないし」

「これを使って装備を揃えて、ナインと一緒にダンジョンでも潜って来てよ。それで身体動かしたら、彼女もスッキリするだろうし」

「いやでもでもでもさ…」

「これは私からの修行だよ。頑張ってね」


 これが修行って…まあそんな事でナインの機嫌が良くなるなら頑張ってみるか。

 サヤカ達は腹が減ったと言って、俺とナインを置いて街のどこかへ行ってしまった。


「ナイン…大丈夫か?」

「うん…ちょっと一人にして欲しいかな」


 ナインがいなくなろうとした時、俺は咄嗟に腕を掴んで止めていた。


「…放してよ」

「あーーー…話したぞ」

「今はそういう気分じゃないんだって…ごめんね」


 とりあえず手は放した。ナインは歩き出して、俺はその後ろをついて行く。


「…ついて来ないでよ」

「ツイてないな。お前と歩く道が一緒だなんてよ」


 驚異的な身体能力で建物の上へ跳ぶようなら、俺は2日間で鍛えられた身体を使い壁をよじ登り、彼女を逃がさなかった。


「…いい加減しつこいよ!ついて来ないでよ!」

「しつこい!?…しつこいしつこい…ドスコイッ!」


 そして俺が四股を踏むと、ナインの頬がピクッと上がった。


「からかってるの?」

「いっつもアッパラパーで騒がしいお前が暗い顔してるのは嫌なんだよ」

「アッパラパーってあんまりだな…まあ確かに、勉強は苦手だったな」

「俺も苦手だよ。前だって試験、最下位だったし」

「あれは周りのレベルがおかしかったんだよ…」

「あの日俺がお前を傷付けて以来だ。そういう顔してるのって」


 いつも賑やかなナインは笑っていない。それが俺にはとても寂しく感じた。


「笑いながら魔法の杖を振ってくれよ」


 そしてナインは凄く無理矢理、負の感情丸出しの笑顔を作ってみせた。


「ブフッ!」


 思わず俺は吹き出してしまう。それが癇に障ったのか、ナインはウエストバッグからハンマーの様な杖を取り出した。


「笑って悪かったから殴らないで!」

「殴ったら君死んじゃうでしょ…シールボックス・ワンド!」


 すると先端のゴテゴテとした頭部がカパッと開き、ナインのバッグを吸い込んでしまった。


「僕を笑わせてよ。そしたらこの箱の封印は解けるから」


 どういう仕組みの杖なのか分からないが、これはナインから出された修行なのだと俺は汲み取った。


「良いぜ。ならとりあえず飯にしよう」


 俺達が立っていた場所はちょうど飯屋の屋根だった。それから飛び降りると、一旦歩行者に混ざってから入店した。

 美味しい物を食べれば元気になって笑うだろうという単純な考えだ。


「モグモグ…」


 しかし仏頂面。無表情でおにぎりを食べているのが面白くて、俺の方が笑ってしまいそうだ。


「…その杖ってハンマーとしても使えるのか?」

「うん。本来は僕の道具が悪用されそうになった時とかの防犯用だから。本当に殴るか、道具を封印してるヘッドの部分の大きさを変える能力ぐらいしかないんだこれ」


 こんな小柄な少女が物騒なハンマーを振り回すのかと、他の客から注目を浴びていた。ナインの力なら大きなハンマーでも容易に扱えるだろう。


「あ、でも職業家政婦だからハンマー使えないんだった。これは光太が使ってよ」

「なんだよその制約?こんなデカいハンマー俺には使えないよ」

「何の為の修行だよ!きっと今の君なら使えるって!」


 試しにハンマーに手を伸ばし、腕に力を入れて床から離した。一応、持ち上げられなくはないが…


「おっっっも!」

「そりゃあハンマーだからね。重くないと…いや~光太には無理かっ!」


 食事を終えた俺達は武器屋へ来た。ちなみに防具は、俺が修行の初日に来ていたあの道着だ。洗濯もしていないでの恐ろしい程に臭かった。もはやこれを着ている俺自身が武器として使えそうだ。


「光太は使いたい武器とかって何かある?」


 これまでの人生で手にした武器なんて、サヤカ達が合体して出来た剣と昨日使ったマグナムだけだ。

 正直、何が使いたいとか尋ねられてもよく分からない。

 悩みながら店を歩き回っていると、俺はある物を見つけて足を止めた。


「ワンド…」


 普通の杖とは違い、魔法を使いやすくするように特殊な技術が使われた魔法の杖。予め使える魔法が決まってるナインの物と違って、これは使用する者が極めれば何でも出せるみたいだ。そもそも、それが普通の杖らしい。


「へーそうなんだ。僕以外の人が作った杖が使いたいんだ。工場で作られてそうなこんな安っぽい杖が」

「なにヘラってんだよ。俺も魔法が出せたらなって思っただけだよ」

「…」


 凄い睨まれてるけど、俺もナインの杖以外は使いたくないな。


「はい。金はやるからそのハンマー俺に貸せ」

「ハンマー貸せって僕は何で戦えばいいの?」

「ここに財布があるから好きな武器を買いなさい。俺はこれが良いんだ」

「それってサヤカの財布じゃん。あの人は全く…」


 俺はナインからハンマーの形をする魔法の杖を取り上げて、財布を渡した。

 ナインはサヤカの金で矢を大量購入した。ちゃんと投げれば威力は出せるので、弓は買わなかった。


 ナインから借りたハンマーは先端の頭が小さく出来るみたいなので、俺は小さくした状態で杖として持ち歩いている。それでも重いのに変わりはないが。


「凄いなその矢筒。何本でも入るのか」

「僕のウエストバッグの下位互換だよ。矢しか入れられない安物だ。20000ナロなんて信じられない」


 それにしてもサヤカの財布がずいぶん寂しくなってしまった。こうなったらダンジョンとやらで金になる物を手に入れて埋め合わせするしかない。


 準備が出来た俺たちは街を出発。この大陸の至るところにあるダンジョンというものを探し始めた。


「そんな簡単に見つかるのか?」

「冒険者がダンジョンへ向かうんじゃなくて、ダンジョンが冒険者を迎える。そんな言葉もあるぐらいだし、きっとすぐに見つかるよ」


 冒険者…修行の一環ではあるけど、今の俺は学生じゃなくて冒険者なんだ。


「へへへ」

「どうしたの?気持ち悪い笑い方して」

「失礼だな、ワクワクしてるんだよ」


 俺たちはしばらく歩き続けて、木の道が造られている湿原まで来た。絶景スポットって感じで旅行雑誌とかで紹介されてそうな景色だ。


「ここら辺にダンジョンがある気がする…僕の一本角がこの場所に流れて来るダンジョンの魔力を感じてる!」

「お前の角にそんな機能があったのか…」

「便利な角なんだよ。これのおかげで魔獣の存在もキャッチ出来るんだから」


 話に出た一本角、それと虫の様な羽根に豚みたいにクルクルした尻尾を見て、こいつはサキュバスなんだと改めて実感する…

 出会った時、こいつの羽根をゴキブリみたいだと罵った。しかしこいつの後ろ姿を見る度にアレの姿を思い出すのは嫌すぎるので、これからは虫の様と表現させてもらおう。


 俺の世界にいた時はそれら全てを引っ込めて人間に擬態していたので、本来の姿をじっくり見るのはこれが初めてだ。

 しかし、こいつのお兄さん達もこんなふざけた外見をしているのだろうか。性別がオスって事はインキュバスになるのか?


「止まりな!そこの冒険者たち!」


 声がした途端に足を止めた。しかし湿原を見渡したが、木道を歩いていた俺達以外には誰も見当たらない。


「男の方は命が惜しければ金目の物を置いてこの場を去れ!」

「生憎金は使い切った!誰だか知らないけど僕らを襲うメリットはないよ!」

「メリットはない?あるさ…」


 サササササッ!


 草木の揺れる音が段々と近付き、ナイフを持った三人組が飛び出した!


「俺達に殺されて経験値となる!死ねええ!」


 ナイフを振り下ろされる寸前、ナインは三人に向けて3本同時に矢を投擲。それぞれの腕に突き刺さり、手から落としたナイフが足下の沼へ沈んでいった。


「ナイン!助かった~」

「警察を呼ぼう…ってしまった!バッグはハンマーの中だ。今回は見逃してあげるからもうこんなくだらない事しないでよ」


 俺たちは野盗をそのまま放置して、そこから出発しようとした。


「ナメやがって…魔族のクセに人間気取りで歩きやがって」


 しかし差別的な言葉が聞こえた途端、ナインが足を止めて振り返った。


「…」


 ナインは黙って男たちを睨みつけていた。それに気付かないのか、それとも聞かせるつもりでか、男たちは会話を続けた。


「戦争で散々人を傷付けたくせに、今じゃ当たり前って感じで人間社会に溶け込んでやがる。昔の話だからって許されたつもりなのか?」

「魔って付いてるし魔物と同じくらいの知能しかないんだろ。だから自分たちの愚かさに気付けないんだ」


 こいつら…!


「3対1で負けるなんて、よくそれで盗賊なんてやってこれたな」

「やめて光太。早く行こう」

「…そだな」


 ちょっとだけ明るくなっていたナインがまた暗い表情に戻ってしまう。悪い事をしたのはあいつらのはずなのに、どうして彼女が責められなきゃいけなかったんだろう。


「今日はツイてないや。悪運のステータスが上がっちゃったのかな」

「そんな暗くなるなって!今度はきっと良いことが──」


 バキリ。その部分だけ腐敗していたのか、ちょうど歩いていた木道が壊れた。ナインは素早く前方へ逃げたが、反応に遅れた俺は沼に落ちることに…


「…へへへ、参ったな」

「もう、なにやってるのさ」


 沼に落ちたハンマーを手探りで掴む。確かにこれと道着を着てるんだ。今まで折れなかったのが不思議なくらいだ。


「それで今度はなんだって?」

「今度も悪い事が起こった。それはつまり、次こそ良いことがあるってことだ!」

「よくもまぁそんな、ぽじてぶしんきんぐ~が出来るね」

「馬鹿にしやがって…良いぜ。このあと幸運にも見つかるダンジョンで超凄い宝物手に入れてやるから」


 しばらく歩いた後、ナインはこの湿原のどこかにダンジョンがあると言った。彼女の角は、ダンジョンの魔力を先ほどよりも強く感じているらしい。

 しかし周りを見渡してみたが、それらしき物は何一つ見当たらなかった。


「壊れてんじゃねえの?」

「なああああ!?失礼な!僕の角が壊れてるわけないだろ!」


 だってダンジョン見えないし…


「きっとこの真上にあるんだ!」

「真上って…ドラゴンしかいねえよ」


 頭上には口を大きく開き、俺達を食べようと降下して来ている大きなドラゴンだけが見える。


「ところでこれヤバ──」


 反応する時間もくれず、ドラゴンは一口で俺達を飲み込んだ。こんな近くにまで来てたのになんでどっちも気付かないんだよ。馬鹿だろ。


 ドラゴンに飲み込まれた俺達はそのままどこかへ流されていった。そしてなんと、小さな町が広がる空間に出てしまった。夜のように暗いがここはドラゴンの中のはずだ。


「なんだよこれ…」

「僕達を飲み込んだのはダンジョンドラゴンだ。なんでも食べるドラゴンは、体内に侵入した外敵を無力化出来るようにこんな風にダンジョンを創るんだ。うん、間違いない。僕の角がここだって知らせてる」


 町なのにダンジョンとは…そもそもダンジョンの定義を俺は知らないが。

 こんな場所だが住人はいるようだ。全身が黒ずんでいて、どう見ても敵という外見をしている。それに錆びた剣を持って歩いてるしな。


「あれはダンジョンドラゴン内部に現れる魔物のダド・ガーディアン。僕達を見つけたら襲い掛かってくるよ」

「どうやって脱出する?来た道だけど弁で塞がってるぞ。また開くのを待つか?」

「いいや、ダンジョンドラゴンは竜の姿をした魔獣なんて呼ばれるくらい出す被害が大きい。もしもアーヌーンを襲ったとしたら大変な事になる。それに食べられた今こそ、ピンチにしてチャンスなんだ」

「チャンスって…ドラゴンを倒すのか!?どうやって!杖もないのに!」

「このダンジョンを攻略することが、ダンジョンのボスであるドラゴンそのものを倒すことに繋がる。行こう」


 ナインは頼もしい背中を見せて先へ進んでいく。逃げる事だけ考えていた俺も、その姿を見たらなんだかやれる気がして、彼女についていく。

 ダド・ガーディアンの警備を避けながら、まずは町の建物を一軒ずつ調べ始めた。


「大昔の研究者たちは、理論上攻略出来ないダンジョンは存在しないと唱えた。どれだけ難易度が高い場所でも、ダンジョンは必ず攻略出来るように創られているみたいなんだ。ドラゴンの体内に作られたこのダンジョンも、きっと攻略出来るよ」

「まあゲームでもクリア出来ないとストーリーが進まないもんな」


 建物の中には家具がある。しかし中は空で生活感はない。ガーディアン達はこの町を徘徊するぐらいしかやることがないんだな。

 いくつか建物を調べていくと、扉に鍵が掛かっている建物に直面した。この町の建物には窓がなく、扉の他に入る手段はないが、ここも例外ではなかった。


「どこかで鍵を見逃したのかも。探しに戻ろう」

「ちょ待てよ。せっかくこいつがあるんだからさ」


 そう、ナインのバッグは封印されているが、その封印をしているハンマーの形をした杖が俺たちにはある。


「この扉を壊してぇ!」

「ちょっ!待ってよ!」


 ナインは止めるが俺はやめない。振る腕に力をグッと入れて、俺は思い切り扉のど真ん中を殴った!

 木製の扉はバラバラに砕けた。かなり爽快感があって気持ちよかった。


「音大きい!ガーディアンが来たらどうするのさ!」


 しかしやつらは周辺にはいない。少し待ったが、音に反応して来る様子もなかった。


「大丈夫だろ?」

「も~、ハラハラさせないでよね」


 中はこれまで大して変わらない…いや、部屋の中心に宝箱が置いてあった。


「ミミックとかじゃないや。中に何か入ってるはずだよ」

「中身はなんだろう…」


 俺は箱開けた。暗くて中見が良く見えない…


「いや…何も入ってない」

「え?そんなことは…」


 ナインもしゃがんで宝箱を調べる。箱そのものに仕掛けがあるんじゃないかと思ったが、そういうわけでもなかった。


「まさかバグ…?」


 しばらく考え込んでいたナインはそう呟いた。


「バグって、ゲームみたいな?」

「うん…扉の鍵を見つけずに破壊してしまったから、本来ここにあるべき物がなくなった…のかもしれない」


 宝箱にはダンジョン攻略に繋がるアイテムがあると思っていた。しかしそれがなくなったとなると…


「僕達は出られない。ダンジョンをぶち壊す程のパワーがあれば良かったんだけど、封印しちゃってるしね…」

「…嘘だ」

「僕達がいる限りダンジョンのギミックはリセットされない。誰かが助けに来たとしても、死人が増えるだけ」

「ごめんナイン。俺のせいで…」


 せっかちな俺のミスでこんなことに…


「まあ多分大丈夫だよ!強い人が外から破壊してくれるかもしれないし!…まあだとしたら一緒に殺されちゃうかもしれないけど」

「ごめん!本当に!」

「そんなに謝んないでよ~、ほら泣かないで」


 ボタリ、ボタリという液体が零れ落ちる音。涙の落ちる音にしては異常だ。涙を拭って辺りを見渡すと、建物が溶け始めていた。


「消化が始まった…!絶対にここから出ないで!」

「まさか胃の中だったのかここ!?」


 外を見渡すと、天井から垂れてくる液体を喰らったガーディアンが一瞬でドロドロに溶けるのを目撃した。強い酸なんてレベルじゃない。あれは一種の攻撃だ。


「ダンジョンドラゴンは食事の前には必ず胃を空にするって聞いてたけど…まさか!?アーヌーンに近付いてるんじゃないのか!?」

「こうなったら胃に穴を開けてでも脱出すんぞ!寄生虫作戦だ!」


 一か八か、俺達は建物を出てすぐ近くの壁に走った。俺はハンマーの頭を巨大化させ、そのまま砕こうとハンマーを横に振るった。

 しかし壁は硬かった。そう簡単に穴は開けられそうにない。そしてさらに、生き残っていたガーディアンに見つかってしまった。


「僕が全員倒す!」


 ナインは矢筒から矢を指で挟んで抜き取り、ガーディアンの頭部に狙いを定めて投げ飛ばした。

 よそ見するな!俺はこの壁を壊さないと!


「攻撃が効かない!バグの影響わっ!」

「ナイン!?」

「気にしないで!壁を壊して!」


 周囲にボタボタと、天井から胃液の落ちる量が増している。ナインの上にも液が溜まり始めたのを見て、俺は彼女に馬乗りになっていたガーディアンを殴り飛ばした。


「ナイン!」

「光太!?」


 ナインの腕を掴んで俺は走った。この消化が終わるまでどこかで凌ごうとした。しかし建物も既に溶けていて、逃げ場はもうどこにもない。


「ここまでか…」


 もうガーディアンは1体も残っていなかった。あとは俺達だけだ。


 ジュウゥゥゥゥ…


 液体が足元に溜まり始めている。俺達が入ってきた道の弁は閉じたままだ。


「光太、ありがとう。もういいよ」

「なに言ってるんだよ!そうだ尻だ!排泄物になるのは癪だが、そこから出よう!なんで早くに気付かなかったんだ!」

「そこに行くにはダンジョンを攻略してからじゃないと…」


 ナインはもう、走る気はないみたいだった。


「死んじゃうのは残念だけど…光太が一緒なら寂しくないね」

「馬鹿野郎!諦めるなよ!まだ立派なサキュバスになってないだろ!」


 俺は気付いてしまった。今この瞬間。どうしようもない絶望的な状況で、ナインは寂しそうな笑顔を俺に向けていることに。


「ごめんね光太。それとこんな情けない僕を励まそうとしてくれて、ありがとう」


 ふと見上げた頭上から胃液が迫っていた。しかし同時に、シールボックス・ワンドの封印も解けていた。

 それなのに、魔法の杖を出すには間に合わない…


「ナイン!」


 ドォッ!


 何かがヘッドの中から飛び出した。すると周りの胃液が押されるように離れていき、頭上の雫も見上げた時には消えていた。


「これは…俺のつるはし?」


 ナインが作ってくれたつるはしが俺の元へ飛んできた。魔法の杖ではなく、ナインが作ってくれたつるはしが。


「光太…それって…」

「俺達を守ってくれた…力があるのなら、俺達をこのドラゴンの外に出してくれえええええ!」


 俺が呼び掛けると、つるはしは自分を中心にして球状のバリアを作り出し、俺達を包み込んだ。そして一瞬で加速し、頑丈な胃の壁どころか何もかもをぶち抜いて、オレンジ色の空へと飛び出した。

 役目を終えたと言うように、バリアは解除されてつるはしは何事もなかったかのように、俺の手元にやって来た。魔法が使えるような気配はしなかった。


「今のは一体…」

「光太!まだダンジョンドラゴンは生きてる!アーヌーンを食べたら回復しちゃうよ!」


 俺達はアーヌーンの近くへと戻って来ていた。ドラゴンは突然身体に穴が開いた痛みに耐えていて、その場に滞空している。


「俺達であの最低な口を!いや頭をぶっ潰すぞ!」

「うん!僕達で町を守るんだ!」


 ナインは既にバッグを装着し、杖を振って魔法を掛けていた。


 俺と手を繋ぐと、ナインは羽根を動かしてドラゴンの頭上へと飛行した。


 ドラゴンは敵である俺達の存在に気付き、痛みを堪えて動き始めた。


「「デカくなれええええええええ!」」


 魔法で小さくなるヘッドは大きくもなれる。ハンマーに命令すると、先端部分はドラゴンの頭ほどにまで巨大化した。


「ここまで大きくなるなんて!?」

「落とすなよ!」


 そして頭上へ向けて、巨大な一撃を振り下ろした。


「「うおおおおおおおおお!」」


 二人で振り落とした鎚を喰らったドラゴンが頭から地上へと落ちていく。


「「オオオオオオオオ!」」


 そして地上に到達した瞬間、最後の力を振り絞った俺達は、ドラゴンの頭をハンマーで押し潰したのだった。


 降り立った地上には、ドラゴンから町を守ろうとしていた多くの人々が集まっていた。事後処理はこの人達に任せてしまおう。


「疲れたけど…やったー!勝ったぞー!」


 ナインは両腕を上げて勝利を喜んでいた。さっきとは正反対の、心の底から喜んで出来た笑顔だった。


「ナイン!一体どうなってるの!?」


 町を守ろうとする人に混じっていたサヤカ達が駆け寄る。とりあえず財布は返した。中身は確認されていないが、きっと後で怒鳴られるだろう。


「これ、ダンジョンドラゴンだよね?君達さっきお腹突き破って出て来たよね?何があったの!?」

「分かんない…けど光太がいたから、あの強烈な攻撃を叩き込む事が出来た。僕達で掴んだ勝利だ」


 ようやく、ナインがいつものテンションに戻ってくれた。


「自信は取り戻せたか?」

「うん。僕達が力を合わせれば、恐れる物は何一つない!って感じ…」


 ヘッドの封印は無事解けて、ダンジョンドラゴンを倒すことに成功した。そして何よりもナインの笑顔が戻ったこと。

 これはクエストクリアと言っても良いだろう。


 それにしても…俺が今握っているこのつるはし。これがなければドラゴンから脱出は出来ず、今頃栄養になっていた。

 魔法なんて使えないはずのこのつるはしに、一体なにが起こったと言うんだろう。

 奇跡を起こした杖として名付けるなら…


 ミラクル・ワンド…とかどうだろうか。

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