第57話 「どうでもいい!」
ただ単純に俺と話をする。その見返りとして、大家は4つの預言について語った。
「預言の石板はおよそ20年前、イギリスのグリニッジ天文台跡地から発掘された。リアン博士が発見した事から石板はリアンの石板と名付けられ──」
「誰が見つけたとかどうでもいい」
「興味を持つ事は大事だぞ?」
「興味があるのは預言の内容だけだ」
「はぁ…」
大家の駆るバイクは夜の高速道路を駆け抜けた。
石板には最初にまず、イギリス語で挨拶が刻まれていたそうだ。
「第九回目のイギリス国民へ。地球上の歴史は多少違いがあれど、何度も繰り返されている。私達八回目の人類はそれに気付いた。異世界アノレカディアで手に入れたこの不滅の石板に伝えるべき事を刻む」
「おい、狼太郎は俺達の文明は5回目だって言ってたぞ」
「今や以前の人類が何度目とかは重要じゃない。もしかしたら俺達は10回目の人類かも知れないし、これを遺した彼らが8回目という認識が誤りかもしれない。大切なのは地球上の歴史が誤差あれどループしているという点だ。その中でも人類の歴史は繰り返されていく内にペースアップしていき、誕生から絶滅までの期間が短くなっているようだ。このままだと人類が誕生してから滅びるまでの時間はだんだんと短くなっていき、やがて誕生することもなくなるだろう」
「…だがそれと石板の預言にはどういう関係がある!」
「繰り返されている地球史。5つの災厄もそのループに組み込まれている。そして災厄のキッカケとなるのが、この世界の人間と異世界アノレカディアの人間の出逢いだ」
それを聞いてふと浮かび上がったのが、ナインと初めて会った時のことだった。
俺とあいつが出会ったことで災厄が動き出した…だとしたら、あの出会いは預言に載るような単純な物だったのか?
「そんなはずない…お前、ナインがそのキッカケと言いたげだな。だがナインはサキュバスだ。人間じゃなくて魔族だ。知らなかったか?」
「人間と魔族、遺伝子構造以外にどんな違いがある?ここで書かれている人間とは知的生命体のことだ」
「大体、その預言通りだとして俺達に責任を押し付けるのはどうかと思うがな。お前達は預言を知っているだけ。だけど俺達はその災厄の1つ、アン・ドロシエルを倒したんだ。礼ぐらい言ったらどうだ」
「他はどうか知らないけど、俺は責めるつもりはないよ。それに君達が出会わずとも他の誰かが出会ってたさ。本題に入ろうか。残る4つの災厄についてだ」
そうだ、起こった事はどうでもいい。必要なのはこれからの情報だ。それさえ知れば今後の戦いに役に立つ。
「第1の災厄、終焉の魔女は君達が倒した。第2の災厄は姿を得た事象、第3の災厄は支配の聖戦で、第4の災厄がイエス・キリストの落とし物。それで第──」
「おい、それだけか?そんな副題というか、章のタイトルみたいな事しか刻まれてないのか?」
「それしか刻まれてないんだよ…」
預言の石板、大した情報彫られてねぇ!?つうか第2の災厄って青い鯨じゃねえのかよ!あんなやつでもポッと出の魔獣ってとんでもねえな!
「流石にビックリしたかい?」
「今ナインが戦ってる魔獣が預言に入ってなくてな」
「そして第5の災厄を乗り越えた時、地球史は終焉に向かい、また最初からやり直すとも刻まれていた」
「…待てよ。それなら俺達が戦ってる意味あんのかよ!?」
「現代人にとってはないが、次の人類のためならある。かつての人類も災厄から世界を守り抜いた末に滅びたとされる。人々は幸せなまま終末を迎えたのか、それとも絶望に押し潰されて死に絶えたのかは分からない」
ふ、ふざけてる…そんな酷い話があっていいわけがない!
「何とかならないのかよ!」
「このままいけばこれまで通り、地球史はリセットだ。しかしわざと災厄に負けるような真似をすれば、リセットどころか跡形もなく消え去り再び始まることもないだろう」
小学生の頃、近い内に人類が滅びるというゴシップを聞いて頭が真っ白になったことがある。あれがどういう状態だったか今ならよく分かる。
あの時感じていたのは絶望だったんだ。
「今の時代を生きる人間は地球史の終焉に立ち会うことになる。だが次の人類があるみたいだし、それでもいいんだ」
「いいわけあるか!そんなくだらない理由で滅びてたまるか!似たような歴史が繰り返されようが俺は今にしかいない!俺のいない次の人類なんかどうでもいい!」
それでも納得できない!そんなくだらない理由で滅んでたまるか…!
第2の災厄、姿を得た天災がいつ来るのは分からない。しかし、俺とナインの出会いが引き金となってアン・ドロシエルが現れるまで、それほどの期間はない。
おそらく遠くない内に姿を現れる。
「俺は次の人類に繋げるために災厄に立ち向かうつもりだ。そのために色々と準備もしている」
「もういい、その話は飽きた」
俺達の地球史は絶えさせない。ナインと一緒なら、きっと終焉すらも…
「なら君の話を聞かせてくれないか?」
「答えられる限りでなら」
「光太、君は学校に行きたいか?」
「…なんだ急に」
人類滅亡から俺へと話題が切り替わったので当然と言えば当選だが、スケールが小さくなった。
「俺はナインと一緒に戦ってる。学校なんて行ってる暇ないね」
「本当かい?実は人付き合いが苦手で行きたくないんじゃなくて?」
「喧嘩売ってんのか?」
こいつ、カーブに入ったら目隠ししてやるか…
「まだ学生やれる歳なんだから、学校通わないとダメだよ」
「だったら学費出せよ」
「いいよ」
うぜえ。何がしたいんだ…
「将来何がやりたいとかあるの?あ、人類が滅亡しない前提でね」
「どんな前提だよ…決まってる。ナインと一緒に生きる。生きて戦う」
「まるでスーパーヒーローだな」
「そうだ、あいつはヒーローだ。今も犠牲者を増やさないために戦ってる」
それからバイクが高速を降りるまで、大家とのくだらない問答が続いた。
「いいのかいこんな場所で降ろして?」
「魔法の杖を使えばすぐに帰れる…そもそもあんたと出会わなければもっと早くアパートに帰れてたんだよ!」
「そこはまず感謝でしょうよ…」
「チッ…ありがとうッございましたああああああああああ!」
ガソリンスタンドにて、給油している大家に対して感謝を告げた。するとその場にいた数人がこちらに注目し、近所の犬が遠吠えをあげた。
「み、耳元で…体育会系みたいな挨拶なんて…!」
「…タダで住ませてもらってる事には本当に感謝してる。いつかはちゃんと出ていくから、それまで待っててくれ」
ここに来るまでに充分回復した。杖を使って早くアパートに帰ろう。