第55話 「やっぱりそうなのかな」
プラティには危険なモンスターがいっぱいだ。僕が最初に出会った大猿の名前はトリシアンコングと言い、なんとこの島の生態ピラミッドじゃまだまだ下の方だそうだ。
僕達はこんな場所を抜けて次の島まで行かないといけないのか。
「いいか、絶対に大きな音を立てるなよ」
僕達が隠れている大木の反対側には、巨大恐竜アイヴァーンレックスが闊歩していた。相手を即死させる牙に触れた時点で問答無用のゲームオーバーだそうで、戦わないに越したことはない。
視界に入らないよう、障害物となる大木の反対側を維持するように静かに移動。やがて足音は遠くなっていき、アイヴァーンレックスは去っていった。
「ふう…」
「ハラハラするわね…島の最東端まではどれくらい掛かるのかしら」
「バイクが壊されてなきゃ戻っても良かったんだがな…」
「僕のこと置いてったの、忘れてないからね」
「いや今のリアクションは言われるまで忘れただろ」
「みんな静かに…」
地地さんが唇の前で立てていた人差し指で頭上を指す。
僕達の頭上を大きなモモンガが飛んでいた。
「鉄の城…」
「それは◯ジンガーだろ」
「ナインちゃん、あれはモモンガだもん」
「説明してる風に誤魔化してるつもりだろうがタイトル入ってるのバレバレだぞ…全く、馬鹿なこと話してないで進むぞ」
あのモモンガの正式名称はシャーロットモモンガというらしい。戦う時は飛ぶことがないらしいが、滑空の際にモモンガが触れた風は勢いが増して刃となり、周囲の木々を斬り倒してしまうそうだ。
日が青空のてっぺんまで来た。しかし一刻も早く次の島へ行かなければならない。現実での昼食はお預けだ。
「お~い」
後ろから追って来た宇宙さんが合流した。そういえばスッカリ忘れてた。
「ごめんねウドウ、1個しかなかったサプレッサー使っちゃったよ」
「お前の判断は正しかった。おかげで誰一人欠けることなくここにいる。ありがとう」
ウドウはこれからの事を宇宙さんに伝えた。彼女は驚いたりせず、それがやるべきことならばと受け入れていた。
「それにお前達の強味は長い時間をかけて育てたアバターでも強力な武器でもない。昔から一緒に過ごしていたからこそ出来るチームプレーだ。アドバンスセブンスでは宇宙という切り札を隠しておくために俺中心のチームプレーをやらせていたが、もうその必要はない。手の内全部晒すつもりで思いっきりやれ」
「…ですって。天、どうするの?」
「私がオフェンサーで地地はステルスオフェンサー、海はスナイパーで空はステルススナイパー。そしていざという時のジョーカースナイパーは宇宙、頼むからね」
「アイアイマム」
「私が聞きたかったのは立ち回りじゃなくて昔のやり方でやるかどうかなんだけど…まあその気ならそれでいいわよ。全力を尽くすわ」
チームか…いいなぁそういうの。
「そして俺はロアクをやる。ナイン、イサミとぷらはの二人を相手にする覚悟は出来てるんだな。これまでで一番キツい戦いになるぞ」
「大丈夫だよ。あんなやつらに負けるもんか」
絶対に負けない。そのためにここまで強くなったんだ。
「…モンスターがいないな。駆け抜けるぞ」
ウドウが先導し、僕達はその後ろを走った。
約2時間後、僕達はモンスターと遭遇することなく東の海岸に辿り着いた。
「運が良かったね~」
空さんはそう言って、船の材料を集めていた。
正直、上手く出来すぎている。まるで僕達とイサミ達が戦えるように、モンスター達が道から退いているみたいで…
光太はこのゲーム自体が魔獣に寄生された魔獣遊戯なんて言っていた。
悪質なプレイヤーは初心者狩りがしやすくなるようにチートを与えられていたけど、そもそも魔獣は青い鯨としての姿を晒す必要があるのか?
その気になれば、このゲームは一度ログインしたらログアウト不可能って地獄に出来たんじゃ…
そもそもイサミ達に勝ったところであいつを倒すことには何も繋がらない。
「戦うように…こうなるように仕組まれていたのか…?」
「どうかしたの?」
「なんでもない。そうだ僕ね、現実だとイルカみたいに泳げるんだよ。人を乗せて速く遠くまで泳げるんだ!」
「そんな人間いるわけないでしょ。馬鹿言ってないで早く素材を集めなさい」
考えても始まらない。それに僕はぷらはを倒すと決めたんだ…
「本当にそれでいいのか?」
これまで使っていなかったチャットウィンドウが突然開いた。そこには誰かが送ってきたメッセージが書かれていた。
一体誰だ?ウドウ達でなければ現実にいる光太でもない。僕はキーボードウィンドウを出して文字を入力した。
「誰なの?」
「この戦いの黒幕に気付き、お前は戦うことに疑問を覚えた。それでも普通に戦って、勝利して事態を収めるつもりか?」
「もしかして、ピンチの時に呼び掛けてくれる人?」
「既に戦いが避けられないところまで来た。しかしその戦いの中で何をするかはお前の自由だ。そこから最善の道を手繰れ。でなければ勝利して得るものは敗北の時と何ら変わりのない最悪なものになる」
「ただ勝つだけじゃダメなの…?じゃあ一体僕はどうすればいいの?」
文章を送信しようとすると、まるでアプリが落ちるみたいにウィンドウが消滅した。再びチャットを開くも、会話の履歴が残っていなかった。
「休んでる暇はないぞ。次にいつ鯨が出てくるか分からんからな」
「あ、ごめん!」
一体何者なんだ?どうして僕に語り掛けてくるんだ?
僕は船を作る材料を集めながら謎の人物、名付けてXの言葉を思い出し、その意味を考えていた。
このまま戦って勝つことに意味はあるのか?イサミ達を倒しても青い鯨は消えない。もしも倒す瞬間に青い鯨が出てきたら、僕達が彼らを殺すことになる。
きっとウドウは、あんなやつらでも殺したくないと思ってる。
集めた木材で船を造り、僕達は海へ出た。
「…次の島ってどんな場所なの?」
「イラネイは現代都市。天達が戦うにはピッタリの舞台だ」
「現代都市…」
本来は人を守るべき市街地の中で僕は意味のない戦いをするのか。
「俺達は覚悟を決めたつもりだ。まさかあれだけ強気に喧嘩を売っといて弱気になってるんじゃないだろうな」
「弱気じゃないよ。イサミ達との戦いに意味があるのか考えてたんだ。僕達を敵と認識して襲ってくる彼らは厄介だ。だけどそれに勝っても青い鯨の消滅には繋がらない。もしも青い鯨が出た時に倒しちゃったら、彼らを殺すことになるんだ。そう考えると、本当にこれでいいのかなって…」
「あんなやつらだが殺したくという気持ちは俺も一緒だ。だが倒せないと、あいつらはずっと俺達を襲ってくるぞ」
「分かってる」
「お前少し上品過ぎだぜ。まるで敵を増やしたくないような、そんな風に見える」
「そ、そうかな?」
「俺達はプロゲーマーだが人間だ。負けたらイライラする。負け続けて我慢の限界が来た時は…躊躇わずに暴言を吐く」
「えぇ…意外」
「配信してるわけじゃないからな。酷い時は隣のやつと取っ組み合いになるぞ」
「そういえば海につねられた跡、まだ残ってるんだけど」
思い出したかのように地地さんが言うと、海さんは黙ってそっぽを向いた。やっぱり手が出る人だったんだ。
「仲悪くならないの?」
「不仲にならないように本音を出す習慣を付けてるんだ。一応言っとくが身内での話だからな?誰から構わず本音ぶつけるわけじゃないからな?」
そう考えると、誰かさんは相手を選ばずに本音をぶつけてはトラブルを起こしてるような…
「俺達とか、今まで殺されたやつの事を無理に考える必要はねえよ。ぷらはに対しての情が残ってるならそれを持って相手してやれ」
「うっ…やっぱりそうなのかな」
怒りに任せて思考放棄。それからしばらく経って再び頭が回り始めて、僕は疑問を覚えていた。
ぷらはが殺しをした事実に変わりはない。だけどあいつはこんな事をこの先も続けられるのだろうか。
初めて会った時の彼は優しかった。それに長い髪の女から僕達を助けてくれた。そして僕がイサミを殺そうとした時、初めて怒りを見せた。
そんな人が平気で人を殺せるのか?それとも誰かのためなら躊躇わず手を汚すのか?
彼に聞いてみよう。戦うのはそれからでいいはずだ。