第53話 海上のボートチェイス
自分達を狙うプレイヤー集団から逃げ続け、ナイン達はラグドッジの東にある港に来た。
「客船の姿がないよ!来るまで防戦するの!?」
「プラティに出る船はない!港に停まっている乗り物を盗むんだ!」
走っている中、ウドウと天、地地と海、空と宇宙のペアが出来上がる。それぞれのペアは港に停まっていた水上バイクに2人で乗り、港から離れていった。
「うぉぉぉ!?先生待ってください!僕とペアを組んでくれる友達がいません!つーかさっきBANされましたァ!」
「この先生きのこるには仲間との連携が必要だ!それを忘れるな!」
「だからその仲間がいねーんだよ!つーか残るって漢字あるのになんで使わない!?何ぎなた読みさせようとしてんだかよ!?これラノベだぞ!」
ナインは慌てて港を見回した。敵もすぐ後ろへ迫っている中、彼女はすぐ近くに停まっていたスワンボートに飛び乗った。
「逃がすな!追え!」
「心配いらないよ!こんな船じゃ逃げられるなんて思ってないからな!」
ナインはやけくそになってペダルを漕ぐ。ステータスポイントを筋力に回していたのが幸を成し、スワンボートは凄いスピードで出港した。
ナインはアイテムで体力を回復させながらペダルを漕ぎ続ける。
敵は諦めただろうか。ふと気になって後ろを振り向くと、そこには恐ろしい光景が広がっていた。
「ヒャーッ!?」
ナインは思わず叫んだ。そして前を向いてペダルを漕ぐことに専念した。
ウドウ達のようにバイクに乗ったプレイヤーはもちろん、それ以外にも魔法で起こした波にサーフボードで乗る者や、何にも頼らず海上を自力で走って来る者もいたのだ。
「手加減しろよオイ!こっちは飛ぶ翼すらもらえなかった醜いアヒルだぞ!」
追手はナインを直接捕まえていたぶってから殺すつもりだった。しかし叫んでいる彼女が自分達を挑発していると勘違いし、もう殺してしまおうと各々が攻撃の準備に入ってしまった。
ナインは立て掛けていた如意銀箍棒を取ると、横から腕を出して荒れた海面と平行になるように合わせた。
「伸びろ!」
銀色のボディがまるで飛び出るかのように後方へ伸びていく。
「ぎゃっ!」
「戻ったらもう一回だ!」
手応えを感じたらすぐに棒を縮ませ、少し手首を捻って再び伸びるように命令した。
「変な武器使いやがって!」
「散らばれ!あの武器は真っ直ぐにしか伸びないぞ!」
ならず者とも言える集団にしては連携が良く出来ている。ナインは如意棒を引っ込めると、スワンボートのハンドルを握って足の動きを加速させた。
「喰らえ!」
攻撃が飛んでくると、ナインはハンドルを力一杯回した。スワンボートは旋回して魔法を避けたが、攻撃は一度では終わらなかった。
回避のために何度もハンドルを切らされ、自然と蛇行していくスワンボート。これのせいで、敵との距離が徐々に近付いていた。
そこへ追手の中から一隻のジェットボートが急加速して接近してきた。ここまで連携していた敵だったが、賞金目当てのプレイヤーがとうとう本性を現したのだ。
「あいつ!手柄を独り占めする気だ!」
「沈めろ!」
「エネルギーボール!エネルギーバリア!」
ナインはエネルギーボールで強化したバリアで、攻撃からジェットボートを守った。
「ニッヒッヒ!壊されたら困るんだな~!」
スワンボートからジェットボートへ飛び移り、乗員二名を蹴り落とす。アクセルはそのままで、片足でハンドルを回して如意棒を構えた。
「伸びろ!」
長く伸びた如意棒を頭上に掲げると、ヘリコプターのプロペラのように高速回転させて威嚇した。そのまま飛んでいってしまいそうなナインを乗せて、ボートは大きく旋回した。
敵集団はボートに向かって集中攻撃。ナインは船体に如意棒を付けると敵の攻撃を引き付けた。
「飛び出せぇ!」
命令を受けた如意棒は身体を伸ばし、主を空中へ持ち上げた。そして着弾寸前に縮んでは、振り回すのにちょうどいいサイズに戻った。
「飛び上がるなんて馬鹿なやつだ!自分から的になるようなもんだ!」
「エネルギービーム!」
ナインは腕を背後へ回して光線を照射。後方へビームを撃った際の反動で、足元のクルーザーへ勢い良く着地した。
「うわぁ!?」
「割れ!」
命令口調で叫んだが如意棒は伸ばさず、ナインは自分の腕を動かしてフロントガラスを叩き割った。
「さっさとログアウトしろ!攻撃が来るぞ!」
「くっくそー!」
中にいた二人がログアウトする。だがそれ以前に飛んできた攻撃が命中して、ナインが乗っていたクルーザーは大破して沈み始めた。
「包囲しろ!ストームバリアだ!」
「な、なんだ!?」
魔法の風がナインを包囲する。これでは如意棒やエネルギービームでも別の船に渡ることはできない。
どうしようかと悩んだナインは良いアイデアが閃き、沈む船から海へ飛び込んだ。
「あいつ、海に飛び込んだぞ!」
「とにかく撃て!数撃ちゃ当たる!」
海に逃げるしかなくなったのだと敵は海面へ全火力を注ぎ込む。
一方、ナインは攻撃が届かない深さまで沈んでいた。それから手に持っていた如意棒を垂直にして、下へ向かうように命令した。
「ぼびぼ!」
如意棒は下へ伸びていく。そして暗くて見えない海の底で何かにぶつかった。
海面では逃がした少女を狙うよりも、上がって来たところを撃てばいいと気付いたプレイヤー達が戦いを繰り広げていた。
「そ~ら!死ね!人生からもログアウトしろ!」
「何ゲームなんかにマジになっちゃってんの!?」
「そのゲームでマジギレしてるやつはだ~れだ」
今のところ死亡したプレイヤーは一人も出ていない。彼らは青い鯨が出ていてもログアウトできるチートを持っているのだ。
プレイヤーの中にはモンスターの接近に気付けるスキルを持っている者もいた。それは珍しい物ではないが、これから見るのはそうお目にかかることのできない珍しいモンスターだ。
「…海中からモンスターが上がって来てる!」
「魔力識別…該当なし!?まだ会ったことのないモンスターなのか!?」
円が広がるような波が起こる。そしてその中心から、超巨大な魚のモンスターが飛び上がった。
海底皇帝アポロティアシグネイト。鋭い角には太陽の力を持ったバクテリアが寄生している。角を持ったモンスターが繰り出すホーンタックルは、アポロティアシグネイトが繰り出すとコロナタックルとなり、命中した敵を焼き尽くすのだ。
「よっしゃあああ!」
ナインはそんな恐ろしいモンスターの尾鰭に捕まっていた。
青い鯨が出ている中、こんな大物と命を懸けて戦いたい人間などいるだろうか。青冷めた敵は次々とログアウトしていき、その場に残ったプレイヤーはナインだけとなった。
「いよっと!」
ナインはスワンボートの天井へ飛び移った。シグネイトは最初に攻撃を喰らわせたナインを焼いて喰ってしまおうと、ホーンタックルを繰り出そうとしていた。
「悪いけどお前の相手はしてられないんだ!バイバイ!」
そう告げたナインは全力のエネルギーボールの直後、すぐさまエネルギービームを発動。ビームを推進力にして、スワンボートをプラティの方角へと進ませた。
戦う相手がいなくなってしまったシグネイトは、次の出番を待つために渋々深海へ戻っていった。




