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サキュバスのナイン・パロルート  作者: 仲居雅人
アドバンスセブンス
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第50話 疾風

 圧倒的に不利だったナインには今、文字通り追い風が吹いていた。


「どうやら今の様子を見るに、風魔法による攻撃はお前にエネルギーを与えるだけのようだな」

「場所を変えるぞ。ここじゃ被害が出る」


 ナインがそう告げた途端、彼女達の周りにだけ物凄い上昇気流が発生した。



「ほう…空中に立つという表現では矛盾しているがそうとしか言えない。地上から押し上げる風の床とはな」

「足元じゃなくて僕を見ろ。これからお前を打ちのめす相手をその目に焼き付けろ!デュー・エル!」

「…何も知らない人間がその名前で呼ぶなと言ったはずだ」


 すると突然、殴られるような激痛がデューの腹部を襲った。


「かっ!…」

「見えなかったか?僕が拳を突き出して風圧を発生させたのが」

「…違うな。いや違っていて欲しいが…お前は風を操れる。それもかなりの広範囲にだ。俺の腹部の風を瞬間的に強くできるぐらいな」

「分かったところで対処は出来ないけどな」

「どうかな…私の腹部を狙ったんだ。そういう狙いをつけて発動する能力は消耗が激しいと思うぞ」


 デューの勘が鋭いのか、ここまで正確に推測できる経験を抱えているのか。

 ナインは直前の一撃で仕留めるつもりだったが、コントロールに意識を込めたせいで威力が足りていなかったのだ。そしてデューが指摘した通り、今の攻撃で大きく魔力を消耗していた。


「風は操れるようだが…これはどうかな!」


 デューは杖を向ける。そして模様の入った円錐の物体を召喚した。狙いはナインではなく、隣にいた光太だ。


「軌道が変わらない!?」

「風に強く造られた楔だよ」


 ナインは光太の前へ移り、楔を受け止めた。

 ホッとしたのも束の間、二人の魔法使いが背後を取り、光太の背中に魔法を見舞おうとしていた。


「たぁ!」


 ナインが叫ぶと、二人は風に殴打された。


「でりゃあああ!」


 さらに勢いを増して叫ぶと、連続攻撃(ラッシュ)を喰らうように何度も殴られた。

 今のナインは風が吹く限り、敵の位置が角で魔力を感知する時よりも正確に掴める。なのでこうして振り返らずに離れた敵とも戦うことができるのだ。


「マリー!ウェノ!」


 邪魔な二人を倒すと、今度は正面に立つデューに狙いを定めた。


「今度はお前だ!」


 投げ返した円錐はデューに届く前に消滅した。

 それを追うように前進していたナインが、敵に拳が届く距離に飛び込んだ。


 バリアが間に合わない。拳が顔面に到達する直前、デューが思考したことである。


「疾風!風鳥撃突々気(ふうちょうげきつつき)!」


 殴られて後方へ飛んでいくはずだった身体が、風によって敵の元に押し戻される。

 ナインはデューの身体を左手で押さえると、無防備なボディに右拳を連続で打ち込んだ。


「はあああ!」


 10秒間で1000発。動きを封じられたデューはひたすら殴られた。




「う、腕が…!」


 1000発も打てば当然反動が来る。ナインはデューを突き放すと、痛めた右腕を押さえた。

 ナインが行ったのは、腕周りの風を操り、高速で前後させるというピストン駆動に過ぎない。アドバンスセブンスで鈍っていた身体には負担が大きかったようだ。


「この敗北は無駄にならない…」

「あれだけ浴びせてまだ意識があるのか!」


 デューが気を保っていたことに気付くと、光太は殺傷力のある杖を抜いて接近する。そんな彼をナインは止めた。


「そうか…そうだな、情報を引き出さないと…」

「ふっ…情報など誰がくれてやるものか」


 光太は殺傷力のある杖からネホリハホリ・ワンドへ切り替える。そして一番知りたかったことを尋ねた。


「ガジェットクラブ本社はどこにある!」

「…そんな物、とっくになくなっている」

「どういう──」


 ガジェットクラブはない。ではどうしてかと問おうとしたその時、デューは舌を力強く噛んだ。


「また会おう」


 デューの身体が光を放ち、危険を感じたナインは光太を連れて敵の元を離れた。光が止んだのを見て振り返ると、そこにデューの姿はなかった。


「逃げたのか!?」

「舌に紋章みたいなのが描かれてた。多分噛んで発動する魔法が仕掛けてあったんだと思う」


 意識を集中させるが、他の魔法使い達の存在も感じられない。どうやら敵は完全に撤退したようだ。




 地に足を付けた瞬間、ナインは超人モードを解いて片膝を地面に付けた。一度の戦いで色々あったのだから無理もない。

 疲れていた光太もだらしなく座った。


「はぁ~…」

「なんなんだあいつらは…!」


 勝利の喜びなど僅かもなかった。二人は立ち上がり、柿本の実家へ移動した。






 戦いの疲労で限界を迎えそうだったが、二人はアドバンスセブンスの手掛かりを求めて資料を漁った。


「腕、大丈夫か?あんまり無理すんな」

「折れたとかじゃないから大丈夫。やっぱり、青い鯨の正体は魔獣で間違いなさそうだね」

「ゲームの中で俺に操ることができるかどうか…」

「…光太、もしもゲームの中で魔獣を操れて、自害を命令できたとしても待ってくれない?」

「…なんでだ」

「決着をつけたい相手がいるんだ」


 青い鯨を消してしまえば、もうるーてぃーんえーじゃーずはアドバンスセブンスに来ないかもしれない。そうすればぷらはと会う機会もなくなってしまう。

 いつの間にかナインの中で、ぷらはが警戒すべき人物ではなく倒すべき敵になっていた。


 光太は悩んだが、どう言ったところでナインの意思が変わることはないだろうと思った。


「…分かった。現実で魔獣が出るかもしれないし、こっちは任せとけ」

「ありがとう」

「だけど絶対勝てよ。青い鯨が出てる時にやられたら、死ぬんだからな」


 死。それはナインや光太ではどうにも出来ない事象だ。柿本の母親は殺されたが、それを証明することはできない。娘を失ったばかりの上に妻が失踪となり、残された夫は一体どうなってしまうのだろうか。


「…ナイン?」

「ごめんなさい…巻き込んでしまって…」


 ようやく事の大きさに気付き、ナインはパニックになりかけた。それを見た光太はノートを落としてナインを抱きしめた。


「お前が戦ってくれたから俺は生きてる。お前のおかげで救われた命は少なくないはずだ。だけど救えなかった命もある。柿本の母親もその一人になった…それだけだ。自分を責めるな。悪いのはあの魔法使い達なんだ。守るために戦い続けるお前を誰も責めたりしない」


 ひねくれた性格で不器用なので、口にする言葉はどこか冷めたい物だった。それでも励ましたいという温かい気持ちは伝わり、ナインは涙を引っ込めた。


「ごめん…ここで泣いてる場合じゃないよね」


 今やれることは何か。それを考えるべきだ。


「…娘さんの人生を狂わせたあいつは僕達が絶対に倒します。だからどうか、安らかに眠ってください…」


 墓を立てることはできず、二人は家の門の前で黙祷を捧げた。

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