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サキュバスのナイン・パロルート  作者: 仲居雅人
アドバンスセブンス
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第46話 「鯨のように大きな青い怪物…」

 柿本の母親と出会った俺達は、彼女の遺品を見せてもらうために自宅へ案内してもらった。

 瓦屋根で二階のない、貧乏くさい一軒家だ。


「こちらです」

 案内された部屋は、柿本加菜が実家を出るまで暮らしていた部屋だ。そこには彼女の私物が入ったダンボールがたくさん置いてあった。


「加菜…うぅ…」


 ナインは俺にバックを渡すと、母親を連れてリビングの方へ歩いていった。




 まずは柿本本人がどういう形でアドバンスセブンスに関わったのかを調べる必要がある。


「物を見つけるのに役立つ杖…」


 念じようとしていた言葉が口に出ていた。そうしてバッグから引き抜いたのがフィルター・ワンドだ。


「…資料」


 引き出して欲しい物を口にして杖を振ると、ダンボールを突き破ってファイルやノートが目の前に現れた。

 山のような物量の中から必要な物を集められる。それがフィルター・ワンドの能力だ。ちなみにリセットボタンを押すことで物は元あった位置へ戻り、荒れ散らかしてしまった部屋も元通りになるから心配ない。


 それにしてもノートばかりだ。働いてる人はファイルばかり持ってるイメージだったんだが…

 まさかアドバンスセブンスの真相に近付くファイルだけは遺品として届く前に処分されたのか?


「だとしたら参ったな…こんな古くさいノートなんて手掛かりにもなんねえだろ」


 汚れたB4ノートを開くと漫画が始まった。数ページほど捲ってみたが、どうやらファンタジー物のようだ。


「主人公が死んで異世界に…ベタだなぁ」


 7つの島を渡って大冒険か。それでラスボスが空に突如現れた巨大な化け物…まるで打ち切りが決まって急遽用意されたようなボスだな。


「俺の書いてる小説の方が面白いな」




 8冊分の漫画をパラパラと捲って読み終えた。いやキッツ…


「それでこれは…うおっ!?」


 次に手に取ったバインダーノートには、クラクラしてくるような文章と高校退学までに習わなかった数式が書かれていた。いや、卒業まで真面目に通ってもここに載っていることは習わないだろう。

 ノートには所々に柿本本人の意思が書き記されていた。どうやら漫画だけでは飽き足らず、本物の異世界へ行こうとしたらしい。そのために海外へ飛んで大学に通い、科学者となったが結局異世界は発見できず廃業。

 今度は仮想(バーチャル)現実(リアリティ)に注目したようだ。


「なるほど…ここからアドバンスセブンスに繋がるわけか」


 予想通りだ。異世界がなければ創ればいいと、柿本はゲーム会社ガジェットクラブに入社。テレビゲームとして製作中だった物にひたすら口出しして、ヘッドギアを使用したVRMMOへと路線変更させたようだ。


「…ん?」


 社員になってからは難しいことが一切書かれなくなり、ノートは柿本の日記帳となっていた。

 初めてのテストプレイでは批判こそなかったものの、それまでに発売された同ジャンルのタイトルほどの面白さはないという評価だった。

 高くて新しくて、どれだけ人が集まるか分からないゲームをやるくらいなら古いゲームの方がいいというのが世間の反応だ。


「最初は大陸だったのが7つの島。対戦重視でシステムを複雑化した代わりにストーリーの簡素化…」


 ゲームはどんどん変わっていった。しかし、青い鯨に関するようなことはまだ挙がらなかった。


「ゲーム販売まで半年を切った。テストプレイでの評価は上々。継続的なアップデートによるゲームシステムの向上を宣言したことで、購入希望者からの期待は増していく…」


 おいおい!お前このゲーム発売の一週間前に死ぬんだぞ!?頼むから死ぬ前にヒントの1つでも書き残しとけよ!?


「仕事への不満なし。順風満帆な人生…」


 5…4…3…2…発売日までの日常が綴られていた。




「発売まで残り1ヶ月…来た!」


 ようやく柿本の日常に異変が現れた。なんでも、自分以外誰もいない部屋の中から声が聞こえるようになったそうだ。

 アドバンスセブンスは異世界ではなくただのゲームである。ゲームと夢をただ重ねているに過ぎない。柿本は謎の声にひたすら否定され続けた。

 ガジェットクラブもおかしくなっていった。端的に言えばホワイトからブラックに変わっていったのだ。柿本は残業しては職場で朝を迎えるという悲惨な日々を送り続けた。そしてある時から、幻覚が視えるようになった。


「鯨のように大きな青い怪物…」


 アドバンスセブンスのテストプレイ中、空に巨大な怪物が現れるようになった。見えているのは自分だけらしく、さらに幻聴は強くなっていった。


「ねえ」

「うおっ」


 後ろからナインが声を掛けてきた。集中していたのか、こいつの声なのに驚いてしまった。


「どう?何か分かったことはある?」

「あぁ…お前、アドバンスセブンスを買った店でのこと覚えてるか?ゲームの売ってるフロアに上がった時、変な力を感じるって言ってヘッドギアに辿り着いたんだよな…」


 そうだ、その時点で考察するべきだった。

 アドバンスセブンスというゲームの世界とは全く無関係。気紛れのように現れてはその異常な能力でプレイヤーを死へ導く最悪の存在。

 俺達はそんなやつらと何度も戦ってきたじゃないか!


「青い鯨の正体は魔獣だ!帰ったら俺も一度アドバンスセブンスに入る。そこで能力が使えれば、あいつを自害させることができる!」

「無理だよ。ゲームの中では現実では実現不可能なことができるけど、それでもゲームのルールに従ってるに過ぎない。ゲームの外から能力を持ち込むことはできないんだ」

「物は試しだ!腕だって治ったからログアウトしてゲロ吐いて寝たきりなんてこともない!」

「魔法っていうのは怪我も治せちゃうんだ」

「…なに言ってんだお前」


 失った腕を取り戻したのは俺自身の能力だ。それに人を治せる杖がないということは、ナインが一番よく分かっている。


「誰だてめえは!」

「君が泥を混ぜて作った死体に騙された魔法使い達の仲間だ」


 魔法使いだと!?こいつ、俺がスカイアークでスパイした時に襲ってきたやつらの仲間か!


「…杖が抜けない!?」

「この部屋にバリアを張った。この中では私も君も魔法を使えないし、一歩も外へ出ることも、外の人間が干渉することもできないよ」


 ナインを演じていた魔法使いの声が低くなっていく。やがて姿が崩れていき、目の前に立っていた偽物は男という正体を現した。


「魔法使いってのはなんなんだ。水城とあいつの母親だけじゃかったのか!」

「水城…あんな私利私欲のために魔法を使うやつは魔法使いじゃない。時間が惜しい。さっさと君を始末して、あのナインという女も始末しなければ」

「…頼む!」

「君を殺すのが私の仕事だ。それに力がないからとすぐに諦めて命乞いをするような弱者は社会に必要ない」


 勘違いするな!頼んだのはお前じゃない!


「ミラクル・ワンド!」


 俺が叫ぶと、無力化されていたバッグの中からミラクル・ワンドが飛び出した。


「なんだと!?」


 ミラクル・ワンドはバリアを突き破って部屋を出たかと思ったら、ターンして俺の手元にやって来た。

 良かった、応えてくれて…


「お喋りが過ぎるぜ。殺すつもりならさっさと背中から刺しゃあ良かったのにな」


「ふん。お前一人で何ができる…ぶげっ!?」


 バリアが破れた時点で注意すべきなのは俺じゃない。


「ちゃんと警戒してればそいつの蹴りも避けれたかもしれないのによぉ!」



 壁を突き破って現れてはすぐに攻撃に移ったナイン。彼女の足は男の顔面に命中し、そのまま家の外へ蹴り飛ばした。


「大丈夫?!」

「心が繋がってるんだから、俺が言わんとしてることも分かるだろ」

「…あいつが魔法使い!いや、あいつらか!」


 家の周りにあと2つ、自分達に敵意を向ける魔力を感じていた。


「チッ…油断したか」

「おい!逃げるな!」


 男は空へ浮かんだ。しかし逃げようとはせず、仲間と共に杖を向けた。

 どうやらやる気らしいな…ならこっちも!やるぞナイン!


「光太、超人モードだ!」

「頼むぞ!」


 敵を追うように家を飛び出した。そしてナインの身体は赤く変わり、炎の力を操る超人モード烈火へと変身を遂げたのだった。

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