第43話 命からがら
アイテムショップの内側から壁が吹き飛ぶ。そこから飛び出したナインは、傷だらけになったウドウを背負った状態で路地を走った。
「僕のバリアで耐えられない火力なら先に言ってよ!」
ウドウが壁を破壊するために設置した爆弾は非常に強力で、ナインのエネルギーバリアでは防げるわけがなかった。
それでもウドウを抱えて逃げられる余力があるのは、彼がHPを消費した上で仲間が受けるダメージを肩代わりする、死守という技を発動したからだ。
「だけどこれであいつらは…」
「死なないだろうな…所詮は爆弾だ」
空を見上げるとまだ青い鯨は浮いていた。
呑気に浮いている姿がよほど頭に来たのか、ナインは攻撃力を上昇させる怒り状態となっていた。
「人が死ぬかもしれないのに…あいつら!」
「冷静になれ。今のお前じゃどうやっても敵わない」
遅れてアイテムショップから、先ほどのプレイヤー達が出てきた。彼らはスキルを使ってナイン達を追跡。だがそんな彼らは自分達の背後から近付いてくる存在には気付いていなかった。
「敵が来たぞ」
「エネルギーバリア!…もうバリアが出せない!?」
遂にナインもEP切れに。ウドウは所持しているアイテムの内、邪魔ができそうな物を次々と放り投げた。
「やれるだけのことはやってやる。とにかく走れ」
「分かった!」
ウドウは反動の拳銃を構えて応戦する。だが自分達を狙って飛んでくる魔法に弾丸は飲み込まれた。
ナインはウドウを左肩で担ぎ上げると、空いた右手で如意銀箍棒を構えた。
「伸びろ!」
地面と平行になるように構えた如意棒は真後ろへ一直線に伸びていき、何かに命中した手応えを感じた。すると如意銀箍棒は温かみを増していき、やがて握っていられないぐらい熱くなってナインは手放してしまった。
「あっっっち!?」
如意棒が命中したのはプレイヤーではなく、熱を放つ科学技術の搭載された盾だったのだ。
「んなのありかよ!?分からん殺しもいいとこだろ!…おい!逃げろ!」
自分達を追うプレイヤーのさらに後ろを長い髪の女が走っていた。それに気付いたナインは必死に警告するが、狩人気分のプレイヤーが獲物の言葉なんぞに耳を貸すはずがなかった。
女にどういう意思があるのか分からない。自分に敵対したナイン達を始末するために邪魔だったのか、それとも目に付くプレイヤーは片っ端から殺すつもりだったのか。女は最後尾の魔法使いを背後から手刀で貫いた。
「あ…っあ…!」
「なんだこいつ!?」
「この野郎!」
女は魔法使いを振り回して襲い掛かってきた敵を街の建物に叩きつける。そしてとうとうナイン達に迫った。
「く…来るな!」
青い鯨はまだ消えないのかと空を見上げた。しかし青い鯨は泳ぎ足りないのか、まだ空を漂っていた。
「やれ!」
突然ウドウが叫んだ。その瞬間どこから弾丸が飛んでくるも、女はそれを指で摘まみ止めてしまったのだ。
「止められた!?」
女は走りながらアンダースローの体勢に入った。手に入れた弾丸で、ナイン達にトドメを刺すつもりだ。
「俺を捨てて逃げろ!」
そんなこと、言われたってできるわけがなかった。
足音がすぐ後ろまで迫る。もう駄目かと思ったナインの頭上を誰かが通り過ぎた。
「ぷらは!?」
「死神の足音!」
武器を構えたぷらはが、メビウスを倒したあの一撃を女に放った。
女は上半身と下半身を切り離されて勢いよく転がった。しかし青い鯨がいる限り、また再生して追ってくるだろう。
「なんのつもりだ!」
「死にたくなかったらとにかく走って!」
警戒心は緩めなかったが、彼のおかげで命拾いしたのも事実だ。ナインは複雑な気持ちを抱えたまま走り続けた。そうして無意識の内に撮影用のドローンを探していた。
「イサミさんが来ちゃうから配信してないよ。ログインしてるのはボクだけのはず」
「そういってこの先で待ち伏せさせてるんじゃ…」
「そんなことしない!」
「平気で人を殺すやつの言うことなんて信じられるかよ!」
「ナイン!逃げる事に集中しろ!」
ウドウの言う通りだ。女は斬られた上半身と下半身をドッキングさせてまた走り出していた。
「一気に逃げるには…そうだワープ!ワープするアイテムはないの!?」
「ここまで追ってくる相手をワープで振り切れるかどうか…まあ、やってみるか」
ウドウは目的地登録済ジェットパックを取り出した。これを使うと、現在いる島のどこかへ飛んでいくことができるのだ。ウドウはそれをナインの背中に装着した。
「な、なんか背中が憑かれたみたいに重くなったんだけど…」
ナインは手元に現れた有線コントローラーのスイッチを押した。するとジェットパックから炎が噴き出してナイン達は空へ。ぷらはもマントを翼に変えて空へ舞い上がった。
「操縦桿はどれ!?勝手に動いてんだけど!どこに行くのこれ!?」
「ランダムだ。なるべく遠くに飛んでくのを祈るんだな…さて、どうだ」
他にも隣の島や最後に挑戦したダンジョンの入り口など、島の外にまで飛べるアイテムがあった。あえてこれを選んだウドウは、確かめたいことがあったのだ。
女はしばらく空を見上げていたが、ナイン達から離れるように走り出した。するとジェットパックは使用者の意思を尊重するどころか踏みにじるように、まるで女を追うような軌道を描き始めた。
「おいおいおいおい!?この馬鹿どこに向かってんだ!?」
「完全にランダムでどこに飛ぶか想像もつかない。それなのにあの野郎、俺達が墜ちる場所を先読みしやがったぞ。こりゃシステムを覗いてるとしか言えんな…あの狙撃に気付くのも当然か」
「やらせない!」
先に落下地点へ向かったぷらはが女に仕掛ける。右手に握った鎌を振りかぶって、斬ると思わせて左手から氷を放つというフェイント攻撃だ。
しかし女は氷の塊を避けると、刃を掴んでぷらはを引き寄せた。握り締めた拳で頭を叩き割ろうとするが、空から降って来たナインがそれを阻止した。
「らあああああ!」
ウドウからもらったアーミーナイフを勢いよく突き出す。特徴的な刃が胸を貫こうとしたその時、女の姿が消えた。
「な、なんだ…!?」
青い鯨が消えていく。鯨が現われる時、バグの付近に現れた女はその法則に従って共に消えたようだ。
「なんとか生き延びたな…礼は言わんぞ」
「いいよ…それよりナインさんと話をしたいんだ」
青い鯨が消えた今、死ぬ危険性はない。それでもぷらはが敵であることに変わりなく、ナインはナイフを向けた。
「…ボクは君と無関係の人を殺した。その過去を黙ってただけなのに、どうしてここまで警戒されなくちゃいけないの?それに君も身を守るために殺したでしょ」
「ただ黙ってただけじゃない!僕は君とこのゲームで出会った時によくしてもらって、命だって救われた!凄くいい人だと思った!また一緒に遊べたらいいって思ってた!この気持ちを裏切ったんだ!」
「ボクのことを勘違いした君の気持なんか知ったこっちゃないよ!こっちは生活が掛かってるんだ!食べていくために再生数を稼がなきゃいけないんだ!気に入らないからって人の商売に文句言うなよ!」
「何が商売だ!人を傷付けて金を稼ぐなんて強盗と変わりないだろうが!」
「…るーてぃーんえーじゃーずに歯向かった君達をファンは憎んでる。そんな君達を殺す配信をすれば未だかつてない程の同接になるってイサミさんは見込んだ。次に君達と遭遇したら青い鯨が出るまで追い回して、出現と同時に本気で殺すつもりなんだ。だからもう二度とログインしないでくれ」
ぷらはからの警告にナインは何も言わなかった。青い鯨を消すまで、このゲームをやめるつもりはない。そう態度で示すと、ぷらははウィンドウを出してログアウトの文字に手を伸ばした。
「君はあの女について何か知ってるの?」
「さあ…青い鯨が出る時に現れるし、その時に死んだプレイヤーの亡霊なんじゃないの?」
人を殺す彼は他人事のように言い残してぷらはがログアウト。ゲームからいなくなる相手を追うこともできず、ナインは怒りを抱えたままその場で棒立ちしていた。