第41話 「ナイン・ワンド…」
全く散々な半日だった。スパイに行った光太は正体不明の魔法使いに襲われて帰って来るし、そこから焼肉を食べるとかいう流れになったかと思ったら、魔獣が現われて戦わなきゃいけなくなった。
現実での戦いも久しぶりで物凄い疲れて今はベッドの上だ。それでもここで転がっているとアドバンスセブンスのことを思い出してしまって気持ちが休まらない。
「左腕も戻って病気も大丈夫だろうし、俺もアドバンスセブンスやるよ」
「そしたらユッキーが一人で魔獣と戦うことになるじゃん」
「私はそれでいいけど。足手纏いに来られても困るし」
「いの一番にダウンしたのは誰だったかな?」
「君がいなくてもナインちゃん一人で倒せた魔獣だと思うけど…?」
本当に仲悪いな…光太が元々敵を作りやすい性格であることに加えて、修行して強くなったユッキーは気も強くなったみたいでまさに相性最悪だ。アノレカディアからみんなを呼んだ方が良かったかな…
このタイミングで来られても光太のレベル上げという面倒な作業をする必要が出てくる。なので光太にはこれまで通り、現実で魔獣に備えてもらうことにした。
「ユッキーと喧嘩しちゃダメだよ」
「そりゃ無理な相談だ」
「ごめんね」
二人の関係修復を諦めて、僕はスリープ・ワンドを自分に使って無理矢理眠った。
「ようナイン、随分遅かったな」
快眠した後にログインしてウドウと合流すると、そんな風に言われた。
「だって戻って来る時間とか聞かされてなかったもん」
「にしても程度があるだろ…まあいい。俺達がログアウトしてから青い鯨は一度も出てないそうだ。全く、気まぐれなやつだ」
僕達がログアウトしてから10時間以上は経ってるはずだ。その間に一度も出なかったっていうのか?
「空さんは?」
「商店街の方に行ったぞ。なんか買いたい技があるって」
「技って…買えるの!?」
「レベルアップしてステータスを振り分けるだけじゃ習得できない技もあるんだ。知らなかったか?まあ店で売ってるやつに大した物はないだろうし、気にする必要もないぞ」
「な~んだ」
「お前その様子じゃ…技に2つのスタイルがあるのも知らないだろ」
「2つのスタイルっていうのは…物理と魔法的な?」
「それは属性とかもっと細かいレベルの話だ。技には発動から終了まで勝手に動く完走型と、発動してから一定の行動を終えるまでプレイヤーが動ける併走型がある。お前が使ってるエネルギーボールは併走型だ」
そうなると僕が嫌った双武撃は完走型になるのか。それでエネルギーボールは発生させた後に攻撃して爆発するまでの併走型。海さん、これについては教えてもらいたかったなぁ…
「技によってはモーション中に別の技に移れる──」
「キャンセルでしょ。それくらいは知ってるよ!」
「なら説明はいらなそうだな」
もしかしたら青い鯨を消すまでにこのゲームのシステムを全て知ることはないかもしれない。
しばらくすると空さんが戻ってきた。
「空さん!」
「こんばんはナインちゃん!いい物あげる!」
空さんは僕のそばに寄ると、店で買った技の巻物というアイテムをくれた。これは名前から分かる通り、使用すると技を習得できるアイテムみたいだ。
「エネルギーボール対応の技だよ!」
「そういえばエネルギーボールって同じくエネルギーって単語の付いた技の威力を上げる効果もあったな」
「そうだったの!?てかそういう事はもっと早く教えてよ!?」
「エネルギー系の技って全部初心者向けなんだよ。そんな細かい事一々覚えてられるか」
「そんな細かい事を覚えていてナインちゃんを強くしてあげました!空空です!」
手からエネルギーを撃ち出すエネルギーショットと、光線へ変えて照射するエネルギービーム。エネルギーを纏った手刀攻撃のエネルギーチョップ、エネルギーの壁を生成して攻撃を防ぐエネルギーバリア、仲間にEPを送るエネルギーパス。この5つの技を習得した。
「バリア以外は完走型だな」
「ありがとう空さん!」
「ステータスポイントをちゃんと振れば覚えられる技だけど、ナインちゃんは筋力に振った方がいいと思ったんだ。いいよねウドウ?」
「強くなるなら好きにやってくれ」
ここまでの会話だけだと普通にゲームの話をしてるみたいだ。だけど僕が強くなるのはPKに負けない為。ぷらはに勝つためだということを忘れちゃならない。
「…出たな」
ウドウが空を見ながら呟いた。青い鯨が空に現れると、街を歩いていたプレイヤーが建物の中へ身を隠し、離れた場所では戦いが始まった。
永久機関のアニメーションは固まっている。そしてその傍には、ウドウが言っていた長い髪の女が立っていた。狙撃手である空さんの姿はいつの間にかいなくなっていた。
「尺八みたいな白ワンピかと思ったら白衣じゃん」
「それ以外はイメージ通りだろ?」
横と後ろだけでなく前髪まで長くてどんな顔をしているの分からない。どう見ても敵としか思えない不気味な姿をしている。
「いくぞ!」
「倒してから拝んでやる!」
僕達は同時に駆け出して攻撃を開始した。
先に僕が如意銀箍棒で連続突きを繰り出す。女がこちらの回避に集中したところに、横を取ったウドウが銃弾を撃ち込んだ。
「当たった!」
弾丸によって腕に穴が開く。しかし再生能力を備えているのか、傷はすぐに回復してしまった。
「ナイン!交代だ!」
ウドウは武器をアーミーナイフに切り替えて連続攻撃に移る。しかし僕よりレベルの高い彼の攻撃も、女は全て見切って躱していた。
「エネルギーボール!」
交代というのはつまり、僕が女を仕留めろということだ。扱うことのできるギリギリのボールを生成し、あとはこれを撃ち込むだけ。
当然と言えば当然だが策を見抜かれた。回避しかしていなかった女は反撃をするようになった。
「こいつッ!?」
「ウドウォ!」
それもウドウの勢いを押し返す程の戦闘センスだ。今撃ったところで避けられてしまう!
「ナイン!俺が押さえたら迷わず撃て!」
「青い鯨が出てるのにそんなことできるか!」
女はウドウが振ったナイフを握り締めてそのまま握り潰した。ウドウは僕の方へ下がりながら発煙弾を複数ばら撒いて、辺り一帯の視界を遮った。
「まあお前ならそう言うか…だったらあいつが回避できない状況を俺達で作り出す。それで当てられなかったらお前の責任だからな」
「だったら早く頼む!」
両手が痛い。エネルギーボールを維持するためにHPが少しずつだけど削れてる。このままだと撃つ前に体力がゼロだ!
「来い!」
ウドウが誰かを呼んだ。てっきり空さんかと思ったけど違う。彼は魔法陣を発生させて、そこから剣を引き抜いた。
「光の聖剣ブライダルガンだ」
「今までミリタリーチックだったのに急にファンタジーな武器使うじゃん」
剣を振るうと光の刃が煙の中を飛んでいった。きっと女に命中したはずだけど、回復されるに違いない。
ウドウも走り出して煙の中へ消えていく。敵がどこにいるのか分かってるのか…?
「…だよな!」
ウドウは一体なにを思って走っていったのだろうか。彼が戦うつもりだった女が、僕の傍に現れて手刀を繰り出して来た。
「お前が青い鯨を出現させているのか!?」
そう尋ねたが返って来たのは勢いの増した攻撃だった。それからだった。今までゲーム内では感じたことのなかった、迸る程の邪気をこの女から感じた。
「お前はまさか…!」
この驚異的な力!そして青い鯨を発生させることを一つの能力だと当て嵌めると…
「魔獣なのか!?」
煙を吹き飛ばす程の高速弾が女の片足を吹き飛ばした。今のは空さんの狙撃だ。そしてウドウは離れた場所で技の準備をしていた。
「居合!疾風弩轟!」
目にも止まらぬ速さで接近したウドウは剣を振る。そして残っていた片足を切り落として、女の背を地に落とした。
「エネルギーボール…ナイン・ワンド…」
ウドウが離れたと同時に僕も跳び上がる。そして真下の敵に向かって、右手に押さえていたエネルギーを放った。
「エネルギービイィィィィィィィィイム!」