第27話 「熱い…!」
「光太、私達はこれから一週間、君に厳しい修行を付ける事を決定した。拒否権はない」
ある日突然、下の階に住んでいるサヤカ達が押し掛けて驚いていたら、そんな事を言われた。
当然俺は拒否した。学校の課題もやらなきゃいけないし、そんな事やってる暇はない。
「え…やだよ」
「今日から一週間、私たちの考えた修行プログラムを受けて、君には戦いの基礎を身に付けてもらう」
「え…なにそれ」
この作品ってナインが魔法の杖を出してドタバタ騒ぎを繰り広げるコメディじゃないの?魔獣達とガチで戦ったりもしてるけど、楽しい日常が本筋じゃないの?
それなのになんで修行パートが始まろうとしてるんだよ!
「既に支度は終わってる。後は君がこの道着に着替えればすぐに出発出来る」
「迷彩柄の道着って…って重ぉ!?」
こんなに重い道着が着れるかよ!肩外れるどころか身体潰れるわ!
「プログラムが完了してそれを脱いだ時、君の肉体は高速のレベルまで到達するはず」
「カカロットじゃねえのにこんな修行グッズ着れるかぁ!」
「僕がせっかく作ったのに…」
瞳をキラキラとさせたナインが俺を見る。嫌だ、絶対に着ないぞ。大体これ持って歩いて来た時に床がミシミシ鳴ってたじゃねえか!こんな物ボロアパートに持ち込むな!
「あの獣人と戦う時、次も私達が勝たなければならない。そのためにも君は強くなる必要がある」
「そうだよ光太。あいつに殺された人のこと覚えてるでしょ?」
獣人に殺された人物。魔獣に寄生された白田の事だ。忘れるわけがない。
あの時、獣人は無関係な人間を殺したんだ。
そして前も、学校に来て人を襲おうとしてた…
「しゃーねえな。それ言われたら断るわけにも行かねえよ」
「やった!じゃあ早速それに着替えてね!」
「いや、それは着ないからな」
「えいっ!」
魔法によって、俺は強制的に着替えさせられた。その瞬間、重量に耐えられずに床が崩壊。サヤカ達の部屋へ落ちていった。
大家さんこれ見たら絶対にブチギレるぞ…まだ会ったことないけど。
「ったく…それで修行って何やるんだよ。走り込み?サーキット?」
「そんな生ぬるい物じゃないよ」
それからナインの杖でアノレカディアへと移動した。こちらにやって来たのは久しぶりだ。
「それじゃあ走り込みスタート!」
「いきなり!?」
「「「「おー!」」」」
準備運動もせずに、ツカサを先頭にランニングが始まった。それもかなりのスピードだ。
俺たちは滝のある森を抜けて、広い草原へ出た。
「すげえ…」
遠くに龍が飛んでいる!空に島が浮いている!キラキラと輝く山がある!
そうだ、アノレカディアって俺達の住んでる場所と全く違う異世界だったんだよな!すっげー!
「声出してこー!サヤカ!」
「ハイッ!ジン!」
「うっす!ツバキ!」
「はいっ!ナイン!」
「おおおおお!光太ぁ!」
「えっ…はあああい!ツカサ!」
「おおおおお!」
なんでノリが体育会系なんだよ!?
それよりもだ。魔法や魔族だけじゃない。この世界には俺の世界にない色んな物があるんだ…!
それから何時間も走り続け、俺たちは海岸に辿り着いた。
それにしても俺の着ているこの道着。恐ろしいのは重量よりも機能だ。俺以外の誰かが止まる指示を受けるまで俺の身体を強制的に動かしてくる。
「休憩だああああ!」
「「うああああああ!」」
ツカサとナインは海へと飛び込んでいく。その後ろで俺は倒れた。キラキラと透き通る綺麗な海。その向こうには大きな山が特徴的な島が見える。
「へへへ…すっげー」
俺は疲れを忘れて景色を眺めた。ここには修行じゃなくて観光で来たかったと強く思う。
海で涼んだナインは蛇口の装飾がされた魔法の杖から出る水を飲んでいた。
「つらいでしょ?」
「あぁ…学生だった時ずっとこんな事やってたのか?」
「ううん、ここまでやるのは流石に初めて。それでも付いていけるぐらい、僕達は強いんだ。強くなくちゃいけない」
ナインは杖を俺に向ける。口を開けると、美味しい水が流れ込んで来た。
「ここはラミルダ大陸の東ってことは…ツカサめ。前にやりたいって言ってたあれをやるつもりだな」
そう言えばここの大陸、そんな名前だったな。
「大陸って…ここはどこの国なんだ?」
「まず、アノレカディアと君たちの世界で国の在り方は違ってるんだ。基本的にアノレカディアでは陸地1つに国が1つ。国の名称は陸地と同じで、ここはラミルダ大陸だからラミルダ国になる…色んな例外も沢山あるけど」
「大陸1つが国ってそれだと国の数が滅茶苦茶少なくならないか?」
「ならないよ。大陸は沢山あるし今もまたどこかで新しい大陸が見つかってる。アノレカディアは今も広がり続けている果てのない世界なんだ」
昼には太陽、夜には月と星が見えるけど宇宙という物は存在しない。世界の構造すらもまるで違うそうだ。
「そろそろ休憩も終わりかな。また後で色々と聞かせてあげる…生きてたらね」
「生きてたらって…これから何やるの?ビーチフラッグ?」
「あの島まで泳ぐ!それまでがウォーミングアップだ!」
ツカサの言ったことが理解出来ない。この距離を泳ぐ?あんなに走った後で?
「いや死ぬだろ」
「休憩終わり!早く着いたやつから役割を選べるぞ!よーいスタート!」
全員が一斉に海へ走っていく。俺の心が拒んでも、道着が無理矢理身体を動かした。
「分かったから!頼むから俺のペースで泳がせてくれ!」
しかし道着は聞き入れてくれず、バタフライで泳ぐ事になった。
ヤバい…もう腕が疲れてきた。
「光太頑張ってよ!」
「背泳ぎ!?」
ナインが背泳ぎで魚みたいにすいすいと泳いでいる。魔法の杖は使っていない。自前の能力ってことか…
10分ほど経った。もう泳ぎたくない。しかし島まではまだ遠く、出発した砂浜からはもう随分と遠くまで来ていた。
「溺れる…つらいよ!助けてくれナイン!…ナイン!」
もう先に行ってしまって、俺の声など届いていなかった。限界を迎えても、道着は容赦なく俺の身体を動かして前へ進めていく。
苦しい…呼吸が上手く出来ない…なんでこんな、クソ重い道着で着衣水泳しなきゃいけないんだ…
「はっ!?」
ここはどこだ。俺はさっきまで海で泳いでいたはずだ。
「我ながら凄い道着を作ったよ。まさか着てる人が意識をなくしても動き続けるなんて…唇紫色だよ?」
どうやらここは俺が目指していた島のようだ。なんだか良い匂いがするな…
「これ脱いでいいか?」
「ねえツカサ、一旦道着脱がしてもいい?」
「あぁ、ここからは戦いだからな。殴られまくって身体そのものの防御力を上げさせる」
やっぱり脱ぎたくない。必死に抵抗した俺は道着を脱がされてパンツ一丁である。それからすぐ、新しい服が支給されることなく本格的な修行が始まった。
「光太。お前にはこれから今夜の夕食、カレーライスを作ってもらう!」
「カレーライス?…そう言えばさっきからカレーの匂いがするな」
「当然だ。なんせここはカレーライスアイランドなんだからな!」
カレーライスアイランド。ふざけた名前の島に来てしまったようだ。
「この島は香辛料を噴き出すスパイスボルケーノを中心に、野菜の豊富なベジフォレスト、肉の旨い魔物が暮らすミートランド、調理器具、食器の素材が採れるコックバレー、そして俺達のいる米の砂浜ライスビーチで形成されている」
手に付着した物体を確かめてみると、確かに砂ではなくお米だった。
「これからペアを組んで食材を集めて来てもらう。まずは…」
「一番楽そうな野菜からで良いんじゃないかな」
まずはサヤカと野菜を集めに、ベジフォレストへと出発した。それにしても足に米が刺さって痛い…サヤカが履いている靴が羨ましい。
「ベジフォレストはこの島の中でも一番安定してる場所なんだって。面白いのが、ここの野菜はあらゆる環境に適応しているみたいで、本来この気候じゃ育たない物も生息してるんだよ。あぁ今の全部、雑誌に書いてあったことね。私も来るのは初めてだから」
「野菜が豊富なのは良いけど、歩く足場が無いのはちょっとな…」
足元には色々な野菜が生えている。どれも美味しそうだが、食べてはいけないと言われた。
「この木がちょうどいいかな…ハッ!」
手刀。つまり横振りのチョップで、小さな木が綺麗に倒れる。それから素手で中身を削り出し、野菜が入れられる箱が完成した。
「…ツカサとかツバキみたいに武器出さないの?」
「鞘担当だから鞘でも振り回した方がいい?私は四人の中でも一番魔法に長けてるんだよ。最初に戦った魔獣を覚えてる?」
人の形をした影。初めての魔獣とあって、あれは本当に恐ろしかった。剣に変身したサヤカ達に操られて、なんとか撃破に成功したが。
「私は魔法であいつの弱点を調べて、刃を担当してたジンに光属性を付与したの」
「すっげーな…今の作業も魔法を使ってたのか?」
「いや、普通に殴り倒して削っただけど」
いや普通に怪力かい!サヤカって真面目かと思ったけど、なんか面白いところあるんだな…
「虫だ」
「キャァ!」
「う、そ」
ジーッとこちらを睨んでいる。それからフンッと振り返って先へ進み始めた。
「はぁ…君とじゃなくてジンと来たかったな」
「あいつのこと好きなの?」
「好きだよ。だから付き合ってる」
おぉ、からかってみたつもりが…こういうタイプの人って恋愛に興味ないパターンだと思ってた。クール女子と…ジンってどういうタイプだ?ちょっとチャラって感じだけど…
「いつもジンからなんだ。最初は軽いキスからなんだけど、いじわるして口を開けないでいると唇でノックしてくるんだ。それから口を開けると舌が──」
「うわあああああ!もうええわ!他人の接吻事情なんて聴きたくねえよ!…ジンってそういうやつだったのか。これからどう接すれば良いのか分かんねえぞ…」
「嘘だけど」
う、嘘…あまりにも生々しくて信じてしまった…
「それも嘘かもね。人を騙す時は本当の事を混ぜると信じてもらいやすいって聞いてたけど、実証できて良かった」
その説を俺で確かめるなよ…
せっかく野菜を入れられる箱があるのに、サヤカはもっと良い物があるんだと言って、野菜を収穫させてくれなかった。
「見つけた。あのタマネギだ」
そのタマネギの周りだけ野菜がなく、土が露出していた。俺はそれに近付き、触れた時に違和感に気付いた。
「タマネギが動いてる…」
「それは野菜で構成された魔物ベジタブルマンのキンタマネギだよ」
キン…タマネギ?
「ギャアアアアア!?」
土を割って出てきたのは、人の形をした野菜の集合体だった。俺はこの魔物のキンタマに触ってしまった!最悪だ!
「きったねー!」
「邪悪な魔力によって野菜が集合してるだけで別に汚くはないよ。弱点を突けば元の野菜に戻る」
「そういう問題じゃねえよ!2つのタマネギの上!ゴーヤ生えてんぞ!」
「そりゃあマンって付くぐらいだし…」
油断していると、拳となるカボチャによるデンプシーロールが始まった。恐ろしく硬い野菜に、俺はなんの抵抗も出来ずに殴られる。
弱点はどこだ?頭部のパセリか?胸のトマトか?
「ここだっ!」
俺は直感に従い、カボチャのパンチを受けながらも股間のタマネギを2つとも掴み、同時に引っこ抜いた。
するとベジタブルマンはバラバラになっていき、辺りには野菜が散らばった。やはり弱点はここだったか…
「ベジタブルマンの野菜はどれも栄養があって美味しいんだ。それに魔力で外敵から身を守ってるから品質もいい」
「なんでキン…タマネギだけ出してたんだ?弱点なのに」
「さあ?なんでだろう?」
それから俺達はベジタブルマンの肉体だった野菜を木の中へ広い集めて、皆が待つ海岸へと戻った。
「今度は俺の番か」
次はジンとの米集めだ。ライスビーチは場所によって米の種類が違うらしく、島の外周を一周する事になった。
「どのお米にしようかなー」
ジンは品定めしているような言葉を呟いた。しかし彼は足元ではなく、海の方を見ているのだ。
「…ここのやつは?」
「あーダメ。水多めにしても硬いやつだ。俺が苦手」
そりゃあ炊かないとお米なんて全部硬いでしょうがよ!
「ここのお米にしよう」
見ただけではさっきの物との違いが分からない。俺はいじわるするつもりで、聞こえるように呟いてみた。
「さっきのと違いが分からないや」
「いいや全然違うよ。そもそもこの島の砂浜のお米は本当の米じゃない。コメガメの卵なんだ」
そう言うとジンは海に足を入れて、小さな亀を一匹捕まえて来た。
「これがコメガメ。こんな小さくても長生きしてる立派な個体だよ」
「砂浜が全部卵って…俺達が歩いてるのになんで潰れないんだ?」
「コメガメは特殊でね、この卵そのものが長い時間を掛けて幼体へと変化していくんだ。肉体になる前提の卵は硬いんだけど、炊くとモチモチのご飯みたいになるんだ。卵ではあるけど料理に出る時は主食扱いって、面白いよね」
だとしたらここはライスビーチではなくエッグビーチでは?
質問に答えてもらった後、5合分の卵を集めてから戻り始めた。
「ごめん。俺は真面目にやってるつもりだったんだけど、イライラさせちゃったみたいだね」
「こっちこそ。知識が無いのにでしゃばって悪かった」
ジンは真面目にやっていた。海を見ていたのは産卵を終えて海へ帰るコメガメを探していたからだ。
「産卵したての卵は美味しいって、家庭科の教科書に載ってたんだ。だからなるべく皆にも美味しいやつを食べて欲しくてさ。俺とサヤカは良い物を用意出来たと思うから、後も頼むよ」
「あぁ。ところで二人って付き合ってるのか?」
「俺とサヤカ?………光太にはどう見えてる?」
野菜、米と食材が続いたので、このまま肉を手に入れに行くのかと思っていた。しかし皆がいた場所に戻って来ると、一緒にコックバレーに行くナインだけが残っていた。
「三人ともベジフォレストに焚き火で使う枝とかを取りに行っちゃった。だから今度は僕の番だね!」
「ふわぁ~…それじゃ俺見張りしとくから。おやすみ」
見張りが寝るな。大体見張る必要のある物なんて無いだろ。
そう思いつつ、俺はナインと一緒にコックバレーへ向かった。
向かった先は底の見えない深い谷だった。こんな危険な場所での相方がナインなのは良かった。こいつの魔法があれば安全に作業が行える。
「リフト・ワンド!」
魔法の杖が発生させた足場に乗り、俺達は谷底へ降りた。
「製造は僕の魔法でなんとかしてあげる。光太はこれで、材料になる岩を沢山砕いてね」
ナインが俺に渡してきた作業道具。それは俺が初めてアノレカディアに来た時に作ってもらったつるはしだった。
「よっしゃあ!任せとけ!」
それから俺は全力で身体を動かして、硬い岩を砕き始めた。いざという時にはナインの魔法でなんとかしてもらえるから、安心して動ける。
「初めてお前とこの世界に来た時も、こうやって岩を砕いたな」
「そうだったね~」
「あの時はお前と馬鹿やって暮らしてくのかと思ったらさ、魔獣が出て獣人が出て、今度は修行だって。人生なにが起こるか分かったもんじゃないな」
「本当色々あったよね。お金持ちになったり温泉行ったり、喧嘩もしたよね」
最近は戦ってばっかだった。けれどこれからも一緒にいれば、そんな風にお前との思い出がまた増えるのかな。
「僕はもっと光太との思い出が作りたい。そのためにも、魔獣やあの獣人には負けたくないんだ。君の住んでる世界を守るために」
「…強くなった俺とお前なら敵なしだ。勝ってやるよ」
思い出話をしながら作業をしていると、あっという間に材料が回収出来た。後は地上に戻って、この大量の石を道具に変えてもらうだけだ。
「それじゃあ先に帰ってるね」
「は?」
「底から這い上がるのも修行だから!バイバーイ!」
「思い出話しといてこの仕打ちかよ!おい!………行っちまったよ」
なんだかナインらしいやり方だな。逆に安心する。
俺は自力で地上へ登り、皆の待つ場所へと戻った。そこではツカサを除く全員が何かを造っていた。
「なんだこれ?」
「明日の移動用に使うボートだ。本当は泳いで移動したかったんだけどツバキが嫌がってな…」
「違うわよ!あんたのやり方じゃ光太の身体が持たないから、こうしてボート造ってるんでしょ!明日は私の修行を受けてもらうから覚悟しときなさいよ」
良かった…明日は泳がずに済みそうだ。
「今度は俺の番だな。多分これまでで一番キツいから覚悟しとけよ」
「もうとことんまでやってやるよ」
動き続けて腹が減って来た。きっとカレーライスが美味しく食べられるぞ…
気合いの入った俺はツカサと共にミートランドへと向かった。
ミートランド。そこは魔物だらけの平地だった。見渡す限り狂暴そうな魔物ばかりで、気合い入れて来たのにもう帰りたい気分…
「気を付けろよ。負けたらお前がやつらの夕食にされるぞ」
「おっそろしい…それでどうするんだ?」
ツカサは彼の武器であるロッドを1本生成。それを俺に押し付けて来た。
「…ほら、受け取れ」
「お、おう…」
「魔物を狩って来い。俺が品定めしてやる」
魔物を狩って来い…俺一人で!?
「無理無理無理無理!狩りなんてやったことねえよ!」
「やったことねえ事を無理って決めつけてんじゃねえ!行って来い!」
ツカサに殴り飛ばされた俺は、魔獣達のど真ん中へと吹っ飛ばされた。
「いった~!………へへへ、どうも」
魔物達は俺を見つめている。
こいつら、目を丸くして餌がやって来たと喜んでいる!
「ぎゃあああああああ!」
勝てるわけがない。俺は叫び声をあげて一目散に逃げ出した。そして周りの魔物達は、俺を追って走り始めた。
「戦え光太!お前の内に眠る野生を呼び起こせ!」
「なんだそのアドバイス!?」
こんなふざけた棒1本でどうやって戦えば良いんだ。
「アチョー!うわぁっ!?」
何を血迷ったのか俺は攻撃に出てしまった。当然、魔物に敵うわけもなく、俺は突き飛ばされて岩にぶつかった。
「今のお前は弱肉だ!強者に食われたくなければ動け!」
言われずとも分かっている。俺は近付いて来た頭を避けて、再び走り出した。もう悲鳴を出す余裕もない。
「はぁ…はぁ…」
魔物は沢山いる。今から武器や罠を作る余裕はない。
「はぁ…はぁ…」
それに凄く疲れてきた。この島に来てから休まず動いてたから、限界が近いんだ。
このまま食べられてしまうのかな…野生とはなんて恐ろしいんだ。
俺の内に眠る野生…そんなのが本当にあるのかな?
野生…野生ってなんだ?文明の外で生きること?それともそこら辺に生えてること?
「ガルルッ!」
魔物の鳴き声を聞くとあの獣人の姿が脳裏に浮かび上がる。確かにあいつは野生という言葉が似合っていた。
しぶとく生き残って、今は傷でも癒しているのだろうか。
「ガルルッ!」
俺は手元に転がっていたロッドを持ち上げ、それを武器に魔物へ立ち向かった。
脚を噛まれても止まらない。腕が折れても殴り続ける。疲れているが、ただひたすら動き続けた。
そして一匹を殺した時点で、俺は空気を裂くような雄叫びをあげた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオ!」
弱肉であった人間が強食へ。そんな俺に恐れたのか、残った魔物たちは逃げ出した。
俺は理解した。野生とはひたすらに強く、そして生きていることだ!
「魔物はグルブルフ一匹だけか。しかしこのサイズなら全員の腹も膨れるだろう。合格だ」
疲れた…
戦利品であるグルブルフとやらを引っ張り、ライスビーチへと戻る。すると何やら女子たちが揉めていた。
「嫌よ!スパイスボルケーノなんて身体に匂い付いちゃうじゃない!私は明日のためにボートを作るの!」
「島に着いた順で何を手伝うか選んだじゃないか!光太だけ行かせたら絶対危ないもん!」
「ツバキ、ここに着いてから皆で決めたよね?だったらちゃんとやらないと…」
「嫌だ!私あそこだけは嫌だって最初から言ってたもん!いくらリーダーの命令でも聞けないから!」
大体話は分かった。流石に嫌な事に付き合わせるわけにはいかないからな…
「明日には出発したいんでしょ?だったらツバキ達はボートの完成を急いでよ。あの火山には俺一人で行く」
「良いの光太?危ないよ?」
「ちょっと、光太を心配しながら私を睨まないでよ…仕方ないでしょ行きたくないんだから…」
俺はつるはしを持ち、最後の材料である香辛料を求めて、スパイスボルケーノを登り始めた。
島のどこからでもスパイスの匂いはしていたが実際に近付いてみると…なんて強い匂いだ!嗅覚の良いやつだったら既に倒れてるんじゃないか!?
「目がヒリヒリする…!」
鼻が苦しくなり、口呼吸をしようとするも慌てて口を押さえる。
こんな場所で開けてみろ。口の中が大変な事になるぞ!
山自体は大した高さではなく、あっという間に火口付近へ。どれだけの熱を放っているのか分からないが、既に汗だくだ。
火口から噴き上げる白いモヤは蒸気ではなく、そういう見た目をした香辛料である。
「熱い…!」
火口を降りて、底に溜まっている香辛料を拾い集める。こんな暑い環境なのに、香辛料の元となるハーブが自生していた。
しかし、手を伸ばした時だった…
「身体が…動かない」
手が止まった。膝が伸びず、立っていられなくなった。
「はぁ…はぁ…はぁ」
既に一度、限界は突破したつもりだ…休みもせず山登りしたらそりゃ、疲れて動けなくなるよなぁ。
「ここまでか…」
「カレエエエエエエイ!」
突如、大きな鳥が飛んできた。その鳥は光の粒子を落としながら飛んでいた。すると粒子を浴びたハーブの実などが一瞬にして香辛料へと加工されたのである。
「エエエエエイ!エエエエエイ!」
「これは…」
鳥の撒いた光の粒子によって加工されたばかりの香辛料が指に付いていたので、俺は思わず口を開けて、舌で舐めてみた。
「…!?おおお…」
か…かひゃい!しかし、ただ口の中を傷付けて胃を破壊するような、そういうセルフネグレクト的な辛さとは違う。
旨いぜ…来訪者を選ぶ口と疲労した胃の両者が拒むことない程よい辛さだ!そしてなんて栄養なんだ!動けなかったはずなのに、俺は今、スクワットが出来ているじゃないか!
「おおおおおおおおおおおおお!」
名付けるならばフェニックススパイス。ガッツリ食べて腹を満たすカレーには間違いなくマッチする、甦りの香辛料!
こいつなら絶対に旨いカレーを作れる。俺は、フェニックスパイスを瓶へ詰めて、大急ぎで下山した。
「皆ァ!帰って来たぞォ!」
そこには製造途中のボートだけでなく、カレー作りに必要な設備が整っていた。
「ボート造りストップ!料理を始めるよ!」
早速、カレー造りが始まった。ジンはコメガメの卵を炊く。ツカサとサヤカが具材を切り、それをツバキが炒めた。
俺はナインと一緒にルーを作ることになった。
「香辛料だけじゃルーにはならないってさっき調べて分かったから、光太が帰って来る前に色々揃えておいたよ」
まずはフライパンで、食材から摂れる栄養を引き出すバター、イチバンバッターを溶かす。そこに、ナインが用意したベジタブルマンのキンタマネギのすりおろしと、フェニックスパイスを混ぜ合わせた物を投入。この際、一ヶ所に集まらないようにゆっくりと全体に降ろすようにする。
「キンタマネギはベジタブルマンのコアでもあるから、ボディを構成していた野菜の中では一番栄養が満点なんだよ」
そこへ筋肉の質を良くする金色のニンニク、筋ニンニクと闇属性や呪いへの耐性が付き、魔物を倒した際にレアアイテムがドロップしやすくなる生姜、ガッショウガのすりおろしを混ぜて、良い色になるまで炒めた。
「うん、それっぽくなったね。それじゃあこの冷凍庫に入れて」
今作った物をナインお手製の小型冷蔵庫の中へと入れる。ナインは魔法の杖を取り出すと、それを冷蔵庫に向けて振った。
「物体の時間を加速させるタイムアクセル・ワンドだよ。これでもうカレールーは出来上がりだ。後はツバキに任せよう」
カレールーはあっという間に固まった。それを砕いて、ツバキが具材を煮込んでいた鍋へと落とした。
「あっっづ!汁跳ねた!」
「あぁごめんごめん」
後は完成するのを待つだけだ…あぁ、良い匂い。しかしこれが俺達のカレーの匂いなのか、それとも火山からの匂いなのか分からないや。
それにしても腹が減った!早く食べたいな~!
「完成したわよ!」
「こっちも炊けたよ~」
炊けたコメガメの卵とフェニックススパイスを使ったカレー、名付けてフェニックスカレーライスの出来上がりだ。
「いただきます!」
俺はスプーンに卵とカレーを乗せて、口の中へと運んだ。
ピリッともしていない、表現が難しいほど丁度良い辛さだ。疲れた身体に負荷を掛けないように、俺の脳へと辛味の良さを伝えてくれる。
それを飲み込むと、まるで身体の内側からマッサージを受けるように、全身の疲れが消えていった。
「おいしー!お米もモチモチしてていいね!」
「だろ?どうだサヤカ?」
「肉と野菜が美味しいわ。ツバキ、良く炒められてるじゃない」
「まあ当然ね。それでも材料と食器、何から何まで良い物だから、さらに美味しく感じるわ」
俺は火の中にいる不死鳥だ。今、カレーライスという火にこの身を燃やされ、再び動けるようになろうと…
「あー食った!もう動けねえや!」
そりゃあ沢山食ったら動けなくなるに決まってるんだよな。
使い終わった食器の類は砕かれて、ツバキの造るボートの一部へ変わっていった。
「とりあえず俺の修行はこれで終了だ。明日はツバキだから頑張れよ」
「まあ、ツカサのプログラムを乗り越えたんだから後は楽に感じるんじゃないかしら」
そうなのか…だと良いけど。
コメガメの卵の上で眠るのには抵抗があったので、俺達はベジフォレストへ移動して眠る事にした。
「それじゃあお休み。明日も頑張ろう」
こうして修行の一日目が終了した。明日は一体、どんなことをやるのだろうか。