第36話 システム、覚醒
「流れ弾が飛んでくるな。バリアドームを張るぞ」
ナインの戦いを観戦していたウドウ達。そんなウドウが足元に置いた小型の装置から、彼らを守るバリアが発生した。
「うおおおおお!」
そんなことを意も介さず戦い続けるナインのレベルは現在97となっていた。ナインは敵を蹴散らしながら前方の車両に飛び移り、身を伏せていた客室乗務員のそばにあったワゴンから弁当を一つ奪った。
「ど、泥棒…!」
「ごめん!お金は後ろに乗ってるウドウって人から貰って!」
そうして火事場泥棒して手に入れた弁当を食べてHPとEPを回復すると、再び海賊の集まる車両で戦いを始めた。
襲撃開始から10分が経過。離れていて小さくはあるが、新幹線の向かう先にラグドッチらしき島が見えて来た。
「キラキラしてる…おっと!」
よそ見をしていたナインは膝を曲げて攻撃を避けて、立ち上がると同時に繰り出したアッパーで海賊を殴り飛ばした。
「ナイン!こっちへ来い!体力を温存するんだ!」
「ん?なんで!?」
「乗客となるプレイヤーが俺達だけなのに対して襲撃してくる人数が異常だ!」
ウドウ達はこの新幹線に乗車した経験があり、今回の海賊襲撃やそれ以外のイベントがあることも知っている。海賊の戦力が乗車しているプレイヤーの数によって変動するという事は理解していた。
「1つの車両が満員にでもなってない限りこんなに来ることはありえないぞ!」
「ねえウドウ!あの潜水艦ってボスじゃないの!?」
地地が叫んで指をさす。海に浮かぶ潜水艦の中に一隻だけやたらと巨大な物が混じっていた。巨大潜水艦は他の潜水艦を沈めながら新幹線まで近付いて並走した。
「んだよこいつ!?」
「海賊の海底アジトのボス、ディアゴロだ!」
海賊の過剰投入にダンジョンのボスの出現。あり得ない事の連続だったが、どれも初めてのことに変わりないナインの戦意は揺るがなかった。
「エネルギーボール!喰らえ!」
ナインはエネルギーボールを投げたがディアゴロには通用せず、EPの浪費に終わった。
「ウドウ!これってチートだろ!」
「ダンジョンのボスを引き寄せるチートなんて初めてだが…とりあえず本体を探ってみる!」
ウドウは足元の装置を踏み外してバリアを解除した。それから4人はそれぞれ別の方角を向いて、他のプレイヤーの位置を探るスキルを発動した。
「こんなデカい奴…!」
その間、ナインは足元に落ちていたピストルでディアゴロに攻撃。しかし鉛玉では装甲にかすり傷すら付かず、さらの敵対行動を取ったことで攻撃は彼女に集中することになる。
「な…なんだ!?」
ディアゴロの背からミサイル、ドローンが発進して襲い来る。ナインはウドウ達を巻き込まない様に後部車両を走り抜けた。
「うおおおおお!?もっと前の車両に座っとくんだったー!」
あっという間に最後尾の車両へ着いたナイン。そんな彼女を追っていたのは、一面の景色を覆い尽くす程の攻撃だった。
「…くっ!」
意を決したナインは攻撃に向かって走り出した。そして突撃してくるミサイルとドローンを上手く避けて背後で爆発させたが、その際に飛び散った破片が背中に命中した。
「ぐあ!?」
一回転して床に倒れ込んだナインにドローンが旋回して迫る。しかしドローンはナインの見えない背後で弾丸を喰らって無力化されていった。
「あ…あれ?」
ミサイル、ドローン共に全滅。傷を背負いながらも立ち上がったナインは、ウドウ達のいる車両に歩き始めた。
敵を探っていたウドウ達は海賊に狙われた。そこでウドウだけは防戦に移り、他三人はこれまで通りプレイヤーを探していた。
「所詮は雑魚だがここまで集まるとな…」
「ウドウ!やっぱり見つからないよ!きっとスキルで隠れてるんだ!」
「いや…」
ウドウは海を見渡した。ディアゴロ以外に潜水艦はない。そして自分達と最後尾に逃げたナイン以外に誰かいる気配はなかった。
「まさかな…」
「ウドウ!危ないよ!」
地地が言わなくともウドウは背後の敵に反応していた。斬りかかって来た敵の身体をロックして頭部を撃ち抜き、そのまま他の敵からの攻撃を防ぐ盾にした。
「せっかくここまで来たのに全滅はマズいわよ!誰か一人だけが生き残る戦い方をしましょ!」
「ディアゴロを島に連れて行くわけにもいかない。覚醒を使う!お前達はナインと合流しろ!」
覚醒。その単語を聞いた海達は黙って後部の車両に向かった。
覚醒とはアドバンスセブンスのシステムの一つであり、レベルアップとは違う一時的なパワーアップである。現実での戦いに言い換えれば、ナインの超人モードがこれに当てはまる。
ナインは今回の戦いを目撃することはないが、覚醒というシステムに関しては一度だけ目撃している。それはメテオ・ビルでぷらはが見せた死神のような姿への変身だ。
「来い!」
ウドウが叫ぶと2つの魔法陣が足元に描かれ、そこから剣が1本ずつ生える様に出現した。
光の聖剣ブライダルガンと闇の聖剣クライゼオス。対となる剣を魔法陣から引き抜いたその時、ウドウは銀色の勇者へと姿を変えた。
「フゥゥゥ…」
その場から動かないウドウにミサイルとドローン、駄目押しに海賊が一斉に攻めるが傷を付ける事は出来ない。
白銀のウドウがクライゼオスを振るうと、彼に迫っていた全ての攻撃が消滅した。ディアゴロはハッチを展開して次の攻撃を放とうとしていたが、それを牽制するようにブライダルガンを向けた。
「ジ・シル・エンバリオン!」
呪文を唱えると、ブライダルガンの刃先から光線が放たれる。突然の光に包まれたディアゴロの体力はあっという間に削られ、第二形態の飛行形態、そして第三形態の巨人形態を披露することなく海から姿を消した。
「…ダサいしつまらんし、相変わらずテストプレイしたのか怪しい性能だぜ。これでロアクに勝てたらいいんだがな…」
剣が消滅して元の姿に戻った直後、ウドウのEPは0になったが、これは圧倒的な力を行使した代償である。これから1時間、何をしてもEPが回復することはない。
「しかし…何だったんだ一体」
恐ろしい敵ディアゴロを倒したら海賊達もイベントの終了を知らせるように逃げて行った。しかし海賊が大量発生した事と、ダンジョンのボスであるディアゴロが現われた事の真相は謎のままだ。
「チートでないとしたら…バグか?しかしこんなバグが存在したなんて…」
幸か不幸か青い鯨は出ていない。ボスの出現がバグだったとして、目的としている女の幽霊との邂逅は不可能だ。
新幹線は海を走りながら元の姿へ戻っていく。座席なども元通りに直り、しばらくするとナイン達が戻って来た。