第30話 「まだレベル上げか…」
「うぜえな。このくらい平気だって言ってんだろ」
「傷口見せるくらいいいじゃん」
ログアウトして現実に意識が戻ると、光太とユッキーの声が聴こえた。何やら穏やかじゃない雰囲気だけど、大丈夫かな?
「二人ともどうしたの?」
「ナインちゃん聞いてよ。黒金君が野菜切ってる時に指切っちゃったの」
「ちょっと血が出たくらいで大した傷じゃない」
ちょっと…という表現では足りないくらい血が出ていた。これはユッキーが怒るのも無理ない。
「絆創膏は…意味なさそうだから縫うよ」
「えぇ~別にいいって。また魔獣を吸収して傷を塞げばいいんだからさ」
「冗談でも次そういうこと言ったら追い出すから」
「何でキレてんだよ…つかここ俺のアパートだぞ」
そういうわけなので、望んだ太さと長さの糸を発生させるスレッド・ワンドと、その糸を縫うためのソーイングニードル・ワンドをバッグから取り出した。
「待てええええええ!」
「うるさいなぁ…鼓膜破れたらどうするの」
「お前の鼓膜よりも俺の指を心配しろよ!なんだその針!?縫い針か!ずいぶん長い縫い針だな!指どころか俺の腕より長ぇだろ!穴開くどころか潰れるわ!」
「指どころか腕だって失くした経験あるのに、そんなビビる事もないでしょ。それにアレだよアレ、うっかり手が滑って縫合失敗しちゃっても、また魔獣の力で治せばいいんじゃないの?」
「イ!ヤ!ミ!か!遠慮するわ!ミスする気満々じゃねえか!なに目隠ししてんだよ!?つーかそれ今夜の味噌汁に入れようと思ってたワカメだぞ!顔パックじゃねえんだぞ!」
「イソノ…ボニート」
「なんで外国語!?つかワカメじゃなくてカツオじゃねえか!」
ユッキーは光太の右腕を掴んだ。そのまま押さえてくれるのかと思いきや、彼女は小さいノートを手に詠唱した。
「癒しは理。されど我、望むのは風の如き治癒…ニュル・シャプカー」
すると包丁でパックリ開いた傷口が早送りしたみたいに治っていった。
「回復魔法だ…」
「小さな傷口を塞ぐぐらいしか出来ないけどね。それにこれは発動者じゃなくて対象者の魔力を消費するタイプだし」
凄いなぁ。回復魔法なんて、僕は魔導書みたいな補助道具があっても使えないのに…
「余計なことを…」
「お礼も出来ないの?学のなさが伺えるね」
「学がないのはそっちも同じだろ」
「先生から魔法以外に社会で生きていくのに必要な事も教わったから、黒金君よりはあると思うよ?」
「いるよな~そうやって誰でも理解できるような知識だけあって社会的に役立たなずな無能」
悔しがってる場合じゃない。本題に入りつつ二人を宥めないと…
「光太!君に頼みがあるんだ!」
「おう、何だ?」
「このヘッドギアを売ってる会社を調べて欲しいんだ」
「こいつのか?アドバンスセブンスの方じゃなくて?まあいいが…こいつを販売してるのはどこだ…」
部屋の隅で埃を被っていた箱を持ち上げる。かつてヘッドギアが入っていたその空き箱には、スカイアークという社名が記されていた。
埃の付いた手を洗った光太は早速、そのスカイアークをネットで調べた。
「このスカイアークってのは若い会社みたいだな。元々はソフト専門だったみたいだけど、初めて発売したヘッドギアが発売当時他にないほで高スペックだったことで一躍大手ヘッドギア販売会社になったみたいだ」
「この会社に乗り込んで、アドバンスセブンスを創ったガジェットクラブに関する情報を見つけて欲しいんだ」
「分かった。それじゃあ行ってくる!」
「ちょっと待ってよ黒金君!魔獣はどうするの!?」
「そりゃあ俺より強いお前がなんとかしろよ」
「私一人でどうにか出来るわけないでしょ!」
「だったら…待ってろ。狼太郎達に電話する」
い、意外だ!まさか彼の口から狼太郎の名前が出てくるなんて!驚きのあまり声も出なかった!
そうして光太は月にいる狼太郎に電話を掛けた。しかし通話してからだんだんと表情が怪しくなっていき、最後には「くたばれ!」と叫んで切ってしまった。
「あの野郎!懲りずにケージを探しに水星に行きやがった!それも大勢連れてだ!月での魔獣発生に備えて地球に回す戦力なんてありゃしねえってよ!」
「タイミング最悪だね…」
「そういうわけだ灯沢。魔獣はお前一人で何とかしろ」
「えぇ!?嘘でしょ!ちょっと待ってよ!」
ユッキーの言葉に聞く耳持たず、光太は窓を開けて魔法の杖で空へ飛び立った。流石のユッキーも空へ逃げた相手を追うことは出来ず、ただ立ち尽くしていた。
要件は伝えたから僕もアドバンスセブンスに戻ろう。ウドウ達とどう動くかの話し合わないと。
「はあ…私一人でやるっきゃないか」
ユッキーは自分一人でやるしかないと腹を括っている。文句の一つも言わない姿を見て、光太も彼女を見習ってもう少し真っ当になって欲しいと思った。
「とりあえずナインちゃん。ゲームに戻る前に夕飯食べていきなよ」
「あ、は~い」
僕はユッキーが完成させた夕飯を食べてから、再びアドバンスセブンスにログインした。
静かな拠点を覗くと、そこにはウドウと空さんだけが残っていた。
「他二人は?」
「休憩中だ。そっちはどうだったんだ」
「うん、とりあえず僕の使ってるヘッドギアを売ってるスカイアークを調べてもらう事になった」
「マジの話だったのか…」
どうやら僕の話は冗談として受け取られていたらしい。こっちは真面目だったのにとっても心外だ!
「それで、僕達はこれからどうするの?」
「そうだな。お前のレベル上げを兼ねて残る4つの島を回ってみるとしよう」
ナインは自分では強くなったつもりでいるが、ウドウ達から見ればまだ力不足だった。現在のレベル88は目標である200の半分も満たしていないのだ。
「まだレベル上げか…」
「ウドウ、出発までまだ時間あったよね。ナインちゃんとこの街回ってもいい?」
「いいぞ。なら1時間後にターミナル前で合流しよう。くれぐれもPKには気を付けろ」
「わ~い!行こう行こう!」
「う、うん」
空さんに引っ張られて拠点を出ようとしたその時、ウドウが何かアイテムを投げ渡して来た。
「これは…ネックレス?」
「レベルダウンさせる効果を持つ逆弁優曇華の指輪を繋いで造ったネックレスだ。お前言ってただろ。現実で違和感を覚える事は無いとは言ったが念の為に用意した。必要なら付けておけ」
ウドウ…僕が船で言ったことを覚えてて、こんな物を用意してくれたんだ。
「ありがとう!」
「無理して付ける必要はないぞ」
実際、ユッキーとの戦いで違和感はあった。僕にはこのネックレスが必要だ。ありがたく使わせてもらおう!
「いいな~ウドウのプレゼント。私も欲しい~!」
「お前は昨日俺の分のチキン食ったろ。ほら、さっさと行け!」
僕と空さんは追放される形でドームハウスの外に出た。