第26話 「ごめん…」
まただ…また魔獣のコントロールに失敗した。俺はまた誰かを傷付けてしまったんだ…!
「良いじゃないか少しぐらい身体を借りたって…お前が生きているのは私のおかげだというのを忘れたか?」
黙れ!俺が必要としてるのはお前の力だけだ!お前は大人しく力を寄越せば良いんだよ!
「冷たいなぁ…私は寂しいよ」
「狼太郎!大丈夫!?」
「狼太郎!」
同じ高校の制服を着た二人の男女が俺に駆け寄って来た。二人とも俺の大切な幼馴染だ。
「酷い傷じゃないか…あいつら!絶対に許さない!」
太刀川時雨。普段はナヨナヨしてるけど、いざって時には凄い力を発揮する。中性的な顔をしていて人気がある。
「訓練で毎回暴走してたらキリがないよ…会長に訓練のペース落としてもらおう!」
もう一人は露崎結香。しっかり者で優しい美少女。全身痛くてたまらないのに、大きな胸に気が行ってしまう。
「ごめん…二人とも」
二人だけじゃない。生徒会の皆にも迷惑を掛けてしまった。俺はいつまでこの力に振り回されるんだ…
「テレポート、行くよ!」
結香が生徒会専用のアプリからテレポートを起動。その場から一瞬で、転点高校の地下にある生徒会要塞へと移動した。
「戻りました!早く治療の準備を!」
「狼太郎!彼を保健室へ運べ!」
「会長…ごめんなさい」
俺は意識を失う直前、会長に抱かれる温かさを確かに感じた。
俺は小学生の頃に両親の仕事の都合で、月面都市メトロポリスに滞在した事があった。
月の表面から開発が始められたメトロポリスは今や月の内部にまで広がっている。だがある時、都市の拡張工事の最中に作業員達が謎の空洞を発見した。
そこには巨大な装置があり、発見した時には既に稼働した状態だったらしい。
誰が置いたのか。何のために動いているのか。装置の謎を確かめるため、両親は装置を研究した。
それよりも俺は拡張工事の方に興味を持っていて、両親の研究はついでに見ていた感じだった。
ある日、事故が起こった。工事で使用される全ての機械が突然暴走し、次々と爆発していったんだ。
「うぅ…」
両親、作業員は爆発の炎に巻き込まれたのを俺は見た。奇跡的に生き延びた俺も、二人が研究していた装置の前で死ぬかもしれない状態だった。
「嫌だよ…お父さん…お母さん…!」
嫌だよ。それが独りになった事に対してか、それとも死ぬ事に対しての拒絶なのかはもう忘れてしまった。
「私をこの封印から解放しろ…そうすれば生きられるぞ」
生きられる。その言葉を聞いた俺は謎の声にただ従って装置を操作した。
「よくやった…しかし長い封印のせいでかなり鈍ったみたいだ。お前の中で力を溜めさせてもらうぞ」
機械から解放された光が俺の中に飛び込んできて、それからの記憶はない。気が付いた時には病院に運ばれていた。唯一の生存者だった俺は、両親が研究者だった事を突かれるようになった。
まず、研究者のミスで例の装置が暴走したのが原因で事故が起こったと報道されたのだ。
地球に戻った頃には両親は立派な悪者に仕立て上げられ、その息子である俺はそれをネタに虐められた。人殺し、テロリストの息子だと。
いなくならなかった友達は時雨と結香だけ。俺を引き取った親戚は、俺のせいで近所からの評判が悪くなってしまうと、良い顔はされなかった。
「ここは…」
生徒会要塞の保険室か。ははは、あんまり良い思い出がないんだよなぁここ。
いつも暴走した後に気を失って、目が覚めたらいつもここだ。情けない…
「起きたか狼太郎。皆は先に帰ったぞ」
生徒会長…滝嶺先輩が椅子に座って俺を待っていた。
「ごめんなさい会長。また暴走しちゃって…」
「全くだ。それに黒金光太とその仲間達と戦って、君はいつも以上にダメージを受けた。皆心配していたぞ…あの大の男嫌いな築希…副会長が手を握ってひたすら祈ってたぞ。生きてくれって」
「副会長が…って黒金たちと!?おい狼!お前なにやったんだ!」
俺の中には魔獣がいる。月での事故の時、機械から解放してしまった光がそれである。
最初の頃は魔獣の事もよく知らなかった。虐めを受けていた時、度々意識がなくなって気が付くと、相手が全員傷だらけになって倒れたりしていた。
ある日、時雨と結香が虐められた。理由は単純に、俺と関わっているから。
俺の大切な友達が涙を流しているのを見て、俺は憎しみに飲み込まれた。
「憎いよねぇ…ああいう卑怯者は許せないよねぇ」
内側から俺に同情する声がする。事故の時に聴いたのと同じ声だ。
「力を貸してあげよう。これなら君の友達…大切な人を守れるよ」
俺はその言葉を全く疑わず、何人もいる敵の群れに突っ込んでいった。
脚を蹴って骨を折り、指の力だけで爪を剥がし、素手で歯を粉々に砕いてやった。
「なんで俺にやってこない!2人は何も悪くないだろ!悪いのは俺なんだろ!」
「狼太郎もうやめて!これ以上やるとみんな死んじゃうよ!」
最後の1人を倒そうとした時、そいつを庇おうとした二人を俺は傷付けて正気に戻った。いや、二人が助けてくれたと思っている。
「ごめん…本当にごめん!」
このトラブルが発覚した後、俺はすぐ別の学校へ転校になった。そこでも虐めは続いたが、時雨達を傷付けた一件から、人に対してあの力を使わないようにしたんだ。
「おい狼!俺の質問に答えろ!…ダメだ、返事してくれない」
「狼が狸寝入りか…全く難しいやつだな。魔獣とは」
「クソ犬が…会長、帰りながら話を聴かせてもらえませんか?」
保健室を出て、俺達は広い要塞の出入り口を目指した。今もすぐそこでロボットが工事をしている。
それにしてもどれだけ広くなるんだここは。
「そうかぁ…黒金とその仲間達が…って校長先生がサイボーグ!?水城って子が魔法使い!?」
「そうだ。お前の膀胱辺りに顎から生やしたニードルで刺さっていたぞ。水城の封印術が成功していたら、お前はこの場にいなかっただろうな」
い、意味が分からない…それに俺を止めたのが、パンジャンドラムを首に付けたドラゴンって…
そんなのに負けるって、大したことないのかもな。俺の力。
「勘違いするな。お前が戦えるのは私の力のおかげだ。あんなふざけた集団に負けたのは、お前が万全の状態じゃなかったからだ」
何か愚痴が聴こえたが無視しておこう。しかし黒金…あんまりパッとしなかったあいつが…
「俺の事、あいつらに話しました?」
「いいや…話すつもりはない」
「なんでです?敵意はなく、暴走してたって正直に言えば分かってくれると思いますよ」
「ダメだ。まだ早すぎる。くれぐれもバレないように気を付けろ」
なんでだろう…けど会長は賢い人だ。ここは言われた通りにしておこう。
暗くなった昇降口では時雨と結香が待っていた。もう夜の6時ってずいぶん眠ってたんだな。
「狼太郎、もう大丈夫?」
「ああ、心配掛けたな」
「本当だよ~」
小学生の頃に別れた二人とはこの学校で再会したんだ。また会えたのは本当に幸運だったし、俺の事を覚えて、そして好きでいてくれて嬉しかった。
俺の中にいる存在、魔獣について知ることになったのは中学生の時だった。
その頃には月面での出来事などを世間は忘れ、虐めを受けなくなった俺は友達も作らず静かに生きていた。
「…ふぅ」
俺の中にある力は時雨達を守るために使った後は一度も発現していない。もしかして、あの時に全て使い切ったのだろうか。そう思っていたし、実際にそうだったら良かったと今では思う。
帰り道、仲の悪い義親となるべく一緒にいる時間を減らしたかった俺は、いつもの様に遠回りして家に帰っていた。
こんな生活がこれからも続いて、俺は変われない人生を送り続けるのだろう。
この瞬間まではそう思っていた。
「…うっ!」
突然、胸に痛みが生じた。そして遠くにこの世の物ではない何かがいると、感じたのだ。
「魔獣が近くにいるよ。行ってみない?」
そしてまたあの声が聴こえてきた。今回はそれだけじゃない。全身が震えて、身体が動かなくなっている…!
「戦いたい…身体を貸してよ!」
その時、俺の身体は俺の物じゃなくなった。中にいる誰かが、俺の身体を奪ったのだ。
「お前はなんなんだ!何者なんだ!」
「私はフェン・ラルク!太古の魔獣だ!」
気付いた時には人間の姿じゃなくなっていた。全身から毛が生えて鋭い牙と爪を持ち、まるで狼男である。
格段に向上した身体能力でどこかを目指す俺の身体。辿り着いた場所では、1人の少女と岩の身体で象の形をした化物が戦っていた。
「ハァッ!」
少女は持っていた鞭で近くの車を持ち上げ、怯んでいた化物へと投げ飛ばした。直撃を受けた化物はバラバラに砕け散って、戦いが終わったと思ったら俺の身体は動き出していた。
「ガルウウウ!」
「ダメだ!やめろ!」
俺の身体は止まらない。身体を操る何かが少女に襲い掛かろうとしていた!
「クソ!お前!逃げろ!」
俺の声なんて届くはずがない。それでも少女には助かって欲しくて、ひたすら叫び続けた。
少女は逃げなかった。それどころか少女はジャンプして、俺の顔面に膝蹴りを入れ、異様に伸びる鞭で身体を拘束してしまった!
「魔獣よ。身体の主導権を持ち主に返すんだ」
「わ、私が人間に取り憑いている魔獣だって分かるのか…?」
「お前には分からないのか?私が魔獣退治の専門家、ハンターだって」
「…知らないよそんなの」
「そんなことよりも。このまま焼き殺されたくなかったら身体を持ち主に返せ。可哀相だ」
すると俺の身体は元に戻り、自由に動かせる様になっていた。
「君、大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」
俺を助けてくれたのが、滝嶺飛鳥先輩。現在通っている高校の生徒会長で、荒んでいた俺を変えてくれた恩人である。
「君は体内に魔獣を宿しているんだね」
「ま、魔獣…?」
「いつからかこの世界に現れては害を与える様になった、迷惑極まりない謎の存在だよ」
この時、小学生の頃にあった出来事はそれが原因だったとようやく分かり、中にいる魔獣を強く憎むようになった。
「…俺の中にいる魔獣を殺してください!」
「嫌だ。さっき鞭で身体をスキャンした時に気付いたが、君と魔獣は一心同体だ。無理に魔獣を殺そうとしたら君も死ぬかもしれない」
「だったら俺ごと殺してくれ!死んだって構わない!誰かを傷付けるのはもうウンザリなんだ!」
そんな自暴自棄な発現をした俺を、先輩は優しく抱き締めてくれた。
「優しいからそんな事を言うんだろうね…」
人に優しくされたのは久しぶりだった。まるで小さい頃に抱いてくれた母さんみたいに、凄く優しかったんだ。
「その力で私と一緒に戦わないか?」
「でも…きっと制御出来ない。今みたいに身体を乗っ取られたら…!」
「私のために戦えと頼んでるんじゃない。君のために戦ってみないかと提案しているんだ。戦っていく内に力の制御も出来るようになって、無事に魔獣と分離する方法が見つかるかもしれない」
「お前に私が制御できるわけがない…暴走しちゃうよ。けど、戦うのなら力を分けてあげるよ」
「君が暴走したら私が止めよう。守りたいと思う物を共に守ろう」
俺はお前の言葉には惑わされない。その力をいつか俺の物にしてやる。暴走だって、いつかお前を消せばなくなる話だ。
俺は助けてくれたこの人の言葉を信じる。そう決めた。
「俺にも戦わせてください。俺、萬名狼太郎です」
「うん、良い名前だ。私は滝嶺飛鳥」
それから俺は先輩と共に魔獣との戦いを始めた。
しかし、現在に至るまで魔獣の力を制御出来た事がない。暴走して敵である魔獣を倒した後には、会長が傷だらけになって止めてくれた。
俺がいてもいなくても、この人が苦労するには変わりがない。戦うと誓ったのに、まともな戦いが出来てないんだ。
「はぁ…ダメだなこれじゃ。今日も暴走して…俺にこの力の制御なんて出来ないんだな…」
「狼太郎…私だけじゃ不安なんだな」
「でも今は会長だけじゃない。僕たちも一緒だよ」
「諦めるには早いよ!」
「時雨の言う通り、私達だけじゃない。今ここにいない生徒会のメンバーだってそうだ。君を信じてる人は沢山いる。だから…自分を信じるんだ」
この人達は俺を信じてる…俺が俺を信じられなくてどうするんだ。
「お前はまた暴走する。そして皆を傷付ける…いつか殺してしまうかも…」
黙れクソ犬…魔獣フェン・ラルクめ。お前がなんと言おうとその力、いつか必ず俺の物にしてやる。俺が俺を信じる限り、皆が俺を信じてくれる限り、俺は絶対に諦めない!
「どうしたんだ狼太郎?」
「…いいえ、なにも」
きっと俺は自らの意思で戦えるようになる。そしたら会長と肩を並べる時も来るのだろう。
だから諦めない。信じてくれる皆のために!