第26話 「ワンダァァァァア!」
手合わせしたユッキーの成長は凄まじい物だった。彼女を鍛えたという先生は一体どんな人なんだろう。いつか会ってみたい。
「そろそろ時間だ。僕、アドバンスセブンスに戻るね」
「こっちは任せろ!」
「頑張ってね、ナインちゃん」
約束の14時前、僕はヘッドギアを被ってベッドで横になった。最初は被り物をしながら寝るのに違和感があったけど、今はもう平気だ。
「…魔獣が出現したら俺がぶっ倒す。お前は空き巣が入らないように留守番でもしてるんだな」
「どうして君ってそう高圧的なの?小物丸出しだよ?」
心配なのはこの二人だ。喧嘩するのは仕方ないとしても程々にね…
アドバンスセブンスにログインして砂金の城塞前に戻ると、先にいた海さんが棒に刺さった魚を焼いていた。
「戻って来たわね」
「魚…」
「現実のお腹が膨れる事はないけど、美味しいから。それにゲームの世界だから骨抜きとか必要ないの。食べる?」
「うん!丸焼き大好き!」
海さんの焼いた魚は美味しかった。HPとEPはログアウト前に満タンだったので回復はせず、今回はシンプルに味を楽しむための食事となった。
「さあ、船を作りましょう」
「次の島に行くの?」
「えぇ、ウドウと話したんだけど、あなたならもう大丈夫だって…見込まれてるのね」
「ウドウと会ったの?」
「えぇ、私達は同じ屋根の下で暮らしてるもの。毎日会ってるわよ」
そうだったんだ。まあそうじゃないと、この世界で離れてるのにしっかりと連絡が取れてる理由が付かないか。
次の島は中心に火口のある火山の島ミネラジソール。僕は砂浜に生える木を叩き折り、レシピを持つ海さんが木を素材に船を造った…のだけど。
「こ、こんな遭難者が乗るような筏で海が渡れるの…?」
「武器の反動だけで渡るプレイヤーだっているのよ。なら筏でも渡れるわ」
「どういう理屈だよ!?ってか誰だそんな事した馬鹿は!」
僕は無理だと思ったが海さんは止まらない。筏を海に浮かべると、彼女はオールを漕いで進み始めた。こうなったら何が何でも渡り切るしかない。濡れながらも筏に乗った僕はオールを貰って、火山の島へ急いだ。
神秘の島と火山の島のちょうど間の海域。僕達はそこでオールを動かす手を止めた。
「何か海の色が変だよ…火山の島の影響?」
「どうしようかしら…このままだとここにモンスターが現われるわ」
「えぇ!?筏は大丈夫なの!?モンスターってどんなやつ!?」
「分からない。だけど海の色が黄緑色になってるのは出現の前兆。クラーケンかバミューダポセイドンか、リヴァイアサンだとしたら太刀打ち出来ないわ」
このゲームじゃ会った事ないけどクラーケンとリヴァイアサンは知ってるぞ!名前だけ聞いたけどデカそうなやつばかりじゃないか!
「そ、それじゃあ急がないと!」
「それがそういう訳にもいかないの。ここは2つの島の中間地点。火山の島を目指して超強力なモンスターから逃げるか、神秘の島へ強力なモンスターから逃げるかの二択しかないの」
目的地の火山の島に近いと超強いモンスターが。さっきまでいた神秘の島に近いと超とは言わないけど強いモンスターが現われるみたいだ。
「だったら一旦神秘の島に近付いて強くない方を出してから火山の島に向かうのは?」
「止まった所に攻撃されて筏が破壊されたらそれまでよ。前に進むか後ろに下がるか。止まるという選択肢はないわ」
「なら…進もう!」
僕は火山の島に来てもいいレベルに到達したとウドウから認められた。ならここで引き下がらず、何としても前へ進んで彼らの力になりたい。
僕達はオールを漕いで、火山の島に近付いた。
「ごめんなさい…まさかこういう時に限ってランダムイベントに出くわすなんて」
「運なんだから誰も悪くないよ。それに不測の事態は冒険の醍醐味だ!」
しかしこのタイミングで青い鯨が出たらヤバいな…
そしてそいつは現れる。ギリギリ僕達を巻き込まない位置で渦潮が発生。そこから狼の様な顔を持つ鋼鉄の怪魚が跳び上がった。
「海底の護神シーシェパードよ!」
「エネルギーボール!」
先手必勝と生成して投げ飛ばしたエネルギーボールは、怪魚の鱗に命中したもののエネルギーが分散して消滅した。
「込めた力が足りなかったのか!?」
「あいつに魔法系の攻撃は効かないわ!筏を漕ぎなさい!」
実力が上の海さんは逃げるという選択を変えなかった。僕がイメージしていたクラーケンのような巨体に比べて、あいつはジェットボート並みのサイズだ。
一体あんなやつの何をそんなに恐れる必要があるんだ。僕はともかく、この人の武器なら倒せるはずだ。
「戦おうよ!海さんのライフルなら攻撃が通じるでしょ!?」
「当てられるなら戦ってるわよ!」
突如、物凄い突風が起こった。これは自然発生した風ではなく、シーシェパードが高速移動する事によって発生した物だった。
「こりゃあ確かに当てられないね!」
「分かったなら漕ぐ!」
シーシェパードは僕達を追って来た。僕と海さんは力を合わせて筏を漕ぐも、ジワジワとモンスターとの距離は縮まっていった。
「こいつ!」
海さんはライフルを構えて、真後ろにいた敵に向かって発砲。しかし弾丸は風のバリアによって明後日の方角へ飛んでいってしまった。
「このままじゃ…」
「…そうだ海さん!一番威力の出る武器を出して!」
「だからあのバリアを破れる武器を出したとしても、結局避けられてしまうでしょ!」
「僕のエネルギーボールと君の武器で一気に火山の島まで飛ぶ!」
その手があったか。そんな風な表情を見せた海さんはライフルをポーチに戻してバズーカ砲を取り出した。
「うぉ!?筏が傾いた!でっかい武器だなぁ…」
「タイミングを合わせないと筏がバラバラになるわ!エネルギーボールで筏を浮かせた直後に撃つ!」
僕がザックリと提案した作戦に対して細かい動きを付け加える海さんは、筏の後方にバズーカを構えた。
「急ぎなさい!シェパードはすぐそこよ!」
「行くぞ!エネルギィィィ!ボォォォォォオル!」
僕が扱えるギリギリまでエネルギーを込めたエネルギーボールが完成。
これを両手で掴んで、進行方向の海面に向かって打ち付ける!
「ナイン!ワンドォォォォォ!」
爆発が発生して大きな波が起こる。筏がその波に乗って宙へ向いた瞬間、海さんはバズーカの引き金を引いた。
「ワンダァァァァア!」
「トリガー!」
後ろを見ていた僕は発砲直後、筏を追って跳び上がったシェパードが光線を喰らったのを見逃さなかった。
筏は空を飛んだ。これなら火山の島まであっという間だ。
「やったね海さん!あいつ倒せたかなぁ!?」
「なんて無茶なプレイで切り抜けるのよ…ウドウと一緒に遊んでるみたい」
とんでもない怪物と遭遇したけど、海路から空路へ移った僕らはそのまま火山の島に向かっていく。早くウドウと合流出来たらいいな…