第21話 「おっしゃあああ!」
盗賊は僕の血が付いた斧を振り上げた。
かなり深く斬られたようで、痛みのあまり身体が動かせない。如意棒で防御したところで、一緒に真っ二つに割られるのがオチだろう。
炎の上がる空を見上げて思う。あぁ、青い鯨が出ていなくて良かったと。これなら死んでも蘇る事が出来る。
だけどこんな負け方!情けないったらありゃしない!
「死ねえええ!」
「くっ…!」
盗賊が斧を振り下ろそうと身体を揺らした。だが次の瞬間、斧を握っていた右腕が弾け飛んだ。
「なっ…うわあああああ──」
そして右腕と同じように今度は頭が弾けて、悲痛な叫びがそのまま男の断末魔となった。
「や…色んな人がやるゲームでここまで表現しちゃダメだろ…」
このゲームって全年齢対象だったような…
「深夜帯のイベントだと表現が大人向けの物に切り替わるのよ。万が一幼い子がプレイしてたとしても、その子にはいつも通りに見えるそうだけど」
「君が助けてくれたの?ありが──」
バチン!分かりやすく解説をしてくれたかと思いきや、その人は僕の顔をビンタしてきた。
「…な、なんで?」
「ウドウに気に入られたからって調子に乗らないでよ」
「ウドウ…って君、彼と知り合いなの?」
「あっ…うるさいわね!」
「痛い!殴らないでよ!」
平手の次はグーで殴られた。全く、なんて暴力的な人なんだ。
「…ま、まさかPK目的のプレイヤー!?しまった!」
「違うわよ!仲間よ仲間!…こんなヌーブが仲間だなんて認めたくないけど」
仲間…そう言われるとそうかもしれない。この人の装備は地地さんとほとんど同じだ。それに今抱えているこのライフル。さっきはこれで助けてくれたんだろう。
「はぁ…出るつもりはなかったのに、あなたの危なっかしい戦いを見てて思わず引き金を引いてしまったじゃない」
「狙撃して助けてくれたならそのまま隠れてても良かったんじゃ…お願いだから殴らないで!痛い!」
本当に暴力的な人だ!今度はライフルで殴って来たぞ!体力が少ないって見て分からないのかよ!
女はまだ弾が残っている弾倉を抜き、これまで入っていた物とは色の違う弾を装填した。
「ヒールバレットよ。回復するから動かないで」
「あ、どうも…あの、お名前は?」
「海海よ」
海さんの撃った弾が僕に命中する。しかし傷口が開くことはなく、それどころか全身の傷が塞がって体力が元に戻った。
「デバフとか大丈夫?ヒールバレットじゃそういうの治せないから」
「大丈夫だよ。ありがとう」
殴り殺されるかと思ったら回復してくれたり、ちょっと難しい人だな。
僕は地面に転がっていた如意銅箍棒を拾った。
「珍しい武器を使ってるわね。ところで、なんで盗賊を倒すだけで捕まえなかったの?」
うっ…ゲームと現実を重ねちゃってたとか言えないよなぁ…
「ほら!戦いの練習だよ!レベルは上がらないけど動きの練習は出来るでしょ!それだよそれ!」
「あっそう。だったら私が相手してあげる」
「へ?」
「こんな騒がしい場所だと集中出来ないでしょ。場所変えるわよ」
「え、だけど…」
「いい?今この街で行われてるのはNPCによるNCPの殺戮イベントよ。機械に死んだって言うのも変かもしれないけど、今死んでも明日になったらケロッとした表情で生活してるわ。だけど青い鯨が出てる時に死んだ人は違う。もう蘇らないの。私達の目的を忘れないでちょうだい」
「あ…うん、そうだよね。そうだった」
どうやら僕の考えていたことはお見通しだったらしい。なんだが凄く恥ずかしい事のような…
「………ごめんね」
これはゲームだ。盗賊のモブが街を襲うイベントなのだと自分に言い聞かせた。だけどやっぱり、助けを求めてる人を見捨てるような真似が心苦しく、僕は謝って街を去った。
海さんが脱走して暴れていた馬を手懐けた。僕達はそれに乗って、街から離れた場所へと移動した。
「あのさ海さん、このゲームって手から魔法を出せたりする?」
「出来るけど…だったら格闘用の杖じゃなくて魔法用の杖に切り替えて杖から撃った方がいいわ。お得だから」
僕はウィンドウを出して、メビウス撃破の際に得たステータスポイントを振り分けることにした。
「あら?かなりポイントがあるじゃない?」
「メテオ・ビルでメビウスってボスと戦ったんだ。本当はシリウスのはずだったらしいけど…なんでハードボスが出てきたんだろう」
「そ、そうなの!?凄いわね…オホホホホ…」
確かぷらはさんは筋力以外にもポイントを振り分けた方がいいって言ってたな。
「筋力全振り。典型的な脳筋ね」
「うるさいなぁ、これから振り分けるんだよ。知力に魔力、技術力…」
筋力に1プラスして、それ以外は均等に振り分ける。そうしてポイントの振り分けを確定すると、早速初めての技を覚えた。
両手の間に魔力の玉を発生させるエネルギーボールと、パンチとキックを連続で放つ双武撃だ。
「わーいやったー!」
「どっちも評価最低で初心者向けの技じゃないの」
「モチベ下げるようなこと言うなよ!こっちは初心者だぞ!」
馬が走る先に夜営をしているオークが5体いた。海さんは馬を止めると飛び降りて、僕にも降りるようにジェスチャーした。
「とりあえず技がどういう物か、アイツらで試してきなさい」
「いやただ夜営してるだけだし、悪いことしてないやつらを襲うのはちょっと…」
「なに?私の言うことが聞けないの?」
「…はい」
決めた。この一件が終わったらもう二度とこういうゲームはやらない。
同じ魔族を襲うようで気が引けた。だけどこれはゲームだ。実際に誰かが死ぬわけじゃないんだ。
「…ごめんね!」
「ギャウ!」
こちらの存在に気付いたオーク達が各々の武器を取る。相手の準備が整うのを待ってから、僕は戦いを挑んだ。
「だりゃあああ!」
「ギャバアアアア!」
棍棒での攻撃を避けて敵のど真ん中に飛び込む。そしてそれぞれの喉を狙い突き、全員を怯ませた。
「双武撃!」
正面にいたオークに技を放つために、僕はその名前を叫んだ。すると如意棒が手元から消えた。
身体が勝手に動いて、パンチとキックを連続で繰り出した。オークの体力は一気に減っていき、最後の一撃で打ち上げた途端、その肉体は消滅した。同時に武器も戻ってきた。
「…う、動かせる!」
真横から迫っていた攻撃を棒で弾く。反撃にオークの腹を突き、そのまま身体を持ち上げると、近くにいたやつに投げつけて倒した。
残り2体。今度はエネルギーボールだ。
「エネルギーボール!」
今度は腕だけが勝手に動いて、ボールを作る姿勢を取った。構えた両手の間にはちょうど頭くらいの光球が発生。しかし、それだけで終わってしまった。
「え!?撃ったりとかは!?」
「エネルギーボールはその球体を作るだけの技よ」
「ギエエエエ!」
動揺していたところにオークが攻撃を仕掛けてくる。僕はエネルギーボールを掴み、オークの攻撃を避けつつそれをぶつけた。
「ギエ!?」
これだ!この手応え!こういう技が欲しかったんだ!
僕の攻撃を喰らったオークはそのまま吹っ飛んでいき、残っていたオークを巻き込んだ。2体は大きな岩に衝突し、経験値とドロップアイテムを残して消滅した。
「おっしゃあああ!」
「雑魚モンスターを倒しただけでしょ。何がそんなに嬉しいのよ」
自分のエネルギーを身体の外で収束させて形を作り、それを標的にぶつける。杖と呼ぶにはあまりにも丸すぎるが、そこは目を瞑ろう。
だけどこれはナイン・ワンドだ!この世界だけで使える、僕の力で作れるナイン・ワンドなんだ!




