第20話 「やるんじゃなかった!」
夕食中、細長い箸を見た僕は如意銅箍棒を思い出した。実物はこんなに小さくなかったけど。
「…美味しくなかったか?」
「いや、美味しいよ!」
せっかくの食事なのに戦いの事が頭をよぎる。アドバンスセブンスで強くなるために、僕は技を覚える必要がある。
ぷらはさんの戦いを観察して、僕には足りない物が2つあると分かった。それは離れた敵とやり合う遠距離攻撃と、ここぞという時に決め手になる大技だ。
現実での戦いは強力な杖が使い放題で、ピンチの時にはナイン・ワンドと超人モードによるゴリ押しで勝利してきた。しかしアドバンスセブンスではそんなズルは出来ない。あの世界のルールに則って戦わなけばならない。
「アドバンスセブンスの悩みか?」
「うん。ゲームの中の僕は現実より強いんだけど、必殺技が使えないんだ」
「うん?どういう悩みなのかサッパリ分からん。強いならそれでいいだろ」
「強いっていうのは身体の話!魔法の杖とナイン・ワンドと超人モードのどれも使えないってこと!」
「やっぱり俺がいないとダメかぁ?」
「黙れィ!君がいなくても大丈夫なようにこっちは必死に考えてんの!」
全く…真面目に相談したらこれだよ。
言うんじゃなかった。相談した事を後悔した。
「ゲームの中なら魔法とか使えるんだろ。だったらそれ使えば良いじゃねえか」
「どーせ現実じゃ1ミリも使えはしませんよ~だっ!」
「超人モードを再現した装備を用意するとかはどうだ?」
さっき後悔したって言ったけどやっぱり取り消す。
僕の力をゲーム内で再現か…考えたこともなかったな。
「あ、でもナイン・ワンドは無理か~?魔法の杖を混ぜる普通のやつと、皆の力が合わさったやつ。あんな都合の良い技は流石にゲームにはないだろ」
「なら…僕の力だけで撃てるナイン・ワンドを見つければいい!」
そうだ!そのアイディアでいこう!
「ありがとう光太!これでもっと強くなれる!」
早速ゲームに戻らなければ!僕はテーブルに並んでいた料理を平らげた。
「御馳走様!朝ご飯も楽しみにしてるからね!」
「あぁ…俺の分まで食べられちゃった」
一度シャワーを浴びてから歯を磨いて、再びベッドに横たわる。
朝昼夜ずっと寝てばかりだから絶対に鈍っちゃうだろうなぁ。早く解決して、身体を鍛え直さないと。
僕は枕元に置いてあったヘッドギアを装着して、アドバンスセブンスの世界に向かった。
ログインした僕はグラブ・ジャムンの屋上からゲームを再開した。どうやら宿を取っている場合、場所が近ければ部屋の中からも再開出来たみたいだ。だけど一応、念のためにここからスタートだ。
それにしても街が明るい。夜になると賑やかになるタイプの街なのだろうか。
「…違うぞ。あの灯かりの揺らめき…」
炎だ!街のそこらかしこから炎が上がってる!ログアウト中に何が起きたって言うんだ!
柵を越えて路地に飛び降りた。辺りを見渡すと似たような恰好をした連中が街を襲っていた。
「けっ!死ねー!」
「なんだいきなり!」
毛皮のコートに錆びた斧!見るからに賊って感じのやつだ!
襲ってきた男の攻撃を棒で弾き逸らし、隙だらけのボディに3発打ち込んだ。この手応えはプレイヤーではなくNPCだ。一応、モンスターと呼んでもいいのだろうか。
「こ、こいつ…!」
「どうしよう…」
いくらゲームだからって殺しはしたくない。警察とかいないのかな…
「ん?なんだ!?」
突然、謎の輪っかが飛んできて倒れていた男の手首にくっ付いた。すると男は目の前からいなくなってしまった。
「1点もーらい!悪いね!」
近くの建物を見上げると、4人組のプレイヤーが屋根の上に立っていた。全員、身軽そうな装備をしている。
「な、何なの…?」
ウィンドウを開くと、まず最初にイベントが発生している事を伝えるウィンドウが現われた。
この街に盗賊団が攻め入って来た!プレイヤーはワープワッパで団員を捕えて牢屋に送り飛ばせ!
メールボックスを開くと、確かにワープワッパ10個とそれのレシピが運営から届いていた。
「ノーマル団員1点、エリート団員5点、幹部10点…団長は50点か」
点数が高いクランから順にご褒美が貰えるらしい。一応個人での部門もあるけど、ランキングを見た時点でこれは無理だろと諦めがついてしまった。
そんな事よりもナイン・ワンドだ。このゲームで習得できる技の中から、僕のイメージに合った物を見つけないと。
「きゃー!」
「助けてー!」
人の悲鳴が聴こえてくる。いやいや、これはゲームなんだから実際に誰か死んでるわけじゃないんだ。気にすることはない。
「うわああああ!」
「ぎやああああ!」
たとえゲームでもこれは人の悲鳴だろ!悲鳴が聴こえてるのに見て見ぬフリかよ!ナイン・パロルート!
「やめろおおおおおお!」
傷付いてる人達がいると思うと、僕は放っておくことが出来なかった。悲鳴がした場所へ向かい、住民を襲っていた盗賊を次々にダウンさせた。倒したやつは放っておいても大丈夫だろう。きっと他のプレイヤーがワッパで捕らえてくれるはずだ。
どうやら団員は殺すかワッパで捕らえないと経験値をくれないみたいだ。だけどこうやってただ戦っているだけでも戦いのコツが掴めるかもしれない。
街を守るためにも戦うぞ!
「棒を振り回す変なやつが来たぞ!」
「隣のグループがやられた!防御の陣だ!」
「うおおおおおお!」
メテオ・ビルで戦った機械兵に比べたら大した事ない。僕は突進し、近付いた団員から次々に叩き伏せた。
「君!団員は捕まえないとスコアになんないよ!」
「言うな馬鹿!あいつが倒したところを俺達が捕まえりゃいいんだよ!」
ゲームだって分かってる。だけど仮想現実のここじゃ何もかもがリアルに見えてしまう。血を流して倒れている住民やその傍で泣いている人を見る度に、意味もなく心が痛んだ。
僕が倒してる盗賊や、こいつらから守ろうとしてる人達のどれも同じNPCっていう物なのに…
「こんなゲームッ!やるんじゃなかった!だから嫌だったんだよ!」
怒りというバフかデバフかよく分からない状態になっていた。プレイヤーが怒ると発動すると発動するようで、純粋に攻撃力が上がるだけのようだ。
システム上デメリットはない。しかし怒りという物はそれ自体が危険な事を僕はこの身で思い知った。
「死ね!このガキィィィ!」
「しまった!?」
ムキになって倒すことに夢中になっていた僕は、背後に団員がいたことに気付かなかった。
「ぐはぁ!」
レベルが高くても、武器以外の装備が初期の物だった僕は大ダメージを喰らった。
そして団員は怯んだ僕に、最後の一撃を振り下ろそうとしていた。