第25話 「倒す!」
白田の一件から数日が経過した。あんな事があったというのに、日常には何の変化も起きていない。
俺だけがモヤモヤを抱えているんだ。
「前に市内で起こった暴行事件、犯人捕まったのかな?」
「そんなのあったなー…捕まったんじゃない?」
犯人は死んだよ。俺を庇ってな。
「ねえ、黒金君?」
「うわぁっ!灯沢!?どどどっどうしたの?」
ボーッとし過ぎて、灯沢に声を掛けられた俺は思わず跳ねてしまった。
「オタク君ビビり過ぎでしょ!」
「放課後遊びに行くんだけど、黒金君も来ない?」
「俺が?他のメンバーは?」
そう尋ねると灯沢は、カースト上位グループの方に視線を送った。俺とは真反対の陽キャである。あれと遊ぶってなると…
「…ないね。遠慮しとく」
「灯沢君、人との付き合いは大切にした方がいいよ」
「だったらお前も人前で俺なんかと話すなよ。ハブられるぞ」
「まあ、罰ゲームで誘いに来たってのもあるからねぇ~」
後ろでは彼女の仲間たちが面白そうにこちらを見ている。そういえばこいつと話すの、かなり久しぶりな気がするな。
「…そうだ灯沢君、いつになったらウチの部の農園、見に来てくれるの?」
「あーその話すっかり忘れてた。じゃあ今日の放課後行くよ」
「だから今日の放課後、遊びに行くから私いないんですけど…」
「なに?サボり?」
「当番じゃないってだけだから!そっちは帰宅部頑張ってるみたいだけどさー」
ぐっ!言ってくれるな…
俺だって打ち解けられる性格だったら部活動やってるっつーの!
「おいユッキー、そいつどうせ来ないんだから無理に誘わなくていいよ!」
少しだけ盛り上がって来たところで時間切れの様だ。久しぶりにナイン以外とこんなに話した気がする。
「だってさ。ほら戻りな…嫌そうな顔すんな、人付き合いは大切にした方が良いんだろ?」
「はぁ…正直疲れた。うわべだけの人ばっかりなんだもん…つまんない」
他の人に聴こえるか分からないような愚痴を溢して溜め息を吐く。こんな風に嫌われてるのが俺だったらかなりショックだっかもしれない。
灯沢がいなくなると急に静かになった気がした。まだ休み時間中で話してる人は多いというのにだ。
「はぁ………もしもしナイン?」
「あのさあ、寂しくなったからってすぐに電話掛けるのやめてくれるかなぁ?午前はゲームしてるって言ったよね?」
ぐっ…なんて冷たいやつだ。そうだよな。弁当箱の中身を全部冷凍食品にする女だもんな。
「…ん?どうしたの?サヤカ、顔青くして…え、ゴキブリ?いや自分達の部屋で出たんなら自分で対処しなよ!連れてきた?おいバカ!何匹いるんだよ!うわああああああ!」
…通話が切れた。何があったのか想像したくないが、帰った時に部屋が散らかってたら説教だな。
「生徒会役員は至急、生徒会要塞会議室まで集まってください。これより臨時集会を始めます。授業は出席停止扱いとなり、欠席にはなりません」
放送が流れると、教室にいた役員が立ち上がって廊下へ出ていく。俺をハメた太刀川だが、当然のように今も役員だ。
「なんだろ…行こうぜ時雨」
「うん!」
うん!じゃねえよ。うんはうんでもうんこのうんだこの野郎…お前が最低最悪の糞野郎だって俺は忘れてないからな!
それから役員が抜けた状態で授業がスタートした。聞いた話によると生徒会役員は、集会などで抜けている時に小テストがあった場合は、後日実施…ではなく満点扱いになるらしい。
まあ俺は勉強してちゃんと満点取れるんだけどさ…何もやらないで満点とか?うん、あれだよね。俺の努力って無駄って感じちゃうよね、実際。
「おい黒金、授業に集中しろ!最近は窓を割って成績も1って…お前はこれまで俺が受け持って来た生徒の中で最悪だぞ!」
「はい…すいません、集中します」
窓を割ったのは今頃花園の生徒会でハーレム満喫してる太刀川だ。俺じゃない。
そんなこんなでストレスが積み上がった状態で昼休みがやって来た。孤独で寂しい、いつもの昼休み。
「ぐすっ…うぅ…」
俺は何を思ってか、つい便所飯に挑戦してしまった。すると不思議な事に、涙が止まらなくなってしまったのだ。
「飯が…まずい」
いつも通りの冷凍食品だ。それがいつもの何倍もまずい。
孤独という悲しみが最悪のトッピングとなって、俺の飯を不味くする。
カースト上位はもちろん、オタクだって仲間と一緒にゲームの話をしながら飯を食う。けど俺はどうだ?仲間のいない俺は、いつも一人寂しく飯を食ってるじゃないか!
「ふぅ…スッキリしたぜ」
とことん泣いて、食べた物をすぐに出して、ようやく気分が落ち着いた。こんな狂った事をやったのも、白田の事をなるべく考えたくなかったからなのかもしれない。
白田を殺したあの獣人は何者なんだ?最初に夢の中で遭遇した時は、魔獣を倒した後に俺達を襲ってきた。
だけど仇は取ってやるぜ、白田…あいつを倒してやる。
トイレから出ると、何やら騒がしくなっていた。
「なにあれ…」
「怪物?」
生徒達が校庭の見える窓に集まって何かを見ているようだ。他校の不良でも来たのだろうか。どれ、俺も拝ませてもらおうかね。
「ってあいつは!」
そいつを見た瞬間、俺はすぐに外へと飛び出していた。
「ちょっと君!近寄ったらダメ!」
制止を振り切り、俺は校庭へ飛び出した。既に先生が何人か倒れている。とうとう本格的に人間を襲い始めたか!
「てめえ…覚悟して来たんだろうな」
白田を殺したあいつだ。獣人が学校へ襲来した。
「ガルル…!」
「魔獣を殺した時点ではただの危ないやつで済ませたが…人を殺したお前は敵だ!人間を襲うなら、ナイン達がお前をぶっ潰す!」
俺が相手になる!とは言えなかった。今からやりあったら奇跡でも起こらない限りまず俺が負けて殺されるだろう。
そしてこの時まで俺は忘れていた。この学校には強い人たちがいたことを。
「光太君、私も混ぜてもらうわよ」
「校長である以上、生徒に危害を加える者には容赦せんぞ」
魔法使いの水城星河とサイボーグ校長の2人が駆けつけた。
「水城、ここは私に任せて下がってるんだ」
「ならお言葉に甘えて。校長の実力、拝見させていただきます」
サイボーグ校長が獣人の前に立ってスーツを破くと、メタリックボディが露出した。全身兵器の鋼鉄男、それがサイボーグ校長だ。
「首輪の付いてない馬鹿犬が!保健所に送ってやる!」
脚部の装置に炎が点くと、校長はロケットスタートで走り出した。
校長は助走を付けたラリアットで獣を捕らえると、そのままフェンスへと突進して叩きつけやがった!
「すげえや校長!あれなら負けねえぜ!」
「いや…フェンスに叩きつけたんじゃない!あそこで止められたのよ!」
なんだって…本当だ!校長が力負けをしている!獣人に押されてこちらに戻って来ている!
「なんてパワーだ…しかし私の力はこれが全てではない!」
たがが力負けしただけだ。校長は押し返してくる獣のパワーを逆に利用すると、校舎の外壁に獣人を投げつけたた!
「ハーッハッハッハッ!…なにっ!?」
しかし獣は立ち上がった。そして物凄い速さで校長に接近すると、その爪でメタリックボディをバラバラにしてしまった。
「な、なんだと…」
「サイボーグ校長!」
魔法で召喚されたチェーンが、校長を捕まえてこちらに引き寄せる。引き摺られて来る校長を飛び越えて、今度は水城がグラウンドに立った。
「校長、大丈夫ですか!?」
「不覚…しかし私はサイボーグだ。これで終わらんのよ」
「光太君!」
その時、獣人の前に立っていた水城が俺の事を呼んだ。
「ここで私が勝ったら、ご褒美に…キ!キスしてくださらない!?」
「キャー!水城様あああああ!」
「考え直してえええええええ!」
「調子に乗ったら殺すぞ黒金!」
上の方で取り巻き達が騒ぎ始めた。しかし襲われてるわけでもないのにマジの悲鳴だ。そんなに俺とキスされるのが不都合か。
「足にでも手の甲にでもキスしてやるから!そいつ倒してくれ!」
「まあ!股にでも脇にでも!?なんて大胆なの…」
耳腐ってんのかあいつ!?
「さて…久しぶりの戦いね………チェーン・ジャングル!」
二人を囲むように、無数の魔法陣が出現した。そして魔法陣の中心から鎖が発射され、鋭利な先端が地面に打ち付けられる。
チェーン・ジャングルという術名通り、無数の鎖が交差して密集した空間が出来上がった。
「みんな見て!水城様の手品よ!」
「素敵だわー!」
どうやらあいつの魔法、取り巻き達からはそういう風に十八番として認識されているらしい。
「さあ…かかってらっしゃい」
「ガウッ!ウッ!?」
直線に延びていたはずの鎖が突然動き出し、獣人の四肢に巻き付いた!
あれだけの鎖を全部思うがままに操れるのか!
「チェーン・タダンダン!」
そして妙な呪文の後に、無数の鎖が獣人の身体にぶつかっていった。まるで何度も殴り付ける拳のように、鎖が対象へ突撃している!
「このまま封印させてもらうわ」
封印…そんな事が出来るのか?
空中で細い鎖が集まり平面を形作っていく。そして地面から空へと鎖で出来た5つの層が並んだ。そしてジャラジャラと音を立てて動き出し、何かを作り始めた。
「まさか…あれは五芒星五重封印!」
「校長、知ってるんですか!?」
「あぁ、魔力の溜まる五芒星を5つ重ねて、その中に対象を封じ込めるという伝説の封印術だ。まさか太古の魔術をこの目で見られるとはな…長生きするもんだ」
よく分からないがこれなら獣人を止められるのか?
「ダブルファイブ・シール!」
完成した5つの五芒星が、水城の声を受けて一気に縮まり、獣人を捕らえた!
「物体と物体が重なり再び離れるその瞬間、狭間という空間へ続くゲートが完成する!お前を今、そこへ封じ込める!」
このまま獣人が封印される…はずだった。
バァン!
大きな音と共に、何かが鎖に当たった。それにより鎖が砕け、1つの五芒星が崩れてしまった。
「そんな…」
「オオオオオウ!」
封印は失敗した。力が弱まった瞬間、獣人は雄叫びをあげて自身を捕らえていた鎖を粉々に砕き、近くにいた水城を吹き飛ばした。
「水城!」
地面に叩き付けられた水城。慌てて駆け寄ったが、なんとか息はしていた。
「ごめんなさい…」
「違う…誰かが…誰かがお前の邪魔をした!」
学校側から飛んできた何かが鎖にぶつかるのを俺は見た。邪魔をしたやつは背後にいる…しかし!
「ガルル…」
獣人は俺達を見ている。厄介な術を使った水城を殺すつもりだ!
「逃げて…」
校長がやられて水城もやられた…ここにはもう戦える人間はいない。
「逃げるかよ…これ以上こいつに好き勝手させられるかよ!」
落ちていた鎖を拾って拳に巻き付けた。これで俺のパンチも少しはマシになるだろう。
「ガオォ!」
「うおおおお!」
死ぬかもしれない!恐怖で目を閉じてしまった俺は、それでも身体を動かして拳を振った。
目を開いた時、獣人は遠くで横たわっていた…俺がやったのか?いや、殴った感触はなかった…
「やるなーお前!流石ナインと一緒に暮らしてるだけあるな!」
そして後ろから、ナインの仲間の一人であるツカサが、先の折れ曲がった棒を持って現れた。
「やっぱりあたし達、この世界だと全力出せないみたいね。ツカサのロッドが簡単に折れるわけないもの」
「全力出せたところで、あいつに勝てるか分かんないけどね」
「万全でなくとも勝つ。そのために私達は新しいバッグの開発を優先させたのだから」
「光太、遅くなってごめん」
「ナイン…!」
まだ戦える人間は残っていた!あいつを倒せる俺の友達がここにやって来た!
「…遅いだろ!何やってたんだこの馬鹿っ!」
「ボディーバッグの開発に時間が掛かっちゃった」
ナインは普段魔法の杖を出し入れするウエストバッグの他に、肩から掛けるタイプのボディーバッグを身に付けていた。
前に尋ねた時にお楽しみと言っていたやつだ。
「僕達であいつを倒す!」
「あぁ!」
「だから光太は時間を稼いで!」
「あぁ!…いや無理だろ!?」
腰に手を当てたナインの後ろに、他の4人が前の肩を掴むように並んだ。
「え…ふざけてる?!」
「こうして魔力を溜めないとこのボディーバッグは発動できないんだ!この間、僕達は一切動けないから頼んだよ!」
「ちょ、誰か一人こっちに回せよ!俺だけじゃ無理に決まってんだろ!」
「光太!…僕たちで倒すんだ」
えぇ…無理だろ。いくら俺が主人公だからってあそこまで強そうなやつには勝つ自信ないわ。
「ハッハッハッ!時間稼ぎとは滑稽だな黒金光太!面白そうだから私も手を貸してやろう!いや、全身貸すといった方が正しいかな!!」
バラバラになったサイボーグ校長の腕や足がラジコンカーの様に獣人の周りを走っている。さらにそこから弾を撃って足止めしていた。
「俺達で…倒す!」
「光太君、私も一緒だから…」
腕に巻いてあった鎖が光り始めて、なんだか力が沸き上がる。
「ありがとう水城」
「どういたしまして…」
俺は校長の弾幕へと突入していき、獣人に向かって殴り込んだ。
水城の鎖のおかげで、硬い身体を殴ったというのに全く反動がない。パワーが上がっている。
しかしこれでも…こいつは怯まないのか!
「うわぁっ!」
反撃の直前に腕を引き、なんとか足蹴りを鎖で防御。しかし今の一撃で鎖は砕け散ってしまった。
「チン校長!」
その時だった。走り回っていた右腕が、持っていた校長の頭を投げ飛ばした。頭部は真っ直ぐ獣人の股関へ突撃。
顎から発生した鋭いニードルが、深くにまで突き刺さった!
「ハッハッハッ!痛みここに極まり!今のお前は戦術兵器によって大打撃を受けた国と同じだぁ!ポツダム宣言の用意をしなぁ!」
「今だ!」
俺は足元の右腕を拾い上げ、砲口を獣人の頭部に向けた。校長はそれに合わせて弾を発射してくれた。
「流石だな。君には戦という政治を生きる素質があるようだ」
それでも獣に対したダメージは入っていない。倒せるのはナインの用意してるアレだけか…
「ナイン!まだか!」
「準備オーケーだよ!巻き込まれないように離れてて!」
一体、あのボディーバッグで何をするつもりなんだ…
「上段馬!発進!」
するとバッグのチャックがひとりでに降りて、中から何かが転がって出てきた。
ガラガラガラガラ…
質量保存の法則を無視して現れた物体は、左右にホイールが付いているよく分からない物だった。謎の物体は5つ揃うと、並んで制止した。
あまりにも珍妙過ぎる光景が逆に効いているのか、隙だらけのナイン達に獣人は攻撃を仕掛けなかった。
「パンジャンドラム馬、配置完了!続いて下段鹿!発進!」
続いて出てきたのはドラゴンだった。
そう、ドラゴンだ。この世界には存在しないドラゴンが、バッグの中から5体飛び出して、パンジャンドラムと呼ばれたホイールと同じように整列したのである。
「ドラゴン鹿、配置完了!馬鹿ドッキング!」
パンジャンドラムが浮上し、ドラゴンがそこへ突っ込んでいく。そしてパンジャンドラムの中心からドラゴンの頭が突き抜けて、ドッキングとやらが完了した。
これは…なんだ?
「パンジャンドラゴン馬鹿!ドッキング完了!」
宙を飛んでいたのは、まるでエリザベスカラーを付けられた猫の様にパンジャンドラムを付けられた哀れなドラゴン達だった。
「んだよこれ!?こんなんで勝てるわけないじゃん!」
「僕含めて並んでる人の数しか上段馬と下段鹿は出ないんだよ!」
「数の話じゃねえよ!なんだよパンジャンドラゴン馬鹿って!爆弾首に巻かれてるドラゴンの顔見てみろ!」
絶望である。これから自分達がどうなるかを理解し、ドラゴン達の目から生気が感じられなかった。
しかも馬鹿呼ばわりで特攻させられるとは、あまりにも不憫である。
「行け!パンジャンドラゴン馬鹿!あいつをやっつけろ!」
ドラゴン達はナインの命令を受け、獣へと突撃していく。
「ガウッ!」
物凄い速さの1体目が獣の目の前で爆発した。間一髪後ろに下がった獣だったが、それを読んでいた残りの2体が挟み撃ちで爆発。
「あ…あんまりだ」
「説明しよう!ドラゴンの中には炎を噴くための可燃性物質が大量に含まれており、爆発に巻き込まれた場合にその火力を上昇させるのだ!」
だからって爆弾首に巻くか普通?非人道的な攻撃方法にも程があるだろ!
ナイン、俺はさっきまで頼りに感じていたお前の事が凄く怖く見えてきたよ。
打ち上げられた獣人に1体が噛み付いて爆発した。そしてボロボロになった獣を最後の1体が地面へと叩き付けた後、それを追って地上で爆発した。
「ひでえ…何なんだよそのボディーバッグ!」
「説明しよう!…ぐぅ…」
「ナイン!」
「敵を倒して一安心したみたい。昨日の夜から休まず作ってたから…」
疲れていたらしくナインは倒れた。今朝弁当渡してくれた時、やけに眠そうにしてたけどそういう事だったのか。
獣人はどうなった?そう思って視線を戻すと、黒い煙が風に流されていく。
最後の爆発の後には何も残らなかった。あの爆発を喰らって肉体も残らず消滅したのだろうか?
「あれは…」
動けるようになった水城が鎖を射出。さっきまで獣人がいた場所に落ちていた物を拾った。
「なんだそれ…」
「硬い…これ、あの獣人の外皮よ。皮膚と毛が硬くなった物だわ」
「防御力を高めて最後の一撃を凌ぎやがったのか…!まだ生きてるぞあいつ!どうするリーダー!」
サヤカはナインを置いて、他の仲間たちと共に逃げた獣を探しに出た。
「…さて、どうやってこの場を納めるか」
獣の姿だけじゃない。ナイン達の戦いも他の生徒達に見られてしまった。以前使った記憶を消す杖を使うか?
「良い戦い振りだった。事後処理は私たちに任せてもらおうか」
「生徒会長…」
生徒会役員を引き連れて、生徒会長の滝嶺がやって来た。あの戦いを見て興奮している生徒たちと違って、彼女は異様に落ち着いている。
「生徒達から今の戦いに関する記憶を抹消。割れた校舎と荒れた校庭も元通りにしておこう」
たかが学生にどうしてそんな事が出来るのか。尋ねたところで教えてはもらえないだろう。
「私が封印してる時に邪魔しましたね」
普段は騒がしいイメージの水城が、今はクールな横顔を見せていた。こんな表情を見せる人だったとは、ちょっと驚きだ。
「水城星河君か。財閥にはお世話になってるよ」
「私は確かに貴殿方生徒会から学校を良くしたいという頼みで、財閥から資金を提供しました。しかし不正に資金を使うなどとは聞いていません。生徒会の身勝手な振る舞いもそうですけど…なんですか、あの化物は?」
「さあ…?」
「しらばっくれるな!…封印されたら不都合がある。だから邪魔したんですよね」
水城が叫ぶ。あの獣人は生徒会と何か関係があるみたいだけど…
「ナイン、帰るぞ」
ここにはもう用はない。後の事は任せて、俺たちは帰って休むとしよう。
「待った黒金君。明日生徒会まで来てくれないか?」
「えぇ~…太刀川がこれから毎日裸で登下校すんだったら行きますよ」
「まだ彼の事を恨んでいるのか?器の小さな人だな君は」
「当然だろ!あいつのせいで俺の成績オール1なんだぞ!このままじゃ留年すんぞ!後輩と同級生なんてなりたくねえよ!」
さあ…勝負だ生徒会長!
「そうか…ならあいつを止めてくれた礼だ。オール2にしてあげよう」
「…聞き間違えっすよね。5ですよね?」
「いやいや、流石にそれはダメだ…3にしてやろう」
「じゃあ俺も負けて4かな~これより下だとちよっとなぁ~」
「…はぁ、いいだろう。オール4にしてあげよう」
よっしゃあ!落ちこぼれから準優等生にランクアップだぜー!
「分かりました」
「その少女と仲間達も一緒に連れて来てくれ。学校には私から伝えておく」
ナイン達を学校に連れて来る?そんなのダメに決まってるだろ。
「…いややっぱり──」
「光太、僕は大丈夫だよ」
どうやらナインは話の途中から目を覚まして、話を聞いていたようだ。
「安心してくれ。私達は話がしたいだけなんだ」
「良いのかよ…絶対ヤバイってこいつら、電気椅子用意するやつらだぞ」
「話をするだけなら大丈夫だよ」
心配だが、ナインが大丈夫と言うのならきっと大丈夫なんだろう。
約束したところで俺たちは学校から出発し、アパートへと戻った。その後、帰って来たサヤカ達から獣人を逃がしたと報告をされた。
だが学校を守れたので、実質俺達の勝利だ。
結局、あの獣人の正体は分からないまま。また戦うことになるのだろうか。
なら今度こそ、俺達の手で倒さないと…
「光太」
「どうした?」
俺達は晩飯を終えて、食器を洗っていた。
「ホッシーを守ろうとしてた時の光太、凄くカッコ良かったよ!前に魔獣から僕を守ろうとした時みたいに!」
「そうかぁ?…でも結局、何の役にも立たなかった。お前たちがいなかったら負けてた」
「でも光太がいなかったらホッシーが危なかった。ボディーバッグ発動までの時間も稼げなかったかもしれないよ。誰も殺されないで済んだし、今回の戦い僕達の勝利だよ!」
「勝利…か」
「勝利だよ!ブイッ!」
ナインは濡れた指でピースサインを作った。俺も泡の付いた指でピースサインをしてみせた。
「ブイ…だな!」
今回の一件で、俺は少しでも成長出来たのだろうか。だったらちょっと嬉しい。