第18話 「せ…成功だ!やったぞ!」
魔獣の口が俺に向く。喉元が蠢いて粘液の発射準備完了を知らせていた。
「ジャンッケン!」
やっぱり無理だと、飛んできた粘液を避けるために横に跳ねた。俺は一般人だ。ギリギリで粘液を避けながらチョキを出すなんて出来るわけがない。
「モージョーン!」
頭部をチェーンソーに切り替え、魔獣が再びこちらに向かって走り出した。暴れ狂うチェーンソーが建物に衝突し、さらに街の景色を崩している。
チクショウ…素直に誰か助っ人を呼んでもらうんだった!俺なんかじゃどうにもならないって考えずとも分かっただろ!
こうなったら…最後の手段だ。魔獣と繋がる能力でこいつを操り自害させる!それしかない!
「やりたくねえんだけどな!」
そもそも上手くいくか分からない。以前これをやろうとした時は魔獣の二つ名が文字化けしていて、操ることが出来なかったんだ。何よりも死ぬ時の感覚を共有するので、恐ろしく気持ち悪い。
それでも街を守るためだ!やってやる!
「死にやがれ!」
そして再び首連魔獣ジュゲ・ルスツと繋がった。
…はずだった。しかし違った。こいつは縺ィ繧ゅ□縺魔獣と、二つ名が読み取れなかった。
移民者が来た時にもこんな事があった。原因は何だ?頭部を切り替えたから?いやそんな単純なはずがない。
「モジョモジョモジョ!?」
「な、なんだ!」
ジュゲ・ルスツが両膝を地面に付けた。走り疲れたのかと思ったがそうじゃない。畳まれた両脚はグニャグニャと呻いて、2輪のタイヤに変形したのだ。
足からタイヤへ変わった事で速さを得た魔獣が迫る。頭は天を向き、自慢のチェーンソーで 俺を真っ二つに割るつもりだった。
「ジャン!ケン!」
避けられないんだったやるしかねえ!相手自慢のチョキに対して、こっちは死ぬ気のグーを示すしかねえ!
「ヒュッ!?」
しかし頭が降りてくるスピードは想像以上だった。いや、足がタイヤになったように、あの首にも何らかの変化が起こり、スピードが増したのかもしれない。
何なんだ?なんであいつは変形したんだ?
「グハッ!」
ジャンケンは不成立に違いない。チェーンソーは俺の真横に振り下ろされ、その衝撃で俺は建物の外壁に叩きつけられた。
どうやらあいつ自身も今のスピードに慣れていないんだ。幸か不幸か、そのおかげで軌道がブレて斬られずに済んだが…
「ぐっ…ん!」
滅茶苦茶痛くて動けない。ここまでなのかと諦めたくなる。だけどナインならこれでも立ち上がるだろう。
やるんだ…あいつみたいになるために!
「ジャンケンケ~ン!」
「ナイン!?」
ナインの声がした。それも高いビルの屋上や大通りのど真ん中からなどではなく、攻撃を喰らった際に手放したジャンケン・ワンドからだった。
「ジャンケンの不成立をいっぱい確認したよ!君は正々堂々ジャンケンしようとしたのに、相手は嫌~な性格をしてるのか一度も相手してくれなかったね!もしかして光太かな?」
「やかましいわ!」
どうやらテレパシーや通話などではなく、予め入れておいた音声が流れているだけみたいだ。
「そんな可哀想な僕にビッグチャ~ンス!今から9分間だけ無敵タイムだ!ただし使ったら杖は壊れちゃうから、今光太を殴るか後にとっておくか慎重に考えてね!」
「お前が被害者俺が加害者前提で話進めんなよ!ってか無敵!?」
そんなこと出来るなら早くしろ!
俺は痛みに耐え、落ちていたジャンケン・ワンドを拾った。
「無敵オーダー受諾!光太め!今度という今度は許さないぞ!」
「うるせー!早くしろ!」
そして手の形が変わった。しかしグーチョキパーのどれでもない。
親指、人差し指、中指を真っ直ぐに伸ばしたこの形は…
「お前これ!俺が教えた無敵じゃねーか!こんなローカルネタで無敵になれるわけ──」
杖に対してツッコんでいる間に、魔獣は頭部を付け替えていたようだ。ハンマーのような頭が迫っているのに気付いたが、俺の身体は動かなかった。
「わべっ──」
ハンマーが俺の頭頂に命中。しかし次の瞬間、砕けていたのは俺ではなく魔獣の頭だった。
「えっ…」
無敵の形をした手がゲーミング発光している。どうやら今の現象を見るに、俺は本当に無敵になっているらしい。
魔獣は使い物にならなくなったハンマーを吐き捨て、再びチェーンソーへと切り替えた。俺もジャンケン・ワンドを咥えて、バッグから新しく杖を取り出した。
「これは…」
先端に丸ノコが付いている。これはサーキュラー・ワンドだ。
電動ノコギリ対決か!粋な杖が出てきたじゃねえか!
魔獣が俺から離れていく。敵わないと分かって逃げたのかと思いきや、なんとその場で回転を始めた。
コマのように高速回転する魔獣はそのままこちらに向かって突進。チェーンソーが周囲の物を無差別に破壊していった。
俺はサーキュラー・ワンドの刃を横にして魔獣に突撃。巨体を相手にした俺の一撃がタイヤごとボディを真っ二つに切り裂いた。
当然だ。無敵である今の俺に敵うはずがない。
下半分が光となって消えていく。残った上半身から生える首が、ミミズのように暴れ狂っていた。
「よし…ここまでやればもういけるだろ」
魔獣にトドメは刺さない。これからやることには、生きている魔獣が必要不可欠なのだ。
俺はナインやその仲間と共に、アン・ドロシエルという魔女と戦った事がある。そいつは細胞や器官など、ありとあらゆる物を魔獣で代用し、果てには肩代わりさせるという形で死すら克服していた。実際に俺も一度だけ、死にそうになった時に魔獣の命を代価にして生き延びた経験がある。
つまりだ。凄い極論になるが、命にすらなる魔獣を使えば、俺は失った左腕を自分の能力で取り戻す事が出来る。さらに可能性の話になるが、魔獣を身体に取り込むことで強くなれるかもしれないのだ。
「どうせこのまま放置してても死ぬんだ。だったら最期ぐらい俺の役に立ってもらうぞ」
俺は魔獣に触れた。そして能力を発動すると、これまでにないほど強く魔獣と意識が繋がった。今のこいつの二つ名は重奇魔獣というそうだ。道端のゴミとしか見ていていなかった人間に負けた事はかなり屈辱らしい。
「そうか死にたいのか…」
この世界の人間に捕まって死ぬまで身体を弄り回されるくらいなら、いっそここで殺して欲しい。魔獣は俺にそう訴えた。
良かった。ここで死にたくないとか命乞いをされたらどうしよかと…
「貰うぞ。お前の命!」
触れている手から俺の中に魔獣が吸い込まれていく。同時に魔獣の命が消えていくのを感じた。
何も通っていないはずの左の袖が、空気の入っていくバルーンハウスのように膨らんでいく。そして中から腕が生えて出て来た。
「せ…成功だ!やったぞ!」
魔獣の命を代価にして失った左腕を取り戻した。さらに今回の戦闘で受けたダメージも回復したのか、痛みが引いて傷がなくなっていた。
誰の力も借りず、俺自身の力で治したんだ!
しかしあの魔獣の能力が使える気配はない。まあ、頭部を取り替える能力なんて気持ち悪いし別に良かったか。
「時間切れ~!無敵が解けるよ!光太!これに懲りたら」
地面に落ちていたジャンケン・ワンドは縦に割れて真っ二つになった。誰かに拾われて悪用されないように、しっかりと回収しておこう。
「魔獣は倒してやったんだ。街を直すのは自分達でやってくれ」
俺は誰に伝えるわけでもなくそう呟いて、荒れ果てたその場から離れた。