第17話 「戦う気あんのかよ!」
ナインは今、現実にいない。アドバンスセブンスというゲームの世界に現れる青い鯨の謎を解くために、今も頑張っているだろう。
「俺も頑張らないとな…!」
非常事態に備えて点けっぱなしにしていたテレビから速報が流れて、椅子から立ち上がった。
人のいる繁華街に、突如謎の生物が現れて破壊活動を始めたと報道されている。その謎の生物とは魔獣だ。画面越しで見てそれが分かった。
テーブルの上に置いてあったウエストバッグを腰に巻く。この中には魔法の杖が星の数ほど詰まっている。持ち主であるナインはこの中から望んだ杖を出すことができるが、俺はそこまでできない。しかし、最初の頃に比べたら欲しい杖が出てくるようになったと思う。
まず俺は今、魔獣の元へ向かわなければならない。この思いを強く念じてバッグに手を入れた。
「移動に使える杖…来い!」
そうして引いて出てきたのはプロペラ・ワンドだ。本当はもっと欲しい杖があったが、これも移動に使える杖だ。欲しい杖が出てきたと言っていい。
ボロアパートの外に出てプロペラ・ワンドを掲げた。そして装飾部で畳んであった4枚の翼が開き、俺の魔力を燃料にして回転を始めた。
「飛んだ飛んだ」
すると魔獣の元へ向かいたがった俺に気を遣ってくれたのか、プロペラがやや前に傾いて魔獣のいる方向へ進み始めた。
名前も知らない街の上空に着いた。街ではショベルカーのような魔獣が首をグワングワンと揺らして、手当たり次第に物を破壊していた。
目標を確認するとプロペラの回転速度を下げて、人のいない場所に着陸。遠くない場所から魔獣の暴れる騒音が聴こえた。
「このプロペラじゃ戦えるわけないか」
腕がもう1本あればそのままでも良かったが、文句を言っても今は右腕しかないのでプロペラ・ワンドをバッグに戻す。そのついでに攻撃に使える杖を取り出した。
「ジャンケン・ワンド!?これでどうやって戦えばいいんだよ!」
装飾部分の手がグーチョキパーしか作れないハズレの杖だ!
「クソッ!引き直しだ!」
「きゃー!」
悲鳴が響いた。もう杖を厳選している時間はない。
ナインめ、今度会ったらゴミみたいな杖はバッグから抜いとけって怒鳴ってやる!
急いで現場に駆けつけると、魔獣が逃げ遅れた人を襲おうとしている瞬間に直面した。
「い…いや…」
「ダメかッ!」
この距離では間に合わない。そう思った瞬間に能力を発動した。すると魔獣の動きが止まった。
「おい!逃げろ!」
「え…」
襲われそうになっていた人はパニックになりながらも、叫んだ通りにこの場から離れてくれた。
俺の能力。それは魔獣という存在と繋がること。魔獣と繋がると、その個体名と能力、感情を知ることが出来る。そして魔獣を少しだけ操る事も出来るのだ。
首連魔獣ジュゲ・ルスツ。能力は3つの頭を切り替えること。頭にはそれぞれ固有の能力があり…
「もう切られたか!」
魔獣が俺を拒絶して繋がりを断った。だけどもう能力については分かったぞ。今付けてるハンマーのような頭。それと背中に付いているチェーンソーのような頭に、いかにも何か撃ってきそう頭。この3つを駆使して戦うんだな。
アタッチメントまであって、ますますショベルカーみたいなやつだ。
「って感心してる場合じゃねえ!」
魔獣は人のような2本の足で俺の元に走ってくる。首をしならせて、俺がリーチに入ったら振り下ろすつもりだ。
「モジョモジョモジョ!」
いや違う!あいつ、首を背中まで曲げてアタッチメントを交換しやがった!
「ずいぶん物騒だなおい!」
頭部をチェーンソーに切り替えると、魔獣は速度を上げて俺に迫ってくる。
今こそ魔法の杖の出番だ!
「あいつのハンマーがグー!チェーンソーがチョキ!そんでよく分かんないのがパー!それでジャンケンは成立するよな!?」
俺が尋ねると、ジャンケン・ワンドの手が赤く発光し、間もなく黄色に切り替わった。赤の発光はジャンケンの承認。そして今は戦闘の設定期間であることを示している。
この設定期間で何回勝負にするかを選択できる。そして強力なのが、複数に渡る勝負の場合は負けた側の体力がどんどん減らされていく。そして負け越した側はその瞬間に気絶してしまうのだ。
やっぱりいい杖引いたかもしれない!
「顔でジャンケンってのがあるけどよ!お前の顔はササッと変えられるもんじゃないだろうが!」
ルールを決めると手の色が試合開始を告げる緑になった。
選んだのは一回勝負。一度気絶させてから、次こそ強力な杖を引いてこいつを倒す!
「さーいしょーはグー!ジャーンケーンッ!?」
シェーンソーがすぐそこまで迫っていた。俺はそれを避けようとして、ジャンケンから意識が逸れた。
それでも装飾の形がグーになっていた。チェーンソーがチョキとして認識されているため、ジャンケンは俺の勝利だ。これでアイツは気絶する。
「モジョーン!ジョジョ!」
気絶しねえ!どうなってんだ!?アイツはチョキで俺はグー!俺が勝ったんだから緑色に点滅するはずだ!
「…黄色の点滅!?」
手は黄色に点滅していた。この場合はあいこである。ちなみに負けた場合は想像の通り赤く点滅する。グーとチョキで何故あいこなのか。
「そういえば…」
ナインと初めてこの杖を使った時の事を思い出した。ホールケーキの残った一片を賭けて5回勝負に興じた時のことだ。
俺が最初から2連勝して、負けたらもう後がないと思ったアイツはパーの手を作って俺をビンタした。その時の俺はチョキだったが、今と同じように黄色に点滅していた。
「不成立!勝ちも敗けもねえ!」
杖は俺と魔獣はジャンケンをしていないと判定した。つまり魔獣は気絶せず、杖を取り替えるチャンスもないわけだ。
チェーンソーにビビって逃げたのがマズかったのか?とりあえずもう一度、今度こそ逃げずにアイツとジャンケンだ!
そう意気込んだのは良かったが、魔獣は頭部をパーに当てはめた物に切り替えた。
頭から生える漏斗のような穴が俺に向き、粘液を吐き出した。咄嗟に回避したが、粘液が着弾したアスファルトの道路がドロドロに溶かされていた。
「お前戦う気あんのかよ!」
狙っているのかただ俺を殺したいだけなのか、魔獣は粘液を連射。これのせいでジャンケンの掛け声を出す隙もなかった。
ナインなしで頑張るとは決めたけど、いきなりこんな魔獣と戦う羽目になるなんて…
「ジャンケンしろよテメー!」
ナイン!やっぱり助けに来てくれ!