第16話 足りないもの
ぷらはの握る鎌が揺れる。持ち主が意図的に揺らしているのではなく、鎌が自ら震えているのだ。
「君はボクが守る」
ぷらはは黒いコートをナインに被せた。すると驚くべきことに、僅か2桁だった防御力が5桁にまで膨れ上がったのである。
ナインはウィンドウを開いて装備したコートを調べようとした。しかし知力が足りず、どういうアイテムなのか分からなかった。
機械兵が全機同時にビームライフルを構える。ぷらはが鎌を地面と平行にすると、刃が青く発光した。
「サークルスラッシュ!」
技の準備が整うと、武器を構えたぷらはが高速の横回転を披露。機械兵のボディは上下半分に分断され、メビウスには抉られたような巨大な傷が付いた。その一撃によるダメージでメビウスのHPは1/5を切り、一気に第5フェーズに移行した。
すると追加の機械兵の他に、壁から機銃が展開し、天井からは毒ガスを放つ噴射装置が降りてきた。
「ヤバイよ!」
「粉末自体にダメージはない!それにコートが状態異常を防ぐから絶対に脱がないで!」
つまりはダメージゼロ。部屋中の敵はメビウスに対して一番ダメージを出しているぷらはに狙いを定めており、ナインが狙われることはない。
「ヘルサイスアタックチャージ!」
ぷらはは機銃からの弾を回避しつつ、機銃兵を次々に破壊していく。そして1機壊すごとに、鎌の刃に赤い光が収束していった。
何か強力な技が出る。そう感じたナインはぷらはの戦いをしっかりと観ていた。
機械兵の攻撃を避けようとしたぷらはは宙に跳び跳ねた。
「エネルギートマホーク!」
そして身体を捻ってから勢いよく回転した。さらに刃に収束していた光が弧の形を保ったまま放たれ、壁を走り機銃を一掃したのだ。
それはまるで、赤い三日月のようであった。
「すげえ…」
そのまま本体を叩くべきだ。しかしぷらはは着地すると、そのまま機械兵の撃破に戻った。
背後から熱を感じてナインが振り返る。するとメビウスを守るようにバリアが発生していた。
メビウスを倒すにはこのバリアを破らなければならない。きっとぷらははまた一撃放つと、ナインは息をのんだ。
「ナインさん!ちゃんとコートを被って!」
「うん!」
ぷらはがいくら壊しても、第5フェーズでは 機械兵が無限に出動する。このメビウスを倒すには、どれだけ早く本体を潰せるかが重要なのだ。
「あっ」
機械兵が部屋の端に集中していることにナインは気付いた。強力な兵士が出向いている今、司令塔たるメビウスを守るのはバリアだけだ。
「はぁっ!」
敵を集めていたぷらはは最後に壊した機械兵を踏み台にして、メビウスまで一気に距離を詰めた。
「死神の足音!」
「えっ!?」
瞬きの間に、ぷらはは敵の反対側に立っていた。捉えられない速度で動いたのか、それともワープをしたのか、ナインには分からなかった。
しかし背後を取ったにも関わらずぷらはが何もしない理由については察しが付いていた。
攻撃は既に終了しているのだ。機械兵が一斉に動かなくなり、メビウスから光が消えていた。
「ふう…」
ぷらはが今の一撃でバリアを破り、メビウスにトドメを刺したのだ。
「ナインさん、大丈夫?」
「う、うん…」
ボスを倒したことで実績が解除される。しかしそんなこと気にも留めなかった。
「強いんだね…」
「いっぱい続けてきたからね。あと鎌っていう武器と相性がいいみたいなんだ。あっゲームシステム上プレイヤーと武器の相性はないよ?ただ鎌は凄いシックリくるんだ」
メビウスのそばに宝箱が現れ、ダンジョンの外に出るためのワープ装置が起動した。部屋の主であるメビウスは停止したのに何故動くのだろうかと考えるのは野暮である。
「中身はあげるよ。レアアイテムだけどボクに合った装備を造るのには必要ないから」
「もらっておくよ…如意銅箍棒になるだろうけど」
ナインは遠慮せず宝箱の中身を全て頂き、ワープ装置からメテオ・ビルの外へ出た。
空を見上げると青い鯨の姿があった。ぷらはの忠告がなければ、ナインは死んでいたかもしれない。
「ありがとうぷらはさん。命の恩人だよ」
「そのお礼にログアウトしたら、チャンネル登録と高評価よろしくね!」
「あはは…」
ぷらはの戦いは凄かった。現実の自分と戦わせたら傷一つなく圧勝するだろうとナインは思った。
まずはここまで強くなる必要がある。心の中で彼を目標に定めた。
「ねえぷらはさん、技ってどうやって覚えるの?」
「色々あるけど…ヘルサイスって名前が付いてた技は鎌っていう武器に依存した技。死神の足音はこの鎌に依存した技だね。サークルスラッシュは斬る系の武器なら剣や斧でも使えるよ…話ついてこれてる?」
「うん、続けて続けて!」
「まあ僕の解説したって意味ないか。ナインさんが技を覚える方法は主に3つ!ステータスポイントを筋力以外に振り分ける!素手と杖での戦いをひたすら続ける!限定技が使えるようになる装備を手に入れる!」
「なるほど!」
ぷらはの喋り声が大きくなっていき、ナインは相槌を打った。
どれも簡単なようで難しい。レベルは上がっていけばそれだけ必要な経験値が多くなる。ナインはかなりレベルが上がったが、これまで得たステータスポイントは全て筋力に振ってしまった。現実でも好んでいる素手と杖での戦いも、技がない現状では苦戦を強いられるだろう。
「限定技か…」
専用の技が使える武器。そんな物が簡単に手に入ることはないだろう。だがそれ以上にナインは、自分が武器に依存する事を危惧していた。
実際、現実での戦いは魔法の杖に頼りきりだ。しかし激戦の中で握っていた杖が折れたり、酷い時は敵に利用されて苦しめられた事もあった。
「…あっそろそろ撮影の時間だ。ログアウトするね」
「そっか。ぷらはさん、色々ありがとう」
「そんな礼を言われるような事じゃないよ。それじゃ、また会えたら一緒に遊ぼうね!」
手を振るぷらはの姿は光に包まれて、その場からいなくなった。
「遊ぼうね…か」
忘れてはいないがここはゲームの世界だ。本来ゲームとは楽しむ物のはずなのに、アドバンスセブンスでは本当に人が死に、それに乗じて殺しを楽しむ輩がいる。
ゲームと殺しは全く違う。遊びの感覚で人殺しは絶対に間違っている。
それを止めるためにナインは強くならなければならない。そしてぷらはとのダンジョン攻略で彼女は、自分に足りないものに気が付いた。